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――竜の息子と聖嶺の大地――  作者: たけまこと
第七章 聖嶺の大地
175/221

龍神教神殿総本山

7ー006

  

――龍神教神殿総本山――


 竜人が兎人族の戦争を止めたのはもう500年も前の事である。その間どれ程の政変が有ったのかは知らないが、いまはそれなりに落ち着いている様である。現実の脅威は龍神ダイガンドによる生態環境の破壊である。

 

 翼竜ヴリトラは体が大きいだけに環境負荷も大きい。ましてや植物の生育が限定的な大陸の事である。

 人間の生存環境を整える役目を追った龍神ダイガンドが翼竜ヴリトラの生育を優先すれば人間の生存は大きなダメージを受ける事になる。

 

 アルサトールや狼人族の問題などは、所詮内紛の問題であり天上神ヘイブが関わる問題ではない。とはいえ龍神の情報を得る為には彼らの協力がどうしても必要になる。

 内紛を利用してでも龍神の元にたどり着かなくてはならないのだ。

 

「なかなかにこの男も食えない人間の様じゃな」

「あんたがそんな事言っていいのかセイラム?そもそもあんたらに人間関係の機微がわかるのか?」

「まあその辺はベテランがそこにおるじゃろうが」

 

 人間の心をすり減らす事に関しては名人級の医院長が、ぷいっと向こうを向くのが見えた。

 

  *  *  *

 

「残念ながら私の管轄はアッカータ周辺に済む狼人族の統治で御座いましてな、兎人族の巫女様ほどの情報は御座いませんので。して、竜人様はこの500年間は何処におられましたのでしょうか?」

 

「うむ、竜人様はその後故郷にお帰りになり、このコタロウ様とカロロ様を出産されましてな。長い間故郷は平和を甘受してきましたが、最近になり瘤翼竜ギガンドーグが来襲したのでな、何があったのかその調査をコタロウ様に命じられたのじゃ」

「あの時の竜人様はまだご存命で?500年も前のことですのに」 

「竜人殿は不死身じゃ、数千年はたやすく生き延びる事を知らんのか?それは翼竜も同じであろう」

 

 ゾンダレスはいささか驚いていたようだ。竜人の寿命というものはこの世界には伝わっていなかったようだが、500年間訪問していないのだから仕方ない事だろう。

 もっとも翼竜の寿命の長さは良く知られており、同様に竜人が長生きだとしても驚く事では無かったはずだ。

 

「その事も有り、翼竜の事を調査致したところその増加に気が付きいてのう、その大元に位置するのがアッカータである以上、早急な調査が必要でして急ぎ参上した次第じゃ」

「それで天上神ヘイブから大地に激突されたのですか?」

「う、うむ、急いでおったのでな」

 

 やはりあの墜落はまずかったと考える。衝撃波はアルサトール中に響いたはずであるから、竜人の神性を損なう事態でもあった。

 証拠など無くともあれは龍神ダイガンドの攻撃であることは容易に想像がつく。

 何より地上から打ち上げられた光線砲ヘル・ファイアは大気を電離させ地上から見えたはずである。

 

 しかしティグラはその様な感情はおくびにも出さず話を続ける。

 

「あの程度の事は竜人様には何程の事ではない。それより竜人様は、お主たちアッカータの民の諍いを見て聖嶺を破壊して警告をなさったのであろう。それ以降は争いは起きていないのであろうな」

「無論でございます。この500年の間、周辺部での狼人族は徐々にではありますが増加を続けておりますして、みな豊かに暮らしており諍いは起きてはおりません」

 

 それは公式見解だろう。実態は果たしてどの様なものだろうな。

 

 ゾンダレスが話の端々でこちらに探りを入れてくる。話のイニシアチブを取られるのはまずいとコタロウは思った。

 農村からの過剰な年貢は龍神教に取り入る為の資金であり、私設軍の確保の為であろう。この人間を味方につけるか排除するかを判断しなくてはならない。 

 少なくともこの男は無能ではない。コタロウたちが、ここに来た目的を知らしめるのはあまりうまくない。この男にそれだけの権限や技量はないにせよ、表立った話は出来ないのだ。

 

「お茶のおかわりをくれるー?」

 新しいお菓子に口をつけると、カロロがお茶のおかわりを要求する。

「かしこまりました」

 給仕の女性がカロロの湯呑にお茶を入れてくれた。その間ティグラとゾンダレスの話は中断される。

 

「ありがとーっ♡」

 あっさりとゾンダレスの話の腰を折ったカロロ、意外なほど空気が読める娘である。

 ますますカロロの将来に不安を感じるお兄ちゃん、もう少し妹を信頼すれば良いのだが…不憫である。

 

「ここは、随分豪華な建物の様に見えるな。お主は村の中央にも大きな豪邸を作って権勢を誇っておると聞いているのだがな?」

「ほう?その様な事、誰からお聞きになった事でしょうか?」

「甘く見る出ない、我ら巫女シャーマンは大陸の隅々まで見通すことが出来るんじゃぞ」

「いえいえ、誤解で御座いましょう。あれは私邸ではなくマリエンタール外周部施政区役所で、50名ほどの行政官が暮らしている場所で御座います。木造平屋建てですので大きく見えますが、殆どは彼らの住居なので御座いますから」

 

 要するに自分の直近の部下を囲い込んでいるという事のようだ。

 

「ワシらはこの土地の者では無いゆえに、お主らの慣習に口を出すつもりはない。アルサトールと周囲の住人の間に何があろうと、それはお主たちの問題じゃからな」

「ご理解いただけて大変恐縮に存じます」

 慇懃に頭を下げるゾンダレス、腹黒さと腹の油がにじみ出るような姿だ。


「そこで聞くが、お主は何故この街の中におるんじゃ?」

「外周地区はマリエンタール内の政策とは不可分一体に御座いますれば、街の中に庁舎を持つことは重要な事に御座います。私とて家族を連れてこちらに住んでおりますれば、決して権勢をひけらかす為ではございません」

 

 コタロウがふにゃ?と頭をひねる。それらしい事を言ってはいるが要はここに住んでいる人間は、狼人族の特権階級であると言いたいだけなのではないだろうか?

 

「外周村区からは潤沢な作物の供給が有り、アルサトールからは龍神様からの先進的な道具の供給も御座います。もう少し外周部の人口が増えればアルサトールでの穀物使用料を超えますので減税も視野に入って御座います。そうなれば更なる人口の増加と発展が見込め、アルサトールは一大帝国に発展出来るでしょう」

 キラキラと目を輝かせ自らの夢に酔ったように話をするゾンダレス。

 

『成程、こやつの目論見はこういった事の様じゃ』

『意外と無害な希望ではありませんか』

『他力本願な希望なの~、龍神がいなくなれば簡単に破綻しちゃう~』 

『まあこの手の人間は現在の延長上にしか世界を描けないからな、この男をおだてれば喜んで兎人族を裏切ってくれるじゃろうな』

『流石ティグラおばさん、考え方がワルですね~』

『いやいや、リクリアも十分に素質が有るじゃないかね~』

『『グフフフフ……』』

 

『ふたりとも何を言ってるのー?』


 ★  ☆  ★  ☆  ★  

   

 その時ドアがノックされ龍神教からの迎えが有ったとの報告があった。

 訪れたのは下位の神官と思われる兎人族であった。みんなを龍神教の総本山に案内すると言われた。

 しかしやってきた乗用車は兎人族の市民コモン専用であり、コタロウやゾンダレスは乗ることが出来ない。

 意気揚々とゾンダレスは自分の乗用車を回してきて、強引に同行を主張した。

 

 それはそうだろう、自分の手柄を横取りされるような真似をされたらたまらない。この際しっかりと自分の存在をアピールしたいのだろう。

 

 龍神教総本山は街の一番奥の山の際に有り、その横を山から流れてきた川が流れていた。

 コタロウ達を乗せた自動車は迎えに来た教団の車の後に付いて走っていく。

 かつてはこの場所は扇状地となっており何度も川が氾濫を起こしながら、固まらない土を供給してくれていたのだ。

 今となっては護岸に固められた川は氾濫することもなく外周都市部に水を供給している。

 街は都市計画で統制された町並みとなり、木々はあまり見られない。土が固まってしまうので育たないのだろう。外周地区の街でも同じような状況であり、その外側の農業地区との隔絶された景色の差がある。

 

 そんな街の中を多くの兔人族が幼体のまま生活をしている。ここは地上で有りながら台地ダリルのように全員が僧侶となっているらしい。

 しかし農業生産は行われておらず、外周都市部の農村からの年貢で暮らしている。

 その一方で非常に進んだ工業製品を供給しており、市民の半数はサービス業で生活をしている。

 

 つまり兎人族はマリエンタールの支配者として君臨しており、街には1次産業が全く無いんだよな〜、この連中龍神を失ったら生きていけるのかな~?

 そんな事を心配するコタロウである。故郷の世界はまだ大きな枠組みでの国家という概念は弱く、支配者はいないが簒奪者もいない。原始共同体に近いのがエルメロス大陸である。

 まあ、その時はその時で医院長先生が何とかしてくれるだろうと気楽に考えるコタロウ。いつでもどこでも気楽に生活が出来るので、何とかなるさ、と考える竜人族の特性である。

 

『おばあさま、街の中に多くの異物をかんじます』

 エンルーがティグラ達に警告を発してくる。 

『ワシも感じたよ。リクリアは感じるか?』

『はい、右側の建物の上に、左の建物の影にも』

『だいたい5体と言った所か?』

『そうですね、おそらくグレイの巨人でしょう』

 

 認識阻害を掛けたグレイの巨人が街のあちこちに隠れている。こちらを見張っているのか?あるいは街の公共財の補修の為か?

 

 龍神教の総本山は街の一番奥にあり背後に山麓を抱いた形で作られている。その山麓の一部が不自然に抉れたような形をしている。あれがコタロウのお母さんがぶっ飛ばした嶺なのだろうか?

 その嶺から龍神が住んでいる場所に作られた掩体壕の屋根の部分が見える。その屋根はアルサトールの方に向かって傾斜しており、核爆発の輻射熱が街を襲うように出来ている。


 確かにこれでは衛星軌道からの核攻撃は出来ないだろう。


 総本山は広大な敷地を長い壁で仕切られており、中層ビルの林立する街の景色とは一変する。

 敷地内は数多くの建物が出来ており、ここは宗教の総本山としての機能の他に、行政府としての機能も併せ持っているようだ。

 外部の入り口から真っ直ぐな道を通って総本山の入り口に到着する。そこで渡されたカードを見せると何もトラブルは無く通過できる。

 その先には総本山が正面に見える。

 

「なんじゃ?総本山の内部は随分感じが違っておるな」

 道路の両側には街路樹が植えられており、各建物の周囲には多くの花壇が作られて、低木が植えられていた。

 

「はい、あの木の根元には人工土壌に入れ替えられておりましてな、雨に当たっても固まらない土になっております」

「へえ〜、すごい技術ですね〜。それがあれば台地ダリルが無くても農業が出来るんじゃないんですか?」

「いえ、簡単に言えばガラスの小球を土の代わりにしたようなものでして、水と養分を水溶液にして散布しないとならないので、畑のような大きな場所での使用は難しいようで御座います」

 

 工場における植物の水耕栽培に近い物らしい。こんなところにも龍神の支援があるようだ。この世界の人間にとってはダイガンドの奇跡に見えるのだろう。

 総本山の入り口の両側に僧侶と思われる人間達が並んでいる。ここでもカードをチェックするが、真っ先にゾンダレスがカードを示してコタロウ達をを導き入れる。

 入り口の両側には巨大なモニュメントが建てられており、入ってくるものを威圧している。

 

『エンルーや、入り口のモニュメントはわかるかい?』

『はい、おばあさま。あれも中に巨人が隠れていますね』

『心配するでない。そなたたちの後ろにはOVISが亜空間に隠れておるし、小型のドローンが常に見張っておるでな』

 

 セイラムが通信を送ってくる、この男もみんなとの交信は逐一受信しているのだろう。

 

『ドローンが?それは虫のように小さなカラクリのことか?』

『そうじゃ、お主たちのことは逐一監視しているから、何かあっても安心しておれ』

『それにメディナさんとヒロさんが黒い巨人に乗って待機しています。危険になったら教えてください、すぐに二人が発進していきますから』

 

 まあ、目の前にコタロウがいるから生半可な事では危機に至ることもないだろう。

 

『実はな、その龍神教の総本山からはな、ダイガンドに通じるトンネルがあると睨んでおったのじゃが、どうにもドローンを送り込めなくてな、ようやく今回はその場所の特定ができそうなのじゃ』

『ドローンを使って?なぜ観測が出来なかったのじゃ?』

『今回は、お主たち二人の巫女が総本山に入れたのでな、ドローンの主導権を奪われずに観測が出来ておるんじゃ』

 

 ドローンでも龍神ダイガンドに乗っ取られてしまうようだ。二人の潜入にちゃっかり合わせてドローンを仕込む辺り、このセイラムという男も結構したたかなようである。


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