聖都外縁村
7ー002
――聖都外縁村――
狼人族の狩人は全部で5人いた。コタロウはその前に降りるとゆっくりと翼を閉じる。
狩人達はコタロウを見て槍を構えるが、いきなり攻撃しようとはしない。明らかにこちらが魔獣か否かを見極めようと考えているようだ。
これなら行けそうだとコタロウは考えた。
「私の名は竜人族のコタロウです。この度、天上神の使いとしてこちらの大地に降臨しました。この子は妹のカロロです」
腹をずんと突き出し、堂々たる態度で狼人族に対峙する。一瞬の間を置いて狩人達は片膝をついて頭を垂れた。
「これは伝説の竜人様で御座いましたか、私は聖都外縁村のセム族の狩人でドルギアと申します。ここにいるのは我が同族の狩人で御座います。我が地を訪れていただき光栄に存じますが、今回は如何なるご用件で降臨されたのでございましょうか?」
リーダーと思われる人間が話をするが、兎人族の言語を使用している。やはりアルサトールの龍神教の権威は大きいようでこれが公用語だと思われる。
リーダーは頭を上げてコタロウの後ろを見る。コタロウもつられて後ろを見るとティグラが艦橋から姿を現すところであった。
そのまま戦艦から飛び降りるとこちらに向かってぴょんぴょんと跳ねてきて、狩人達の前に立つと尊大な態度で彼らに向かい合う。
ティグラさんそのスカート、いつの間に横スリットを付けたんですか?
「私は竜人様の巫女ティグラである。出迎えご苦労、我らを村まで案内せい」
いつの間にか濃いめの化粧も施していて、とてもいつものティグラには見えない。20歳は若く見える。
「竜人様の命とあれば是非も御座いません、しかし出来うるのであれば御来訪の目的をお教え願えないでしょうか?」
「さいきん翼竜の活動が目立ち始めており、竜人様は周囲の大地への影響を憂慮して息子様をお使いあそばしたのじゃ」
「御意!して、あの乗り物はいかがいたしたのでしょうか?昨日炎の塊となって落下して来たので大地が爆発をし、ひどく揺れまして御座います。様子を見に来たところこの大きな穴を発見いたしました。何事が起きたのかお教え願えれば幸いと存じますが」
やはり衝突の衝撃でかなりの地震が起きていたようだ。
「大過ない。天上神からの緊急の降臨でこの様な方法を取った。お主たちの生活を騒がせたことには詫びをしよう」
「わかりましてございます。それでは我らと共に村までご同行ください」
「わかったその前に船に連絡を行う」
『エンルーや、船を発進させなさい、帰ったように見せるんだ』
『わかりました』
「ヒロさん、船を飛ばせて帰った振りをしてほしいそうです」
「わかった飛び上がった後で認識阻害を掛ける」
戦艦は何事も無かったかのようにゆっくりと飛び上がると500メートル程上昇した後認識阻害を掛けたので空中に溶け込むように消えて見える。
「「「おお~~っ!」」」
狩人達が声を上げる、奇跡のように見えただろう。竜人の存在を強く印象付けられたはずである。
「リクリアさん、OVISに乗って亜空間に入ったまま3人の護衛をお願いします」
「わかった任せておけ」
すぐにリクリアは2号機に乗り込んで発進していった。亜空間に入っているので外からは見えない。
「艦載頭脳OVISの映像を艦橋スクリーンに映し出せ」
すぐに艦橋の大スクリーンにティグラ達の映像が映し出される。これなら向こうの状況が良くわかって対処がしやすい。
「我々は徒歩でこちらに参りました。村はここから100キロ程の場所にありますが、走られますか?それとも誰かに背負わせましょうか?」
「大過ない、竜人様が運んでくださる」
「うむ、任せておけ」
コタロウがブルンと腹を震わせるとティグラを抱き上げて腹の上に載せる。
「それでは案内いたします」
狼人族は一斉に走り始めるので、コタロウはティグラを抱いたまま狼人族の後を追って飛んでいく。カロロは当然のように頭につかまっている。
クレーターを出るとそこは森が広がっており衝突の衝撃で多くの樹木が倒れている。
狼人族の話の具合からすると、この近くの村の住人では無い様だ。どうやら人的被害は出さずに済んだようでコタロウはいささかほっとしていた。
しかし狼人族の足は速い。森の中を時速50キロ近い速度で疾走していく。これが障害物の無い平地であればコタロウが置いて行かれる危険すらあるのだ。
「グワッ!」
突然木陰から巨大な大型魔獣が飛び出してくる。耳と鼻の良い狼人族は既に気が付いていたのだろう一斉に散開する。
念の為ティグラは手を前に上げ、コタロウは速度を落とし、カロロは頭の上でクワッと口を開ける。
狼人族の成人であるから獅子族よりもずっと大きい。それが5人でまとまっているのである。いかなる大型の魔獣であろうと恐れる理由がない。
大型魔獣に対して4人が一斉に槍を撃ち込み、ドルギアひとりが下がってコタロウの前に立つ。コタロウの護衛のつもりであろう。
見事なチームワークである。狩人としての能力はベギム村の狩人とさして差が無いように見える。
しかし大型魔獣は槍を躱し反撃しようとする。その瞬間を逃さずカロロは口から炎弾を吐き出し、大型魔獣の顔に命中させた。
「グワアア~~ッ!」
コタロウと違いカロロの炎弾では致命傷にはならないが、目をつぶされた大型魔獣の体に狩人達は槍を突きこむ。しかし大型魔獣は滅茶苦茶に足を振り回し、同時にそこいら中に光弾をまき散らして狩人達の目をくらませて森の中に逃げ込んでいった。
「ガーフィーさん彼らをどう見ますか?」
狼人族の子供の驚異的な能力は見ているヒロであるが、今回見ているのは大人の狩人である。ガーフィーには彼らがどう見えているのだろうか?
「うむ、出会い頭にも関わらず慌てることも無く反応が早い。おそらく気配は感じていたのだろうが、構わず進んでいったのはティグラの手前であろうか?
体重が重いのでやや動きは遅いが、各自の連携は非常に良い、流石に犬耳族の親戚だ。獅子族のパワーに犬耳族の連携でこの速度で走れるスタミナは凄い。ワシら獅子族は連携という意味では犬耳族には遥かに及ばないからな。敵に回したら非常に恐ろしい連中だ」
「ふんどし祭りをやったらどうでしょうか?」
「パワーで負けるが、スピードと動きではワシの方が上だ。酋長でなければ何とかなるかもしれない、と言うレベルかな?」
ヒロの最初の印象もガーフィーと同じような感覚だった。出来るだけ戦争はしたくないものだ。
「とはいえ、コタロウ殿の相手にはならんな。槍が突き通らん竜の皮では如何ともし難いだろう」
ハハハと笑う、やはりコタロウさんは別格という事らしい。
「ただこんな風に大型魔獣に遭遇するという事は、魔獣の影が濃いという事じゃ。村の作物にも相当な被害があるともいえるが、大地が滋養に富んで豊かでも有る証拠じゃな」
なるほど、そう言う考え方も有るのか、やはり大地の事は大地の人間に聞かなくてはわからないものだ。
狩人は追うこともなく魔獣が逃げるに任せる。村が近ければ手負いにしたら必ず仕留めなければならないが、ここから村は十分に遠い。
狩りに来たわけではなく客人を連れているのである。コタロウもまた食うわけでも無いのでそのまま放置した。
ドルギアが振り返ってコタロウに膝まづく。
「竜人様のお手を煩わせてしまい申し訳ございません。我らが不徳の致すところ、どうかご容赦の程を」
「うむ、大過ない。見事な手際であった」
プカプカ宙に浮いているコタロウの腹の上で、ティグラが寝そべりながら大仰な物言いで答える。
あの〜、ティグラさん…片方の生足が丸見えなのですが。
結局休憩を挟んで3時間程で村に着くと、すぐにシャーマンの家に通される。
大地の村と違い基本は木造である。非常に太い木を使っており、台地の様に移設することを前提とした造りではない。
ここでも村のシャーマンは集会室に住み、天上神に繋がり、子供たちに勉強を教える。この辺のシステムはベギム村と変わるところは無い。
シャーマンが原始宗教と異なるところは、その裏には本当に世界を支配する強者がいることだ。
残念ながらティグラの見立てでは、この村のシャーマンの能力はあまり高くはない。
『エンルーや、この村のシャーマンはどれぐらいの人数を感じるね?』
『あまり能力は感じませんし、人数も少ないです』
家にいた狼人族の女のシャーマンはコタロウを奥の座に案内した。
そこにはクッションが置かれており、その真中にティグラは座り、その横に竜人が控える形になった。
竜人の巫女が竜人より偉そうなのはどうかと思うが、この方が絵にはなる。
「巫女に問う。この村のシャーマンの選抜はどの様にしておるのじゃ?」
「何かご不快の事でもございましたでしょうか?」
気分を害したのかと思ったのだろう、低く頭を下げる。
「いや、シャーマンの気配が薄い。どの様な教育をされておるのかと思ってな」
「私が、シャーマンの才能が有ると感じた者を選んでおきますと、年に一度巡回してこられるアッカータの巫女様がその中から才能の有る者を選抜し、学校2年間に通わせます。そこを卒業すると洗礼を受け、シャーマンを名乗れます」
この村でもベギムの村同様に、シャーマンを仕事に出来るのはひと握りだけだろう。それにしても総本山だと言うのにシャーマン教育が出来ていないことに驚く。
やがて狩人の連絡で村長が訪れ3人に向かって平伏を行う。
「この度はわが村を訪問された事は光栄のいたりでございます。是非ごゆるりとおくつろぎくださいますよう」
「うむ、最近この大陸の各地で翼竜の活動が活発化しておってな、その調査を行いに来たのじゃ。協力を願いたい」
「はい、竜人様の頼みとあれば是非も御座いません。しかし翼竜が活動を活発化していると言うのは事実で御座いましょうか?」
村長はシャーマンの方を見るがシャーマンは頭を横に振る。ティグラもアルサトールのシャーマンとの交感の経験は無い。
アルサトールは、ティグラ達の住む大地の民にとっては情報の無い場所である。ここの民にとってもその逆は同じなのかもしれない。
あるいはアルサトールの意図によってわざとシャーマンを育てない様にしているのかもしれない。
「この辺ではその兆候は無いのか?南の方では翼竜に村が襲撃された場所も有るのだぞ」
「翼竜が人を攻撃したのですか?そんな事があるのでしょうか?我々に取って翼竜は瘤翼竜に育つ大切な子供です。子供が増えることは我々にとっても喜ぶべきことなのです」
瘤翼竜の利益を甘受しながら翼竜による環境被害を受けない彼らにしてみれば、そう考えるのも当然の事なのだろう。
「竜人様にお伺い致したく存じます」
村長が再び頭を下げて聞いてくる。思った以上にここでは竜人の権威は高いようである。べギム村ではペット扱いだったが。
「許す、なんじゃ?」
「翼竜に問題があったとして、如何なされますか?」
「それについては調査の上決定されるであろう」
「出来ますればそれを竜人様から直接お話を伺いたいと思います」村長は深々と頭を下げる。
ティグラは、頭を上げた村長の目の前で足を組み替えると再び生足が顕になる。村長の目が泳いでいるのがはっきりわかる。
「不遜ではあるが許そう。竜人様、ご返答を」
「十分な調査の上、適切な対応を取りたいと思います。調査が終わるまではなんとも言えませんが、できうる限り穏便な処置となることを願っております」
う〜ん、何かを言っている風で、実は何も言っていない発言なんだよね〜。
「はは〜っ、翼竜のこと宜しくお願い致しますでございます」
うんうん、それでも勝手に解釈をして納得してくれる村人は、為政者に取っては扱いやすい民なんだろうな〜。
(オーッホッホッホッ!これが人心掌握術なのですよ〜)
コタロウの脳裏に医院長の言葉が響きわたる。あ〜っ、ボクも医院長並の人間に落ちちゃったのかな〜?
100年以上生きてきてなお魂の純粋さを失わない竜人族の若者である。
「ふむ?なにやら来客が着たようじゃな」
ティグラが村長の頭越しに出入り口の方を見る。
「ら、来客?まさか……」
村長が振り返った先には数人の狼人族が家に入ってくるところであった。
「村長、そいつか?竜人のカタリは?」
先頭の男がコタロウを睨みつける。男たちは武装した銃を持ち、チョッキのようなものを着ている。
槍ではなく銃を持っている?それでは、チョッキのような物は防具ということらしく、狩人の物とは発想が全く違っている。彼らの戦う相手は魔獣ではない、同胞だ!
彼らは対人戦闘訓練を受けた人間だ。ティグラは訪問者の装備を見てそう判断する。アルサトールは相当に排他的な都市のようだ。
『リクリア聞こえるかい?』
『はい、ティグラ叔母さん。建物の入り口の近くにいますが、鬱陶しいのが6人見えます。手助けがいりますか?』
『人数は全部で6人かい、こちらに注意を向けるから後ろの人間の戦闘力を奪ってくれないかい?』
『了解しました』
「村長、この息の臭い連中は何者じゃ?」
「外周都市を守っている警備部隊の兵士でございます」
「警備部隊、第3警備分隊分隊長のガング様だ。てめえがカタリのお先棒を担いでいる兎か?」
村長は恐れていると言うよりは鬱陶しい物でも見るような眼で見る。確かに大した連中ではない。
「ふん、兔人族の僧兵のような役割か」
普段からアッカータの兎人族に顎で使われているのだろう、少しでも自分を偉く見せようと必死じゃな。
「おいおい、姉さん。僧兵なんかと一緒にしてもらっては困るな。俺らは訓練を受けた狼人族なんだぜ。兔人族の僧兵など何人来ても相手にはならねえよ」
ここにもおるんじゃな〜。自分の背後の組織を自分の実力と勘違いをする馬鹿が。少し…いや、うんと痛い目に合わせてやろうかね。
何となくお互いの殺気を感じたコタロウは、この場をどう収めようか必死で考えていた。
「竜人様を前にして言葉遣いがなっていおらんな。教養のない連中を警備部隊にしているようではアルサトールの街のレベルも知れたものじゃな」
「ほう?面白い。その丸々と膨れて屋根の上まで弾んでいきそうな竜人様が、どのくらい偉いのか知らんが手合わせしてみるかね?バアさん」
ああ〜っ、まずいな〜、ティグラさんの額にバキバキと血管が浮き上がってる。
「おにーちゃん、あいつシメていいー?」
「もうちょっとしてからね~、殺しちゃダメだよ~」
ティグラに加えてカロロの言動に冷や汗もののコタロウである。
狼人族の男が座っているティグラを、上から威圧するように顔を近づけて見下ろしてくる。なにしろ相手は身長3メートルの狼人族の兵士である。
どうなるんだろうと、内心でアタフタしながら二人のやり取りを見ているコタロウ。
カロロは面白そうに頭の上で肘をついてやり取りを見ている。コタロウよりずっと神経が太いのはお母ちゃん譲りか?
何かあったら飛び出して相手をボコろうと考えているらしい。
一方コタロウは、狼人族がティグラに手を出したらひっつかんで逃げ出そうと考えていた。
(えっと、一番前の男はティグラさんを掴んだ体制で尻尾を頭に叩きつけるでしょう、その後ろのふたりは体を水平に回せば左右に吹っ飛ぶから、残りは全力で頭付きをぶちかませば外に吹っ飛ばせるだろうから…後は巨人さんに任せましょうか)
考えていることの中身はあまりカロロと変わらない。
ところが、ティグラは上から近づいてくる狼人族の男の鼻面に手を当てると、いきなり衝撃波の魔法を放つ。
「ぐわっ!」
3メートルもある大男が頭をのけぞらせると、一回転して床に頭をぶつけてぶち抜いてしまう。
「「「うわっ!ぎゃああっ!」」」
後ろに控えていた男たちの周囲で稲妻が光り、悲鳴を上げてのたうち回っていた。
痙攣をしている男たちの後ろから、手の先から電気の火花を散らしながらリクリアが現れる。
り、リクリアさん、なんで前スリットのドレスを着てきたんですか?切り込みが鋭くて見えちゃいますよ…ちゃんとフンドシ履いてますか?




