廃墟の黒い巨人たち
6ー027
――廃墟の黒い巨人たち――
「おばあさま、ここはどこでしょうか?」
エレベーターに乗った途端変な所に来てしまったとエンルーは思った。周りを見るとティグラとシリアが見えた、しかし他の人たちは何処に行ったのだろう?
「なんじゃ?ワシらはいったい何処に連れてこられたんじゃ?」
「おばあ様、すごく寂しくて怖いです」
「エンルー心配するな、ワシがおるでな」
肉を食ったティグラは、僧兵ほどではないが大きな体で彼女を引き寄せる。それだけでエンルーはひどく安心感を覚える。
「ティグラさん、あのエレベーターは神殿にあった物と同じ物の様ですね?」
「神殿の?あの巫女候補を送り出す魔法陣の事かのう?」
「はい、先日カロロさんがコタロウさんとは別々の場所に転移しました。ここでも同じ事が起きたと思われます」
「何者かがわざとその様にしたという事か?」
「ここの建物はランダロールの建物に似た感じがします。規模は大きく違いますがあの街が廃墟になったらこんな感じになるのではないかと思えます」
ドーム状の空間の中に朽ちた建物と伸びた植物が見える。
「ワシはランダロールに行ったことは無いがそこはこんな場所なのかい?」
「地下に造られた街ですからこんな感じですね、あの街に人がいなくなって朽ちたらこの街の様になるかもしれません」
「ここに住んでいた人たちはどうなったのでしょうか?」
「空港では人がおらんかったし、月面都市との連絡が付かないと言っておった。人がいないのであれば連絡などしようもないな」
「いえ、ランダロールは人間を生かすために女神様がおられました。空港だけ整備され、街が放置されていると言うのは非常におかしな話です」
「む?するとこの街にも女神がおると言うのか?エンルーや、何か感じるか?」
エンルーは心を集中して瞑想の状態に入る。
「メディナさんとリクリアさんは一緒にいる様です。ガルガスさんは別の場所みたいですね」
「うむ、ワシも今その様に感じた。しかしヒロもカロロも見つからんな」
「ヒロさんも交感が可能な筈ですし、カロロさんは感能者ですから…何処に行っちゃったのでしょう?」
その時3人の近くで何かがガサゴソと動く気配を感じる。反射的に3は大きく飛び上がって音の場所から距離を取る。
音のした場所から現れたのは金属製の外郭をもち6本の足と円筒形の頭を持つ異形の物であった。
「なんじゃ?魔獣か?」
ティグラはエンルーを背中にかばうとナイフに手を伸ばす。
「いえ、魔獣ではありません。明らかに人の手で作られた物です。もしかしたらこの街の管理をしているのかもしれません」
【このドームは現在建物の倒壊が進んでおり危険なので直ちに退去してください。】
異形の物が言葉を発する。
「なんじゃ?何か言っておるな?」
「ランダロールの言葉です。この場所は危険なので退去を求めています」
シリアは人族の言葉で呼びかけてみることにした。
【わかりました、安全な場所を指示してください。】
【このドームは危険です、ドームからの退去を要請いたします】
【このドームの外の状態はわかりますか?】
【このドームの外の状況に関してはデーターが有りません】
木で鼻を括る様な回答が続く。どうやらこの者は自分の意思を持たない者のようだと思った。
「シリア、何を言っているのかわかるか?」
「空港の案内人と同じ事を言っています。どうやらこのドームを警備するロボットの様ですが、自分達の活動を行うエリア外の事の情報は与えられていないようです」
「なんじゃい、役立たずじゃな。自分の村の外の状況を知らずに村を守れるもんかい」
「おばさま、ロボットとは何の事でしょうか?この様な異形の物の事ですか?」
「ランダロールの女神が造った人に奉仕するカラクリの事ですよ。ここでも同じようにこのロボット達を動かしている女神がいる筈です。エンルーさん、ティグラさん、瞑想を行いましょう」
「ここでも天上神様と交感が出来るのでしょうか?ここは既に天では無いのですか?」
「地上には女神がおられ、天には天上神がおられる。きっと月には月神もおられるさ」
3人は円座を組んで座るが、その周囲から他の怪物も姿を現す。
【このドームは現在建物の倒壊が進んでおり危険なので直ちに退去してください。】
同じ言葉を発しながらゆっくりと3人を包囲していく。
【指示に従ってこのドームから退去してください。当機は住人の危険を回避するための任務に就いています】
「言う事が少し変わってきたわね。エンルー、この子達に心は感じる?」
エンルーはしばらく何かを探る様に頭を動かす。
「何も感じません。この子達に心が有りません」
「心は無くともそれに繋がる紐は感じる筈だよ」
「ああ…これですね…」
「そうだ、よくわかったね。それをたどって行くんだ」
【ドームから退去してください。指示に従わない場合は強制退去を実行致します】
すでに3人は怪物によって包囲されていた。
「シリアどうするね?これ以上は危ない気がする。やるなら一気に片付けるぞ」
「それはいけません、彼らは人間に危害を加えません。ただこのドームから排除する命令を受けているだけです」
「おばさま、何か節を見つけました。彼らをまとめる結節点があります」
「よしそれだ。一気に乗っ取ってしまいましょう」
【警告、警告、直ちにこのドームから撤去を………】
エンルーが節の部分に侵入しそこを乗っ取ることに成功をした。するとロボット達の動きが緩慢になり3人の周囲をうろうろと動き始める。
「上手く行ったみたいですよ、エンルーは本当に力も能力も高いのですね~」
「成程、天上神がエンルーを同行させたのはこういった理由が有ったのかね」
「さあ、どうでしょうか?本当の理由はもっと違う所にあるような気がするのですが。女神様も意外とおかしな部分がありますから」
シリアの言っている事の意味がティグラにはよくわからなかった。ランダロールの生活と大地の生活が大きく異なっている所以であろうか?
「おばあさま、先ほどこの物達を一気に片付けるとおっしゃいましたがどうされるおつもりだったのですか?」
「ああ、ワシとシリアの魔法で攻撃をすれば何とかなったと思うよ。なんかすごく華奢にできているからねえ」
「ティグラさん、これはカラクリですから暴力的な力よりも電気の魔法が有効だと思いますわ。ただこの世界のロボット達は人間に敵対はいたしませんから、それを元に行動しなくてはいけません」
3人の周囲にたむろしていた6脚ロボットはガチャガチャと音を立てて移動し始める。
「おばさま、誰かがロボットに命令を出していますわ。今回の節のその上からの様です。何かを援護するような命令に感じられます」
「もしかしたら他の連中がこのロボットを壊したのかもしれないねえ、それで増援を命じられたとか?ロボットの後をついて行けば彼らの所に行けるかもしれんな」
ティグラがニヤリとわらう。狼人族の中で生活をしてきたティグラもかなりいい性格をしている様だ。
その時ブーンという音がして何かが飛んで来た。それが近くまで接近すると3人に向かっていきなり何かを発射する。
「な、なんじゃい!いきなり物騒な奴じゃ」
3人は大きく飛び上がってそれから逃れるとティグラが電気の魔法で飛行ロボットを攻撃する。
電気に当たった飛行機械はコントロールを失い墜落する。
「あの飛行機械はロープを撃ちだしたわ。私たちを捕らえるつもりね」
その後ろから多数の飛行機械がティグラ達を目掛けて飛行してくる。
「警告はどうした?仁義は通さんのかい?」
ティグラが叫ぶと移動していた警備ロボットは動きを止め引き返して来ると、3人を囲む。
飛行機械達は3人の上空を円を描いて飛行し始める。
「エンルーさん、ここは私達が守ります!このドローン達の節に入ってコントロールを奪いなさい」
「はいっ」そう言うと、エンルーは目をつぶって瞑想に入る。
「気を付けな!こいつら一斉にロープを投げつけるつもりだよ」
そう言った途端、3人を取り囲んでいた警備ロボットは一斉に飛行機械に向かってロープを撃ちだし始める。
エンルーは既にロボットたちを掌握しており、ドローンの攻撃から3人を守るつもりであった。
しかし飛行機械の機動性は高くロープに絡まれる物はいない。一時的に飛行コースに乱れが生じるがそれだけである。すぐに体制を整えると再びロープを発射して来た。
3人にロープが迫るとロボットはジャンプを行い、飛んで来るロープを途中で阻む。そしてそのロープに絡まったロボットは動きを止められて落下した。
動きを止めたロボットが3人の周囲に積みあがっていくが、ロープに絡め取られた体をうぞうぞと動かしてロープを外していく。
「仕方がない、シリアやるぞ!」
ティグラとシリアはその足元にエンルーを座らせると、両手を上げて上空に電気の魔法を発射する。
放電に捉えられた飛行機械は一度に数機ずつ動きを止めて落下していく。
それに怯むことなく飛行機械は次々とロープを吐き出してきた。ロボット達は再び自らの体を盾にしてそのロープ攻撃を妨害する。
その間ふたりは電気の魔法を使ってドローンを攻撃し続ける。
「おばあさま!やりました」
そうエンルーが叫んだ途端にドローンは動きを止めて一斉に引き上げ始める。
「侵入に成功したようじゃな、エンルー」
「はい、シリアおばさまがサポートしてくれましたから」
「なんの、お前さんの能力が有ってこそだよ」
ドローン達がいなくなるといきなり周囲は静寂に包まれる。
「他の連中はどうなったんじゃろう、もう一度交感をして見なくては」
3人で瞑想に入ってみる。
「…………………………」
「リクリアさん達とガーフィーさんが合流したようですね…」
リクリア達の様子がイメージとして伝わってくる。衝撃波や風の魔法でロボットを壊滅させ、コタロウが飛行機械を焼き尽くしていた。
「なんじゃい、あの連中は完全に力押しではないか。巫女としては情けない限りだねえ」
「まあまあ、ティグラさん。あのふたりは巫女としての訓練はまだ十分じゃありませんから」
「まあ、コタロウがおるのじゃから心配はいらんだろう」
「コタロウ様は何に向かって叫んでおられたのかしら」
「わからんが頭に血が上ったんじゃないのか?天井から水をぶっかけられておるでな」
その時ズシン、ズシンという音が聞こえる。ドームの端から頭の赤色灯を点滅させた黒い巨人が姿を表す。
「何じゃ?あれは」
「ヒロさんが連れてきていた黒い巨人さんのようですね。あら、でも少し違いますわ。随分人相が悪くなっていますわねえ」
「頭にランプを点滅させている辺り、かなり趣味が悪いとしか言いようがないねえ。エンルーや、構わないからさっさと乗っ取ってしまいなさい」
「はい、おばあさま。すぐにやってしまいますわ」
エンルーもすっかり自信をつけて黒い巨人の乗っ取りを開始し始めた。




