空港のレストラン
6ー021
――空港のレストラン――
「………………………………………………………………………………………全…然…動くものが有りませんね。………………………………………………………」
じっと外を見つめていたコタロウがぼそっとつぶやく。
「はい、月面には水も空気も有りませんから生き物もおりません。したがって何万年も変化することもございません」
「……………………なんかものすごく退屈そうなところですね〜っ…………………………」
「はい、逆に何もない場所を見ながら食事を楽しむのも、また一興と考えるお客様もおられますから」
なんとなく月面の写真を窓に張っておいても同じような気がするんだけどね。
「せっかく食事に招待されておるんじゃ、みんなで食事を楽しもうではないか?」
「はいはい、ティグラさんのおっしゃる通りですわ。どんな物を食べられるのでしょうか?」
「あいにく軽食程度しか用意できませんが、テーブルの上のメニューからどうぞ」
「どれどれ?」
メディナ達も興味深そうに寄ってくる。
「皆様でお召し上がりになられるのでしたら、テーブルを付けて一緒にお召し上がりください。私はホログラムなのでお手伝いは出来ないので申し訳有りませんが」
他に誰もいないのでテーブルを寄せてみんなで食事のできる場所を作る。テーブル上のメニューを見てみんな驚いていた。
「すごいっ、全部絵が書かれていてどんな料理かわかるようになってる」
「皆さんがおいでになるとわかっておりましたので、全力で空港の用意をさせていただきました」
「もしかしてあの戦艦の台座も大至急作ったとでも言うのか?」
「はい、あの艦船には着陸装置が無いことがわかりましたので、大至急作らせていただきました」
我々が地球を出てから3日であの台座を用意したらしい。本当なのか?めちゃくちゃ胡散臭いのだが。
「俺たちが来ることがどうしてわかったんだ?」
「それはもう、出発前からあちこちから情報が有りまして、皆様は当空港の改修以来初めてのお客様ですから。メニューもテーブルも新調し、食材を揃えてお待ちしておりました」
今ものすごく気になることを言っていたが、シツジさんは実に嬉しそうな様子で来客を喜んでいる。その情報を漏らしたとすれば…あいつか?…あいつだな。
まあどう見ても罠かなんかでは無いようだし、代謝が違って困る人間は俺ぐらいなものだしな。
「えーと、ハンバーガーにホットドッグ?焼きそばにピザ?見ただけじゃよくわからないわね。このパフェって色がすごく派手ね」
女性は色とりどりのメニューを見て興奮気味である。
「ステーキは無いのかのう?2センチ位厚いやつは」
「申し訳ございませんが、こちらの施設では魔獣の肉の仕入れは不可能でして、肉に見えるものは全て合成食料でございます。しかしながら魔獣細胞は含まれておりませんので、それを食べられないお客様でも安心してお食事いただけます」
「メディナ、ここでは何を食べても問題はないようだ」
「このホットドッグに入っているのは腸詰めよね、私一度食べて見たかったんだ」
「極力本物に近づける努力はいたしましたが、なにぶんにも試食いただいた経験が御座いませんものでして、皆さんのお口に合えば宜しいのですが」
「ここに来た人間と我々の代謝が同じなのか?シツジさんと同じ人種が使用していたんだろう?」
「はい、私と同じ外見をされているお客様が食べて大丈夫なものは問題が無いと推測いたします」
要するに地球からの訪問者は我々が初めてだということらしい。この空港は一体誰が使用していたと言うのだろうか?
「昔はかなり多くの人間がこの空港から出ていかれた記録があるようですが、この施設を改修してからは皆さんが初めてのお客様となります」
そういう事か、この施設を利用していた人間はすでに出ていった後のようだ、この連中はその施設を受け継いでずっと整備を続けて来たようだ。
「それじゃずっとこの空港は使われていなかったのね、道理で寂しい状況なのね」
「人混みがよろしければ、その様にいたしましょう」
シツジが指をピンと鳴らすと周囲にいきなり人混みが現れる。
歩いている人、ソファーに座って新聞を読む人。アベックでジュースを飲む人など、ターミナルを行き交う人が現れ昔日の賑わいを演出する。無論、全てはホログラムだ。
「うーん、それじゃあボクは全部持ってきてくださ〜い、飲み物はコーヒーをジョッキで〜」
「カロロはー、ケーキにジュースー、ピザが美味しそうー、だからそれもー♡」
コタロウは周囲の状況には一切の躊躇がなくいつもどおりの無限胃袋である。
メディナ達も適当に注文を始めるが、シツジはメモも取らずにニコニコと注文を受けている。
やがて食品を置いた棚が幾重にも重なっている配膳機によって運ばれて来たので、各自が取ってテーブルに置き直してから食べ始める。
コタロウは来た料理を端からカッポ、カッポと口に放り込み、ジョッキに入ったコーヒーで流し込む。カルカロスでも見慣れた光景である。
「ケーキおいしーっ、シャポワールで食べたのとおなじー」
どうやらケーキはカロロには好評のようである。
ガーフィーがホットドックを口に放り込むと微妙な顔をする。
「いかがでしょうか?お口に合いませんでしたか?」
それを見たシツジさんが聞いてくる。
「いや、腸詰めは街でも食うが、何というか…スパイスは効いてはいるのだが、肉の味がちょっとな...まるで豆のような感じなのだ」
「食感でしょうか?香りでしょうか?お味でしょうか?お教えいただければ次の参考にいたしますが」
「ううむ、肉にしては柔らかすぎる、肉の繊維の硬さがないな。そして肉の旨味が感じられん、肉ではないのだろうから仕方がないのかな。スパイスは…まあこんな物か」
「ご回答ありがとうございました。次回の調理の参考に致したいと思います」
「あ、でもこのチーズは美味しいわよ、街と殆ど変わらないわね」
「お野菜はランダロールのお野菜そのものですねえ。やはり機械栽培でしょうからかしら」
「成程、ワシらの畑で作られている野菜のように太陽の匂いはせんな、シリアは毎日こんな野菜を食っておったのか」
「ええ、ですから野外任務に連れて行ってもらうのが何よりの楽しみでしたのよ」
何やかやと食事はそれなりの評価のようであった。
「なあ、シツジさんあんたに聞きたいことがあるのだが?」
「はい、私の権限内の質問にはお答えできますが」
「なんであんたの格好は人間なんだ?あの惑星の住人には他の種族もいるだろう」
「はい、それはこの施設を作った種族がこの姿をしていらしたからです」
ヒロの鼓動がドクンと跳ね上がる。
「この空港を使用していた人間は月面都市にいるのか?」
「その情報は私には知らされておりません。しかし空港改修以後使用された記録は残っておりません」
すでにこの月に人間はいないようだ。だが残された自動機械が何故ここまでしてこの施設を維持しているのだろう?機械だからか?最初に示された行動基準を変えることは無いというだけなのか?
そもそもそれを命じたのはだれだ?実際の所どのくらい前からこの設備を維持しているのだろうか?
「月面都市の事を聞くとすれば誰に聞けば良いのだろうか?」
「空港を出ればそこは月面都市になります。月面都市には各所に案内所がありますのでそこで聞けば様々な情報にアクセスすることが出来ます」
「今の話を聞いていると、この空港は長いこと使われていないようだがここは一体何の為にあるのじゃ?」
「はい、外部との交易のために港はどうしても必要ですから、いつでも使える様にずっと整備を続けてまいりました」
「まあ…わからんでもない。カルカロスの港も各地にある街との交易は盛んに行われていている。港の整備は街の一大事業じゃからな。それでどのくらい前から整備を続けてきたんじゃ?」
「記録が無いのでわかりかねます」
この空港は間違いなくランダロールと同じく『女神』によって管理されているはずだ。記録が無いということは言葉通りのことなので、記録がどのくらい遡れるのだろうか?
「改修前にされていた空港使用はいつ頃かわかるかい?」
「記録が無いのでわかりかねます」
記録はブロックされているということか。いずれにせよ街に行かなくては、これ以上の情報は得られないのかもしれない。
「う〜ん、お腹いっぱいになったね〜」
「ケーキ、おいしかったー♡」
竜の兄妹はかなりご満悦のようだ。いつでもどこでも人生を楽しめる強さはうらやましい限りだ。
「それでは街に向かってみましょうか?、どこから街に行けばよいのですか?」
「はい、エレベーターで地下まで降りる事になりますので、こちらへどうぞ」
シツジが先頭になって皆を案内していく。
「地下と言いますとランダロールより深い場所ですの?」
「申し訳有りません、ランダロールの情報はございませんので比較は出来ません。月面におきましては大気が御座いませんので隕石は直接落下してまいります。
空港はその性格上浅い場所に作られておりますが、都市が隕石の落下を受けますと壊滅的な被害を受けますので、地下100メートル以上の場所に作られております」
地下都市の状況は、あまりランダロールと変わらないということらしい。
シツジはラウンジの端の方にある大きな扉の方に案内をする。どうやらエレベーターらしい。中に入ってみると全員が入ってもまだ余裕のある部屋になっている。
「ランダロールの神殿みたいな感じですね、あれよりは何倍も大きいですが」
そう言ったガルガスの足元に魔法陣が現れ、その姿がふっと消える。続いてメディナ達も次々と消えていく。
あ~、これは神殿と同じ移動方法なんだ。そう思ったコタロウだったがみんなが、消えた後もコタロウの周囲の景色は変わること無く移動はしなかったようだ。
そして全員の移動が終わったのか?背後の扉が自動的に開く。
「ありええええ〜〜っ?」
どうやらコタロウは置き去りにされたみたいである。




