翼竜とのランデブー
6ー018
――翼竜とのランデブー――
全員を乗せた戦艦は神殿を離れ上昇を始めた。目指すは月である。
エンルーを艦に登録をしようとしたら、戦闘を行う船の管理を子供にやらせるつもりか?とティグラに怒られた。確かに子供を戦争に巻き込むのは良くないと思い、結局シリアとティグラを登録し、エンルーはしなかった。
すると艦はシリアを主任管理者に選定をし直す、どうやらこれが艦の選択のようだ。
もっとも何かあれば艦そのものが戦闘に巻き込まれる訳で、エンルーをこの戦艦に乗せた時点で微妙な感じはある。まあコタロウさんが体を張ってエンルーを守るだろう。カロロは守らなくても十分強いのだ。
カロロはエンルーとすぐに仲が良くなったみたいで二人でよく話をしている。
本当はメディナと同い年なのだが、体の大きさの関係でどうしてもメディナがお姉さんの立ち位置になる。そうなるとリクリアはオバサンの位置づけになるのかと考えたら睨まれた。流石に兔人族は勘が鋭い。
「月に到着するのにどのくらいの時間が掛かるんじゃろう?」
「だいたい3日くらいでしょうか?まず地球軌道上に上がり、そこで加速して月を目指しますから」
「すぐ近くに見えるのじゃが、そうそう近くではないのか」
ロケットのような強力な加速を行う場合と違い、重力制御による加速はずっと緩慢である。
重力を完全に遮断すると地球の遠心力で上空に放り投げられる。しかし衛星の軌道速度には達しないので重力制御を切るとまた落ちて来る。
したがって真空中まで上昇した後に時間を掛けて軌道速度まで加速していくのである。
ロケットはその機構上の特性により、一気に加速して月に届く楕円軌道に遷移し、月に近づいた所で減速しその重力に捉えられるのである。
一方重力制御の場合は徐々に加速して軌道を上げていくのでロケットよりは時間が掛かるのだ。
『巨大な生物を感知、翼竜と推定』
「やれやれバリアーを出た途端に翼竜に見つかったのか?大きさはどのくらいだ?」
「全長約200メートル」
「瘤翼竜じゃな、誰の差金なんじゃろうな?」
「接触時間とその時の高度の予測をだせ」
『接敵まで約5分、予想高度は5000メートル』
「前回の時、翼竜は5000メートルくらいまでOVISを追ってきたから、彼らの高度限界はそんなものらしい、ちょうどギリギリのところだな」
「攻撃をしてくるのじゃろうか?」
「みんな瞑想を行うよ、瘤翼竜と交感を行うんじゃ」
兔人族の巫女達は艦橋で丸くなって瞑想に入る。ティグラ、エンルー、シリア、リクリア、メディナ、それにカロロも加わっている。
あれ?考えてみたら女性の乗員全員が巫女だったんだ。
『いえ、医院長は巫女ではありません』
『医院長は女性カテゴリーに入れるのか?』
『命が惜しければその発言は心に閉まっておいた方が良いと思いますが?』
医院長はお玉を回しながらじっとこちらを見ている。もしかして聞かれたのかな?あれは魔女扱いだからな。
仲間に入れる程強力では無いのか?ガルガスは少し離れた場所で足を組んでいる。その横ではコタロウも一緒に足を組んでいるが、また何も感じられないのだろうか。そのガルガスがピクリと動き何やら難しい顔をしている。
ふとヒロは、ベギムの村でシリアとティグラの瞑想に割り込む事が出来たことを思い出し瞑想に入ってみる。
「おいおい、みんなどうしたんだ?何かが見えるのか?」
ガーフィーの声を遠くに聞きながらヒロは瞑想にリンクを行った。
『おばば様、翼竜が話しかけてきております』
『流石エンルーじゃ、すぐに受信出来たようじゃな』
『瘤翼竜さんですね、先日はご協力ありがとうございました、おかげさまで誰も死ぬこと無く事は治まったようでございます』
『ソウカ、ソレハヨカッタ。オマエ達ニハ昨日アッタ子供ノ行イヲ詫ビ、オサナゴヲ見逃シテクレタコトニ感謝ヲシヨウ』
『それって神殿を糞まみれにしたことか?今頃狼人族が怒っているじゃろうな』
『龍神ダイガンドノ指示ニヨルノダ、翼竜ニソノ判断ハ出来ナイ』
「艦内頭脳上昇を中止、翼竜とランデブーをする。」
『了解』
戦艦は上昇をやめ水平飛行に移る。それでも速度はそれなりに早い。
「しばらく翼竜とは平行して飛ぶから、ゆっくり話せばいい」
コタロウさんがいそいそとモニターの方にやってくるが、声が聞こえないので全く仲間外れにされて泣きそうな顔をしている。
『ふにゃー?翼竜さんー?』
『幼キ竜ノ娘ヨ、私ノ声ガ聞コエルノカ?』
『聞こえるよー、なにしにきたのー?』
『コノ世界デノ最モ強力ナ巫女達ノ旅立チヲ見届ケニ来タノダ』
巫女と言えば通信システムの中枢的な存在だ、天を介して翼竜と話が出来る存在だ。そう考えれば巫女は翼竜たちにとっても重要な存在なのだという事なのだろう。
『それ、カロロのことー?』
『イヤ、ソウデハナイ、ソコニイル巫女全員ノ事ダ。オマエタチハコレカラ世界ノ真実ヲ知ルコトニナル』
『まてお主、お主は私をエルメロス大陸に送ってくれた翼竜ではないのか?』
『ソウダリクリア、私ノコトヲ思い出シテクレタカ?』
『忘れるものか?何度と無く私を助けてくれた。』
リクリアを助けた翼竜とはコイツの事か?一体何者なんだ?この世界の翼竜の役割というのは?
そう考えたヒロの声は、またしてもみんなには届かない。
その時医院長はまるで会話が聞こえているかのように、お玉をバトンのように指先でクルクルと回し始めた。鬱陶しいからやめて。
『ソレダケデハナイ、オヌシノ妹ヲ台地カラ救イ出シタノモ私ダ』
『そ、それって私のこと?』
『オマエガ幼キ時、オマエノチカラヲ恐レタ台地ノ御三家ガ殺ソウトシテイタノデ、ワタシガ嘴ニ挟ンデ連レ出シタノダ』
以前にリクリアが話をしていた、子供の頃に翼竜の発着所に行った折に妹が翼竜に食われた事のようだ。
スクリーンに翼竜の姿が見えるとみるみる近づいてくる。
『それじゃあなたが私をエルメロス大陸まで運んできたの?』メディナもまた翼竜に問いただす。
『ワタシガ口ニ咥エテ運ベバ、オマエハ死ンデイタダロウ。私ノヤッタコトハ近クノ管理基地マデ運ブコトダッタ』
『その後は一体何が起きたの?』
『ソノゴノコトニ関シテハ私ハ知ラナイ』
スクリーンには翼竜が戦艦と平行に飛行しているのが映る、大きな体だ。戦艦の倍の長さが有るのだから当然だろう。
「カルカロスの街に現れた翼竜と同じくらいの大きさではないか、彼らはこのような知恵のある生き物だったのか。気の毒なことをしたものだ」
エルメロス大陸には種族の異なる知性体が存在している。それ故に人間としての基準は外観ではなく知性と言語である。
翼竜を殺し食ったことはガーフィーにとっては食人の禁忌を犯したことになるのだ。ちゃんと意思が疎通できれば争う必要性すら無かった筈なのである。
『管理基地とは一体何のこと?そんな物がこの世界にはたくさんあるというの?』
『ランダロールの女神様が仰っていたわ、この世界には100箇所以上の管理基地があるそうよ、あなたが送られたのはそのうちのひとつなのでしょう』
よく考えればその「世界中の管理基地」と言うのにエルメロス大陸が含まれるのは当然の事だろう。
何らかの方法でプルトリア大陸からエルメロス大陸の管理基地に運んだとしてもおかしくはない、つまりエルメロス大陸にも管理基地は存在し、女神すらも存在している。
そう思ったヒロは医院長の姿を探すが、お玉をクルクル回しながら艦橋を出ていくところだった。
その横でコタロウがしょぼくれた顔をしてへたり込んでいる。翼竜との遭遇をしているのにいやに静かだと思ったが、仲間に入れず落ち込んでいる様だ。
まあ、あとでカロロから状況を聞きなさい。
『あにゃーっ!翼竜はメディナの命の恩人なのー?感謝ーっ』
『そ、そういうことになるのか?それじゃ世界の管理者がメディナを助けたのか?』
『世界を管理する者が、たかがひとりの兔人族の娘の命を守ろうとするのは何故じゃ?そもそも管理者とは一体何者じゃい』
『管理者ハ人ヲ殺スコトハナイ、ソノ理由ハ月ニ行ケバワカルダロウ』
『シリアよ、お主ランダロールの女神からなにか聞いてはおらんのか?』
『わかりません、しかしランダロールの人間は女神様の慈悲によって生きながらえております。私は決して管理者は無慈悲な存在だとは思っておりません』
『管理者とは何者…龍神教の…すか?…天のこと…か』
ガルガスの声が遠くの方から途切れ途切れに聞こえてくる。能力不足のせいだろうか?
『何じゃガルガスかい?お主の力で会話は無理じゃ、声に出して言いなさい』
「管理者とは誰の代行者ですか?龍神教ですか?それとも天上神でしょうか?」
『ソノ質問ニハ答エラレナイ』
「それではあなたを使役するのは誰でしょうか?何故巫女の指示に従うのでしょうか?」
『私ヲ使役スルノハ天上神デアル、シカシ龍神ダイガンドヤ、巫女ノ使役モ受ケ付ケルノデアル』
「つまりあなたはこの星を支配する存在の代行者であり、龍神ダイガンドや巫女の指示にも従うということでしょうか?」
『オオムネソノトオリデアル』
「あなたは自分の意思でここに来られたのですか?」
『ソレニハ答エラレナイ』
「天上神とは何者なのでしょうか?私は天に浮かぶ光を追ってエルメロス大陸を目指しました。天上神とは天に浮かぶあの光なのではないのですか?」
『ソノ質問ニモ答エラレナイ』
ガルガスは、自身が思っていた以上にこの世界の真実に近づいていたことに気が付いており、自分の行ってきた冒険が結実していくのをこの時に強く感じていた。
『いずれにせよお主のお陰でメディナやリクリアや、おそらくもっと多くの命が救われたのだと思う。その事には感謝をしておるよ。今後も我らとお主達との共存は続くじゃろう。より良き未来をこの子達に与えてやって欲しいものじゃ』
瘤翼竜は体を翻すとゆっくりと戦艦から遠ざかっていく。巣に帰るのだろう。出発に際して接近してきたのは我々に対する支援だったのだろうか?あるいは祝福の為だったのかもしれない。
『私ハアナタ達ガ、コノ世界ノ本当ノ姿ヲ知ッタトキニ、ヨリ良キ選択ヲスルコトヲ望ミタイト考エテイル』
最後に翼竜はこの様に通信を送ってきた。彼らは決して星に住む者の敵では無いと言いたかったのかもしれない。
『OVIS、結局あいつは何の為に現れたんだ?』
『不確定、しかし翼竜を殺さなかった事に対し謝意を表しに現れた可能性大と推測』
『生き物は大事にしようと言うことか?』
『えっへん』
コイツ…ムカつく。




