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――竜の息子と聖嶺の大地――  作者: たけまこと
第六章 私を月まで連れてって
145/221

ベギムの村へ

6ー013

 

――ベギムの村へ――

 

 転移装置で神殿に移動するとコタロウの顔が目の前にあった。あまりの迫力に思わず腰が引けてよろけてしまった。

 

「ヒロさんでしたか…」

「あからさまにがっかりした顔をしないでください。カロロさんは1日は帰らないと言っていたでしょう」

 妹の事が心配でならないのだろう。すごくしょんぼりした顔をして一回り小さく見える。

 

「それはわかっているのですが…魔法陣が光ったのでカロロかと思いまして」

「他の人も順番に出てきますから、あまりみんなを驚かさないでくださいよ」

 コタロウさんはショボンとした顔で神殿のステージに座り込んでいる。

「ああ〜ら、コタロウさんじゃありませんか?こんなところでどうなさっているのですか?」

 転移してきたシリアさんは相変わらず元気にコタロウに挨拶をしている。

 

「妹が神殿の洗礼を受けているので、まだ帰って来ないのですよ〜」

「ああ、それで心配しているのですね。大丈夫ですよ神殿は天上神ヘイブの加護によって守られている場所ですから」

 その割には翼竜の攻撃で壊滅しちゃいましたけどね。もっとも天上神ヘイブの使いか知りませんがすぐに直しちゃいましたね〜。

 

「そういうわけで、明日までは出発が出来ないことになりますね」 

「わかりましたわヒロトさん。それでですが、一緒に連れていきたい人がいるんですけど宜しいかしら?」

「月へですか?どなたでしょうか?」

「ヒロトさんもご存知の、ベギムの村のシャーマンのティグラさんですよ」

 外部探査部隊とともに行ったあの村か、確かシリアさんがシャーマンとリンクを行っていたところだな。

 

「たしかお年をめした兔人族の女性の方がシャーマンでしたよね。なぜその方を同行させたいと?」

「はい、前にヒロトさんと交感フェビルで繋がった事が有ったでしょう。その時ヒロトさんの記憶の一部が流れ込んできたみたいで、この船のような物が見えたんですよ。

 それで生きているうちに乗れれば乗ってみたいと話したことが有りましてね」

 コタロウさんの気球姿を見た時の事か。あの時は記憶をなくしていたが、軍隊時代の記憶が流れ出したのか?油断がならない物だな交感フェビルとは。

 

「しかし月には敵がいるかも知れません、命の危険があるかもしれません」

「あら、大丈夫ですよ、月神ムーは優しさと慈愛の象徴なんですから」

 いや、それはこっちの大陸の原始宗教の神様でしょう。本物の敵にはそんな慈悲は無いですから。

「それでは…またランダロールに戻って探査装甲車を出してもらいますか?」

「あら、でもどなたかが助力を申し出ていますわよ」

 その時、戦艦の貨物ハッチが開いてゴトゴトと何かが降りてくる。あいつまた余計な所にでてくるな。

 

「オーッホッホッホッ!天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ!救いを求めて私を呼ぶ!怪傑バルバラ医院長、降〜臨!」

 いつもよりも10倍はけたたましい声とともに8輪幌馬車が船から降りてくる。その後ろからはガーフィーが渋い顔をしてついてきた。 

 ヒロはヘルメットの安全装置が外部音声スイッチを切り、他のみんなは耳を塞ぐ。コタロウさんは仰向けにひっくり返って泡を吹いている。

 

「なんですか?あなたは!大地グランダルの反対側まで届くような声を上げて、降りてこないでください」

「いえいえ、私を呼ぶ声が聞こえたので是非お助けしたいと考えまして。そこのあなた!私をお呼びになったでしょう」

 ズカンと胸を突き出してシリアさんに迫る。自慢でもしたいのですか?

 

「まあ、なんて立派なものをお持ちで」

「いえいえ、そんなに悲観なさらなくて良いのですよ、人はそれぞれですから〜」

 ちなみにシリアさんは小柄でとてもスレンダーな体型をしていた。

 

「はい?何のことでしょう。とても素敵な馬車をお持ちでは有りませんこと、これで私達をベギムの村に連れて行ってくださるのですね?」

 ニッコリと笑うシリアさん。如何なる状況でも己が感情の揺らがない人だ。

「あ〜〜っ、はい。シリアさんがどこかに行きたそうにしていましたので出てきました〜」

 医院長さん、あからさまに残念そうな顔をしないでください。


「ベギム村だと?それではこの神殿は、私が洗礼を受けに来た神殿だったのか」

 リクリアが思わず声を上げる。以前言っていた洗礼を受けられなかった神殿とはここの事だったのか。

 

「シリア殿!その村のシャーマンはティグラというのではありませんか?」

「おや?ティグラさんをご存じだったのですか?」

「おお、やはり!私はティグラのおば様の元でシャーマンの修行を致しましたから」

「あの方とは以前から親交が有りましてね、様々な本を交換してきましたのよ」

 嬉しそうに笑うシリア、この人にはヒロも随分世話になった。この人を今回の事に巻き込んだのが良かったのか、悪かったのか?忸怩たる思いもぬぐえない。

 

「おばば様は元気でやっていらっしゃいますか?」

「元気、元気。まだまだ現役でいらっしゃいますよ。是非ご一緒に挨拶に参りましょう」

「オーッホッホッホッ!宜しいんじゃございませんか〜?」

 

 医院長の狂笑にヒロは、はたと気付く。

 ヒロの嫁となったメディナ。たまたま同じチームに入って来たリクリアがその姉で兎人族。そのリクリアを育てた村がベギム村。

 リクリアの能力を上げたシャーマンがそこに住んでおり、ランダロール市のシリアさんの知り合い?そのランダロール市に翼竜によっておびき寄せられたヒロ。

 

 偶然じゃないだろう!こんな事が偶然起きる筈もない。

 キッ!となって医院長をにらむと、目を合わせずに平然と馬車に登っていく。

 

『完全に手玉に取られていますね』

『お前の力で何とかならんか?完全にボロ負けだ』

『パイロットの役目は、外部の浸食から私を守る事なのですが…』

『…………………………クソ』

 

「おばば様の知り合いがまさかランダロールにいるとは思いもしなかった」

「外部探査を行うときには、時々お世話になっていましたのよ」

「姉さんが行くなら私も言ってみたい。姉さんの育った村を見て話を聞きたいわ、ヒロはどうする?」

「残念だが俺には無理だよ。この馬車ではヘルメットを外せないし、OVISで行ったとしても操縦室から外には出られない。それに、コタロウさんをこのままにしておくのはちょっと…」

 

 医院長の衝撃から回復したコタロウは、転移陣の前に座り込んだままじっと魔法陣を見ている。

 

「ああ………そうね……」

「メディナ達は行ってくると良い、ここは俺が見ているから」

「私もコタロウさんにお付き合いしますよ。皆さんは行ってらしてください」

 ガルガスはコタロウの横に行って腰を下ろす。


「妹さんの事がご心配でしょう。でも大地神グランザードの懐におられます。我らが命の営みを繋いでくれる母なる神です。どうか安心してお待ち下さい」

「ありがとうございます。妹の成長をずっと見守って来ました。いつでも一緒にいられるのが当然と思っていたそれを、無理矢理切り離されるのはとても辛い経験なのですね。

 先日ボクはカロロに黙ってこちらの世界に来ましたが、その時のカロロの気持ちがよくわかりました」

「長い寿命を持つ竜人様は、その長さ故に他人の命に対しては、とても敏感に感じてしまうものなのでしょう。大丈夫ですよ、カロロ様も竜の一族なのですから」 

 ふたりは揃って魔法陣の前でカロロの帰りを待つことにしたようだ。


「さあ、乗車してください出発致しますわよ〜〜っ」

 医院長が神殿の前で出発の奇声を張り上げていた。結局シリア、リクリア、メディナの3人を乗せて馬車はベギムの村に出発していった。

 

  

「竜人族と言っても人と交わらなければ獣と変わらない。獲物を狩り、山の上で生肉をかじることになる。孤独の中で生き、他のものから知識を得ることもない。人間はひとりでは生きては行けぬ存在なのだ」

 ガーフィーがそっとつぶやく。脳筋だと思っていたガーフィーがこの様な考えを持っていたのが意外であった。いや、だからこそリクリアに一目惚れをして一緒になったのではないか。

 

「竜人族が本当はどのくらい生きるのかはワシも知らない。それ故にかどうなのかはわからぬが非常に慈悲深い。友人の死に対してとても強い精神的負担を受けるようなのだ」

「しかしカロロさんもまた竜人族です。それほど心配する必要は無いのでは?」 

「実際にカロロ殿は限定的には獅子族よりも強い。竜の能力と生命力で手足が千切れても再生する。

 だがヒロよ、竜の出生率は非常に低い。子供を成すのは500年に一度くらいであり、ましてや人間程度の大きさのうちに兄弟という状況が成立するのは非常に稀なのだ。コタロウ殿の心中もまた、我らとは大きく異なっているのだろう」

 

 既に100年以上の時を生き、やがてその大きさゆえに人としての活動が出来なくなる宿命を持たされている。

 それ故に彼は人との繋がりをより強く求め、肉親との絆を強めるのだ。特にカロロに対する愛情は尋常ではない。

 カロロ自身もそれがわかっているから、いつもコタロウの背中に張り付いているのではないか?そうガーフィーは言っているのだ。


「彼は非常に多くの学びを行い、実績を上げている。あれ程の人間はめったにいないだろう。しかしながら彼の心には満たされぬ何かが有るような気がしてならん。

 ワシはコタロウ殿の半分も生きてはいないが、ワシには彼の中にはその叡智とは裏腹の非常な幼さ、脆さを感じる事がある」

「ああ、それは時々俺も感じる事があります。驚くほどの知性と洞察力の中に非常に子供らしいナイーブさが見て取れます」

 

「ワシは後20年もすれば狩人を引退をしなくてはならんだろう、少なくとも大型狩りを続ける事は出来ない。しかしコタロウ殿は大人になるのにまだあと400年はかかるのだ。

 なあ、ワシはどうも竜人族を見ていると、実際に生きた年齢ではなく、生き物としての年齢がその心に強く影響しているのではないかと観じているのだ」

「コタロウさんは竜人族の年齢では4歳程度に相当しているそうです。カロロさんまだ1歳にも達してはいません、その生物的年齢が性格に強く出ていると?」

 

「それ故にコタロウ殿の中の幼い部分を、ワシらは思いやってやらねばならないのだろうよ。ふたりの親離れ、子離れにはまだ多くの時間が必要だろう」

「そうですね、わかりました」

 ヒロがコタロウと過ごした僅かな時間で感じた事だったが、やはりカルカロスの中にも同じ様な考え方をする人間はいたようだ。

 カルカロスの竜人はこの様な人々に囲まれて生きているのだ。決して孤独ではないのだろう。

 

「まあ良い、それより食事の用意をしなくてはならん、コタロウ殿も腹を空かしているだろうからな」

 ガーフィーとふたりで食事の用意をする。意外なほどにガーフィーは料理の手順が良い。当然といえば当然だろう。彼も狩人として屋外で食事をすることも多かったはずだ。 

 食事をバケットに入れて神殿まで行くと、転移陣の前でコタロウとガルガスが座ったまま一緒に寄り添って寝ている。

 コタロウからはいびきではなく、腹の音が聞こえている。

 

「まあ、コタロウ殿もなかなかのものだ。彼らしいと言えば彼らしい」

 

 どんなに落ち込んでいても食うことと寝ることに妥協は無いようだ。そうでなければ竜人族の長い人生を生き抜く事は出来ないのだろう。

 ふたりを起こすとその場で食事を始める。カロロの事で落ち込んでいたコタロウも少し元気を取り戻して来た。

 

「カロロ殿の事はご心配でしょうが、気に病みすぎても仕方が有りません。何より不死身の竜人族ではございませんか。明日にはケロッとして戻って来られますでしょう」

「はい、ボクもそう思うのですが、なかなかそうは割り切れないものですから」

 持ってきた肉の塊を食べながら自らの気持ちを吐露する。こういった人間関係が竜人族にも必要なのだ。

 

「リクリアに聞いたのだが、巫女というのは天と繋がり、距離の離れた他の巫女と話しが出来るという能力らしいではないですか。それこそ最強の竜人族の誕生だと考えれば喜ぶべきだとは考えられませんか?」

「い、いや。ガーフィーさん。その話はちょっと」

 ヒロは少しガーフィーを諌めるが、コタロウはズーンと落ち込んでいる。

 

『今の話はまずかったかのう?』ガーフィーが声をひそめる。

『あなたの子供が自分には出来ない魔法が使えるとわかったら、どう考えますか?自分が大事に守っている妹が自分より強力な能力を持ってしまったらお兄ちゃんのメンツが丸つぶれでしょうが』

『ああ…そういう事か…』

 

「俺は以前シリアさんと村のシャーマンと共に瞑想ウタキ交感フェビルを行った事が有りました。その時にコタロウさんが籠を吊るして飛んでいる姿が見えたのですよ」

「それは…ボクがエンルーさんを乗せて飛んでいる時のことですね」

 

 これはヒロが兵士として要求された能力、即ちOVISのパイロットのリンク能力が、この大陸のシャーマンと同調したことを意味しているのだ。

 これはありえない偶然と呼んで良いものなのだろうか?

 

「あの時は女神に記憶を消されていて、コタロウさんの事を理解できずにいました。記憶が戻った後考えてみれば、自分のいた世界から、こんなに離れた場所で全く違うシステムとテクノロジーで感能者フェビリティと同調出来ると言う事自体が、わけのわからない事なのですよ」

「お話中すみません、ヒロさんもシャーマンなのでしょうか?」

 ガルガスが不思議そうな顔をしてこちらを見ている。これまでの経緯をほとんど理解できていないガルガスにとっては、ヒロのリンク能力というものを単なる資格のようなものと考えていたのかもしれない。

 

「兔人族や狼人族のシャーマンとは少し意味が違うのですよ。黒い巨人やこの船と意思を繋ぐ事のできる人間がパイロットとなれるのです。ペリエスさんもそのひとりです。しかも俺の持つ能力は人工的に作られたものなのです」

「成程、遠くから来られたヒロさんのお持ちの能力が、この大陸のシャーマンの能力と同じ物である事に驚かれているのですね」

 

「いや、その遠くと言うのが実はもっと遠くて、お互い交流が絶対に出来ない距離なのですよ」

「天と地よりも遠いと言うことですか?」

「天と地の何千倍も遠い場所です、移動するだけでその人間の一生を何度も繰り返さなければ不可能な距離なのです」

 2000光年という単位を提供したところで理解することはこの世界の常識では不可能だろう。

 

「しかしヒロさんの外見は、今の私と殆ど変わりません。ガーフィーさんにしても顔は別にして体の作りや骨格は非常に似ているように思います。同じ光を見、同じ音を聞いて同じ食事を取って生きています。同じ能力が有ったとしても不思議では無いと思いますが?」

 ガルガスは実に論理的な洞察を行っている、この男にはこの様な一面が有ったのだろうか?流石に技術者でエルメロス大陸を目指そうとした男だ。

 

「もしかして俺とこの世界の人間は同じ種族から発生したものだと考えておられるのですか?」

「言っている意味がわかりませんが、同じ神に作られたものでは有るのかもしれませんね」

 

『注意、この星の住民に進化論の概念は無いと推測』

『言葉を知らないだけでこの推論にたどり着くとは、素晴らしい人間のようだ』

 

「しかし俺には決定的な違いがあります。俺には魔獣細胞を使うことが出来ません」

「でもヒロさんはここに来られているんでしょう?どうやって来られたのですか?」

「俺がここに来たのは、ありえない事故が起きて、この船と俺と黒い巨人がこの世界に飛ばされて来たのです。全く繋がりのない場所同士で同じ能力が使用されているのは偶然と言うには出来すぎではないでしょうか?」

 

「シャーマンのシステムはこの世界に深く根付いています。多くの情報がシャーマンと天上神ヘイブを通じて交わされています。のみならずこの能力は地図の作成や船の航海には非常に重要な能力なのです、自分のいる正確な場所がわかりますから。

 私もシャーマンではありますが、その力はかなり限定的で、他人との交信は出来ません。天上神ヘイブと繋がることにより、位置がわかるという程度のものです」

 

「成程、それで測量技師になったのですか?」

 


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