ランダロール市長の乱心
6ー012
――ランダロール市長の乱心――
女神の顔を見ているうちになにか違和感を感じる。そもそもカロロを巫女候補と間違える筈もない。いったい何の目論見が有るんだろう?
それにしても意外なのがコタロウのうろたえぶりである。カロロの事でここまで動揺するとは思わなかった。
女神の目論見はわからないが、あまり碌な物じゃなさそうだ。
「わ、わかりました〜。しかしカロロの事は3日も待てませんけから、すぐに戻していただけますか〜?」
完全に涙目のコタロウである。コタロウの性格を知っていてこんな事をする人間をヒロは一人だけ知っている。
「そう言えば、コタロウさん竜人族は毒が効かないと言ってませんでしたか?カロロさんに麻酔は効くのですかねえ?」
リクリアさん、ナイス突っ込み。狼人族も酒に酔わないと言っていた、手術は地獄だな。とも思ったが、考えてみれば手術などしなくとも大抵の病気は自己治癒してしまうとも言ってたっけ。
「こちらの大陸の人は大半がそうですよ、直接脳を休止させるので毒物耐性は問題有りませんのよ、お急ぎなら明日には転送しておきますから〜、ちょっと頭痛がするかもしれませんが、大きな問題はありませんから〜」
「そういう事らしいです。カロロちゃんであれば大抵のことは大丈夫でしょう。ただし、この事をお父さんに話すとこの辺り一帯を平らに均しちゃうかもしれないから、黙っておきましょうね」
あのお父さんなら、やりかねないからな〜。
「わ、わかりました。それまで神殿で待っています」
お父さんの事を口にすると青ざめていた。やはり同じ事を考えているのだろう。
力無くしょんぼりとうなだれて、すごすごとドアの方に歩いていく。カロロのことがよほど気にかかるのだろうか?ドアにお腹が当たって中に入れない。
「すみませ〜ん。中に入れないので押していただけないでしょうか〜?」
どうにも力が入らないらしい。そこにいた全員でコタロウを転送室に押し込むとコタロウは神殿に戻っていった。
「あの〜、女神様。仮にですけれど、コタロウさんに巫女の才能があったら洗礼は受けられるのですか?」
「むりですよ〜、カロロさんはまだしもコタロウさんの面の皮の厚さでは、とても切れ目を入れられませんから〜」
コイツ、言いにくいことをあっさりと言うやつだ。やはり最初からそのつもりだったということか。
「やれやれ、なんだってあいつはこんなことでクヨクヨしているんだ?おい、ヒロ准尉早く市長の所に行こう」
この男も全く空気を読まない人間だ、クルーに混ざると絶対に危ない。
ヒロが端末で車を呼び出すとすぐにやって来た。
「な、なんですか〜っ。この乗り物は馬どころか御者もいないのですか〜?」
「いや、それは医院長の馬車も同じでしょう」
医院長はみんなが変態扱いをするので、あらゆる事をそのせいにしていたのだろう。
その変態が普通に存在することにガルガスは驚いているようだ。むしろこちらが真っ当な反応だろう。
車の中でヒロは市長とシリアさんに、端末を使って連絡を入れる。それを見ていたガルガスが目を輝かせている。
「ヒロさん、その小さな板は遠く離れた他人と話が出来る機械なのですか?」
「そうです、この大陸では巫女達による遠距離通信ができますが、この機械が有れば誰でも遠くの人と話ができます」
「す、すごいですね。それは私がアッカータに持って行っても使えるのでしょうか?」
「残念ながらこういった機械は社会インフラが整備されて初めて使用が可能なものになるのです。車も端末もこの地下都市のインフラに乗っかった機械なのでここから出れば使えないのです」
「そ、そうですか?」
すごく残念そうな顔をするガルガスである。電話すら存在しない世界で、こんな物を見せられたら誰しもそう考えるだろう。
「私達もいずれはその様な装置を作ることが出来るのでしょうか?」
「出来ると思います。ただそれまでにはものすごく大勢の研究者と、試行錯誤で物を作る技術者が必要です。でもいつかは必ずそこまでは行き着くことができます」
「そうですか♡」
ガルガスはすごく嬉しそうな顔をしていた。いつかは自分たちもこのレベルにいける可能性があることがわかったので嬉しいのだろう。すごく前向きな人なんだな。
市庁舎に着くとすぐに市長に面会を求めた。シリアさんも市長の元に訪れているようだ。
「流石にヒロトさんですね、こんなに早く戦艦を見つけ出すとは驚きましたよ」
応接室に通されたヒロ一行はダリア市長に、こう言って迎えられた。
「はい、シリアさんとの約束がありますから、これから月に行ってみようと思っています」
「本当ですか?私も月に連れて行っていただけるんですの?」
満面の笑顔で答えながらも、既に外出用の荷物を持ってきているシリアさんである。
「それで、市長さん。この人はペリエスさんといって、あの戦艦の搭乗員の生き残りの人です。こちらの市民として迎え入れてください。残りのメンバーは自分が向こうの大陸で一緒に月まで行ってくれるメンバーです」
「それはどうも市長のダリアです」
笑顔で挨拶をしながら目だけは笑っていない。何を考えているのだろうか?
「それで?ランダロール市民をエルメロス大陸へ搬送していただけるのですか?」
「その前に月へ行って調査を行うことにします」
「シリアさんが以前から提唱していた、この星が人類の故郷ではないかという話ですか?」
「そうです、現在のこの星のあり方は非常に不自然すぎます。我々は月に行って遺跡の有無を調べて来ようと考えています。この星の成り立ちを確認しないとその先の動きは決められないと考えています」
「それで?それがわかったら、どうされるつもりなのですか?」
どうやらシリアさんの説は市長に取っても初耳では無いらしい。
もっとも、月を調べたからといって、現状が変わるわけではなく人間は街の外で暮らすことはできない。
ランダロール市民の今後の選択肢は概ね3つ、エルメロス大陸への移民、地下都市での生活の継続、そして第3の道。
「その先のコンセンサスは市民全体で考えてください。その時に、俺はこの戦艦を使って最大限に市民のお役に立てたいと考えています」
「あなたはどうされるおつもりですか?」
「俺は隣の大陸に伴侶がいますのでそこで残る人生を過ごしたいと考えています」
そう言うとメディナが帽子を取って挨拶をする。それだけで市長は理解したようだ。
「あなた方が月に行ったとして無事に帰ってこれる補償はありますか?」
「あるでしょう。この基地にも女神がいます。あなた方は既にこの世界の管理者によって保護されている状況です。おそらく管理者はランダロールの人類をこの世界から移動させたいと考えているはずです」
移動と言えば聞こえは良いが、排除と言い換えたほうが良いのかもしれない。仮にこの星が人間の故郷で有ったとしても、現在の主人はこの世界に住んでいる人間たちなのだ。
「私はそうは思わないのですよ」
「市長?それはどういう意味なのですか?」
「あの戦艦はランダロール市民の最後の希望なのです。あれを失えば我々はここから動けなくなります」
「いや、それは無いだろう。女神によって生かされ続けているあなた方が、腹をくくれば女神は送ってくれる。それをしないのはあなた方がエルメロス大陸では生きていけないと知っているからだ」
「あの戦艦が動かせれば私達がこの世界を征服できるということですわ」
ロージィが市長室の背後の扉から飛び出してきた、その後ろには警備部隊が銃を構えて並んでいる、前回のような子供たちではなく装備からして正規の部隊だ。
メディナとリクリアが飛び上がって部屋の隅に退避する。
「あ、あの〜。ヒロさん。この人達は一体どういう方なので何をしたいのでしょうか?」
ガルガスがぽかんとした顔をして聞いてくる。
はああ〜〜〜っ、とため息を付くヒロトである。まともだと思った市長も戦艦を見るだけでこの様に変わるものなのだろうか?
「なに、あの戦艦を見て、あれが有ればエルメロス大陸を支配できると考えただけのことですよ」
「エルメロス大陸を支配?あの戦艦一隻で?そんな事できるのですか?」
ガルガスが驚いたように問い返した。普通の人間であればその様に考えるのだろうが。餌を目の前にぶら下げられたサルはそうは考えない。
「あの戦艦を使えば、エルメロス大陸を焦土に変えることは可能かもしれませんね。槍とナイフしか持たない人間には抗いようもないでしょう」
市長が勝ち誇ったように言う、武力とはこうも人を魅了し変質させるものらしい。
「はあ?なにを言っているのでしょうか?あなたの言う通り住民を全滅させる事は可能なのかもしれませんが、それで一体何になるというのですか?国土を焼き尽くした後に一体誰が作物を植えるのでしょう?」
ガルガスが呆れたように頭をひねる。この男は、青瓢箪に見えるが流石に犯罪者を集めて嵐の海に乗り出す胆力の有る人間だけのことはある。この状況でも全くうろたえてはいない。
「私としてもできるだけ穏便に済ませたいとは思っているのですがね」
「今日はコタロウさんがいないので安心して出てきたようですね」
「あの船が有ればコタロウ氏の両親でも手出しはできないでしょう」
ヒロは大きくため息をつく。
「わかりました、市長はほうっておきましょう。それではシリアさん出かけることにしょうか?」
これ以上付き合っても益は無い、そう思ったヒロは市長の発言を無視することにした。この市長ももう少し現実を実感するべきだろう。
「ま、まて!」
ヒロが立ち上がると警備の人間がそれを阻止しようとヒロに手をかける。
その瞬間メディナとリクリアの手から光がほとばしり警備員の手足を貫いた。
同時にガルガスが地を這うように移動して、目にも止まらぬ速度で警備部隊を殴り倒す。
「な、なに?」
懐から銃を取り出そうとしたロージィに向かってシリアさんが衝撃波を打ち込むと壁まで吹っ飛ばしてしまった。
壁に激突したロージィは気を失ったようだ。
その中でペリエスは、部屋の隅っこの方に這いずって逃げ出すと、頭を抱えてうずくまっている。
「だから言ったでしょう。皆さんがエルメロス大陸で生き延びるのは難しいと」
その場に立っているのは市長だけで、残りの人間は手足を押さえてうめいていた。
生身の人間とこの世界の住人の基本的能力の差をまざまざと見せつけられたと言う事が理解できたのだろうか?
「あの戦艦がなぜここにあると思っているのですか?乗員はエルメロスの竜を殺したので、ナイフしか持たない現地の狩人達に全滅させられたのですよ。このペリエスさんだけが唯一生き残ったひとりです。乗員全滅の経緯はこの方から聞いてください」
そこにふわっと女神が降臨した。
「め、女神様!」市長が裏返った声で叫ぶ。
「女神さん、今頃何ですか?もっと早く現れていれば血を流さずに済んだものを」
女神がシリアさんに怒られている。
「いいえ〜っ、まさか市長がこんな愚かな事をなさるとは思いも寄りませんでしたから〜」
嘘をつけ!こうなるとわかっていて誘導していたんだろう。
少なくともこれで戦艦を渡しても、絶対にエルメロス大陸に攻め込む様な事は考え無くなっただろうけどな。
「まあ良いでしょう。これから我々は月に向かいます、無用な混乱は避けたいので後の始末はよろしくお願い致します」
「はい、は〜い。後のことはお任せ下さいね〜」
女神の発言が軽い、外に出ると女神が市長に説教をしている声が聞こえた。
「なんだ?あの女神というのは?月神の化身か?」
リクリアは訳がわからないといった顔をしていた。
「そんな上品な物じゃない、医院長の化身だよ」
「「「ああ〜っ」」」
3人まとめて納得するんじゃない。
「それよりシリアさんにはご迷惑をおかけしました。後のことは大丈夫でしょうか?」
「まあ、何とでもなりますよ、女神さんもおりますし」
「シリアさんも台地の御出身なのですか?魔法の使い方が実に見事でしたね」
シリアの手際に感心したのか、ガルガスがそう褒めていた。
「外に出ていますと、場合によっては身を護る必要が有りましてね、あなたの動きも見事でしたわ。固定都市出身の方ですか?」
「はい昨日、見事に固定都市から放逐されました……」
「……………………?」
シリアさんは頭を捻っていた。
それにしてもインテリだと思ったガルガスですらあれだけの戦闘力を見せるのだ、如何にこの世界が生きるのに厳しい場所であるのか良く分かる。
神殿に戻り転移装置の入り口の前に立つと再び女神が現れる。
「すみませんね〜、市長さんにはし〜っかりと言っておきましたから〜」
人の良さそうな顔をして詫びを入れてくる。腹の中ではどう考えているのかわからないけどね。医院長を連れてくれば見ものだったのかもしれない。
「市長は大型化した狼人族の危険性は、十分に認識していたはずですよ。市民体形のの現地人であれば、自分たちと同レベルの驚異と感じていたのでしょうか?」
「さあ~、そこまではわかりませんが、銃があれば何とかなるレベルと考えたのかもしれませんね~」
そう思考誘導したのはもしかしてあなたじゃないんですか?
「市長が行動を起こしやすいように、わざとコタロウさんがここ来れないように画策したのでしょう。コタロウさんがものすごく心配をしていましたよ」
「ああ〜ら何の事ですの〜?カロロさんは私の懐にいれば母親の腕の中よりも安全なのですから〜」
今度、医院長を連れてきて「撲殺の魔法」でぶん殴ってもらおう。
実体が無いから無理かな?いや医院長ならできそうな気がする。




