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――竜の息子と聖嶺の大地――  作者: たけまこと
第六章 私を月まで連れてって
138/221

アッカータの領主

6ー006

 

――アッカータの領主――

 

「なに?ガルガスが戻ったと?」

 

 アッカータ領主のゼルファート・デル・サリザーグは驚いた。

 1年近く前に外洋探査に送り出した男がおかしな連中と共に戻ったと告げられたからだ。それも港ではなく馬車でやってきたと言うのだから理由がわからない。

 

 ゼルファートは領主ではあるが他の上級市民の様な小型の体はしていない。肉を食い、大型化した体を持っている。

 領主と言う物が各利害団体の調整役である以上、その利害がぶつかった時に命を狙われる存在であることは間違いが無く、アッカータのように固定した大きな街に有ってはなおさらである。

 漁業と農業で発展してきた街で働く者の多くは肉を食い、大型化している。外部から街にやってくる者も皆大型化した狼人族である以上、自らも大型化しないわけにはいかなかった。

 

 魚を食い大型化しないことをステータスと考える上級市民が多いが歴代の領主はみな大型化し、その取り巻きは小型のままと言うふざけた慣習がまかり通っていた。

 大型化していればかなりの暴力的行為に合っても死ぬことは無い。手足程度が切り飛ばされてもまた生えて来るのだ。

 おまけに毒に対する耐性も高まる。おかげで酒に酔うこともない。

 

 肉を食わぬ者共は小さい体で洒落た服を優雅に着こなし、社交場でダンスを嗜む。男女のゴシップに花を咲かせ、大型化した労働者達を見下している。

 大型化した人間ばかりの世界では大型化しない人間は希少であり、それ故に女にもモテるのだ。

 一体誰のおかげでその優雅な生活が出来ると思っているのだ?ゼルファートだって出来れば大型化せずに人生を楽しみたかった。

 それでもそれが領主の責務と考える様な教育をずっと受けてきたのだ。今更人生をやり直すことも出来そうにない。

 

「なんだ?あの饅頭の様な生き物は、ペットなのか?」

 領主館の窓から馬車から降りる者達を見ていたゼルファートは、まずその馬車に驚いた。

 馬を繋がず、大きな太い車輪を8つも付けた馬車の奇異な形に目を引かれる。大型化していない兎人族と共に降りてきた不細工な生き物に驚く。

 

「あれは自らを竜人族と名乗っております」

 警備部長のドルストイが報告を上げる。

「竜人族?龍神教の関係者か?」

「いえ、龍神教の始祖となった竜人と言う物が台地ダリルの記録に残っております。全長が20メートル程の翼竜によく似た翼と四肢を持った種族に似ておりますな」

「あいつは20メートルもないし、まん丸だぞ?」

 

 あまりにも的確な表現である。コタロウが聞いたら涙するかもしれない。

 

「亜種かもしれませんが、私も見るのは初めての種族ですね」

「知的種族なのか?ただの獣か?」

「仲間と話をしている様ですから知性はそれなりに有ると思われます」 

  

 まさか大学教授とまでは思っていないだろう。

 

「ちっこいのが饅頭の周囲を飛び回っている、彼らは飛行種族なのだな」

「背中に広げた翼が薄膜で出来ています、その点では翼竜と似てはいますな」

「うむ、あのまん丸のブサイクはともかく、何かドレスを着たちっこい方は可愛いな。庇護欲をそそられる」

  

 にへらっ、と愛想を崩すゼルファートである。

 

 あ〜っ、コイツまた悪い癖がでたなとドルストイは考えた。この領主は小さくてかわいい物に強い庇護欲を示す。つまり子供には非常に甘いのだ。

 子供を大事にすること自体は悪くは無い。為政者としては大切なことだ。しかし無防備に子供に接するのは危険である。

 

「陛下、油断召されるな。わが国では体の大小にかかわらず強力な魔法の使い手はおりますからな」

 振り返ったゼルファートは渋い顔をしていた。おそらく子供を抱きしめ頭を撫でる妄想に浸っていたのだろう。

 だが立場というものが有る、それをいさめるのが自分の役割であるとドルストイは考えていた。

 

「わかっておる、ガルガスが新大陸に到達したか否かはわからないが、少なくともわが国には無い技術を持った国、知らぬ種族との接触には成功したと考えて良さそうだ」

「御意」

 多少の問題は置いておき、この領主は常に街と民の利益を考える、非常に理性的な行動を心がけている。

 そんな領主であるから、街の為にドルストイは命を懸けてこの男を守る価値が有ると思っていた。

 

「とりあえず応接室に通して待たせておけ。その間周囲の警備を整えなおし馬車を調べろ」

 コタロウ達は館に入館を許され応接室のような場所に待機させられていた。

 お茶をふるまってくれた職員は市民コモンの狼人族だった。武官は大型化していたがそれ以外の人間はここでは殆ど小型のままらしい。

 

「おにーちゃん、たべていいー?」

 お茶請けにお菓子が出ていたのを見てカロロが聞く。

「良いけどみんなの分は残しておくんだよ」

「わかったー♫」

 クッキーのような物を口に放り込む。

 

「おいしーっ♡」

 美味しそうにクッキーを食べるカロロを嬉しそうな顔で見ているコタロウ。

 その様子を見て職員たちの顔にも、何となく笑顔が浮かぶ。

 

「かなり立派な領主館の様ね。しかしやはりというか天井が高いわね」

「身長が3メートル有るのが普通の狼人族だからね、これくらいは必要だろう」

「天井が高い建物はやはり豪華な感じに見えますね〜。まるで自分が小人になったような感じですよ~」

 まあこの天井高でもコタロウが大人になったら全然足りないのだが。

 

「私達『丘の上の民』は殆ど肉を食べず小型の体型のままですが、領主様は大型化しています」

「なんだ?大きさで権威を示そうというのか?」

「暗殺の予防ですよ。大型化していれば簡単には死にませんから」

 リクリアの顔が微妙に歪む。この世界の政情もさほどに安定しているわけでは無いようだ。

 

  *  *  *

 

 ゼルファートは2名の護衛とドルストイを連れて応接室に赴いた。簡単な聴取は既に文官により行われており、状況はおおむね掴んでいて、彼らは兎人族の言葉を使うという事も既に聞き及んでいる。 

 兎人族との交易も多いのでこの街の人間の大半は兎人族語を話す。新大陸でもその言葉を話しているという事はどういうことなのだろうか?

 ゼルファートが応接室に入っていくと全員がすっと立ち上がる。

 まん丸の竜人は立ってもあまり変わらず、ちっこい竜人は空中をパタパタと飛んでいる。

 

「可愛い♡!」ゼルファートの顔が、思わず、にへらっと崩れそうになる。

 

「領主のゼルファートです、我が国のガルガス卿の帰国を援助いただき感謝いたしております」

「陛下、お預かりした船と乗員をお返しすることが出来ずに申し訳ありません。こちらが私の帰国を援助して下さった方々です」

「うむ、船と人間の損失は仕方のない事であろう。冥界に繋がると言われたあの嵐から生き抜いただけでも幸運と思わねばならぬ。卿が偉大な業績を上げる事が出来たのは間違い無い、ご苦労であった」

 

「私の帰国を援助してくれた、聖テルミナ病院のバルバラ医院長、狩人のリクリア嬢、メディナ嬢、竜人族のコタロウ殿、カロロ嬢で御座います」

 

 様々な疑問はあったのだが、最も聞きたいことは一つであった。

 

「我が国の最新鋭艦ですら乗り越えられなかった嵐の海を、どのように渡ってこられたのでしょうか?」

「オーッホッホッホッ!大した事ではございません事よ、我が国の誇る飛行艦船による…」

 医院長の狂笑は速やかにリクリアとメディナで排除され、リクリアが変わって受け答えをする。

 

「空を飛ぶ船が我が国に有りまして、それに乗ってきました。直接こちらに降りれば国民を驚かす危険が有ると考え、少し離れた場所から馬車でやってまいりました」

「あの獣が繋がれていない馬車ですな。貴国ではあのような馬車は一般的に使用されているのでしょうか?」

「いいえ、殆どは魔獣が引く馬車を使用しています。あれは魔術師ギルドだけが使える技術によって動いていますから」

 

 この時ゼルファートの頭にあったことは交易と、それに伴う技術格差の事であった。

 アッカータ製の船で嵐の海を突破できるのであれば、交易をおこなうことは利にかなっている。

 しかし相手の国の船だけがこちらに来る能力が有るのであれば、片務的な交易となり、その利権のほとんどを相手に支払う事になる。

 

 しかもそれ以外の技術格差が明白に存在する以上、戦争となった時にはアッカータの不利は明白である。そうであれば交易を行い、徐々に冥界の国の技術を集めるのが得策である。

 ゼルファートは優秀な領主では無かったが、幼い時から領主教育を受けており自らの行動規範は熟知していた。それ故に街としての損得勘定の出来る人間だった。

 

「あちらの大陸には兎人族の皆さんが住んでおいででしたか、そちらの仮面の方はシャーマンですかな?」

 兎人族であれば狼人族程の戦闘力は無い、それであればさしたる脅威にはならないだろう。

 台地の兎人族や大地の村の狼人族と違い、固定都市ベルファムの領主は様々な外部からの脅威に対処しなければならない宿命を持っていたのだ。

 

「オーッホッホッホッ!シャーマンなどではありませんよ。この世界で最高の医師で…」

「強力な魔法使いで、この方たちの助力でこちらの大陸に帰還できました」

 医院長の言葉をぶった切ってガルガスが答える。余計なことを言われたら話の辻褄が合わなくなる。

 

「そちらの方は、わが国では見かけない種族の様ですが、翼竜の亜種でしょうか?」

「あ、始めまして。竜人族のコタロウと言います。こちらは妹のカロロ」

「ふにゃーっ♪」

「アッカータでは狼人族の皆さんは魚を食べて体を大型化しないと、うかがっていましたが、領主様は大型化されているのですね~」

 その言葉を聞いて警備のドルストイがジロリとコタロウを睨む。結構不敬な発言ではある。

 

「領主と言っても各勢力の調整が仕事でしてな、不満を持つものもいるのですよ。大型化した人間に囲まれているだけに小さな姿では見劣りしますのでな…」

 ゼルファートはその分厚い胸と肩を誇る様に胸を張る。このだらしなく緩んだ竜人というものにも、狼人族の力と言う物を誇示しておく必要があるのだ。

 見た目は大事であり、威嚇にならない程度に自分を強く見せるのは重要なのである。

 

「そういえば竜人殿。龍神教の始祖が貴方の様な姿をしていたと伝えられておりますが、伝承によれば全長で20メートル程と聞いておりましたがな」

「ボクはまだ子供ですけど、大人になればその位の大きさになりますよ〜。龍神教との関係はわかりませんが」

 その伝承に出てきた竜人がコタロウの母親だとは口が裂けても言えない。もっともそれを信じる人間のほうが少ないとは思うが。

 

「貴方のご先祖の竜人殿は、あの嵐の海を超えて飛んでこられるのでしょうか?」 

「オーッホッホッホッ!もちろん飛んでこられますとも。瘤翼竜ギガンドーグが我が国に無法に飛来しているのをご存じないのですか?」

 アッカータの人間は瘤翼竜ギガンドーグが海を越えてエルメロス大陸に飛来しているのを知らない様だ。突然の医院長の発言にみんなあっけにとられる。

 

「既に台地ダリルの兎人族は貴国と交易をおこなっていると言われるのですか?」

「あんな半端な能力で交易など行える訳が無いではありませんか、我が国の空中艦船とは搭載力が違いすぎますでしょう」

 あえて戦艦とは言わない。攻撃能力が有るような発言は極力避けるのがこの場合は最適解と判断しているのだろう。

 

「それでは是非その空中艦船を拝見できないでしょうか?」

 この発言に領主は乗ってきた。



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