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――竜の息子と聖嶺の大地――  作者: たけまこと
第六章 私を月まで連れてって
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アッカータへの道

6−005


――アッカータへの道――


「おい!ヒロ准尉!私をあんな獣と二人だけにするつもりなのか?」

 ガーフィーとふたりで居残ることになったペリエスが早速文句を付けてきた。

 

 本音ではガーフィーに同行をしてもらいたいのだが、戦艦にペリエスを一人で残すのもまずいから残ってもらっているのだ。

 こんな臆病者でも艦載頭脳コンピューターの専任管理者だ。信頼できない人間を一人で艦に残すわけにも行かない。乗り逃げでもされたら何が起きるかわかったものじゃない。

 

「心配しなくても取って食いやしませんよ」

「いやいやいや、舌なめずりしているじゃないか。誰もいなくなったら食う気満々だぞ」

 何しろペリエスの発言は翻訳され司令室中に響き渡っている。食うのなんのと大声で喚き散らすから、さすがのガーフィーも気分を悪くしているのだろう。

 

「お主の居た世界ではどうだか知らんが、我が国で食人は禁忌じゃ。だからワシがお前を食うことはないから安心しておれ。それでも不安なら自室に閉じこもっておれば良いではないか」

 ガーフィーも大人の対応で、物静かに話をしている。

 

「この国にも食人を禁止する法律があるんだろうな?」

「そんなものはない。禁忌とは人の決めた決まりではなく、生きていく上で定められた戒律だからそれを破る者はおらん」

「それは法律以前の道徳の範疇です、それがなければ獅子と兎が同じ街で暮らしてはいないでしょう。そういうことです」

 こういった人間は理を尽くして話しても最初からその思考を拒否するのだ。

  

「だ、だけどいくら法律で厳罰を課してもそれを破る人間はいるぞ」

「戒律を破る者は幾ばくかは必ずいる、だがそのような者は殺人者となるから法によって処罰される」

 これらは非常に無礼な発言であり、この場の全員から糾弾されても仕方がない事に彼は気付かないのだろうか。

 

「そ、そら見ろ。こいつが私を襲わないとどうしてわかる?」

「しかし人を殺すものには理由がある。欲望、殺意、利害など然るべき要因が有るのだ。しかし人間を食うものがいたとしてもその様な者に理由はない。食いたいから食うだけだ。お主はワシがその様に理由無しにお主を食うと思っているのか?」

 ガーフィーは立ち上がってペリエスを見据える。それだけでペリエスは押しつぶされそうなプレッシャーを感じているだろう。

 

「だ、だって肉食獣なんだろう。肉食獣は食欲を満たす為に他の者を襲って食うものなのだろう」

「ここには食料があり、ワシはお主を食わなくとも飢える状況にはない。お主がどの様な世界で生きてきたのかは知らぬが、人を食わねばならぬほどに飢えている世界だったのか?」

「……………………………」

 残念ながら、人類宇宙軍はそれに非常に近い場所であった事は否定できない。ペリエスは言葉を継ぐことが出来なかった。

  

「ペリエスさん、獅子族を恐れる気持ちはわかりますよ。しかし彼らは普通の人間で普通の暮らしをしています。隣人として暮らして決して恐ろしい存在ではありませんよ」

「わ、わかった。私は君等が帰って来るまで部屋から出ないからな。こんな獣臭い連中と一緒にいられるか」

 そう言い捨てるとペリエスは自室に戻っていった。

 

「すみませんガーフィーさん。彼はこの世界にまだ慣れてはいないのですよ」

「ああいった連中はパニックを起こすと何をやらかすかわからんからな、司令室には入れないように見張っているとしよう」

「そうしてくださると助かります」

 流石にチームのリーダーをやっているだけの事はある、人の機微の分かる人間だ。

 

 出発前に医療室にガーフィーを連れて行った。医療室に医務官はいない、完全無人の医療機器で自動運営され、健康相談にも乗ってくれる。

 外気の毒に対する検査方法のプログラムを作ってもらい、それでガーフィーに対する毒の影響を調べることにした。

 

 そんなすったもんだが有って艦はランダロールから程近い場所で馬車を降ろした。艦は認識阻害をかけて上空に上る。1000メートルも上がれば狼人族と言えど気が付かないだろう。ただ、認識阻害を掛けても翼竜には見えるかもしれないので7000メートル程の高度で待機する。

 ヒロはOVISに乗り、亜空間に入って馬車を追う事にする。 

 皆を乗せてゆっくりと馬車は走っていく。コタロウさんは周囲を警戒しながら…いやカロロと楽しそうにおしゃべりをしながら馬車の上空をテコテコと飛んでいる。

 

「おにーちゃん、けしきがさびしーっ」

「空気の中に土を固める成分が有るそうでね、植物が育たないんだって」

「ふーん、虫しかいなーい」

 そこは緩やかな丘陵地帯になっているが地面は固く、それが風化して砕けたような場所にだけ雑草が茂っていた。木の生えた跡も殆ど無く、ここには台地が耕した過去も無いのだろう。

 

「ここはアッカータの西側に有る街の外れに近い場所です。街まで1時間くらいで着くでしょう」

 ガルガスがそう教えてくれる。進んでいく先には多くの木が茂り、その間には緑の作物が茂っているのが見える。

 

「あっちには、木が見えるー」

「あそこは河口に出来た湿地帯だね。固定都市ベルファムと呼ばれる街の有る場所だよ」

「木が生えてるー」

 カロロが嬉しそうに叫ぶ。実際全くの荒野と言うのは慣れないと心を病みそうになる。

 

「地面がいつも水に浸かっている土地なので固くならないらしいよ。海辺で出会った巨人の乗る船はこの街から出港したらしいね」

「あの人の形をしたウェアウルフみたいなひとー?」

「ボクの魔法のせいで死んじゃったけど、出来れば仲良くしたかったのにね…」

 未だにあの事はコタロウの心に引っかかっているらしい。竜人族は基本的に人が死ぬのを見たくは無いのだ。

 

「木は水路の護岸に使われていて、それはこの干潟全体に水が行き渡るように造られています」

「結構このあたりは暑いのね」

「はい、気温が高く降水量も多いので作物の栽培に適しています」

「こんな湿地帯で作物を作っているのは大変でしょうねえ?」

 メディナの育ってきたカルカロス周辺は温暖では有るが降水量はさほど多くはない、ただ大きめの河川に恵まれ作物がよく育つ地域だ。この様な水田農法は河口近くにも存在していないので珍しいのだろう。

  

「湿地帯で土が水を被っているからこそ硬くはならず、台地ダリルが耕さなくとも作物が作れるのです」

「それじゃあ洪水は多いのかしら」

「毎年ありますが、シャーマンによる気象観測で洪水の予測が出来ますので、洪水の前に収穫を行って高台に避難しています。洪水は危険ですが、上流から肥えた土も流れて来ますのでそれも必要なことなのです」

 

 洪水をうまく回避しながら耕作を続け、収穫を上げる為にもシャーマンが必要とされている様だ。

 実際誰が考えたのか?この世界にシャーマンがいなければ彼らはここまで繁栄は出来ずにかなり原始的な生活を余儀なくされたであろう。

 

 やがて小高い場所に出ると干潟が大きく広がっているのが見える。

 干潟は上流から流れてくる泥が河口に堆積し湿地帯を形成する場所である。水を含んだ土は多くの生き物がその中で生きており、非常に豊かな生物相を形成している。

 そのまま放置していれば流れる川は蛇行を繰り返し、水生植物が生い茂る畑など作れるような場所ではない。

 干潟の中には多くの堰が造られ水の流れを調整している。堰には多くの木が生え茂り、堰から堰を繋ぐ多くの橋が造られていた。

 

「干潟の中であんなに橋が多くあったら洪水で流されないの?」

「堰は干潟の中の水の流れを誘導するように工夫されていましてね、何よりも土を盛り上げておけば数年で固くなってくれますから、意外と丈夫なんですよ。橋はある程度の被害はやむを得ないと考えています。あの橋がなければ作物を運ぶことも出来ませんから」

 

 それでも干潟を横断する大きな橋は高い位置に造られ洪水に耐えられるようになっており、橋梁技術の高さを感じさせる。

 上空からも観察できたが、水田は整然と区画され、継ぎはぎで作られてはいない。これはかなり初期の段階で計画的開墾を行った結果である。

 おそらくは強力な力を持つ支配者が強権的に行った施策なのだろう。さもなければ決してこのような物は作れない。

 

 畑では多くの大型化した狼人族が作業を行っている。ガルガスが階級と言う言葉を使ったが、一般庶民は台地ダリルの有る大陸と同じように大型化して作業を行っている様だ。

 ガルガスの指示に従って街に向かって歩を進める。ヒロはその上空を飛行しながら飛んでいく。亜空間に入っているため小型カメラしか使用できずに視界はかなり制約される。

 ガルガスの指示でコタロウは馬車に乗ることになった。この先に何かあるらしい。

 

『道の先に検問所が有ります。おそらく国境警備隊のような物でしょうか?』

『武装しているのか?』

『大型化した狼人族が槍を持っています。コタロウさんがいれば問題は有りません』

『問題があってたまるか。コタロウさんよりも医院長の方が心配だ』

 

 コタロウさんは常識人だが、医院長は非常識人だからな。ちゃんとコタロウさんが押さえてくれればいいけど…無理だろうな。

 

「とまれーっ、検問だ。出発地と街に来た目的と各自の名前を記入してくれ」

 検問には制服の様な物を着た狼人族が立っている。

「オーッホッホッ!良く聞いてくれました、私はカルカロスの聖テルミナ病院医院長……むぐっ」

 馬車の上で立ち上がって名乗りを上げる医院長を、後ろからコタロウが車内に引きずり込む。

 

「な、何ですかな。今のは?」

 検問所の職員が怪訝な顔をする。早速やりやがった。

「気にしないでください。アレな人ですから」

 素早くガルガスがフォローをいれる。なかなかにガルガスも状況を掌握している。

「そ、そうか?あんたらも大変だな」

 しかし、この一言で納得する職員もどうかと思うぞ。

 

 ガルガスが馬車から降りて記入を行う。狼人族は3メートル近い身長を有するが、大型化していないガルガスは如何にも小さい。

 一行が兎人族であることに気が付いた職員は兎人族語に変える。おそらく兎人族との交易も多いのだろう。流石に検問所の職員はレベルが高いようだ。

 

「狼人族が一人、兎人族が3人。竜人族がふたり?聞いたことが無い種族だな、翼竜の親戚か?」

「少数民族ですから、あまりいじめないでください」

 こういったやり取りを見てもガルガスは意外と外交官だと感じる。領主を説得して外洋船を手に入れた人間だから当然の事なのだろう。

 

「わかった。目的は交易か?全員外に出て顔を見せて、持っている武器はそこの机に置いてくれ」

 馬車の外に並んだ全員を確認している間に他の人間が荷物のチェックを行う。もっとも全員腰のナイフはそのままだ。ナイフが武器に当たらないのは台地の村と同様の様である。

 まあ確かに手足を切り落としても、また生えて来るような種族にとってはそんな感覚なのかもしれない。

 

「貴方は仮面を外して顔を見せてください」

 医院長に向かって顔を見せる様に言う、怪しさ満載だから当然の事だろう。

「オーッホッホッ!そんなに私の美しい顔を拝顔したいのですかー?」

 その言葉をさえぎる様に、ガルガスが医院長の仮面をめくり上げて顔を見せる。

 余計なトラブルを起こすんじゃないよ。

 

「はい結構です。こちらの竜人族さんは初めて見る種族ですですが、内陸の出身の方ですか?」

「はい、少数民族なので滅多に都会に出てくることは有りませんが」

「そちらの小さな人はお子さんですか?」

 コタロウの頭にしがみついているカロロを示す。

 

「いえ~、妹です」

「ふにゃーっ」

「仲の良いご兄妹ですね。街で問題を起こさないように願いますよ。おい、荷物の様子はどうだ?」

「問題ない、食料と雑貨の様だ」

 馬車の中を調べていた係員が答えた。

 

「それにしても立派な馬車ですね。マリエンタール製の最新型ですか?馬がいませんが、魔力で動いているのですか?」

 馬や魔獣を使わない馬車である。本来は見たことも無い物である筈なのに結構寛容に受け入れてしまう。これもシャーマンが存在する世界だからだろうか?

「オーッホッホッ!良くお分かりですね。最新型の魔力駆動を用いて……」

 ガルガスが医院長の仮面をグイっと押し込んで話を中断させる。結構この人も命知らずだな。

 

台地ダリルの機密事項なのでこれ以上はちょっとお話できません。申し訳ありませんが」

「わかりました、これ以外の武器はお持ちではありませんね。爆発物、毒物、危険物は有りませんね」

 

『街の検問もかなり一般的な入国審査の様な感じだな。この街はそれなりに治安が良いのだろう』

『そうでもありません、検問小屋を見ると中にお尋ね者らしい人相書きが何枚も貼ってあり……戦艦からの通信です。翼竜が一頭こちらに向かっているそうです』

 

 会話が中断され戦艦からの通信が入ったようだ。翼竜がこちらに向かっているということはOVISが見つかった恐れが高いな。

 

『こんな所を翼竜に襲われたら大変なことになる』

『医院長以外は普通の人間ですから、コタロウさんでも対処は無理でしょう』

『それ、医院長にきかれないようにしろよ。まあ、この状態なら街の中の治安が良さそうだから大丈夫だろう』

『いくら医院長でも翼竜までは『撲殺』はできないと思われます』

『……なによりペリエスが心配だ。仮にも戦艦の専任管理者なのだからな、艦を乗っ取ることも不可能では無い。戦艦に戻って上空からみんなを監視することにしよう』

 

 ヒロは外部スピーカーでコタロウにそっと囁くと馬車から離れ、戦艦に戻って行った。

 

 検問を過ぎて街の中心街に向かって馬車は進んでいく。街の中は整備された道路と街並みが続いており、都市計画がちゃんとなされている証拠である。

 やがて道は長い塀が連なる場所に出る。

 

「ここがあなたの言った翼竜に奉納された呪物が奉られている龍神殿が有る場所なのですね」

「医院長さん、呪物は奉納と言うのですか?」

「細かい事はどうでも良いのですよ、この塀の中に祠が有るのであれば是非参拝したいものですね」

「何か良からぬことを考えてはいないでしょうね」

 ガルガスも実際の所かなり勘が良い。否、人を見る目があると言うのだろう。

 カルカロスで話をした時は頼りなさそうに思ったが、外洋船を指揮して新大陸を目指すような人間であり、それなりの胆力の有る男の様である。

 

 やがて道は商店街に入る。大きな道はにぎわっており、両側には多くの店で賑わいを見せている。店の人間は小型の狼人族が多く、大型の狼人族は大体が客の様である。

 道を闊歩している狼人族は子連れや夫婦も多く、荷物を載せた馬車も忙しそうに走り回っている。

 正面にひときわ立派な建物が見える、領主館である。入り口でガルガスが要件を伝えるとしばらく待たされて領主との面会ができた。

 

 アポなしで来たのにも関わらず領主との面会がかなったのだから、ガルガスは意外なほどに大物なのかもしれない。 



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