シャーマンの覚醒
6ー003
――シャーマンの覚醒――
「成程ログインするということはこういう事か」
リクリアが椅子の上にあぐらをかいて目をつぶっている。どうやら船内コンピューターとリンクをしているようだ。
「感覚的には交感を行っている時と同じだが、まるで蜂の巣の中の迷路を歩いているような感覚だ」
「姉さん、それはどういうことなのかしら?」
「メディナは瞑想の中で交感を行った経験が無いのだろうな、巫女やシャーマンが行う天上神と繋がる事だが、いまはこの船の頭脳と繋がっている」
「船と繋がるとどうなるの?何か出来るのかしら」
「簡単に言えば船と話が出来る、言葉を使わずに意思のやり取りが出来るのだ」
リクリアは聡明だ。既に艦内頭脳とのリンクを身につけている。これは戦闘時の艦との意思疎通が出来るだけではなく、『敵』の思考干渉から艦載頭脳を守るという役目が有るのだ。
シリアさんにしても人類宇宙軍の教育訓練を行うこと無く艦載頭脳に繋がっている。非常に高い能力を感じさせられる。
「船に繋がらなくとも様々な事が出来る、大陸の反対側との通信や意思の疎通も出来るのだ。大体はイメージ程度だが修行を積めば言葉を送ることも出来るし、見たい場所を見ることも出来る」
ベギムの村のシャーマンはその能力を示していた、彼らの能力は人間に比べて遥かな高みにある。
「私にも出来るのかしら?」
「メディナは多分私より優秀な感能者だと思うぞ、ただ全く修行をしていないからな、今はどうなのかはわからない。やってみるか?」
「やってみるわ、そしたらヒロの役に立つのかしら?」
「わかった、それじゃ部屋の隅に行くか、ここは何やら様々な雑音を感じるからな」
ふたりは司令室の隅に行くと対面になって瞑想を行い始めた。
「おにーちゃん、あのふたり何をやっているの?」
「向こうの大陸では、お互いの思考を通じさせる事のできる才能のある人がいてね〜、離れたところの人と話が出来るみたいなんだ」
「すごーい、竜の宅急便よりべんりー」
「まあ、出来る人が限られるし、誰でも使えるのは手紙の方だけどね〜」
「おにーちゃんもできたー?」
「ボクは駄目だったよ、試してみたけど何も感じなかったしね〜、それにそれが出来る人たちの頭の中には何かを入れているようだったし」
「何かってなにー?」
「竜に乗ってきた兎耳族の女性を腑分けした時に、頭の中から小さな人工物が出てきたんだよ。どうやら洗礼を受けた時に入れられたらしいんだけどね」
「それが、メディナの頭にも入っているのー?」
あ、そうか。メディナさんは小さい時に拾われているから、もしかしたら洗礼は受けていないかもしれないな〜。
「ど~かな~、今となっては調べる方法はないから、瞑想をすればわかるんじゃないのかな~」
「メディナがやれるなら、カロロも試してみるー」
カロロはトコトコと歩いてメディナの横に座ってリクリアを見る。
「どーするのー?」
「心を空にして、なるべく何も考えないようにするんだ、そのうち何かを感じることが出来たらそれに意識を集中するんだ」
リクリアが説明してくれる。まあ竜人族に出来るかどうかはわからないけどね。
カロロの後ろにコタロウも座って同じ様に目をつぶると、そのままじっと瞑想を続ける。
そのまま何時間もじっとしている。…いや、メディナの耳がヒクヒクと動いている。カロロは…尻尾がフルフルと震えて、時々キコキコと不規則な動きをしている。
「コタロウさん、あれは何でしょう?」
「さあ〜っ?シャーマンの瞑想では見たことはありませんが…もしかしたら」
「もしかしたら?」
「ふたりとも交感が出来ているのかもしれなませんねえ」
やっぱりあの尻尾の動きか。コタロウさんもそうだが竜人族は感情が尻尾の動きに現れやすいのだろうか?
「はーい、皆さんお昼ご飯が出来ましたよ〜」
医院長が鍋をお玉で叩きながら司令室に上がってくる。その音でリクリア達も瞑想から覚醒をした。
「おお、もう昼食ですか、医院長先生お手数を掛けますね〜」
「いいのよ〜、皆さんが喜んで食べてくれるから嬉しくなっちゃう〜」
「メディナは間違いなく強力な感能者だ」
食事をしながらリクリアはみんなに報告をした。
「ただやはり修行不足でな、その交感の扱いが全く出来てはいない」
「どのくらいやったら姉さんの様になれるのかしら?」
「今の私では台地の神官長には及ばない、やはり神殿での修行がなければ、能力は伸びないのだ」
名家同士の抗争で、優秀な若い巫女を台地から放逐するのはその意味が有るのだ。殺しはしないが能力が伸びないようにしているのだ。
もっともそうやって放逐された巫女が狼人族の中で生き残り、シャーマンとしての活動をしているのは皮肉な話だ。
大地においても巫女の教育システムは存在しているようで、そういったシャーマンに育てられた者は台地の巫女に負けない能力を示す者もいるという。
「あちらの大陸ではシャーマンと呼ばれる者がそこまで重用されるのは何故じゃ?竜の宅急便は我がエルメロス大陸においても重要な物だが、国を統べるほど重要とは言えまい」
エルメロス大陸で猟を行うガーフィーには台地と巫女の関係を想像するのは難しいのであろう、当然の疑問である。
「プルトリア大陸では台地が土地を耕し大地の生活を支えています。それ故に台地の位置を正確に掴む必要があり、それを天上神から教えてもらうのです。
一方台地の操縦には多数の巫女を必要としますが、それは優秀なひとりではなく凡庸な100人が必要なのです」
「良くはわからんが、どうやらシャーマンというシステムは生活の根幹を成しているもののようだな」
前後に30キロ、幅80キロの地面が動くことを想像できる人間は少ない、ましてやそれを一つの意思によって移動させなければならない状況を理解するのは難しいだろう。
台地本体にはそれを統べる脳は存在しないのである。だから巫女達が連携をして台地の各部をコントロールしているのだ。
「それよりカロロのシャーマンとしての才能はいかがでしたか?ボク同様全く無かったでしょうか?」
「いえいえ、なかなか見どころがありました。洗礼も受けていないのにリンクが可能でしたからな」
「リクリアの声、感じられたー、メディナは聞こえなかったー」
まだメディナの思考を言葉として理解は出来なかったらしい。
「交感の中でのカロロちゃんはすごく饒舌でしたけどね」
リクリアは妹を見るような優しい目でカロロを見ている。カロロが結構気に入っているようだ。
「残念ながら私にも聞こえなかったの、洗礼を受けていないせいだろうな〜、ごめんねカロロちゃん」
「そんなことはない、メディナは洗礼が済んでいる感じだから少し訓練をすればすぐに強力なシャーマンになれるぞ」
「うそ〜っ!そんな事はありえないわ、私はすごく小さな時に今の両親に拾われたのよ」
「何を言っている、瘤翼竜はリクリアを『天の下僕』の所に運んだと言っていたぞ。そして天上神の指示によってこちらの世界に運ばれたのだろう、つまりお前はその時に洗礼を受けたことになる」
洗礼とは脳内チップの移植手術の事である、その手術は神殿の管理者である女神によってなされている。つまり『天の下僕』とはプルトリア大陸の管理基地の事なのだろう。
「メディナがさらわれたのは2歳の時の事だ。その後どうやってカルカロスに来たのかはわからないが」
「そもそも私が両親の子供では無いと教えられたのは医院長さんからなのですけど、何かご存知ないのですか?」
「ああ、はいはい。メディナさんをご両親に紹介したのは私ですからねえ」
「え?」
「驚くほどの事でも無いでしょう。私は孤児院も経営しているのですから」
「いやいや。そういうことではなく、どこで私を拾ったのかと言うことですよ」
メディナがその強すぎる魔法能力に関して悩んでいる時に相談に乗り、成人後にその出自を教えてくれたのは他ならぬ医院長である。
「はいはい、私が街から少し離れた場所にいた時に空から流星が降ってきましてね、その場所に行ったら小さな子供が寝ていたんですよ。それで前々から子供を欲しがっていた夫婦の所に連れて行ったのですよ。それがメディナさんのご両親ですよ」
「瘤翼竜が連れてきたのではないのか?」
「あんなでかいものが飛んできたら目立っちゃうじゃないですか〜」
『なぜか、カルカロスの街を裏で牛耳っているのは、医院長だったという推論が成り立ちます。私の計算間違いでしょうか?』
『別にこれだけのことじゃない。狩人ギルドも、魔法ギルドも、裏も表も完全に手玉に取られている感じがあるからな』
「そしたらご両親共とても喜びましてねえ、犬耳族と兎耳族の夫婦でしたから子供が出来ませんでしたから」
「医院長先生、そんな話は聞いていませんよ!」
メディナが裏返ったような声を上げる。出生の事は医院長から聞いていなかったのか。
「おや〜?説明したではないですか?あなたを拾ってご両親の元に届けたと」
「その前、その前!」
「はあ?旅の夫婦が大型魔獣に襲われて子供だけが生き残ったとか?なんかそんな言い訳を作った記憶はありますけどねえ、なんぼなんでも空から落ちてきたじゃ説明にならんでしょう」
シレッと言い抜けるこの厚顔さは…まあいつものことか。
『要するにあちらの大陸の管理者がメディナの洗礼を行って、こちらの大陸に送って寄こしたということらしいな』
『その行為の動機が不明です』
『何しろ医院長のことだし、この大陸と外の大陸とに繋がりが有っても不思議はない。空から降ってきたと言うのも眉唾だが、住人に気づかれずに翼竜に追われない航法と考えれば高高度飛行装置、簡単に言えば飛行機と考えるのが普通だろう』
しかしランダロールに飛行機は無い、つまりランダロール以外の大陸の管理者という事になる。
しかしかれらがメディナをわざわざこちらの大陸に送ってきた、その理由までは皆目見当がつかない。
そんな事を話している間に、ガルガスはペリエスと二人で航法装置を睨んでいる。どうやらガルガスはペリエスからその装置の見方を習っていたみたいだ。