神殿長の尋問
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――神殿長の尋問――
台地の執政は神殿による専制政治である。外敵がおらぬ為に外交の必要性が無く、内政のみを行う政治体制であった。
政府の最大の仕事は台地にどの様なコースを取らせるかである。その地の気候が作物の育成に重要であり、適切な時期に適切な場所に台地を運んでいかなくてはならないのである。
何しろ方向を変えるだけで何ヶ月もかかり、作物の生育時期に雨の振らない場所に行ってしまえば食糧事情は非常に悲惨な事になるだろう。
最高祭祀場は天上神と三位一体で有るとされる龍神ダイガンドとの直接交信の出来る場所である。
そこには神殿長はじめ、この台地の指導者が集まり意見を交換し、龍神ダイガンドの裁可を受ける場所でも有るのだ。
中に入ると豪華なテーブルに立派な椅子が備え付けられた会議場の様になっている。
その奥に祭壇状のものが作られており、大きな光るカットガラスのようなものが置かれていた。おそらく御神体なのだろうとバオ・クーは思った。
祭壇は会議テーブルの長手方向に置かれており、神殿長のすぐ後ろに御神体を置き、会議をする人間がその方を見ることが出来るようになっていた。
「何じゃ?誰もおらんではないか。みんな逃げ出しおったのか?」
ゼンガーがため息を付いて後ろを見ると、僧兵はぱっと正面を向いて直立をする。
「やれやれそういうことか?情けないのう」
「ゼンガー殿、神殿長の座る椅子はどちらかな?」
「祭壇の右が神殿長、左が巫女長じゃ」
ボロックとバオ・クーがそれぞれの椅子の座面の匂いを嗅ぐと、そのまま部屋の中のあちこちの場所の匂いを嗅いで行く。
バオ・クーは祭壇の前で止まり、ボロックはその横で止まるが、僧兵は正面を向いたまま身じろぎもしない。
ふたりは祭壇の建付けを調べていくと隠し扉の様な仕掛けを見つけた。その位置にふたりの匂いが残っている。
その隠し扉を開くと祭壇の中に足を抱えて隠れている神殿長と巫女長がいた。
「これはこれは、神殿長殿ですかな?」
ふたりに鼻を近づけてクンクンと匂いをかぐ。
「や、やめんか!この野蛮人が!」
そう怒鳴って祭壇の中から這い出してくるふたり。
「ここにいたのはこのふたりだけか?」
ゼンガーが怒鳴ると僧兵は槍を持ってビシッと背筋を伸ばす。
「どうやら航法長も来ておるようじゃな」
「どれどれ?ボロックがクンクンと部屋中を嗅ぎ回ってみる」
「これは何です?」
壁に目立たぬように仕込まれた扉の所で止まる。
「そこは備品入れじゃ」
開けてみると予備のテーブルや椅子が置かれている。ボロックが匂いを嗅ぎながら備品をどけていくと椅子の下にかがみ込んでいる兔人族が見つかる。
二カッと笑うボロックを、目をまん丸くして見つめる男がいた。
「出られますかな?」
「も、申し訳ない。椅子に引っかかって体が動かない」
必死で椅子の中に体を押し込んだのだろう、やれやれと思って椅子の中から引っ張り出す。
「いたたたっ、そっと…そっと頼むよ」
引きずり出された男は涙目になっていた。
「さて自己紹介をしよう、ワシはアー族の大酋長でタング村のバオ・クーである、こちらの男は兔人族の巫女のエンルーを保護したベギム村の酋長でボロックと言う。他のものはそれぞれの村の酋長じゃ」
3人を椅子に座らせるとビラートを招き入れて扉を閉めた。これから先のことは僧兵に見せる訳には行かない。
「わ、私は神官長のランカール・ザイドリッツである。今回の貴様たちの台地に対する攻撃は記録され台地の一族と龍神ダイガンドから糾弾されるだろう」
なにしろ狼人族は大きい、僧兵化していない兔人族は腹までくらいしかない。座れば腰よりも低くなる。
「神殿長という事は台地一族の最高責任者、我らで言えば大酋長の当たると考えてよろしいでしょうな」
「い、いや。我らは家の首長としてこの業務についておる。それぞれの家と民衆を代表しているに過ぎん」
かなりの詭弁である。バオ・クーでもその程度は理解している。
「わかった、こちらの女性は?」
「私は巫女長のアンローラ・エイムアッシスト巫女、神官達の管理の責任者でございます。狼人族の皆様は、台地の民に無体な事をされないことをお願い致しますわ」
「椅子の下に隠れていたお主の名前と役職は?」
「私は航法長のリロールド・アルセットランであります」
涙目で震えながら名乗る。
「航法長とはどんな役職なのだ?」
「天上神から指示された航路と、龍神ダイガンド様から指示された航路を検討し、航路を決定する立場にあります」
「ほう?天上神とダイガンドはお主らの教義では1体のものではないのか?それなのに異なる航路を指示する場合が有るのか?」
「はい、多くの場合は天上神の方が安全ですので、その旨をダイガンド様の方に連絡を致し、裁可をいただきます」
「ん?ちょっとお待ち下さい」
シャーマンのシンクが精神を集中させる。ティグラの方からなにか連絡が有ったようだ。
今この瞬間もベギム村に集まったシャーマン達は瞑想を行っており、シンクの目を通して台地の状況を見守っているのだ。
「リロールド殿はエンルーの遠縁だと言っておりますが」
それを聞いたリロールドはいきなり飛び上がる。そのまま逃げ出そうとしたのだろうが狼人族に素早く首根っこを掴まれてしまい、ぶら下げられたまま元の場所に連れて来られる。
「ほう?今回、翼竜が我らの村を襲ったのは、巫女候補のエンルーを狙ったことだとわかっている。お前はその家族の一員であるエンルーを守ろうとはしなかったのか?」
バオ・クーは顔の前に、ぶら下げられたまま連れてこられたリロールドに向かって問いかける。
「はいティグラさん、その様にお願いいたします」
その後ろでシンクが村のシャーマンと交信を続けている。
「し、知らん知らん。一体誰がそんな事をいっているのだ?」
「我らがアー族のシャーマンが何人も翼竜の声を聞いているぞ、それとも兔人族のシャーマンであるお主には聞こえなかったのか?」
「わ、私は知らなかったんだ。遠縁だったしあの子がそんな事になっているなんて。なかなか洗礼を受けないから才能がないと思っていたんだ。第一あの子の教育は巫女長の管轄だ」
「な、なんですの?御三家の努めも果たさず人に責任を転換なさるの?なんて恥知らずな男なのかしら?」
「やかましい、これで3代も2家で地位を独占しやがって、結託してアルセットラン家を外したんじゃないか。全てはお前らの責任だろうが」
ぶら下げられたまま手足をブンブンと振り回すので、下に落ちてしまう。こんなのがこの台地の大酋長なのか?かなり落胆するバオ・クーである。
「まあ、権力争いは後で勝手にやってくれ。ワシらが聞きたいのは誰が翼竜を使って我が一族の仲間を殺したかだ。その前には翼竜がエンルー達が洗礼を受けている最中の神殿を破壊したことも有ったしな、その事も聞いておきたいものだ」
バオ・クーが3人をギロリと睨みつける。
「瘤翼竜の運用責任者は巫女長の責任範囲だ、彼女に聞いてくれ」
「何を言っているんですの?運用計画を作るのは神殿長の仕事でしょうが、人に責任を押し付けないで頂戴」
「なるほどお前たちふたりの責任ということで良いのか?」
牙を剥き出しにしたバオ・クーがふたりの方に顔を近づける。
「違う、違う!翼竜は瘤翼竜の幼体型で我々は使役をしていない」
「ほう?では一体誰が翼竜を使役して我らの村を襲わせたのだ?答えを間違えればお主の右手を切り落とすぞ」
3人共震え上がってバオ・クーの言葉を聞いている。
「だ、ダイガンド…龍神ダイガンド様だ。龍神様だけが翼竜を使役できるのだ」
「そ、そうですよ。神殿を破壊したのも竜神様の意思であって私達にはなんの関係もございません」
バオ・クーの怒りに呼応したように神殿の建物がビリビリと音を立て始める。
「なるほど、ではエンルーを襲わせたのは龍神ダイガンドの責任であって、お前たちには何の責任も無いということなのだな」
「さ、作用でございますとも、竜神様のお考えは我らの考えを遥かに上回っておりますから」
ふたりがそう言った途端にドーンという音と共に再び瘤翼竜が神殿の上空を飛び去っていく。
「龍神殿はそうは言っていないようだな!」
バオ・クーはそう叫ぶと、いきなりナイフを抜いてふたりの片腕を切り落とした。武器ではないと言いつつも凄まじい剣技である。もっともこれはどうやら解体作業らしいのだが。
「うぎゃあああ〜〜っ!」
「ひええええ〜〜っ!」
腕を切り落とされたふたりが悲鳴を上げる。それを見た航法長は再び逃げようと飛び上がる。
「一族の者を守らなかった貴様も同罪だ!」
返す刀で航法長の片足を切り落とした。
「あぎゃああああ〜〜〜っ!」
「な、何をするのですか〜っ!」
ビラートが悲鳴を上げてもがいている3人のもとに駆けよって止血を行う。
その音を聞いてドアの外の僧兵達がドアを開けるが狼人族に阻止されて中に入ることは出来ない。
「殺生はご遠慮願うと言ったはずですが!」
ビラートが3人の手当をしながら抗議をする、しかしこの程度の事は狼人族の基準に取っては大したことではないのでバオ・クーは平然とふたりを見下ろす。
「うろたえるな、まだ殺してはおらん。どうせ後で生えてくるしな、当分は不自由だろうが我慢しろ」
「まったく…これだから狼人族は野蛮人だと言われるのですよ…」
ビラートが憤怒に耐えないという顔でバオ・クーを睨み返す。
「我らは序列を決定するために戦うが殺し合いはせんよ。自分たちが権力を得るため同胞、家族の子供を殺そうとするのは野蛮とは言わんのかね?」
「………………………」
そう言われると何も言えない。ビラートは視線をそらして手当を続けざるを得ない。このオオカミはこのために自分を同行させたのかと思い当たる。
「さて、少しはちゃんと話に応じる気になったか?翼竜を使ってまで2度もエンルーを殺そうとした理由はなんだ?これまでは追放した後まで殺そうとはしなかったはずだが、我らが一族もろともエンルーを殺そうとしたのは何があったのだ?」
「ほ、本当のことはわからないのだ。ただ我らは洗礼を受ける事になった巫女候補の事は、出発前に竜神様にお知らせする事になっている。その後にあの神殿攻撃があったということは、私も神殿の瞑想室からの連絡で知ったことだ」
神殿長は必死の勢いで抗弁をする。まあ命がかかっていればそうなるわな。
「お前たちはそれを黙って見ていたのか?巫女長クラスのシャーマンはそれが出来ると聞いているぞ」
「確かに我々はその時の映像を見た。しかしそれは事が起きた後に竜神様が記憶された映像を見ただけで、我々はそれには関与してはいないのだ」
「つまりこれは龍神ダイガンドが起こした事であり自分たちには罪が無いと言いたいのか?」
バオ・クーは一度収めたナイフに再び手をかける。
「ちがう、ちがう!そんな事は言わない。ただこういった事は初めてではない、我々御三家の思惑も有ったことは認めるが、実際にこれまでにも能力の突出した感能者は龍神様の指示で台地から放逐してきた経緯は有るのだ」
神殿長はこれまで能力の高い巫女候補がそれ以外から出てこないように、御三家が協力していたのだ。
それは龍神ダイガンドと御三家の思惑が一致したからに過ぎない。
御三家の巫女候補を守る組織や、他家の巫女候補を暗殺する組織も実際に存在する。
だが実際に暗殺という事態はあまりなく、大半は台地からの放逐という形で行われていたと強く主張していた。