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――竜の息子と聖嶺の大地――  作者: たけまこと
第一章 落ちてきた男
13/221

翼竜の追跡

1ー013

  

――翼竜の追跡――

 

 メディナ達は荷物を担いで組合を出ると、翼竜の飛んで行った方向に向かって走り始めた。

 

 今回の目的は偵察である、街に危害が及ばない限り攻撃することは無い、あくまでも翼竜の行く先の確認でしかないのだ。

 カルカロスは街とは言っても城塞都市では無く、町の周囲に獣除けの壁が有るだけでその外周部には大きく畑が広がっている。

 畑と森が混在する起伏の少ない土地では翼竜の飛行に驚きながらも農民たちは畑を耕していた。

 自分達に危害が及ばない限り人々は生活を止める事は無い、それが人の営みと言う物だ。

 

 街道は幹線道だけは整備されているが、それ以外は地元の人間が通るだけの生活道がほとんどである。

 たまに出会う地元の人間に翼竜の飛んで行った方向を聞きながら4人は歩みを進める。

 歩いている訳では無く走っているのだ、槍とナイフに食料だけという軽装でなるべく道を走り道が無くなれば森に入る。

 あの翼竜が魔獣であることは間違いないが肉食で有れば大変な事になる、食料を求めて街を襲う可能性もあるからだ。

 

「コタロウさんがあの翼竜の事を知っていたわ、ギガントークと呼ばれているらしいの」

「ほう、コタロウ殿がか。まあ彼はその方面の第一人者と呼ばれているからな」

 カルカロスはそれなりの大きさが有り、海に面する港湾を持つひとつの都市国家である。行政、司法、立法の府が有り、商業、生産業も盛んである、当然人口も多く大学も存在している。

 コタロウはその大学の教師をしており、周辺の街からも彼の講義を聴くために学生が集まってきていると聞く。

  

「それで怪物の事は何て言っていたの?」

「文献で見ただけだから本物が見れたと言って喜んでいたわ」

「するとカルディナ王都の国立図書館辺りで読んだのかしら?町の図書館で有ればギルドが知っているでしょうからね」

「コタロウ殿らしい言い草だな」アラークがガハハと笑う。 

「竜人様自分のブレスを浴びて黒焦げになっていたけど大丈夫かしら?」

「まあ、不死身の竜人殿だからな、大丈夫だとは思うがな…」

「聖テルミナ病院の医院長が薬を持って駆けつけて行ったみたいだから大丈夫ですよ」

 不死身の竜人様でもやはり怪我をしたら痛いのは一緒だものね。

 

 話をしながらも走る速度は変わらない。先祖から受け継いだ方向感覚を頼りにひたすら翼竜の飛んで行った方向に走り続ける。

 時折出会う農民の人から情報を求めて自分たちの走る方向が間違いない事を確認していく。

 休息と食事を繰り返しながら暗くなっても走るのをやめない、この世界の人間は暗闇でも目が見えるのだ。

 

 夜通し走った辺りで猟師達に出会う、既に街からは相当に離れた森の中に有った。

 この距離では既に竜人達の狩場としてもやや遠い場所にあたる、この地場に住む村の狩人らしい。

 装備の整ったアラーク達を見ていささか驚いた様子であったが、翼竜の事を聞いてみると近くに降りて来たと言う情報を得た。

 

「オラたつ昨日は鹿を狩りに来たんだがョ、夕刻になっていきなり馬鹿でっけえ竜人様が降りて来てぶったまげただよ」 

 この狩人もカルカロスの街の狩人ギルドには登録がしてあって、獲物や魔獣の状況を買い出しの時に報告しているそうだ。

 村は30戸程度の集落で、万一魔獣の暴走スタンピートが有った場合には救援に来てもらう約束になっているらしい。

 

 猟師の案内でその方向に行ってみるといきなり開けた場所が現れる。

 樹海の中の200メートル4方程の大きさの土地が根こそぎ削り取られて更地になっていたのだ。  

「なんだこれは?翼竜はここに降りて何をやったんだ?」

「ああ、なんかあのでっかい竜が樹を根こそぎかっ食らっていっただ」

「樹を食ったのか?」

 地面を見ると所々に大きな嘴の後の様にえぐれた場所が見える。

 

「まあ、あの大きさの竜にしてみればこの辺の樹も草のような物かも知れないな」

「つまり草食の魔獣と言う事の様ね、やはりあの大きさで肉食は無理があるものね」

 木を食べる事を草食と言うのか?と言う突っ込みは置いておく。

「コタロウさんに教えてあげたら喜ぶわね」

「村にけえってみんなに聞いたら、畑でも作るべえかと言ってただな」

 根まで引き抜いて食っている物も結構多い、確かにこれなら最初から開墾するより楽かもしれない。

 

「あれはなんだ?」

 開けた場所の隅の方に大きな土の山が出来ているので近寄ってみる、本当に小山の様な大きさである。

「む、これは?」

 近寄るとものすごい臭いを放っており皆で顔を背ける。 

「糞ですね…」

「翼竜の糞か?」

 どうやら食事をした後で糞を出したらしいが元の体が大きいのでこんなに出して行ったようだ。

 

「食ったら出したと言う事だべな、丁度ええ肥料になるだな」

 猟師の男がボソッとつぶやくと、他の男もうなずいている。メディナ達全員がかなり微妙な顔をしていた。

「わざわざ地面に降りて糞をして行ったのね、蝙蝠の様に飛びながら糞をする訳では無いのかしら?」

「こんな物を飛びながら出されたら下は大惨事になるぞ」

 あまり想像したくない事態である。

 

「土ごと根こそぎ食っていますからね、ずいぶんな悪食の様ですね」

「この広さを食い尽くすのにどの位の時間がかかったのだろうな」

 翼竜が目撃されて既に丸1日が経っている。昨日はここに降りて食事をした後に飛び去ったと言う事らしい。

 ここまで街から約100キロだからいささか近い感じもするが、食事がしたかっただけなのだろう。

 

「肉を食わずにあんな大型に育つと言う事は魔獣器官が相当に大きい事を意味しているわね」

「ナシリーヤは、そんな魔獣を知っているか?」

「私は聞いたことが無いわね、報告すれば組合の方で調べるでしょう」

「糞を少し採取していくか?」

「そうね、コタロウさんの大学で分析すれば、何かわかるかも知れないわね」 

 糞を少し採取して手近な葉っぱで何重にも包み、皮袋に入れて腰に吊るす。コタロウさんは喜ぶだろうな。

 

 そのまま飛行したと思われる方向に進んでいくと小さな村に出る先程の猟師の村だ。

 その村での翼竜の目撃証言を聞くと翼竜が飛んで行くのが目撃されていた。

 ただ方向としてはどうやら方向を変えて、海を目指していたと思われる。

「どうやら国から出て行ったのは間違いないようだな」 

 アラーク達はここまでの調査結果を持って街に帰る事にした。

 

    ◆    ◆    ◆

 

 翼竜との戦いから帰ってきたお父さんは巣の隅にうずくまって、奈落の底まで落ち込んでいる様子だった。

 

「お父さん、そんなに落ち込まないでちょうだい」

「ううう~~~っ、街のみんなの前であんな醜態をさらしてしまうなんて~~~っ」

 おかあさんの声もまるで届いていない様である。

「おとーちゃ〜ん、元気だして〜♡」

「カロロ…お前見ていたの…?お父さんが翼竜にやられるとこを……見てたの?」

 涙目でカロロを見るお父さん。

 

「う……み…見てないよー」

「お父さんどんな格好してる?」

「だ、だいじょうぶだよー、おとーさん…あまり焦げてないからー」

 お父さんの眼からバケツ一杯位の涙が零れ落ちる。  

「こ、こらカロロ、そんなこと言ったらお父さんが傷つくだろう」

「そうよ、お父さん少しくらい焦げていても竜人なんだから、見た目はあまり変わらないでしょ」

 思いっきりお父さんの心の傷に塩を磨りこむお母さんである。

「うびえええ~~~っ、だめっ、ワシもうだめっ、竜人やってく自信な~い」

 ドツボに落とされて、もだえ苦しむお父さんは限りなく不憫で有る。

 

 そこにガラガラと馬車の走る音が聞こえ、誰かが竜の巣になだれ込んでくる音が聞こえる。

「あらどなたかお客さんかしら?」

「お待たせいたしました!聖テルミナ病院から竜人様のお加減を伺いにきました〜♪」

 竜の巣一杯に響き渡る声に続いてドカンと胸を突き出した仮面の医院長とそのスタッフが飛び込んで来た。 

「いや〜っ、昨日の青タンに続いて、今日はまた見事な焦げっぷりですね〜」

「え?何しに来たの?ワシの事見て笑いに来たの?」

「な〜に言っているんですか、治療ですよ、治療!昨日も広場で寝ているときに治療して差し上げたでしょ~」

 なぜかとても楽しそうに話す医院長。

 

「なんかの薬を塗ってたけど…あれ効いていたの?ワシ、傷は結構すぐ治るから」

「効いていますとも〜、今日はいつもの2枚目顔じゃありませんか、無敵の竜のブレスを浴びた顔は真っ黒焦げで御座いますけど〜」

「ワシ、やっぱ真っ黒焦げなの~?」

 再びの屈辱にびえええ~~っと泣きだす竜人である。

「今回は全身が焦げてしまったので、さぞ痛かろうと思いまして竜人様の治療のお手伝いにまいりました」

「その方が早く治るのかな~?」

「はい、多少焦げても平気な所が竜人様のすごい所ですが、放っておくと痛みが増してきますから治療はした方がよろしいかと」

 医師見習のシスターたちが前掛けに手袋とマスクをして、モップと薬とサラシを持って待機している。

 

「それでは一番焦げている顔から治療を始めますので目をつぶってください、薬を塗りますから」

 シスターたちがモップに薬を付けてお父さんの顔に塗りつけて行く。

「あ~、なんか気持ち良いっ」

「竜神様、頭はそのままで動かないでください、エランそこはもう少し右へ」

 医院長は竜人の体の状態を見ながら薬を塗る場所を指図している。シスターたちは指示された焦げた場所に薬を擦り付けて行く。 

「おとーさんの顔、おそーじみたいー♪」

 お父さんがピクッとなって顔が引きつったのを見て、コタロウが慌ててカロロを抱いて引き離す。

 

「薬を塗り終わったら包帯ですよ〜。そこっ!鼻の上に乗らない様に!」

「ほいっ!」「はいっ!」

 顔の上をシスター達によって投げられた一反木綿のサラシが飛び交う。 

「目を覆っちゃ駄目よーっ、口は開くようにしてねーっ。手が終わったらお腹に薬を塗るわよー」

 医院長は元気いっぱい、いつにもまして生き生きしている。 

「うう~ん、これ結構気持ちいいわ~」

 気持ち良さそうに手当てをしてもらっている。 

「竜人様ですからすぐに良くなってお焦げなんかすぐに消えますから~」

「そうですわねえ、お父さん手を魔獣に食いちぎられた時なんか、生えて来るのに3カ月もかかっちゃいましたからね~」

「……………………」

 いきなり場が暗くなる。お母さんはまったく空気を読んでいない。 

 

「ずいぶん昔の事だよ〜、あの時もお医者さんには来てもらってないものね〜。家にお医者さん来るなんて初めてじゃな~い?」

「ああら、お父さん、カロロが生まれた時に来てもらったじゃない、2年近くわたしに変わって育ててもらったのを忘れたの?」

「……………………?」 

「お母さん、カロロを育てたのは僕と医院長さん達だよ~、お母さんその間ずっと家事をしていただけじゃないか~」

「あらら、そうだったかしら?」

「あれ?そんな事知らないよ。ワシ子供が生まれた後、踏みつぶすと危ないからって家から追い出されていたもん」 

 お父さん哀れである。

 

「顔と手のお焦げがひどいけどお腹はあまり焦げていないわね、竜人様ごろーんは出来るかしら?」

「いや、翼の飛膜が焦げているから閉じると痛いんよ」

「ああ~ら、飛膜が完全にボロボロになってますねー、この際全部切っちゃいましょうか~?」

 なかなか医院長は思い切った治療を提案いたします…まあ不死身の竜ですから。 

「え~っ、全部切っちゃうの~?」

「下手に残すよりこの際スパッと取っちゃいましょう、その方がきれいに再生しますから」

 犬耳族のシスターが庭木用の大型の刈込鋏を持ち出してきたのでお父さんが顔を引きつらせる。

 

「いやいやいや、無理じゃないの?竜の皮は槍も通らないくらい固いんですけど」

「特性超合金の刃物ですから、竜人様の翼くらいならなんとでも〜〜」

「頑張ってるおとーさんの事が、だいすきだよーっ」

 カロロの言葉にうなだれるお父さん。

 医院長が背中に登ってじょきじょきと翼の飛膜を切っていく。 

「飛膜だけきれいに刈り込みますからね~、安心して良いですよ〜、♪」

「医院長さんなんか楽しんでやっていない?」

 お父さんはすっかり涙目である。

 

「ああ〜ら、お父さん綺麗に刈り込めたじゃない。男前が上がったわよ♡」

「お母さん、庭木じゃないんですから…」

「それじゃ竜人様、背中の翼を閉じてみていただけますか~?」

 ボロボロだった翼が綺麗にぴしゃっと閉じる。文字通り骨だけのこうもり傘の様になった。

 

「は〜い、いいですよ~、それじゃごろ〜んをしましょうね~、はいごろ〜ん」

 翼を背中にたたむと体をごろ〜んと横たえる。

「みなさ〜ん、お腹に薬を塗りますよ〜」

「「「はあ~い」」」 

 べちょん!「あふん」

 シスター総がかりでお腹に薬を塗り始める。お腹はあまり焦げてはいないので薬を塗るだけだ。

 

 お父さんが気持ちよさそうに体を痙攣させる。

「おとうさん、ごろ〜ん、ごろ〜んでおおそうじ〜っ」 

 ペタペタペタ「おふううう~~ん」

「お父さんすごく気持ちよさそうよ、手当てをしてもらってよかったわね~」

 顔と前足に包帯を巻いた後、お腹に薬を塗って終わりになった。

 

「それでは失礼いたしますわ、何かあったらまた参りますから~」

 手当てが終わるとシスター達は素早く道具を片付けて帰っていった。

「ああ~っ、なんかすごく気持ちよかった。手当てしてもらうなんて初めてだったからね~」

 お父さんはすっかり立ち直った様です。 

「そういえば母さん、カロロの事はわかったけど、コタロウの時はどうしたんだい?やっぱり医院長さんが手伝いに来てくれたのかい?」

「あの時は医院長さんが赤ん坊のコタロウを連れ帰って2年位育ててくれたわよ。私は毎日街の広場でコタロウの成長を見ていただけよ」

 お父さんの頭から、がーんと言う音が聞こえる。

 

「それじゃワシに子供が生まれたと言って見せてくれたのは?」

「コタロウが2歳になった時よ、その頃は結構走りまわっていたけど」

「かあさんその話ワシ初めて聞いたんだけど、ワシ竜の子供は生まれてすぐに走り回ると思って感激したんじゃけどな~」

「ほら、お父さんて今も昔もガサツでしょ〜、万一子供を抱き上げたら潰しちゃいかねないから」 

 可愛い赤ん坊の抱き上げる事はおろかその存在すら隠されていたと言う驚愕の事実、完全に仲間外れである。

 翼竜に負けた上に過去の家族の仕打ちに深い心の傷を刻まれる羽目になってしまった。

 お父さんの目から、ざぶんざぶんと涙があふれ出る。

 

「なんかワシ…立ち直れそうもない」

 お父さんは包帯だらけの前足の爪で石の床に、のの字を削っていた。


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