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――竜の息子と聖嶺の大地――  作者: たけまこと
第五章 襲撃の大地
127/221

ワンちゃん軍団

5ー007


――ワンちゃん軍団――


 皮の防具に短い槍を背負い、それに刀のようなナイフを装備した、身長3メートルの怪物の集団が台地の神殿を目指して走り始めた。

 

 神殿前から台地を横断するメイン道路は物流を担っており、広くきれいに整備されている。その道路を巨大な狼人族の集団が走るのは、まさに大型魔獣グリック暴走スタンピートの様相を示していた。

 道の両側は防風林が植えられていて、その先には畑が広がっている。畑の中心に数件の家がまとまって建っており、その周囲にも防風林が出来ている。

 

 そこいら中に林がありその中に住民は住んでいるらしい、こんな遮蔽物のない台地の上では風が強すぎるのだろう。それは狼人族の村も同じで村の周囲は沢山の木々を残した中に作られている。

 道の両側に店が固まって作られている場所に出ると、そこには神殿のような建物が建てられている。

 

「これが話に聞いた分館か…?」

「数人の気配が有る、兵士による見張りか?」

「放っておけ、神殿本館にしてはどう見ても小さ過ぎる。こちらの様子を本館に連絡しているのだろう」

 兔人族の支配下の土地を走っているのだ、そのくらい当然にやっているだろうと思いながら建物を横目に走り続ける。

 全力で走る狼人族の足音に目を覚ました住民が外に出てくるが、集団で走ってくる狼人族を見ると慌てて家の中に引っ込む。

 

「お母さ〜ん、ワンちゃんが集団で走っているよ〜」

 にっ、と笑ってVサインを出して走り去る狼人族の若者。母親が慌てて窓から外を覗いていた子供を抱き寄せると窓を閉める。

 

「俺たち結構注目の的じゃねえすか」

「アホウ、恐れられているんだ、子供脅かして喜んでいるんじゃねえ」

 狼人族が笑うと唇がめくれ上がって牙がむき出しになる事に気がついていない。

 

「神殿本館までの距離は約20キロだ、これだけ良い道ならば程なく付いてしまうな」

 この状況は同行しているシャーマンを通じてベギム村に伝えられている。こちらの状況は掌握している筈だ。

 瞑想を行わなくともトランス状態の時にリンクを確立しておけば、ある程度の時間はリンクを続けられるのだ。

 

 双方で感じ取れるのは全体のイメージであり、明確な言語通信までは難しい。彼らはそこまで強力な感能者フェビリティではない。それでも十分にそれは活用されており、集団は迷うこと無く神殿に向かって走っている。

 

 神殿分館の周囲には小さな街が出来ている、周辺の農家の生活を支え年貢などの税を徴収する役所なども有るのだろう。道の両側に建物が建っているのはその辺りだけだ。後はずっと畑と森が連なっている。

 所々に溜池と思われる池も作られている、生活用水は全て雨水なのだろうか?

 

「と、とまれーっ」

 次の分館の近くに来ると道路を塞ぐように槍を持った数人の兔人族の一般コモン兵が現れるが腰が引けている。

 いや、おまえら何しに出てきたんだ?臆病な兔人族にしちゃ上出来だが…膝が震えてんじゃねえか?

 

「あ〜っ、お勤めご苦労さまだな〜。野郎ども殺すんじゃねえぞ!」

 狼人族は速度を落とすことはなく走り続けると警備隊は炎弾フィア風魔法カマイタチの魔法を放ってくる、しかし体の大きさに見合った小さな魔法だ。

 

「邪魔だ!」数人が前に飛び出すと衝撃波バルンガをぶっ放す、兔人族より数倍大きな威力だ。


「びええええ〜〜っ」

 悲鳴を上げて左右に飛び散る、流石に兔人族のジャンプ力は凄まじい。 

 しかし狼人族の群れは既に大きく広がっていた。ジャンプした先には他のものが回り込んでいて、出合いがしらに頭をぶん殴る。襟首を掴んで放り投げる者もいた。

 成人した狼人族にとって市民コモンの兔人族の大きさであれば子供を扱うのと同じである。

 

「あひぃえええ〜〜っ」「うぎゃあああ〜〜っ」

 走りながら兔人族の警備兵を難なく蹴散らして進んでいく。

「手加減はしろよ!殺すな〜っ!」

 大酋長グレ・シェリクが怒鳴りながらも速度は落とさない。

 

「「「「「応!」」」」」

 集団で進む狼人族はそれだけで強大な戦力である。

 

「僧兵の姿が見えない、一般兵ばかりが息を潜めて身を隠しているな」

 一般兵と言って侮ることは出来ない、周囲を包囲され一斉に魔法攻撃を受けると厄介だ。

 

 兔人族の幼体では光魔法フェルガを使用できるものはごく少数と聞く。しかし一発でも打たれれば大きな被害を受けることになるから決して油断は出来ない。ただし射程が短いのと発射までに時間がかかる欠点がある。撃ってくるとすれば群れの背後からだ。 

 分館の前を通り過ぎた場所でまたも一般兵コモンのふたりが槍を構えて道に飛び出してくる。狼人族の群れの後方を走る数人が物も言わずに衝撃波バルンガの魔法を撃ち込むと、ふたりは声も上げずにふっ飛ばされて行った。

 

「ウルルル、なんだ?こいつらまるで素人じゃないか?狩人の真正面に現れる獲物など見たこともない」

 狼人族の一人が呆れたように言う。当然といえば当然である。彼らは安全な台地ダリルの上で生まれ育ってきた人間である。生活の全てが狩人である彼らとは比べるべくもない。

 

 やがて道の先に大勢の人間が集まっているのが見える。その前には丸太を使ったバリケードが設けられ先の尖った杭がこちらに向いている。

 本来は騎兵に対抗するためのバリケードだが狼人族対策なのだろう。残念ながら狼人族のジャンプ力でも軽々と飛び越えられる程度の物なのだ、しかしそれは兔人族も同様であろう。足止めと言うより障害物として空中戦を挑みたいのかもしれない。

 

 先頭を走る大酋長グレ・シェリクが停止を命ずると集団は一斉に足を止める。

 バリケードの向こうには大きな森のような木々の間に建物の輪部が見えた。あれが神殿本館なのだろう。周囲の気配を探ると建物や木々の間に伏兵の存在を確認できる。

 兔人族の僧兵の男が正面に出てくる。他の僧兵に比べて着ている服の色合いが少し派手で腰にナックルガードの付いた剣を吊るしている、シングード部隊長である。

 兵士の基本装備は革鎧に槍と小柄なナイフなので、指揮官であるとバオ・クーは判断できた。

 

「狼人族の皆さん、ここは聖なる台地ダリルの上です、大地グランダルに根を張るみなさんが来て良い場所では有りません、直ちにお帰り下さい」

「ガアウゥッ!我々は台地ダリルを蹂躙する目的で来たのではない、我ら一族の村を焼き同胞を殺した者に贖罪しょくざいの機会を与えるために参じたのだ」

 バオ・クーの口が大きく裂けて牙がむき出しになり涎が滴り落ちる、凶暴な笑い顔である。他の狼人族よりも一回り大きい体の筋肉が隆起し更に威圧感を増すが、僧兵は怯むこと無く言葉をつなげる。

 

「我々兔人族はこの聖なる台地ダリルで慎ましやかに平和に生きているのですよ。わざわざ下賤な大地グランダルに降りて貴方がたの村を焼くことなどするはずもありません、言いがかりは大概にしていただきたい」

「ガルルルっ!我らは神殿長に話があるのだ、下っ端に用は無い」

「私は神殿本館の外部警備の指揮官を任されております。あなた方の侵入を阻止し、場合によっては戦闘を行う許可も得ております。お互いに被害を出さないうちに事態を終息させたいと思っておるのですがねえ」

 狼人族に対していかにも見下したような発言をする。

 

「やれやれ自分の能力を過大視し、他人を見下す若者は狼人族にもいる。兔人族には序列勝負ガントが無いためであろう。上には上がいることを僧兵長はこの若造に教えなかったのであろうかな?」

 バオ・クーはその脳筋そのものの頭脳で判断を下した。

 

「ガルルル・・貴様に我ら狼人族の戦士に抗える力が有ると思っているのか?」

「ありますとも、皆さんは既に包囲されています。兔人族の魔法の集中砲火を喰らえばわかるでしょう」

 指揮官は手を上げてなにかの合図をする。

 

「……………………………」

 しかし何も起きることは無かった。そしてその時になって当初見ていた狼人族の半分しかこの場にいないことに気がついた。

 

「グフフ、周囲に隠れている仲間の事を考えているのか?」

 ギクリとなったシングードの顔が引きつる。

 

「我らは兵士ではない狩人だ。物陰に隠れた獲物に気が付かぬとでも思ったのか?」

 家や樹木の蔭から兔人族の一般兵コモンが崩れ落ちてくる。その後ろから幾人もの狼人族が姿を現した。

 バリケードに近づいた時点で伏兵に気がついた狩人たちは、素早く物陰に隠れ気配を消して潜んでいた一般兵コモンの背後に回り込んだのだ。

 

「心配するな殺してはおらん、衝撃波バルンガ電気ライデンの魔法を直接頭に打ち込んでやれば一般兵などひとたまりもないわ、さあ道を開けてもらおうかの」

「押し通りますか?出来るものなら…」

 突然シングードの後方の高い場所に構えていたふたりが両手を前に上げる。

 

「ガウッ!その屋根の上にいる男と木に登っている者はやめておけ」

 バオ・クーの後ろにいた狩人達も一斉に片手を挙げる。

 

「魔力コントロールをした光弾フェルガを撃つのは兔人族の専売特許ではない。ワシ等が撃ってもお前ら全員が死ぬだけだがそちらが撃てばこの周囲の住民が死ぬぞ、貴様!ここを戦場とするのに住民を避難させなかったな!」

 シングードの顔が大きく歪んだ。自らの優位性のみを考え周囲に及ぼす影響など全く考えてはいなかったのだ。

 

 バオ・クーは牙を剥くと腹の底から怒りの唸り声を上げる。よもや僧兵がここまで無能だとは思わなかった。台地ダリルの家は木でできている。フェルガを撃てば燃え上がるという認識も無いのだろうか?

 信じられないことだが、この連中は神殿を守っても同胞の命を守るつもりが無かったようだ。

  

「な、何を馬鹿な事を。神殿を守る僧兵が檀家の人間に危害を加える筈もなかろう。我々僧兵は台地ダリルの民を、大地グランダルから守る為に存在しているのだ。そのような世迷言を述べ人心を惑わすとは不届き至極、それがしが成敗して差し上げましょう」

 シングードは腰の刀をスラリと抜いて構える。

 

「ガルルル・・ほう?貴様ワシに序列勝負ガントを挑みたいと言うのか?」

 このアホウは己の無能をなんとか一騎打ちで誤魔化したいと考えているのだろう。バオ・クーは刀を抜いたシングードを見てニヤリと笑い、羽飾りを脱ぐと持っていた槍と共に隣りにいた男に渡した。

 

序列勝負ガント?狼人族の野蛮な一騎打ちの習慣ですか?」

「そうだ、我らの世界では序列によってその者の地位が決まる。同時にその地位によって責任も決まるのだ」

「では、私が大酋長グレ・シェリクに勝てば狼人族は私の言うことを聞くことになりますね」

 バオ・クーは牙を剥き出してシングードを睨みつける。体中の筋肉が隆起して背中の毛が逆だっている。明らかに臨戦態勢になっているのだ。

 

「グフフフ、だがそう上手くいくかな?ここには各村の酋長ゲルドが集まっておる。ワシが負けたら他の酋長ゲルドが新たな大酋長グレ・シェリクに挑戦を行うことになるぞ」

「フッ、そうですか?それでは勝ってから考えましょう」

 バオ・クーの発言を鼻で笑って、ヒュッヒュッと剣を振るったシングードは、胸の前に剣を構えて名乗りを上げた。

 

「私の名はコクラム台地、神殿警備部僧兵第2部隊シングード部隊長である」

「大地の民、アー族の大酋長グレ・シェリクタング村のバオ・クーである。これを 正式な序列勝負ガントとする、みな手を出すな」

 狼人族達はバオ・クーを中心として引き下がって空き地を作る。僧兵側もそれに習った。

 

「貴方は剣を使わないのですか?」

 素手のまま構えを取るバオ・クーを見てシングードは不思議そうな顔をする。

 

「剣?そんな物は持っておらんぞ」

「腰にぶら下げているのは剣では無いのですか?」

「これか?これはナイフだ。獣を解体し肉を切る道具だ、武器ではないのだがな」

 1メートル以上の長さの有る立派な山刀に見えるが、ナイフは日常使いの道具であって武器では無いというのが狼人族の感覚のようである。まあ命の危険を感じれば速攻で抜いてくるのかも知れない、用心は怠り無いとシングードは考えた。

 

「本来は素手で行うものだが、素手の兔人族では勝ち目があるまい、構わんからかかってこい」

「それは助かります。遠慮なくなますにして差し上げましょう」

 

 シングードは兔人族の脚力で目にも見えない突きを放ってきた。



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