無差別爆撃
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――無差別爆撃――
「なんだ、この振動音は?」バンカーが音のする方を向き耳を動かす。
「翼竜です、神殿を襲った翼竜が村に攻撃を仕掛けてきています!」
遠くの木々の上に翼竜の巨大な体が姿を表した。上空を飛行しながら地上に向けて炎弾を放っている。
「なんだ?何で翼竜が攻撃をしてくるんだ?こんな事は聞いたこともないぞ?」
その翼竜をめがけ地上から強力な光が放たれる、狼人族が放つ光弾である。
しかし強力では有るが拡散しやすい光弾の魔法は数百メートル上空を飛行する翼竜への効果は薄い、しかも翼竜は部分的にバリアを張っているようで弾き返されるものも有る。
翼竜は首を回すと、光弾を撃った付近に炎弾を浴びせかける。その下には光弾を撃って動けなくなった狼人族がいるのだ。
その翼竜の後ろからまた別の翼竜が姿を表す。
「一体何頭の翼竜を送り込んで来たのだ?たかが村を潰すために何故これ程の数の翼竜を寄越したのだ?」
ティグラは村の集会室で子供たちに勉強を教えていたが何か異常な感じを受けて外に出て耳を澄ますと遠くから爆発音が聞こえてくる。それと一緒に翼竜の飛行音も聞こえる。
「ひとつ…ふたつ…みっつ?何だこの異常な数は?まさかこの村を潰すために来たのか?」
すぐに部屋の中に飛び込むと子供たちが不安そうな顔でティグラを見ていた、この子達も異常な感じを受けていたのだ。
「お前たち、すぐに逃げるんだよ!翼竜が村に対して攻撃をしている」「ええ〜っ!どうして〜っ!」という声が上がるがティグラは一切相手にしない。
「理由なんぞは後で考えりゃええ!お前たちは自分の身を守ることだけを考えるんだよ!ええか、翼竜は西の方からやってくる、お前たちは南か北に向かって逃げるんだ。
翼竜が見えたらすぐに木の陰に入れ、絶対に見られるんじゃないぞ、奴らがいなくなるまで隠れているんだ。大きい子は小さい子を守れ、空から翼竜がいなくなるまで戻ってくるんじゃない」
子供たちは動揺をしてお互いを見たりティグラの指示を待っているようだ。
「わかったらすぐに逃げろ!考えるのは後だ、行け!」
明確な命令を受けた子供たちは一気に集会室を飛び出した。やはり子供たちなので全員がまとまって同じ方向に走っていく。
「ああっ、畜生!もしエンルーを狙っていたらまとまっている子供を見て襲ってくるかも知れないねえ」
そう気がついたがもう遅い、後は子供たちの逃げ足に期待するしか無い。ティグラはその場で瞑想に入る。
すぐに翼竜との交感に入る。明確な殺意とともに邪悪なイメージが頭に入り込んでくる。兔人族の子供、そして明確過ぎる殲滅の意識、やはり目標はエンルーだ。
そう思った途端、背筋に寒気が走る。目を開けると翼竜がその口の中に炎弾を作っているのが見えた。
兔人族の本能に従って集会室から大きく飛び上がる。その直後、集会室は炎弾の直撃を受けて四散した。
エンルーは頭になにかの衝撃を受けたような気がした、そしてなにか大切な人の危機を感じた。
「ティグラおばあさん!無事なの?」思わず叫ぶエンルー。
「どうした、おばば様に何か有ったのか?」
エンルーの叫び声を聞いてバンカーはすぐにその意味を察した。
『逃げるんだよエンルー、翼竜の目標はお前だ、目標が何処にいるかわからないから無差別攻撃を行っているんだ』
エンルーの頭の中にティグラの声が響く。
『おばば様!おばば様は無事なのですか?』
『ワシのことは気にするな、さっさと村から離れるんだ!』
「どうした、なにをやっている!いかん、エンルー!さっさと逃げろ」
バンカーが叫ぶが、二人の上に翼竜が迫ってきた。その口には炎弾が作られている。
「あの翼竜の目標は私です、私を殺すために彼らは村ごと焼き払っているのです」
「くそっ、逃げろエンルー!後ろも見ずに逃げ出すんだ」
バンカーは大きく口を開けるとその中に光の粒子が集まっていく。それを見たエンルーは兔人族の本能に従って脱兎の如く逃げ出した、自分に出来ることは無いのだ。
翼竜が炎弾を撃ち出した直後にバンカーの光弾が撃ち出される。空中で2つの魔法がぶつかり合い大爆発が起こり、木々が地面に叩きつけられる。
エンルーは大木の根元に滑り込み爆発の衝撃波をやり過ごした。しかしその大木は真ん中付近で折れてエンルーの後方に落下していく。
「GYAAAAAA〜〜〜〜」
爆発の煽りを受けたのか翼竜は顔から煙を上げながら軌道を変えて離れていく。
バンカーにとってもこの光弾は魔力をすべて注ぎ込んだようで、起き上がったものの力を失って十分には動けないようだった。
「に…逃げろ、後ろを見ずに…逃げるんだ」
なんとか起き上がろうとしながらも動くことも出来ずに、エンルーに向かって逃げるようにと手を振っている。その後ろから別の翼竜が迫ってきた、その口の中には新しい炎弾が作られている。
『やめて!これ以上村の皆を殺さないで!』
エンルーは必死で思念を翼竜に送った。そのせいだろうか翼竜の動きが止まる。
バンカーを見ると片膝をついてなんとか立ち上がろうとしている。その時、後ろの方から光弾が打ち上げられ、翼竜の翼に当たり翼が半分吹き飛ばされた。
「GYAAOOOOO〜〜〜〜!」
翼竜は翼を半分無くしながらも飛行を続けていく。弾着のショックでその口から炎弾がこぼれてバンカーに向かって落ちていく。
「バンカーさん!」
思わず助けに飛び出そうと思ったが兔人族の本能が動きを止める。バンカーがこちらを見て制止するしたような気がした。その直後大きな爆発が起こり体の小さなエンルーは爆風に吹き飛ばされた。
体が空中を舞うが緊急時の本能が周囲の状況を判断する。もっとも安全な場所に体を滑り込ませ、爆風から逃れることができた。
「バンカーさん…」
バンカーのいた場所には大きな爆破跡が残り、彼の姿は何処にもなかった。
『いやああああ〜〜っ、バンカーさーん!』
エンルーの感情の高ぶりが、声とともに強力な思念波をほとばしらせた。
『ミツケタ…』
エンルーの頭の中に聞いたことのない声が響く。
『エンルーや!心を閉じなさい、思念波が強すぎる。翼竜に場所を知られてしまったよ』
ティグラの声が頭に響き、その声を聞いて自分が何をしてしまったのか理解できた。
飛んでいた翼竜が攻撃をやめ、その飛行方向を変え始めた。おそらく今の思念波の放出で場所を知られてしまったのだろう。
大きく旋回するとエンルーに向かって飛行してくる。翼竜達はエンルーに対し目標を絞ったのだ。
しかしエンルーは思った、ここで私が死ねばこれ以上村の皆が死ぬことはない。
『エンルー、どうした思考が乱れている、心を閉じてさっさと村の外に逃げ出さんか!』
村のあちこちから光弾が撃ち上げられているが、翼竜には十分な効果は上げられてはいないようだ。彼らは悠々と飛行をしている。
『おばあさん、短い間でしたがお世話になりました。わたしが死ねばこれ以上村には被害がでないでしょう。』
翼竜はゆっくりとエンルーの方に向かってきており、その口の中には炎弾が形成されていた。
『エンルー、馬鹿なことを考えないで!さっさと逃げるんだよ』
エンルーは立ち上がると胸を張り、翼竜に向き直って自らの最期を覚悟した。
『場所を特定できました。エンルーに対する保護指令を発動します。翼竜に対する指令をインターセプト、翼竜は巣へ帰投します』
先程とは異なる声がエンルーの頭の中に響いた、さっきから聞こえるこれらの言葉はいったいなんなのだろう。
上空を飛行する翼竜の口の中に作られていた炎弾が消滅していき、そのまま翼竜達は村の上空を過ぎていくと何処かに姿を消した。
エンルーは自分が助かったことを知った、誰かが翼竜の行動を止めたのだ。
『エンルー、今のはなんだい?一体誰の声なんだ?』
ティグラの声が聞こえる。ティグラも無事のようだ。
『わからない、急に翼竜は攻撃をやめたから私は無事よ、でもバンカーさんが炎弾の攻撃を受けて姿が見えないの』
『そうかい、バンカーは自分の義務を果たしたんだね…』
義務?義務ってなに?
『狼人族の大人は何が有っても家族の子供は守るのだよ、それはね本能に深く埋め込まれた狼人族の生き様なのだよ』
「バンカーさん…」
エンルーの目から大粒の涙が溢れてきた。自分を狙い村を巻き込む攻撃をしてきた翼竜から、命を賭してエンルーを守ってくれたのだ。
「わたし、この村に来て何もしていないのに…」
『嘆くことは無いよ、それが狼人族というものなのだからね』
「野蛮人と言っていたのに…」
気がつくとティグラがボロックと一緒に立ち尽くしているエンルーの前に来ていた。ティグラの服はボロボロになっており、体のあちこちから出血をしていたが無事なようだった。
「おばば様、そんなに怪我をして…」
「大したことは無いよ、お前が無事であればバンカーは満足しているさ。だからあんたは長生きしなくちゃいけないんだよ」
ティグラはエンルーを抱きしめると集会室の有った場所に戻った。村の中でも大きかった集会室は炎弾の直撃を受けて破壊されていた。
全員が村の広場に集まり被害の確認を行った。多くの家が被害を受けており明らかに人間を狙った攻撃に他ならなかった。
死者は3名でいずれも翼竜に対して光弾を撃った後動けなくなり、炎弾の反撃を受けて死んだ者達だった。
子供達は驚く程の早さで逃げ回り被害を免れている、それでも多くの人間が怪我をしていた。
他の村からの伝令が訪れ被害状況を確認していた。村長もまた他の村に伝令を送っていた。
幸い食料庫は無事なのでしばらくは問題は無いが、多くの道具が壊されてしまったし家畜にも被害が出ている。
次の日に村の主だった者たちを集め3人の死亡を皆に伝えた。その中にはバンカーの名前もあった。
幸いにも子供は全員無事に空襲から逃げ延びる事ができたと言っていた。しかし3人の狩人を失ったことには変わりない、父を、夫を亡くした者たちの心は如何ばかりか?
わずか200人程の村である、3人の犠牲は非常に大きな労働力の喪失でも有るのだ。そして被害にあったのはベギムの村だけではなく、他の村も襲撃を受けていた。




