大翼竜の飛来
1ー012
――大翼竜の飛来――
「アギャアアーッ!」
カロロが飛び上がって羽をバタバタさせるとぱっとお兄ちゃんの頭の後ろに隠れる。
「おおっ!こ、これはすごいっ!」
お兄ちゃんが立ち上がって翼竜を見ると感嘆の声を上げる。
ヒロの兵士としての訓練が緊急事態への対応を行い、アドレナリンが一気に噴出して疲れを吹き飛ばす。
『オーヴィス、あの飛行物体の大きさと高度は?』
『現地表から約1200メートル上空を飛行中、尻尾を含めた全長は約200メートル、推定質量2万トン以上』
なんだそれは、まるっきり戦闘艦並みの大きさじゃないか。
それは生物としてあり得る大きさではない。全長が200メートルある生き物が重力圏内で成立するのか?
その姿はかつて存在した翼竜に近い物である。体の部分が120メートル、尻尾が80メートル位か?トカゲの前肢が翼になった様な形状をしている。
翼長は100メートル位しか無い。あんな翼で肉体を支えて空を飛べるわけが無い。
『生物と推測、体の周囲に空間のゆがみを観測される、竜人族同様に飛行には真空機関を使用しているものと推測』
あのようなサイズの生き物が存在出来るとも思えない、翼の薄膜や骨格が強度的に持たないのは明白である。
『骨格、内臓の維持その物に真空機関を使用している可能性大、推定重量約2万トンでは、生物骨格で自立するのは難しいと推測』
もう完全に戦闘艦である。あれが暴れたら一体どんな被害がでるのか?
「メディナ…あんな生き物…いるのか?」
「いる訳ないでしょう、魔獣にしてもあの大きさはいくら何でも異常だわ」
周囲の家々からも人が飛び出してきて上空を見上げて騒いでいる。
「ギガンドーグ…」
コタロウが何かをつぶやく。
「あれを…知っている?」
「いえ、巨大な翼竜の事は文献で見た事が有るのですよ、この目で拝めるとは思いませんでしたけど」
温厚そうな顔に似合わずいささか興奮気味に話す。なんかウキウキしているみたいで何故か尻尾がフルフルと振るえている。
「おにーちゃん、大学のせんせー♪」
「コタロウさんは魔獣関係の研究者なのよ」
ふたりの言葉にいささか愕然となる。怪物じみた姿に見合わず実はインテリだったのだ。
…ま、まあ100年も生きていればその位の知識は有るのかも知れないな。
『あなたにも十分な可能性が有ります、希望を捨てない事を推奨いたします』
『いらん御世話だ!』
空を飛ぶ巨大な竜は大きさの為か、すごくゆっくり飛んでいるように見える。
翼をゆっくりと羽ばたいてはいるが、それ程周囲に風が起きているような状況は無い。やはり飛行の主体は真空機関の様だ。
「お父ちゃん、きたーっ」
コタロウの肩の上でカロロが飛び上がって叫ぶ。
「あらら、まずいな〜っ、お父ちゃん短気だからな〜」
お兄ちゃんはいかにも困ったようにつぶやく。大事な研究材料なのだろう。
「見ろ!竜人のギルガール様が飛んできたぞ」街の人々が叫ぶ。
翼竜の後ろから先日の竜が飛行してくる。まあ縄張りを悠々と飛ばれたら最強の竜人族のメンツが立たないしな~。
もっとも翼竜はただ飛ぶだけで特に何もする様子はない。
「危険…無いのか?」
「それはわかりません、王立図書館にその記録が残っていただけですし」
「おとーさん、たすけるーっ」
カロロがお兄ちゃんの頭をパタパタと叩く。
「いや〜っ、ボクが行ってもあまり役に立たないし〜、そもそも追いつけないよ。カロロちゃんを放っておくわけにもいかないしね~」
「おにーちゃん、ダイエットー!」
流石にあの大きさだと、戦闘艦にOVISで戦闘を仕掛けるより分が悪い。
「メディナ…離れるな」
ヒロはメディナを掴むと自分に引き寄せる、自分の近くにいればOVISが守ってくれるからだ。
なに?ヒロがあの怪物からあたしを守ってくれるの?
メディナはいささか戸惑ったが、昨日の魔法のバリアを思い出してヒロに従う事にした。
昨日バスラと戦った実力では、メディナを守るどころか素手では彼女にすら勝てないかもしれないと思う。
そうは言ってもその強力な魔法だけはその実力を認めていた。
(頑張れ!オトコノコ)心の中でメディナは応援する。
上空では竜人が翼竜相手に何かを怒鳴っているようなしぐさをしている。多分追い出そうと一生懸命警告をしているのだろう。
「おとーさん、怒ってるー」
全長200メートルの怪物に尻尾まで含めても20メートルのお父さんだ、人間に歯向かうハムスター位か?完全に無視されている。
次いで炎の塊を吹き出して翼竜の周囲で爆発させた、威嚇射撃と言ったところか?
翼竜は全く意に介さない様に飛行を続けて竜人を追い抜いて行く。
無視されたお父さんは怒りに手足をジタバタ動かして翼竜を追いかけると、もう一度顔の周りに炎の玉を吐いて爆発を起こさせる。
…あ〜っ、何か昨日見た様な光景だな〜。
翼竜はうるさそうに尻尾を振るがそれが竜人に当たった。大きさが大きさだけにものすごい威力があるようだ。
「おとーちゃん、落ちる〜っ」
尻尾にはじかれてくるくる回って落ちていく…昨日の今日である竜人にはずいぶん災難続きだな〜とそっと涙するヒロ。
竜人も流石にここで墜落する無様は見せられないと思ったのか、根性を出して途中で踏みとどまると再び翼竜に向かって飛んでいく。
「竜人は…なぜ戦う?」
「竜人様は守り人、住民の為に大型魔獣を狩ってくれるのよ」
強き者の責務と言うやつか?要するに個々の住人と竜人はお互いにそれぞれ責務を負っているようだ。
それにここの人間達にはあんな物に対抗できる兵器は無いらしい、やはり竜人を頼らざるを得ないのだろう。
ここには住民の生活を守ってくれる軍や警察と言う組織は無いのだろうかとヒロは考える。
しかし仮に有ったとして弓と槍の世界である、あんな怪物を迎え撃つ空軍と言う概念は無いのだろう。
『俺はこんな世界でこれから暮らしていかなくてはならないのか』
『宇宙空間での戦闘よりは生還率は高いと考えられますが』
そう言えばあいつは飛んでいるだけで積極的な攻撃はして来ないな。
今度は翼竜の前に回り込んで、竜人が何かを怒鳴っているが…全く無視をされている、気の毒に。
何しろ頭だけで竜人位の大きさが有るから、人間がハムスターと向かい合っているようなものだ、気にもしないだろう。
無視されて腹を立てたのか大きく口を開けると翼竜の顔に向かって炎を吹き出す。
…ハムスターでも鼻面に噛みつけば少しは痛いだろうとでも思ったのか?
ブレスが翼竜の顔に届こうとする寸前に翼竜が鼻息を噴き出す。
「ぶおん!」
鼻息に負けてブレスの炎が逆流する。進行方向に逆らって吹き出された鼻息は相当に強力だ。
「あらら~っ、ブレスが竜人様の方に逆流して行っちゃったわ」
全身にブレスを浴びた竜人は体中が炎に包まれてジタバタ暴れている。
…大丈夫かな〜っ、死なないだろうな〜。
落っこちていくかと思ったが、何とか踏みとどまって口から真っ黒な息を吹き出していた。
自分のブレスを浴びた体は真っ黒に焦げている、翼もかなり焼けてボロボロになっていた。
大丈夫かあれ、治るんか?
「大丈夫よ竜人様は手足の一本位無くなっても再生するんだから」
『昨日の傷は既に跡形もなくなくなっています』
かなり自己再生能力の高い生き物の様で、昨日殴られた怪我はもう癒えているらしい。
「おとーちゃん、みじめーっ」
カロロが父親の醜態を見て涙を流している。親父さん娘の前で醜態をさらしてさぞ無念だろうな〜。
悠々と飛び去って行く翼竜に必死になって毒づいているようにも見えたが…たしかにみじめな姿だった。
打ちひしがれて巣に戻っていく姿には哀れさを覚えるヒロである。
「あんな物が現れた以上、多分私達には狩人組合から召集が有ると思うわ」
メディナが厳しい顔をして立ち上がる。
「何が…ある?」
『類推、調査行動に出発する可能性』
…そうか、あんな物がうろついていたら狩りどころじゃないものな。
「悪いけどここからはひとりで帰ってくれる?」
「わかった…ありがとう」
だがせっかく出来た知り合いである、これまでのヒロであれば決してしなかったであろう事を口走ってしまう。
「また…今度…お礼する」
それを聞いたメディナは振り向きざまにニコッと笑った。
「今度ね」
そう言って組合の方に向かって走って行く。
『これまでにない素晴らしい決断です、作戦の成功を祈ります』
『うるさい、黙れ!』
『…了解』
一体どうしたんだ?コイツ、これまではこんな軽口など言ったことは無かったのに。
『オーヴィス、亜空間に入ったままあの怪物を追って良く観察してこい、万一敵対的行動に出た場合の情報の取集だ。俺の指示が有るまでは絶対に攻撃はするな』
『了解』
脳波通信はせいぜいが数十メートルしか届かない、翼竜の所まで行くとヒロの命令は届かない。
まあOVISの知能は相当に高いから必要な事は自分の判断で行えるだろう。
翼竜と共に飛び去っていったのは、通信が途絶したのでわかった。
「さあ、皆さーん。竜人様の手当てに出発いたしますわよーっ!」
突然病院の方から大きな掛け声が聞こえる。
見ると病院の医院長が馬車に数人のシスターと、山の様な物資を乗せて出発していく所であった。
「「「はーいっ、竜人様の為にー!」」」シスターたちもすごく気合が入っている?
ガラガラと山のような医療品を積んだ馬車がものすごいスピードで走り去っていく。余りにも用意が早すぎるな、こうなる事を見込んでいたのか?
「ボク達も父さんの所に戻ります」
「ヒロー、またねーっ♪」
「お父さん…よろしく」
お兄ちゃんはカロロを背中に乗せたまま飛び去って行く。
ヒロはアドレナリンが切れるとだんだん体が重くなってくるのを感じる。
鉛のように重い体と荷物を引きずるようにして宿に戻るとベッドに倒れこんだ。
全身のけだるさが収まって来ると今度はひどい筋肉痛が襲ってくる。
そのままおとなしく横になっているとそのまま眠ってしまった。
メディナが狩人組合に行くと猟師達が大勢押しかけて来ていて大騒ぎになっていた。
「おお、メディナ。組合からあの怪物の調査の依頼を受けた、ヤスドもいるからナシリーヤと4人ですぐに出発する」
アラークが組合長と打ち合わせをしている所であった。
「水と食料は3日分用意しました、すぐに出発してください」
組合長秘書の兎耳族のリシュリーが泣きそうな顔をして依頼をしてきた。
「ナシリーヤ、バスラはどうしたの?」
「ああ、あの子は今日はデートだから、そっとしておきましょうね」
ああ、そうかと思う。犬耳族のあの娘だろう。
「そうね、アイツはすごく家族を欲しがっていたものね」
今頃は家族作りに精を出しているのかもしれない、寂しくはあるが喜ぶべき事なのだろう。
猟師達が情報を求めて集まってきているが、今の所何の情報もないのである。
流石に前代未聞の出来事である、万一あんな物が襲ってきたら狩猟どころでは無い。
せめて飛び去った方角の安全だけでも確認したいらしい。
緊急事態なので荷物は全部組合の備品で済ますことにしてすぐに出発することにする。そんな調子で手すきのチームを何組か出発させる予定らしい。
怪物の飛び去った方向に向かって調査を行い、特に情報が無ければ国境まで追って帰ってくるように言われた。
怪物が何事もなく飛び去っていれば後は隣街からの情報を待つことになる。
アラーク達はすぐに怪物の後を追って飛び出していった。