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――竜の息子と聖嶺の大地――  作者: たけまこと
第四章 銀の塔
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銀の塔の怪人

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――銀の塔の怪人――


「これはこれは遠路はるばるご苦労様でした」

 カヴェルはちゃぶ台を開くとそこにティーカップを置いてお茶を注いでいる。ミルクと砂糖まで用意してあった。

 

「まあ、とりあえずいかがですか?あ、無論毒など入ってはおりませんよ。一応高級な茶葉を用意いたしましたがお口に合うでしょうか?」

 奴の前にもカップは置いてある、だが飲むことは無いのだろう、俺の想像どおりであるとすれば。

 

『彼は実体です、ホログラムでは有りません、テーブルもお茶も本物です』

『亜空間内のOVISの存在は確認できるか?』

『不可、当機には亜空間センサーは備えておりません』

 男は仮面を外すとカップを取り上げてお茶を美味しそうに一口すする。そこにいたのは何処にでもいそうな変哲のない男の顔であった。

 なんだ、コイツ?なんで簡単に仮面を外すんだ?医院長と一緒で単なる習慣か?

 

「良い香りですよ、どうぞお飲み下さい」カップを下ろすとにっこり笑う。

 この男がヒロに毒を盛る理由はない、それにしても予想に反してごく普通の人間に見える。もっとも考えてみればバルバラ医院長も外面だけはまともな女性ではあったな。

 

 ヒロはちゃぶ台の前に座るととりあえずカップに口をつける。お茶の良い香りが口いっぱいに広がる、良い茶葉を使ったというのは本当の事らしい。

 こう言った心理戦もまた戦術の一環であると兵学校時代の教程で習っている。問題はこの駆け引きで奴らが何を求めているかという事である。

 

「いかがでしょうか?私としては結構自信が有るのですが?」

「ああ、良い香りがするな、うまいお茶だと思う」

「それは良かったです、どのお茶にするか散々迷ったのですがね」

『うまいお茶』か、兵士の頃はそんな事は考えたこともなかった。

 

 日々の食事は完全にコントロールされ必要な栄養素は全て含まれていて、それは単なる栄養補給業務に過ぎなかった。

 狩人になり日々の食事に何を食べるのかを迷うようになった。好きな物を選ぶという経験を通して自分の食事に好みの感情が出来てきたような気がする。

 一年前のヒロであればこのお茶をうまいと感じる事は無かったかもしれない。

 

「それで?この戦艦をここに落としたのはお前なのか?」

「いえいえ、それは天の方の判断でして…」

 男はその指を上に向ける。女神と同じ事を言いやがる。コイツも女神と同じ管理者と呼ばれる者なのだ。

 ふと周囲を見るとヒロたちの周囲だけ獣が寄り付いていない事に気づく、すこし離れたところでは獣がゆうゆうと水を飲んでいた。野生の動物というのはこんなものだろうか?

 

「何でこの池の周りに建物が建っていないんだ?」

「理由は大きく言って2つありますが、ひとつは周囲の魔獣に水を与える為です」

「何故だ?魔獣は水が無くとも行きていけるんじゃ無いのか?」

「砂漠と言っても背の低い植物は生えているし昆虫も生きています。その生き物を食うだけで水がなくても魔獣は生きていけるでしょう。それでもやはり水が有れば飲んだほうが生きやすいのです」

 

 先程見た飛び跳ねる魔獣だけではない。おそらくは草食の魔獣だろうと思われる、様々な種類の魔獣が水を飲んでいる。彼らは砂漠の中でも生き延びる強靭さを持っているが、オアシスが有ればここに寄ってくる。

 肉もまたこの街の重要な食料源なのだろう。池が無ければ魔獣は広く砂漠に散らばってしまう。それを狩人達が狩って食料にしているということだ。

 

「この砂漠には肉食魔獣は非常に少ないですし、草食魔獣が肉食をしても十分に体を大きく出来るほど魔獣の密度は高くはないのですよ」

 なるほど、だから運河を掘ってその周りを畑にし、その外側に建物を作って獣の侵入を防いでいるのか。結局ここでも半農半猟の生活はカルカロスと一緒だと言うことか。

 

「ご理解いただけたでしょうか?」

「それで?もうひとつは?」

「いずれこの戦艦が再起動した時に周囲に被害を及ぼさない為ですよ」

「いずれ使うことを想定してその段取りのためということか?」

「当時はこれと言ったプランが有ったわけではなかったと思うのですが、こんな物をこの世界に残しておくわけにも行きませんからね」

 何だそれは?ものすごく無責任な発言じゃないのか?

 

「わからんでもない、この戦艦はこの世界の技術水準を大きく越えているからな。あんたら、一体何の目的で戦艦をこんな所に落としたんだ?」

「ああ、そうですねえ。それはこの場所に人がいないからですよ、ここであれば戦艦の乗員だけで生きて街を作れるかと考えたのですがねえ」

「それが理由か?こんなところで人が生きていけると思うのか?」

 人類宇宙軍は兵士である、ものを作った事の有る人間ではない。ヒロが生き延びられたのは現地人の協力が有ってのことなのだ。

 

「砂漠のこの場所には水脈が通っていましてね、戦艦の墜落でその水脈に穴を開けてオアシスが出来ましたから、畑でも作れば生きていけると思ったのですが…まさか最初に竜人を殺してしまうとは思っても見ませんでしたから」

「あんたらのやることにしては随分杜撰なものだったんだな」

「いやあ〜〜っ、人間があんなに脆弱な物だとは思いませんでしたしね〜、まさか50人近い人間がたった3人の現地人に殺されてしまったのですよ。実に不幸な出来事でした」

 ヒロはカッなってちゃぶ台に飛び乗るとカヴェルに殴りかかった。避けるかと思ったがそのまま殴られると後方にふっ飛ばされていった。

 

『外部の反応は?なにか動きはあるか?』

『有りません、敵は全くの無抵抗です』

 ヒロが攻撃を受ければOVISは無条件に反応しただろう、しかし自動防御システムは無いようだ。こいつは全くの無防備でここに立っているのか?

 

「私とてそのような結末を望んでいたわけでは有りませんよ、まさかあそこまで身体能力に差があるとは考えてもいませんでした。戦闘員だけに外部との融和を取ることを優先しない方達だと言うことだけはわかりました」

 一向に効いた風もなくぴょんと立ち上がって来る。

 

「砂漠の中に墜落した戦艦を調べに来た竜人族の夫婦を問答無用で攻撃したのですよ、竜人達が怒るのは当然だと思いませんか?」

 人類が周囲の状況を調べることもせずに、現れた生き物に対していきなり攻撃を仕掛けたのだ。確かに状況を考えれば全く弁護のしようがない。

 実際のところOVISが止めなければ、ヒロ自身があのお父さん竜を殺していた可能性は高かった。

 

「あんたは俺たちこの星に落ちてきた人類に一体何を求めていたんだ?」

 カヴェルはちゃぶ台をもとに戻すと新しいカップを出して再びお茶を注ぐ。

「平和と安定です」

「………………………」

 彼の発言にヒロはすぐに答える事が出来ずに言葉に詰まってしまった。

 それを求めて人類は数百万人の同胞を、一度の戦闘で失うことが前提となる作戦を行っている。全人口で考えれば数十億人の人間が作戦に従事し、全く生産的な活動を行ってはいない。

 そんな人類宇宙軍が求めたものは本当にそれだったのだろうか?余りにも場違いで欺瞞に満ちた発言だろう。

  

「お前たちは……『エヌミーズ』なのか?」

「さて?あなたがおっしゃる『エヌミーズ』とは一体何者のことでしょう?私は存じませんが」

「俺が人類宇宙軍に所属していた時に戦っていた相手だ」

「どのような種族でした?頭が3つに腕が4本ある生命体ですか?」

 コノヤロウ、おちょくっているのか?

 

「何処をどう考えればそんな生命体が存在できるんだ?そいつらは、高い科学力を持ち自律思考を行える人工知能を使って戦うことの出来る仮借無き敵だった」

「人類の皆さんに対して、大量虐殺を行った敵なのでしょうか?」

「ああ、そうだ。俺がこの世界に落ちてくる直前の戦いでは、出撃した数百万人の兵士の95%以上が死んだ筈だ」

 

「兵士?…戦闘員の事ですね。戦闘員とは相手を殺すために自らの命をかける職業のことでしょう。死ぬのはお互い様ではないでしょうか?それとも『エヌミーズ』さんは戦闘員の他に非戦闘員も沢山殺したのでしょうか?」

「ああ、もちろんだ。人類が植民した惑星に奴らは現れて無慈悲な死を振りまいたと教本には書いてある」

 それを聞いたカヴェルは首を傾げる。

 

「その教本は事実を書いているのでしょうか?どなたがお書きになったのですか?」

「そりゃ…もちろん人類統合政府に決まっているだろう」

「ああ〜〜〜〜っ、そうですか〜〜〜っ?」

 まさかの塩反応である、お前そんなキャラだったのか?

 

「な、なんだよ〜。その反応は〜…」

「いいえ、なんでもありません。あなた方が元の世界で何をされてきたのは存じませんが、ここでの争いは断じてお断りいたしたいと思っているだけですよ」

 まあ、自分たちが支配している世界で戦争は起こして欲しくは無いよな〜。そう考えた時にひどく違和感を覚える。

 

 こいつらは本当に『エヌミーズ』なのだろうか?

 

 大陸の女神にしても墜落してきた人類を保護しているし、まあ監禁していると言えなくもないがとにかく200年間生き延びている事は確かだ。

 こちらの大陸でも同様に現地人にはあまり干渉を与えているようには見えない。

 医院長などを見ていると、確かに動物園の獣医に見えなくもないところでは有るが。

 

『バルバラ医院長に関してはメンタルに齟齬が有るように観察されます』

『どういう意味だ?』

『あまりにも反応が人間的過ぎるのです。これまで蓄積された『エヌミーズ』のデーターでは理性的、論理的ではありますが思考の幅が比較的狭いという評価がなされています』

『お前、結構辛辣なこと言っていないか?』

 確かにバルバラ医院長の反応は、わがままな女性という反応そのものに見えなくもない。

 

『なにより、これまで判明した『エヌミーズ』の科学力をもってしても数千光年に渡る星間帝国を作ることは難しいと考えられます』

『たしかにそうだ、ワープ航法の航続距離の限界や通信限界を考えれば、半径2000光年を統一された意思で結ばれた帝国を作ることなど出来る筈もないだろうな』

『仮に、この連中がこの星の旧文明の遺産だったとしても、『エヌミーズ』並みの科学技術力を持っていることは確かだ。この周辺に星間国家を作っているのだろうか?』

『現状での把握は困難、ただ魔法ギルドが原住民に対し思考誘導を行っている形跡は有るようです』

 

「俺はこの大陸の外で女神を名乗る者に会っている、お前はそれと同質のものなのか?」

「この大陸の外部に関する情報は有りませんので、お答えは出来かねます」

「お前たちは我々人類の敵では無いというのか?」

「はい?何故あなたと敵対しなくてはならないのでしょうか?今のところその理由は無い様に思えますが?」

 カヴェルは殴られた頬をさすりながら答える、わざとらしい奴め。

 

「お前は戦艦の乗員が殺されるのを黙って見ていたのだろう?殺戮を止めようとは思わなかったのか?」

「いえいえ、とんでもありません。私は戦闘を望んではいません、しかし彼らはこの星の住人を殺し、この星の住人によってその仇を討たれただけなのですよ」

 竜人の親父の言っていた通りのことが行われたらしい。しかしそれは内政の問題だとしてこの連中は介入はしなかったという事なのだ。

 そう考えるとメンタルが全く違ってくる。仲間の仇は仲間内で取られることを推奨して手を出すことを控えているからだ。

 

「あんたはこの世界を陰から支配したいのか?」

「はあ?なぜ支配などしなくてはならないのでしょうか。支配などしたらせっかく育ててきた世界が枯れてしまうではありませんか」

「世界が枯れる?どういう意味だ?」

 ヒロがそう聞いた途端にカヴェルは仮面を着け直して顔を上げる。

 

「どうやらお友達が追いついて来られたようですね」

 後ろを見るとコタロウがカロロを頭に乗せてトコトコとこちらに向かって飛んでくるのが見える。

 カヴェルは亜空間から新しいカップとケーキを取り出す。


「コタロウさんとカロロさんですね、お待ちしておりました、お茶会にようこそ。」

「「ほえ??」」

 状況を全く理解できていないコタロウとカロロ。

 

 しかしテーブルに乗せられたケーキに向かってトコトコと降りてくる。簡単に餌付けされる奴め。


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