シャポワールの銀の塔
4ー008
――シャポワールの銀の塔――
山から降りてくるとそこは一面の荒野である。太陽に焼かれた砂だらけの土地ではないが、赤茶けていて非常に痩せている感じはある。大きくもない木が所々に生えており、下生えの草も申し訳程度の生育具合だ。
道は川の流れに沿って出来ているが、その川には水がない。雨季の間だけ川になるのだろう、川の周囲は山から流れてきた土砂で平になっており走りやすくなっている。
この川は内陸から海に繋がっっているのではなく、砂漠の中に消えていく。しかしその水は砂漠の地下に蓄えられ、それが戦艦の墜落によって湧き出したのが、現在のシャポワールなのだそうだ。
足の大きな獣が兎のようにジャンプしながら走っていく。あれはこの砂漠に適した草食魔獣だそうだ。
彼らがこの砂漠で生活をしていることにより砂漠の緑化が進んだらしい。彼らを食う肉食の魔獣もいるが、砂漠では遮蔽物がなく狩るのは難しいらしい。
緑化が進んだら彼らは無事でいられるのだろうか?
シャポワールの街まで後1日の所までやってきた。夜になって皆が寝静まるとヒロはそっと馬車を抜け出した。
馬車からすこし離れたところにコタロウが丸くなって寝ていた、その胸の中でカロロが寝ている。音を立てないようにそっと馬車から離れる。砂漠地方の空は雲ひとつ無く満天の星空である。半月ではあったが足元は十分に明るかった。
『オーヴィス、俺を収容しろ』
『了解』
OVISは音もなく姿を表すとヒロをコクピットに収容した。
『またメディナさんにボコられると思いますが』
『仕方があるまい人類宇宙軍の生き残りがいるはずなんだ、できればトラブルは避けたいからな』
音を立てないようにそっと浮かび上がると街に向かって飛び始めた。その時眠っていたと思っていたコタロウが目を開けた。
「やれやれ仕方がないなあ、こんな事だと思ったよ」
「おにーちゃん、どうしたの?」
コタロウが動いたのでカロロも目を覚ました。
「しーっ、静かに。ヒロさんが街の偵察に行ったみたいだ」
「おっかけるー?」
「もちろんだよカロロちゃん、行くに決まってるじゃないか~」
カロロは素早くコタロウの頭にしがみつく。コタロウも上空に舞い上がるとヒロの後を追った。
「くかーっ」
飛んでいるコタロウの頭の上で再び寝始める。カロロも大概大物である。
空を飛んでシャポワールに接近していくと、月光に照らされた鏡面に輝く塔が見えてくる。
『スタグネイション・フィールド展開中の怒龍型戦艦で間違いが無いようです』
『俺とはかなり近いところに落ちていたんだな、それにしても300年も早く墜落して来ていたとは』
『どちらが先かはわかりません、時空遮断力場を展開していた以上覚醒した時間の前後に意味はありませんから』
『亜空間フィールドを発動しよう、住人に見られるとまずい』
近づいていくと直径200メートル程の池が広がっており、その周辺に木が生い茂っている。それなりに水量は豊富なようだ。
その池の真ん中にスタグネーションフィールドに包まれた怒龍型戦闘艦が船首を下にして真っ直ぐに立っていた。
全高は80メートル位だから、20メートル程水中に埋まっているのだろう。艦の直径は15メートル位だ。近くによるとかなり大きくて迫力がある。
「頭から突っ込んだような形だな」
『竜人達が立て直したと言っていましたからこれは当時の状況では無いのでしょう』
重力制御で飛行する戦艦の艦尻に噴射口は無いが、重力フィールド展開用の反射板が有る。艦の中程にはOVISドッキング用の出っ張りが見えるがOVISは接続されていない。
作戦開始時までこの場所に4機のOVISが接続されていたのだが、当然のことながら全機作戦活動のために発進していっているのでドッキング・ベイだけが残っている。
出撃していった兵士の95%以上は生還しないのだ。
「墜落したクレーターにしては比較的小さいな」
『衛星軌道上からフィールドを展開してこの質量で墜落すれば、1キロ位のクレーターになるはずですが』
「スタグネイション・フィールドを展開していても大気による減速は起きるだろう、途中で分解しないからそのままの勢いで突っ込んだんだ、こんなものじゃないのか?」
戦艦には大気圏突破能力も着陸脚もない、地上に降りることは想定されていないのだ。地上に降りる手っ取り早い方法は、時空遮断力場を展開して墜落をすることだ。
それでも傷一つ付くことはない。それが時間を遮断するフィールドの効果だ。何人いたのか知らないが、竜人達はよくこんなものを持ち上げられたものだ。
池の周りを一周して様子を見る。池の一方には運河のような物が作られており、その運河に沿って街が作られている。周囲には建物が建ってはおらず、池の岸辺から戦艦に向かって桟橋のような物が作られている。
桟橋の根元には大きな岩が見える。おそらくあれが竜のお父さんの言っていた竜人の碑なのかも知れない。
「桟橋が作られて戦艦のすぐ横まで行かれる様になっている、なんか観光地のようにも見えるな」
『観光名所になっていると言っていませんでしたか?』
そういやそんな事を言っていたな、こんな砂漠の中でたくましいものだ。
水辺には夜中にも関わらず多くの動物が水を飲みに来ている。否、夜中で人がいないからこそ水を飲みに来ているのだろう。
街の周囲には壁を作り魔獣の侵入を防ぎながら、魔獣に水を供給して獲物として囲い込んでいるらしい。魔獣とともに生きる人間たちの知恵なのだろう。
『警戒!何者かが桟橋の横にいます』
「現地人か?」
『いえ、フード付きのコートを着たヒューマノイドです。グルーダの町で見た魔法使いと呼ばれた人物に似ていますが、こちらに向かって手を振っています。』
「くそっ、亜空間に入っているこちらを見ているのか、何者だ?あいつは」
『亜空間センサーを確認できません、パッシブな検知方法を使用している模様』
「パッシブ検知だと?そんなやり方が有るのか?」
レーダーのように何かを発信して反射を捉えるのではなく、相手の発する熱や空間のゆらぎ等を捉えるのがパッシブ方式の検知である。
『亜空間がそこに存在しているとわかっている場合のみに可能です』
「こいつは俺がここに来ていることを知っているから検知できているということか?」
実際の戦闘時にはほとんど役に立たない検知方法だが、それを使用してこちらのことを見ながら手を振っているということだ。
何かものすごく馬鹿にされたような気がして憮然たる面持ちで魔法使いの前に着陸をする。
「やあ、思ったより時間がかかりましたね、ずっとお待ちしておりましたよ」
気の抜けた様な声が聞こえる。顔は見えないが仮面の模様から以前に出会った魔法使いとは違う者だとわかる。フードの上に耳用の三角突起が付いている、犬耳族なんだろうか?
『服装からして女神というより医院長のお友達の様に見えます』
こいつは亜空間に潜んでいるヒロの存在を看破した奴であり、OVISと同レベルの危険度の有る相手と言う事だ。つまり女神の仲間だという事である。
ヒロに向かって呼びかけてはいるが、亜空間に入っているOVISに向かって話をしているのだから、傍から見れば何もない場所に向かって話をしているように見えるはずだ。
「貴様は何者だ!」
「おお、失礼いたしました。私の名前はカヴェルと申します。とりあえず貴方に危害を加える事はありません、どうか降りてきて、お姿を見せてはいただけないでしょうか?」
慇懃に頭を下げてこちらに話しかける。
「貴様の名前を聞いているのではない、なぜ俺の存在を検知できるのかと聞いている」
「それは私が魔法ギルドに所属する魔法使いだからです」
説明にはなっていない、亜空間に存在する者を検知できる人間などいるはずもない。
『注意、メディナは私の事を感知しておりましたし、病院の医院長も同様です。グルーダで出会った魔法使いは確実にこちらの存在を確認し、スキャンを妨害していました』
この連中は間違いなくこの世界には不釣り合いな技術を持ちながら、それを魔法というカテゴリーで誤魔化しているような気がする。
「とりあえずと言う事は話によっては危害を加えると言う事かな?」
「それはあなた次第です、私も自分自身を守らなくてはなりませんが、あなたはこの塔を探査したいのではありませんか?」
俺がここに来る事を知っていて先回りした?わずか数時間前に決めたことだぞ、ずっと俺をのぞき見していたと言う事が?
「貴様は何故その事を知っている、いや知っていたとしてもこの時間で俺の先回りが出来るとも思えんな」
「まあ、あなた方がこの街に近づいてきた時点でその巨人にちょっと盗聴器を仕掛けておきましたのでして」
『OVIS、ボディチェック!』
『異物は見つかりません』
「それそれ、その額の上ですよ」
OVISの頭の上からブ〜ンと羽虫が飛び立って亜空間の中を飛び回る。
「貴様『敵』だな!」
亜空間の中から通信が出来る科学力がある。反射的にヒロはその名前を呼んでしまう
「いえいえ、私はあなたの敵ではありませんよ、少なくともあなたは竜を殺しませんでしたから」
その時はすごく嫌な顔をしていたと思う、その殴った相手の助言でここに来ているのだ。ヒロはOVISを亜空間から出すとそのハッチを開いて自身の姿を相手に見せた。
「ならば貴様は俺の味方か?」
「いえいえ、私は正義の味方です」
すっとぼけた声が聞こえる。すぐにハッチを閉じてOVISに命じた。
「攻撃!」
ババババッ!と何条もの細身のビームがカヴェルに向かって照射される。
「ひえええええ〜〜〜〜っ」
ぴょんぴょんと跳ね回りながらビームを躱す。
「ひ、人殺し〜〜〜〜っ!」
なんだ?なんであんな動きでビームを躱せるのだ?無論、彼を殺す気は無く、手足の一本も砕いてから情報を聞き出すつもりでいた。
人類を遥かに凌駕する科学力を持つ女神の仲間だ、そのくらい余裕で再生するだろう。おいそれと信じる訳にもいかない。
もっとも宇宙空間での戦闘において、科学力、工業力において大きく差のある相手に戦いを続けてこられたのは、人類の狡猾さによるものであった。
敵を騙すことにおいては、人類ほど優秀な生き物はいなかったという事らしい。お陰で敵の科学力の多くを人類の手中に納める事で生き残る事が出来ている。
しかし人類はその知恵を戦争の継続のために使い、国民の為には使わなかった。
「コイツはいったい何をもくろんでいるのだ?」
跳ね回っていたカヴェルが塔の前に飛び込んでくる。そこに向かってビームを発射すると、なんと塔からビームが跳ね返ってきてOVISに当たるではないか。
「被害報告!」
『通信用低出力ビームの為、特に被害は有りません』
OVISが答えるが、アヴェルが塔の前にいる以上攻撃を続ける訳にはいかない。
時空遮断力場は外部の一切の物理現象を遮断する。時間でさえも侵入は出来ない、フィールド外部は完全反射体なのである。
「あの野郎はめやがったな」
「どうされました?いくら塔を攻撃しても塔が壊れる事はありませんよ、どうせあなた方の物ですし」
余裕ぶっこきやがって!高出力ビームを撃ち込んでやろうか?
『警告!高出力ビームの反射が当機に当たった場合甚大な被害が予想されます』
「わかっている、この場で待機」
『了解』
「いかがですかお茶でも飲みながらお話でも致しませんか?」
カヴェルは背中から湯気の上がるポットと茶碗を取り出した、そんなもの何処に隠していたんだ?
そう言いながらもOVISを亜空間に隠している自分の事を思い出す。
『注意、亜空間内に敵製OVIS存在の可能性大』
狩人ギルドで聞いた空間収納魔法の噂話を思い出す。あの話の出どころはこいつらだったようだ。今は隠すというよりわざとヒロに見せびらかしている。
ヒロは再びOVISのハッチを開けると地面に降り立った。拳銃を抜こうとも思ったがこんなものはあいつには何の役にも立たないだろうと考え直す。




