リクリアの正体
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――リクリアの正体――
ヒロは家の前に降下するとOVISから降りた。すると姿を消し、さっさと亜空間に入ってしまったのだ。何だろう、いやにそっけないやつだと思う。まあ誰かに見られるのがまずいと判断したのかもしれない。
10日程の旅だったが以前より秋が進んだように感じられる。
「それじゃヒロさんありがとうございました、今回はとても有意義な旅をすることが出来ました」
「俺もこの世界の仕組みの深淵を覗けた気がするよ、これからランダロールの人々をどうするのか考えなくてはならないからね」
「はい、あの女神様の言っていた戦艦の噂を聞いたことが有るのか、両親に聞いてみますよ」
「ああ、戦艦が有ればランダロールの人間をエルメロス大陸に運ぶことも出来るだろう。もっとも彼らがこちらの大陸で生きていけるかは別問題だが…」
「家には置き手紙を残さずに出来てしまいましたから、帰ったらカロロに折檻されるでしょうね」
「それは俺も同じだよ、あ〜っ帰るのが怖い」
「それではボクは帰ります、メディナさんによろしく」
コタロウはパタパタと翼をはためかせて帰っていった。それを見送るとヒロも家に向かって歩き始める。言い訳するつもりはないがどうやって説明しようか一生懸命考えていた。
『男は言い訳などせずに堂々と相手を抱きしめてやれば良いのです』
『相変わらずお前はお気楽だな』
家に向かって歩いていると、いきなり家のドアが開いてメディナが飛び出してくる。考えてみればメディナは兎耳族だ。外にいてもこちらの気配は筒抜けだったのだろう。
「ヒィロオォォ〜〜〜ッ!」
全力でこちらに走ってくる。気のせいか目が潤んでいるように見える。
あ〜っ、いかんな〜っ、泣かせるほど心配をかけさせてしまったんだな〜。ちゃんと抱き止めてやらなくちゃな〜。
『今こそ男の甲斐性を見せるときです、さあ手を広げて迎え入れてあげましょう』
「このおおぉぉ〜〜っ、薄情者〜〜っ!」
メディナは途中で飛び上がるとそのままヒロの方に飛んでくる、兎耳族のジャンプである。
「ふげっ!」
そのままヒップアタックを受けて草むらに叩きつけられる。
「ばかあ〜っ、ばかああ〜っ!黙っていっちゃうなんて心配したんだから〜〜っ!」
ヒロの上にマウントを取ってヒロの顔をポカポカと殴り始める。こ、これ?女の力か?マジで効くんですけど。
『女の涙を黙って受け入れてあげるのも男の度量です』
『お前、後で覚えていろ』
「こ、こら、やめろメディナ!」
後ろから走ってきたリクリアがメディナを片手で抱えて引き剥がす、このアマゾネスどうしてそんなに力が強いんだ!
『おまえこうなる事を予想していやがったな!』
『私の計算能力に間違いは有りません』
草むらにぐでっとなって呆然と天を眺めていると、メディナがボロボロと涙を流しているのが見えた。
「ゴメン、メディナ。心配させちゃったね」
「この次は一人でいっちゃやだよ、二人で一緒に行くんだよ〜」
「ほら、メディナ。もう泣くなちゃんとヒロは帰ってきたじゃないか」
「うん、心細かった…本当に心細かったんだよ〜」
メディナが抱きついてきたのでそっと抱き寄せる、こうしてみるとメディナもただの女の子だ。
「リクリアはどうして家に来ていたんだ?」
「メディナがすごく心配していたんでさ、一緒に居て欲しいと言うのでずっとここに泊まり込んでいたんだ」
「それは…すまなかった。メディナが世話になったな」
リクリアはメディナの事をおもんばかってずっと、そばにいてくれていたみたいだ。
「それより腹が減っていないか?飯を食いながら旅の話を聞かせてくれ」
「飯が?あるのか?」
「お前さんがいつかえってきても良いように作り置きをしてある、もっとも次の日に二人で食わなくちゃならんから肉は入っていないがね」
「随分面倒をかけたみたいだね、ありがたくいただきますよ」
リクリアはまだ腕を吊ってはいるが怪我の状況は随分良いようだ。それにしても今気がついたのだが、リクリアはあの狼人族の村で見たシャーマンの老婆の姿によく似ていた。
メディナは野菜シチューを温め直してくれた。その時干し肉を細かく刻んで一緒に入れてくれていた。あまり柔らかくはならないだろうが、それでも野菜だけのシチューよりはずっと味が良くなる。パンと一緒に食べるが、故郷の味だと思った。
ランダロールの食事は記憶がなかった事もあるが軍の食事よりは良いと思った。しかしやはり工場生産品だという感じは免れなかった。3千人程度の人口ではあまり多様性を求めるのは難しいだろう。
カルカロスはこれでも10万の人口を擁する街であり、周辺まで含めると20万都市である。店も多く宿屋も有り経済活動には活気がある。
ヒロは台地の大陸で見てきたことを二人に説明をした。
冥界と言われてきたエルメロス大陸の外の世界には毒を持った空気があり、エルメロス大陸を囲む嵐の海によってその空気がこちらに来ることを妨げていること。
海で遭遇した巨人は狼人族と呼ばれ家族制を重視する種族で、農耕と狩猟を生業として生きている。決して野蛮な種族ではなくそれなりの社会秩序が有る種族であること。
そして巨大な台地が移動しながら土地を耕しており、そこには兔人族が住んでいて、翼竜を使役していたこと。そこではヒロと同じ人族が地下に都市を作って暮らしていることなど、外の大陸で見てきたことを二人に話して聞かせた。
メディナは非常に驚いて聞いていたが、リクリアはあまり表情を変えること無く聞いている。
ふたりとも海に現れた狼人族や翼竜に乗っていた兔人族の事を見ている。状況はよくわかっている筈だ。
それにしてもメディナの顔は見ていると、次々と表情が変わってすごく可愛いとも思う。それに比べてリクリアはあまり表情を変えること無く黙って聞いていた。
それを見ていたヒロはなんとなくリクリアの風貌が、ますます大陸で会ったシャーマンの印象と重なって見える。
食事を終えお茶を飲みながら状況の報告を終える。
「それでヒロはその人族の人たちエルメロス大陸に連れてくるつもりなの?」
すこし不安そうな表情でメディナは聞いてくる。あるいはヒロが人族と共に行ってしまうかと不安に感じているのかも知れない。
「わからない、連れてきたとしても今の大陸の状況下で彼らがここで暮らしていけるかどうかはわからないんだ」
「どうして?ヒロの黒い巨人を作れるくらいの力のある種族なのでしょう?」
「人間の持つ知恵とか科学力というのは産業基盤の継続が有っての事なんだよ。今の人族は女神に養われているだけの存在でしかないからね」
技術力、工業力は長年の設備投資の蓄積の上に作れるものであり、いきなりOVISを作れるわけでもない。
「ただ大きな収穫だったのは外の世界が化け物のあふれる危険な世界では無く、エルメロス大陸と大きくは変わらない世界であるとわかったということだ」
「そうは言ってもあの狼人族にしても兔人族にしても、ものすごく強力な体力と魔法力が有ったわ。もし戦争になったら私達だけでは絶対に勝てないと思う」
「それに関しては、彼らがこの大陸に干渉する可能性は少ないと思う」
「何故だ?何故そう思うのだ?」
外にある大陸から来た僧兵と戦ったリクリアとしては余計そう思うのも当然だろう。
「女神が俺の仲間をあの大陸で生き延びさせてくれている。多分…だが、このエルメロス大陸もまた、同じ理由で世界から保護されているように感じられるんだ」
「こちらの大陸を囲む嵐の海が、我々を守っていると言いたいのか?」
「ああ、あの嵐は明らかに何者かが人工的に起こしていて、毒の空気がこの大陸に入ってこないようにしていた」
「そんな強力な力を持つ者がこの世界を支配していると、ヒロは考えているのか?」
まさかそれが『敵』同等の科学力を持ち、危険性を持っているかも知れないと彼女たちには言えない。何より理由も目的もわからない。
「それでヒロはこれからどうしたいの?その戦艦というのを探して大陸に攻め込むの?」
「まさか!大陸の種族と戦う意味はない。もし向こうにいる人族をこちらの大陸に連れて来るときには運搬手段が必要だから探しに行くだけだ」
「その時は私も一緒だからね」
「無論、メディナが行くなら私も一緒に行く。実はヒロ、メディナは私の実の妹だと言うことがわかったのでな」
仰天のリクリアの発言に言葉を継げないヒロであった。
「すまん、もう一度言ってくれ。リクリアがメディナの肉親だと言うのか?」
『これは驚きです、私にも予測不可能な事態です』
『お前すこし黙ってろ』
「そうだ、これを見ろ」
リクリアは吊られた肩の背中側を見せる。そこにはなにかの模様の入れ墨がなされていた。
それと同じような刺青をメディナがしているのはヒロも知っていた。メディナはその刺青は子供の成長を祈願するために入れたと両親は説明していたようだ。
『リクリアさんが大陸の人間であるとすれば兔人族という事になります、どうして大型化しなかったのでしょうか?』
『多分、肉の食べ方を少なくしてあの付近で止めたのだろう、シャーマンのばあさんがリクリアと似ている訳だ。それよりも今はメディナの事だ、彼女も兎人族だということだぞ』
ヒロトは動揺を押さえなるべく落ち着いた話し方をするように努めた。
「リクリアさん、貴方は嵐の外のプルトリア大陸から来た人だったのですか?しかしどうやってあの嵐を越えてきたのですか?」
「翼竜だ、私は翼竜に乗って嵐を越えてきた」
もしかしてあの最初に飛来した翼竜に乗ってきたってことなのか?
「それではリクリアさんはシャーマンなのですか?」
「な、なに?ヒロ、何を言っているの?姉さんと私の刺青がどうしたっていうの?」
「驚かないでくれメディナ、リクリアは外の大陸に住む兔人族という種族だ、さっきの話の中で出て来た様に魔獣器官を持った人間だ」
「私は向こうの大陸で生き延びるためにこの体が必要だったのだ、だが僧兵のような体にはなりたくは無かったのでな、途中で肉を食べるのを止めた」
「ちょっと待って、それじゃ私は兎耳族じゃなくてその兔人族だというの?」
「そうだ、私の妹なのだからそれは間違いが無い。お前は子供の頃から強力な魔法が使えたのだろう、それこそが私の妹である何よりの証拠だ」
「そう言えば私の両親は絶対に私に肉を食べさせようとはしなかったし、お父さんが食べているのを見て食べたいと言ったらすごく怒られた事がある」
「もしかしたらご両親はメディナの事を誰かから聞いていたのかも知れないな」
『私も迂闊でした、流石にそこまでは状況分析が及びませんでした』
『ああ、俺も騙されたよ、犯人はあの変態巨乳兎の医院長だろう』
状況は全くわからないが、あの医院長の行動や能力はこの世界にあっては異常過ぎる、この世界の管理基地の『女神』に相当する人間なのかも知れない。
コタロウの論理的推察能力には舌を巻く。
「あ…ヒロ…私何がなんだかわからなくて…私は一体どうすればいいの?」
『今です、今こそ男の度量を示す……』
『やかましい!』
「メディナがどうしてこちらの大陸に来たのかは知らない、しかし俺自身がここでは異邦人だ。だからメディナが兔人族であろうと兎耳族であろうと俺には関係がない」
「だけど外の大陸に同族の人間が見つかったんでしょ?」
「いや、メディナは俺の女房だ。それは死ぬまで変わらない、そう決めて俺はメディナと結婚した。無論、ランダロールの市民の行末は考えなければならないが、それとこれとは関係がない」
『よっしゃあ〜っ!それでこそ男としての見事な度量の発揮です』
やっぱコイツ、絶対オーバーホールが必要だな、ランダロールで出来るだろうか?
おそらくメディナはヒロとの事を危惧したのかも知れない。
それはヒロも同じ事で同族を発見したことにより、実はお互いに選択肢が増えたことを意味していた。
そもそも狩人ギルドのアイドルのメディナである。ヒロと結婚したのも兎耳族と結婚して魔力の大きな子供が生まれるのを恐れたからなのかもしれないが、今となってはそんな事を心配することも無くなった。
よくよく考えればヒロは同族と結婚する選択肢が新たに出来たかもしれないが、メディナはヒロを捨てて仲間の兔人族と結婚する選択肢を得たことになる。
『うわあああ〜〜〜っ、しまった〜〜〜っ!こんな事説明するんじゃなかった〜〜っ!』
『どうしてパイロットはそんな事に思いが及ばなかったのですか?』
『うるさい!散々な煽りやがって。俺は公明正大に生きていくんだ、メディナに嘘を付いたら…一発で離婚されるぞ』
『最後がどうにも弱気すぎますね』
「どうしたの?ヒロ、さっきから様子が変よ」
「い、いや。なんでも無い、これからの事を考えていただけだ」
「まあ…私の出自がわかった所で何も変わるわけでもないし、ヒロが良ければ私はいいよ」
どうやらメディナは事の本質がまだうまく理解は出来ていないらしい、それならそのほうが良いかも知れない。
『完全に尻に敷かれてしまいましたね、まあこれが家内安全の極意ですから』
『…………………………』
「それで?リクリアはこれからどうしたいんだ?その…メディナとの事だ」
「いや、別にこのままだ。我々が兔人族であることを誰かに言うつもりはない、それはヒロも同じだろう。だから私がどうしてここに来たのかその事を二人に話して置こうと思う」
リクリアはこの大陸に来る経緯を話してくれた。それはヒロたちが経験した大陸の情報を大きく補完してくれるものだった。




