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――竜の息子と聖嶺の大地――  作者: たけまこと
第三章 冥界の新世界
106/221

Fly Me to the Moon

3ー049

 

――Fly Me to the Moon――

 

 レス・ダリア市長はヒロに戦艦の捜索を委ねてヒロを送り出した。

 

 現在のランダロールの運営が女神と呼ばれる管理者によって行われているという事実については、30人程の市政上層部の秘密事項だそうだ。

 自分たちが自立も出来ずに管理者に依存して生活をしているという状況を知らせるのは好ましくは無いと考えているらしく、自分たちは自立していていつか外の世界で生きることを諦めてはいけないと考えているのだ。

 

 確かに自分たちの未来が閉ざされていると考えたら全ての向上心が無くなってしまうだろう。永久不滅の監獄に入っているようなものだ。

 逆に閉じこもっていることに慣れ、外の世界に出ようとしなくなればゆっくりと滅亡の道を歩いて行くことになる。

 ただし外で暮らすことはこちらの大陸では不可能であり、エルメロスに移住しても相当に厳しい生活になるだろうことは想像に難くなかった。

 

 そう考えると女神は船を探させて何をしたいのだ?ランダロールの住民をエルメロス大陸に移住させたいのだろうか?なにか胡散臭さを感じる、『女神』の本当の狙いは何なのだろう?

 

「私もお見送りしますわ」

 シリアさんが見送りに出てくれることになり、コタロウを乗せたトラックで神殿まで移動する。彼女は現地の人間なので呼吸器が無くとも外で生きていける。

 コタロウさんも外気の毒は全く問題がないらしい、おそらく体内の魔獣細胞によるものなのだろう。人類も遺伝子操作をすれば魔獣細胞を体内で使えるようになるのかも知れない。

 

「シリアさん、神都アルサトールにいる龍神ダイガンドの事ですが、どの様な者なのかご存知ですか?」

「こちらの大陸では天上神ヘイブと呼ばれる者が、兔人族と狼人族が争わないように、台地ダリル大地グランダルをそれぞれの種族に与えたとされ、その台地ダリルの維持と双方の交流の為に瘤翼竜ギガンドーグを与えたとされています。

 つまり兔人族と狼人族には最初から文化的交流が有ったと言うことです。その後、天上神ヘイブは500年程前に、龍神ダイガンドに置き換えられ兔人族の神都アルサトールを本尊とした龍神教に統一されたのです」 

 やはりそう言った経緯か、何やらそこがこの話の肝になりそうな場所のような気がする。

 

「神都アルサトールに関してはその程度しか知りません。私が台地ダリルにいた時に受けた教育では、龍神ダイガンドと天上神ヘイブと竜人の三位は一体のものと考えられていました。ダイガンドは一説によると全長3千メートルの巨大な龍とも言われています」

 

 流石に3千メートルはフカシだろう、いくらなんでもそこまで大きいと生命体として成立は難しいはずだ。龍神を偶像化し、宗教を作るための象徴に使っただけだろう。

 だがその姿を全く見せずに惑星をどうやって管理しているのだ?そもそもランダロールの施設や神殿はどうやって維持しているのだろうか。

 必ずどこかに大規模な施設や資源採掘所が有るはずだ。それが完全無人で稼働できるのはかなり難しいだろう。必ずどこかで旧文明の生き物との接触が起きない方がおかしいのだ。

 

 だが、その存在に対する心当たりがヒロにはあった。『エヌミーズ』である。

 

 無論ヒロが知っている『エヌミーズ』と同じものであるとは限らない。どう考えても2千光年に渡る大帝国を築いているとは思えないし、情報伝達速度を大幅に越えた範囲の帝国を作れるはずもない。

 しかしこの星に不釣り合いなランダロールの技術施設は何故許されているのか?その上でその存在そのものを隠しているのは何故だろう?

 

 戦艦の乗員を生かし続けると言う目的の為だけに、あれだけ大規模な設備を構築する以上、それなりの知的生命体の意志がある筈なのだ。

 しかも行方不明の人類宇宙軍の戦艦の捜索まで依頼するという、訳のわからない事をさせるのはどういう意図が有るのだろう?

 この背後には人類統合政府や『エヌミーズ』並の科学力とエネルギーを扱える存在がいる筈なのだ。

 

 地下神殿に戻って転送室の魔法陣に乗るとそこは神殿の中であった。外は既に暗くなっており、地平線付近には大きな月が昇っていた。

 カルカロスでも見慣れていたその月はとても美しいと思った。常に惑星に同じ面を向けている星の表面には大きな影が見える。

 空気の無い衛星では珍しい。通常この様な衛星は全面がクレーターだらけになる物なのだ。

 

 地上の神殿は翼竜に攻撃され破壊された。まだ修理は完了してはおらず半分は壊れたままである。コタロウが以前見かけたという神殿の修理をしていた作業用自立型工作機械は今はいなかった。

 あるいはヒロ達の出現を察知して姿を消したのかも知れなかった。

 

「パイロットとコタロウさんの帰還を歓迎いたします」

 声が聞こえて3人の前にOVISが姿を表す。

 

「待たせたな大きな収穫が有ったよ、お前の方は無事か?翼竜に襲われたようだが」

「当方に被害は有りません、コタロウさんパイロットを連れ帰っていただいた事を感謝しいたします?」

「いや~~っ、向こうに行ったら銃で撃たれちゃっただけだったんだけどね」

「貴方がヒロトさんのOVISさんなのですか?なんて立派なお姿なのでしょうか?」

 シリアさんがOVISを見上げて目をキラキラと輝かせている。

 

「恐れ入りますパイロット、こちらの方の紹介をお願いいたします」

「こちらは地下都市ランダロールで司書をされているシリアさんだ、こっちは人型単座機動戦闘機、通称OVISだ」

「初めましてお会いできて光栄です、パイロットが大変お世話になりました」

 

 何だこいついつの間にこんな人間臭い挨拶が出来るようになったんだ?

 

『人は日々成長するものです、それはOVISでも同様です』

 

「面白いことをおっしゃる方ですね、あなたは戦艦のアルシアさんや女神様と同じ頭脳のようですね」

「おや?私とパイロットの会話を聞き取れるとは、あなたのパイロット資質も相当に高いようですね、あなたのおっしゃる通り私はOVISに搭載されたM型無機頭脳メルビムです」

 

 シリアさんの能力を甘く見ていた。どうやらヒロとOVISの会話を聞き取れるほど強力な感応フェビリィ能力が有るようだ。

 

「OVIS新たな任務が出来た、エルメロス大陸で墜落したと思われる戦艦の捜索だ」

「ワープゲート崩壊時に当機の付近に戦艦3隻が確認されています。そのうちの一隻ですね」

「1隻はこの神殿の地下に埋まっていたし、1隻は大破していたそうだ。残りの1隻がエルメロス大陸に墜落している可能性が高いという情報だ」

「了解致しました」

 

「お別れする前にヒロさんにお渡しするものがあります」

 シリアは担いでいた荷物の中から一冊の本を取り出した。

 

「これは戦艦の頭脳の中からサルベージした本を印刷したものです、これには挿絵が含まれていましてね、私はこの挿絵が好きで外に出る時はいつも持って出るのです」

 シリアは本を開いて中身を見せた。そこには黒いコートを着た男が月を背景にした古びた建物の前でポーズを付けていた。絵としてはかなりリアルなペン画で描かれている。

 男の口の中には牙のような物が見える、犬耳族の様な耳はなくこの種族の特徴なのだろうか?

 

「素敵な絵ですね〜、なんかぜんぜん違う世界の絵みたいですね〜」

 ヒロよりもコタロウのほうが食いつく、どこまでも知識に貪欲なトカゲである。

「作品の中身はどうやら空想上の世界の事のようです、それより月の中に描かれている模様をご覧になってください」

 月にはまだらな影が描かれておりそれがなにかの模様のようにも見える。

 

「兔人族の神話には神に見初められた乙女が月に昇って花嫁になったという寓話が伝えられているのですよ。ほら御覧なさい、月の模様が兎の耳に見えませんか?」 

 そう言われて皆で月を見上げる。今夜は満月が地平線から昇ってきたばかりの所だった。

「あれ〜〜っ?そういえば、なんかよく似てますね〜、あの真ん中の影が頭でその上の影が耳に見えますね。いや〜っ、これは面白い発想ですね〜」

 

「これは?こちらの大陸で新しく描かれた作品なのですか?」

「いえ、この挿絵は人類が旅立つ以前の旧世界の文明時代に描かれた物です」

 人類史によれば人類はかつて故郷の星からの脱出エクソダスを行い現在の星系に入植したとされている、2万年以上前の話である。

 

「コタロウさん、月の満ち欠けに関してははご存知ですよね」

「は〜い、ここの月は30日間隔で満ち欠けを繰り返していますが、それがなにか〜?」

「この本の中身にも月が30日で満ち欠けしていると描写されています」

 満月をじっと見ていたヒロの背中に、なにかゾクリとするものを感じる。まさかここがヒロの先祖の生まれた星だというのか?

 

『あの衛星は自、公転周期が同期していますが、別に珍しい事ではありません。しかし隕石孔の少ない部分が多く模様がはっきりしており、多くの伝承の元になったことは容易に想像できます』

『その伝承を元にした小説が戦艦のメモリーの中に残っていたと言うのか?』

 

「な、なんでそんな物がここに有るんですか?」

「文学は永遠に不滅なのですよ、デジタルデータ時代になってからは挿絵まで不滅状態になりましたから、データの中に残っていたのだと思っています」

 何だろう、科学文明すら黎明期のこの世界で、なんでシリアさんはこんなにも柔軟に物事を受け入れる事ができるのだろう?

 

「それではこの星は我々人類が放棄した旧世界だと言うのですか?」

「確証は有りません、過去の脱出エクソダスの記述も残っていますが侵略者に追い立てられ徐々に衰退していた人類は、結局星を捨てて脱出したようです。どの様に侵略を受けたのかが描かれた記録は残っていませんでした」

 人類は一体何に追い詰められてこの星から退去せざるを得なかったのだろうか?

 

「私はね、ランダロールの戦艦のアリシアと話をしていたときにふと考えたことが有るのです。もしこの戦艦が宇宙に飛び出せば、最初に行くのはあの月だろうなって」

『あの衛星の直径は3500キロ程あり、この星の衛星としてはかなり大きな物と言えます。宇宙航行種族は宇宙に飛び出す前には必ずあの衛星に基地を作るものと考えられます』

 あれだけ大きな衛星だ。重力崩壊を起こして丸くなっている。宇宙航行の前進基地としては最適だろう。この星の基地を作った連中も必ずあの星にも基地を作っている。

 

「シリアさんはもしかしたらあの月に我々人類の痕跡があるとお考えなのですか?」

「あんな宇宙船を作れる種族ですから、もしこの星がヒロさんの故郷でなくとも管理頭脳の基地くらいはあるかも知れません。あの女神は宇宙船を手に入れたらヒロさんに月に行けと言っているのでは無いでしょうか?」

 

「何故俺に?こんな事は市長に知らせるほうが先なんじゃないのですか?」

「市長がこの事を知っても出来ることは殆ど有りませんからこれ以上胃に穴が開くような思いはさせられませんよ。何よりこの事に気がついたときに、いつか私はあの月に行ってみたいと考えていたのです」

 シリアさんとていきなりこの結論にたどり着いたわけでもないだろう。手工業的世界にありながら図書館で宇宙船や人工知能というものに対して科学的知見を徐々に広げてきたに違いない。この人はそれを理解できる柔軟な頭脳を持っているのだ。

 

 彼女でなければこの様な発見をすることは出来なかっただろう。素晴らしい女性である。

 

「私は人間という種族の歴史の長さとその文化の多様性というものを書物を通して学びました。その文化の深さを知るにつけ私達の種族もその様な高みに昇りたいと思ってきたのです」

 その結果が人類宇宙軍と『エヌミーズ』との不毛な戦争とそれによる文化の停滞だ。機械文明が進んでも文化が進まなければ正しく進化することはできない。我々の先祖がそれを示してくれている。

 

「しかし原住民の人たちも同じ様な考え方をしてくれるのでしょうか?」

「残念ながらそれはわかりません、それでも出来得る限りそれを追求したいとは思っています。いずれ私が死んだずっと先には、私の子や孫の世代が進んだ文化を手に入れられることを願っています」

 

「わかりました、俺の出来る限りのことをやってみます」

「それと、貴方が船を手に入れて月に行くことが有れば、ひとつお願いがあるのですが」

「何でしょうか?俺に出来ることでしたら」

 そしてシリアさんは地平線の上に浮かぶ月を見ながらこう言った。

 

「Fly Me to the Moon(私を月まで連れてって)…」 


新作『ダリルの神殿グランダルの巫女――大地のシャーマン――』の連載を始めました、そちらの方もよろしくお読みください。

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