不死身のコタロウ
3ー046
――不死身のコタロウ――
「撃つのを止めなさい、魔獣はもう蜂の巣になっているわよ」
ロージィが叫んだ、銃を撃っている人間はその声に我を取り戻して撃つのをやめる。
コタロウは立ったまま目をつぶっている、その腹にはたくさんの銃弾がめり込んでいた。普通に考えれば死んでいるだろう。
「ば、馬鹿野郎脅かしやがって、見ろ!俺だって魔獣を倒せるんだぜ」
若者たちがコタロウの方に歩み寄ってくると、その時いきなりコタロウが目を開けた。
【いったいなあ、もう!何をするんだよ〜〜っ!】大声でコタロウが叫んだ。
「ひいええぇぇ〜〜っ!生きてる〜〜っ」
突然の大声に体を硬直させる若者たち。慌てて銃口を向けようとするが、目にも止まらぬ速度でコタロウが間合いを詰めて銃を跳ね上げる。
銃が真っ二つに切れて空中に飛ばされる。
若者たちはパニックに襲われ逃げようとするが、コタロウはその手から次々と銃を跳ね上げると、切られてばらばらになった銃が舞い上がり、コタロウの腹から押し出された弾丸が撒き散らされる。
「いやあああ〜〜〜っ、殺される〜〜っ!」
真っ二つに切り裂かれた機関銃を見て若者たちは恐怖のあまり動けずにいる。
それでも勇敢な男が一人いて、ナイフを抜いてコタロウに斬りかかってくると腹に突き立てた。
ズポン! 「わわわっ!」コタロウが悲鳴を上げた!
ところがコタロウの厚い腹の皮に阻まれて突き刺さったナイフが弾き出され、男は一緒に吹き飛ばされてしまった。
「「ふぎゃああ〜~~っ!」」
弾き飛ばされた男に押しつぶされて他の男たちはもがいていた。
バン! パコーン!
ロージィはコタロウの後ろから頭を拳銃で撃ったのだ、ところが竜の頭蓋骨は硬かったようで弾がはじかれてしまった。
「こ、この化け物が〜っ!」震えながら銃を構えているロージィ。
【痛いなあ〜、後ろから撃つなんて酷いんじゃないですか〜?】
撃たれた頭をさすりながら、すいっと尻尾を動かしてロージィの手から拳銃を跳ね上げる。
「あっ!」
拳銃を奪われたロージィは悲鳴を上げるがすでに拳銃は宙を舞っている。コタロウはロージィの方を向くとニッコリ笑って拳銃を受け取ろうと手を伸ばした。
しかし拳銃はコタロウの手を外れて床に落ちてしまい、ニッコリ笑ったコタロウの顔が少し引きつっていた。
気まずい沈黙がその場を支配して、ロージィがどうしたらいいのか考えている間にコタロウは、そっと足で拳銃を引き寄せると足の爪でガツンと踏みつける。
バラバラになった拳銃の残骸をバッバッと後ろに蹴り出して知らん顔をした。
たぶん目の前で拳銃を引き裂いて見せるつもりだったのだろう、相変わらず最後の詰めが甘い。
それを見たロージィは真っ青になって腰をぬかしていた。
事態を見守っていたシリアはこの時ようやく椅子の後ろから姿を表す。
【貴方が竜人のコタロウさんね、ティグラから話は聞いておりますわ、子供達のことはご苦労さまでした、聞いていたとおりとても丈夫なお方なのですねえ】
にこやかに挨拶をするシリア、臆病と言われる兎耳族の割には肝っ玉が座っている。
【いえいえ、とんでもない。ティグラさんのお友達でしたか〜、あの方もユニークなかたでしたねえ〜】
ニッコリ笑うコタロウの腹の銃創からは血が出る事もなく、代わりに銃弾が押し出されてポロポロと床に落ちていく。
それを見て、間違いなくこの竜人の方がユニークだとシリアは思った。
「はあああ〜〜〜〜っ」
レス・ダリアはため息をついて、胃袋の辺りを押さえながら警備部隊に連絡を取る。多分相当なストレスを抱えていたんだろうな〜と思った。
作戦司令室のモニターで槍が通じないのは見てはいたが、コタロウは想像以上の怪物であり、銃弾でも全く傷つけられないようだった。
それにしてもロージィ達に死者が出なくて良かった。とりあえず穏便にお引き取り願おうと考える。
やってきた警備部の人間がロージィ達を連行して行った。
警備の人間も、コタロウを見た時は驚いて銃を向けようとしたが市長がそれを止めていた。
みんながいなくなって5人だけになると、隅っこでコタロウは腹に深くめり込んだ銃弾をほじくり出している。
【いや〜っ、思ったより深く食い込んでる弾が有るんですよね〜】
レス・ダリアがものすごく渋い顔をしていて、この人も兔人族の言葉が少しはわかるみたいだ。
「ヒロトさん、記憶が戻ったのですか?」
市長はヒロトがコタロウの名前を呼んだことをしっかりと見ていたらしい。
コタロウを見てもあまり驚かないところを見ると、以前からふたりの事を観察していたのかもしれないなとも思う。
「はい、何故かいきなり記憶が戻りました。ダリアさんは俺の記憶の一部が消されていたことを知っていたのですね?」
「その事に関しては申し訳ないと思っています。しかし我々の意志によって記憶を操作したわけでは有りません、記憶を消された状態で我々の元に送り届けられたので、実のところ扱いに困ってしまっていた所なのです」
「ロージィさんの事に関しては何故彼女を俺の監視役に?」
「我々は飛行装置を持っていません、はっきり言いますとOVISを手に入れたいと考えていた訳なのです」
あっさりと白状をする。コタロウが現れた以上力による脅迫は無理だと判断した様である。
「あの銃を持ってきた連中は一体何なんですか?」
「ロージィの取り巻きですよ、いささか急進的すぎる連中ですが今回の事で少しは反省してくれると良いのですが」
「コタロウさんを銃撃したのですよ。竜人族でなければ死んでいたかもしれないのですから」
その実、全く心配をしていなかったヒロである。
「その点につきましてはお詫びのしようも有りません、彼にお詫びをしたいのですがよろしいでしょうか?」
ヒロトが黙って頷いたのを見てダリアはコタロウの方を向き直る。
【コタロウさんでよろしいのですね?はじめまして市長のレス・ダリアと申します】
やはりこの市長は兔人族の言葉を多少は話せるらしい。
【あ、はい。竜人族のコタロウと言います。ヒロさんとはお友達で〜す】
ニッコリ笑って挨拶を返す、相変わらず人当たりの良い竜である。
【この度は市民が貴方に大変な狼藉を働いたことをお詫びいたします。申し訳ありませんでした。それと市民を傷つける事無くこの場を治めていただけたことを深く感謝いたします】
ダリアが挨拶をした途端にコタロウのお腹が大きな音を立てる。
【いや〜〜っ、今朝から忙しくて食事が出来なかったものですから〜】
恥ずかしそうに頭を掻く。コタロウもなかなかちゃっかりしている。今回のことで市長にお昼ごはんをねだっているのだ。
コタロウは自由自在にお腹を鳴らせる特技でもあるのだろうか?
「はあああ〜〜〜っ」大きなため息を付くダリア。
【お詫びの印に昼食をご馳走いたします。ただフーディアとのトンネルが塞がっていますので、レシピはかなり限られたものになっていますがご了承ください】
【は〜〜い、ご馳走になりま〜す♪】嬉しそうに笑うコタロウである。
とりあえず市庁舎に戻って市長室で打ち合わせる事にする。
コタロウさんは普通の車には乗れないので、トラックを手配して乗ってもらった。
裏口から入ろうと思ったが通用口は通れそうもないので仕方なく正面から入ることにする。
【魔獣と間違われると面倒な事になりますから、これを首に巻いてください】
風呂敷のように大きなバンダナを渡されて、それを首に巻くことにした。意外なほどに似合っていて結構可愛くなった。
【わあ〜〜っ、これ良いですねえ、コタロウさんすごく似合っていますよ〜】
シリアさんは喜んでいる。イベントの着ぐるみのような格好になるので、堂々と歩いていれば意外なほどに誰も驚かなかった。
【ここが神殿の地下にある街なのですか、意外と明るくて清潔そうですね〜。それにしても整然とした街並みでカルカロスとは大違いですね、道路なんか真っ直ぐですよ〜。でもあまり人は多くありませんね〜】
お上りさんよろしくキョロキョロ周りを見渡している。
【街全部に天井がついているなんて初めて見ましたよ〜、少し狭っ苦しい感じになりますね。これでは飛んで行けませんよ〜】
まあコタロウにしてみればトンネルの中に街が出来ているようなものだから、大空を飛び回る種族にとっては狭く感じるのだろう。
【あっ、魔獣だ〜〜っ!】
子供がコタロウを見て駆け寄ってきた。そのままコタロウの腹にアタックを仕掛けてくるのは、どちらの世界も同じようなものらしい。コタロウも慣れたものである。
おそらく着ぐるみだとでも思っているのだろう、まあコタロウの顔は普段から笑い顔だからな。
【どこに行っても子供は無邪気ですね〜〜】
いや、市長が胃の辺りを押さえているからさ、あまり子供にサービスするなよ。
市長室に入ると食事が運び込まれてきたのでみんなで食べるが、コタロウの分は20人前だそうだ。
おかずの入ったパックに山のようなパン、コタロウはパックの中身を次々と口の中に放り込みモグモグと食っている。
ダリアの顔が少し引きつっていて、見ていて少し気持ち悪くなるほどの食いっぷりである。
【市長、フーディアとの流通が止まっているそうですが、食糧事情は大丈夫なのですか?】
こんな情景を見させられるといささか心配になる。
【い、いや。この位はなんとでも……】
市長の言葉が少し宙を舞う。そんなに長逗留はできそうもない。
全員の食事が終わるとコタロウは残った食事を全部食べて、ズンドウに入ったスープをそのまま飲んでいた。
ここでもコタロウに座れる椅子はないので尻尾を丸めてその上に座っている。
【いや〜〜っ、美味しかったですよ〜。ごちそうさま〜〜♪】
実に幸せそうな顔をするコタロウ、この竜は何を食べても美味しいと感じるのだろうな。
食後のコーヒーを飲みながら市長と話を始めた。
コタロウにも聞かせたいので兔人族の言葉で話す。なぜかエルメロス大陸の言語は兔人族の物と同じ言語が使われているのだ。かつて交流が有った証拠である。
【なぜ俺の記憶を封じたのですか?OVISを手に入れるためにしては稚拙すぎると思いますが?】
【記憶を封じたのは女神の判断です、おそらく女神の言う通り貴方をこの世界に溶け込ませる手段であったと考えられます】
【しかし俺のOVISはまだ神殿で俺を待っているはずだ。俺が連絡を取らなければパイロット喪失と判断して自己消滅を行う事になっている】
なんかそう聞いた途端市長の顔が曇ったような、安堵したような微妙な顔をした。
【はい、ここに来る前に黒い巨人さんに会いまして、同じことを言っていましたね〜。その前にボクをエルメロス大陸に送り届ける様に言われていたそうですね。ボクの事を心配してくれてありがとうございます】
コタロウはOVISに会っていたらしい、あの翼竜の攻撃からもうまく逃れたみたいだ。
【女神は……多分、我々にOVISを渡したくはなかったのではないでしょうか?】
その理由は概ね理解できる、OVISが有ればランダロールの行動範囲が飛躍的に広がる。人類がこの世界で外に出る準備の為には絶対に必要なものなのだ。
広範囲の飛行能力を持ち、翼竜の攻撃から逃れられるのは、今のところこの世界ではOVISだけだろう。
レス・ダリアはゆっくりとこの世界の成り立ちを語った。