神殿の銃撃戦
3ー045
――神殿の銃撃戦――
ヒロトとシリアはレス・ダリアとともに地下神殿に向かって車を走らせていた。
ダリアはヒロトに気付かれないように警備部隊を呼ぶことも出来たはずである。しかし彼はそれをすることなく、彼らを案内している。
なにかを企んでいるのだろうか?それとも自分の意に沿わず押し付けられたヒロトの処遇に対して持て余しているのか?
その理由はわからなかった。
『シリアさん、もしかした荒事になるかもしれません、気をつけてください』
『大丈夫です、兔人族は臆病ですから逃げ足だけは早いんですよ』
ヒロトがシリアに囁くとシリアも同じ様に返してきた。
神殿に着くとレス・ダリアを先頭にその中に入っていく。
以前に来たときと同様に石で出来た通路を進んで行くと大きな広間に出て布のかけられた椅子の前に行く。
シリアとレス・ダリアはふたりとも手を胸に当て椅子に向かって頭を下げる。
「ここがランダロールを守る女神様の御神体の現れる所です」
「この椅子のことですか?祈りを捧げると女神様の御神体が降臨するとでも言うのですか?」
つい皮肉まじりに聞いてしまう。ヒロトのいた世界では宗教は否定されてており、政府の指示だけが全ての国であったからだ。
「御神体を呼び出す祈りの言葉が有る訳では有りませんので女神様が降臨されるか否かは女神様次第ということですね」
「呼び出すとどのようなことが起きるのでしょうか?」
「なにも、女神様は人間が生きていく手段を与えてくれましたが、女神は我々に何の要求も致しません」
どうにも理解できないダリアの発言であるが、いったい女神とランダロールの関係とはどの様な物なのだろうか?
「どうやって呼び出したら良いんでしょうか?」
「わかりません、我々が本当に困った時に向こうから判断して現れる様です」
どうやら女神自体に意思があり必要と考えた時に降臨するらしい。バカバカしいほど自己中心的な女神らしい。
「ヒロトさん、精神を集中して女神様を呼んでみてください。貴方なら意思を通じることが出来る筈です」
「シリアさん、女神と言うのはどのようなものを想像すれば良いのでしょうか?」
「そうですねえ、母親でも肉親でも良いですし、友人でも良いでしょう。あなたを愛し貴方を守ろうとしてくれた人々の事を思えば良いと思います」
「…………………………」
シリアの言葉をダリアは何も言わずに聞いていた。
二人は手を胸に当てて精神を集中させていたが、椅子の上に光が灯るとだんだん光が強くなっていく。
光が収まると椅子の上に薄いドレスを着た金髪の長い髪の女性が現れる。女性が目を開けて立ち上がるとダリアはひざまずいて女性に対して頭を垂れる。
「女神様、降臨していただきありがとうございます」
「レス・ダリアさんですね、いつもランダロールの安定を守っていただいている事、感謝致しております」
「恐悦至極にございます」
女神はダリアの頭の上に手をかざすとその手から光の粒がダリアの頭上に降り注ぐ。
「これは……?」女神を見たヒロトの口からつぶやきが漏れる。
ヒロトはどう対処したら良いのかわからなかったが、一応ダリアの真似をして跪いておいた。
「シリア・ランダースで御座います」
「人類宇宙軍所属OVISパイロット、ヒロト・ハザマです」
挨拶をしながらこの女神がホログラムであろうと見当をつける。
そうであればこの女神を演じているのはコンピューターか?そう考えてヒロトはリンクを試みたがそれは出来なかった。
それなりのブロックを施してあるのか?しかしどこか妙に引っかかる感じを覚える。
そして女神を見上げたヒロトは、この女性をどこかで見たと思う様な感情が強く沸き起こるのを感じた。
「ヒロト・ハザマさん、シリア・ランダースさん、外部探査任務ご苦労さまでした」
どうやらヒロト達の行動は女神にはお見通しのようである、流石に女神と言われるだけのことはあるなと思った。ランダロールの情報はダダ漏れらしい。
女神が座ったのでヒロト達は立ち上がる。女神の椅子は少し高い位置にあるので双方の目線は合う、元々祭壇とはこのような為ものである。
「本日はいかなる御用で私を呼び出されたのでしょうか?」
「はい、このヒロト・ハザマなる人物が、女神様によって我々の元に送り届けられた際に記憶の一部を消去されたと訴えております」
なんだろう、レス・ダリアとこの女神の関係は?ダリアが一方的に女神に従っているわけでもなさそうに見える。
「そうですか、それは由々しき自体ですね。しかしその事によって貴方になにかの不都合が有るのでしょうか?」
「いや、不都合の有無ではなく記憶は俺個人の財産です。それを勝手に奪われるのは納得がいきません」
記憶は財産……そうだ人類宇宙軍から切り離され、何一つ無くなってしまった自分に残された唯一の財産が、記憶と言えるのかもしれない。
「貴方は上級国民となるために軍人になったのではないのですか?」
「そうです、それは否定しません。しかしその人類宇宙軍は2000光年先に有る。俺にはもうなにも残ってはいないのです」
「貴方にとって上級市民とは何なのでしょうか?」
「上級国民は、市民として国民を牽引してゆく存在です。現在人類はその存亡を掛けた『敵』との戦いの真っ最中です。それ故に自らの命を掛けない人間に人類を導いていく資格は有りません。上級市民になる為には軍隊を経験しなくてはならないからです」
そう言い切ったヒロトを見つめる女の目は哀れみを湛える様に見えた。
「しかし貴方はこの世界で望みのものが手に入ったのでは有りませんか?貴方はこの世界で自由に学び、自由に働き、好きな女性と結婚できるのですよ。そしてこの世界の一員として自分の意思で世界と関わることが出来るのです」
ヒロトは女神の言葉を遮るように両手を上げる。
「この手を見てください、この日に焼けた荒れた手を。自分はこの世界で生きてきた証拠です」
「この世界は人間には住めません、外気には有毒物質が含まれています。人々はこの地下世界で生きていかざるを得ないのです」
「それは嘘だ、パイロットスーツを着た生活をしていてこんな手になるはずが無い、俺は呼吸可能な世界で生きていたはずなのだ。この地下世界のみんなを俺のいた世界に連れていけば外に出られるんだ」
ヒロトはレス・ダリアの方を見るがふっと目をそらす。こいつは、やはりそういうことだったのか。
「市長、あんたはこの世界の市長で有りたいために市民全員をペテンにかけていたのか?そんなに市長でいたいのか?」
「ヒロトさん。もし、そういう土地が有ったとして、貴方はその土地に行って現地の人間と戦争をしてその土地を奪い取るのですか?」
女神の言葉にヒロトは言葉を失う。それは人類が『敵』によって長い間なされて来ていたことに他ならない。
「い、いや。そんなことはない、共存すればいい。我々の優れた技術を使って彼らを導いて行ける。この土地だって同じ様に文明を発展させられる」
「それは共存でしょうか?文明による侵略とは考えないのですか?侵略と言っても武力によるものだけではありません。
経済による侵略、文化による侵略、宗教による侵略など様々な形があります。それらは全て本来その住民の作り上げる世界を歪め、壊すものだとは思わないのですか?」
そう言われてヒロトは言いよどむ、狼人族の住むあの世界に機械文明を持ち込んだとして、果たして彼らの生活が必ずしも今より良くなるとは限らない。
彼らは誇り高く、危険な世界で確実に子供を育て、世界と共存している。
進歩した科学技術は進歩した武器を生む、技術そのものが兵器とも言える。それは人類が『敵』との戦いの中で思い知らされたことである。
周辺星域の開拓を行っていた人類であったが、その中にはかなり原始的な文明を持った現住生物もいたと聞く。人類は彼らを人間として扱っていたのだろうか?
仮にヒロトの世代が彼らと友好な状況を作ったとして、ヒロトの子供の世代は?そのさらに下の世代が同じ様に考えるだろうか?
「ヒロトさん、外気が皆さん人類にとって毒であることは間違いがありません。外気の中で1日以上過ごした隊員は、かなり肺にダメージを受けて完治するのに何ヶ月もかかっています。そうですね市長さん」
「そ、そうです。シリアさん以外の人間が呼吸器をつけずに外に出るのは非常に危険です。これまでの研究の結果呼吸器系の臓器が固まってしまうのがわかっています」
「シリアさん達は何故問題ないのですか?」
「私達は魔獣器官という臓器が有りましてね、ここで解毒を行っています」
シリアは自分の胸のあたりを指差した。
これこそがヒロトが毒のない場所で今まで生きてきた証拠となる。
いくらなんでもOVISの中で生きてきたとは思えない。自分にそんな事が出来ないことは十分にわかっている。
「すると俺の記憶を消した本当の理由はそれなのか?」
ヒロトは女神を見るが、何も答えなかった。
「ダリア市長はヒロトさんの生きていた場所を知りたいし、女神さんはその場所を隠しておきたい。そういうことですね」
「はい、そういうことです」
シリアの質問に女神はあっさりと認める。
「何故ですか?そうされる理由はなんなのでしょうか?女神様」
女神が答えようとするより早くいきなりシリアさんがジャンプをし、椅子の後ろに隠れる。
市長とヒロトがあっけにとられていると、後ろからドヤドヤと足音がしてロージィを先頭に数人の武装した男たちが入ってきた。
どうやらシリアはその音を聞きつけていた様だ。
「ああ〜ら流石に兔人族の逃げ足は早いわね、ヒロトさん市長に騙されちゃ駄目よ。彼は貴方のOVISがほしいだけなんだから」
ロージィは片手に拳銃を構えていた。
「どうやらOVISは捕獲されていないようですね。今はどこに有るのですか?」
「私と一緒に来ればどこに有るのか教えて上げるわ、その代わりOVISのコントロール権はいただくわ」
「テメーら命が惜しかったら動くんじゃねえぞ」
ロージィの後ろで軽機関銃を持った若い男が軽薄な声で脅しをかける。
市長は大きなため息をついていた。彼女がこの様な行動に出ることを予想していたようだ。
女神の方はと思って振り返ると既にその姿は消えてる。
「ちっ!」とヒロトは舌打ちをする。やはりこの女神はホログラムだったようだ。
シリアは石で出来た女神の椅子の向こうから顔を半分だけ出してこちらを見ていた。
「市長さん、何ですか?彼女は」
ヒロトにしてみれば彼女の動きは素人そのものであり、全く威圧感を感じることは出来なかった。
その後ろにいる男たちもかなり腰が引けている。あまり荒事の経験は無いと踏んだ。逆にパニックにさせると危険かもしれない。
「ロージィ、やめなさい。君にはヒロト君に言うことを聞かせる事はできないよ」
市長も同じ様な感想を持っているようだ。拳銃で脅せば言うことをん聞かせられるというなど素人の発想そのものである。
軍人には人質という発想はない、殺し合いを職業とする者だからだ。
「そうかしら?貴方が言うことを聞いてくれなければ、シリアさんがすごく酷いことになるわよ」
彼女は椅子の後ろに隠れたシリアの方に銃口を向けるとシリアはぱっと椅子の後ろに顔を引っ込める。
「やめなさい、君に人が殺せる筈がなかろう、君はそんな教育を受けてきたわけではないのだからね」
「そうね、人間だったら殺せないかもしれないわよ、でも彼女は兔人族じゃないの。外部で暮らしている野蛮人の仲間よ、それなら私にだって殺せるかもしれないわ」
「おっ?やっていいんスか?本当に撃っちゃっていいんスか?」
馬鹿が精一杯イキっている。撃ち返されたら這いずって逃げるタイプだとヒロトは思った。
「ロージィ!」
苛立つようにダリア市長が怒鳴った。やはり姪だという気持ちが有るのだろう。
バンッ!と銃声が響き、祭壇の椅子に銃弾が撃ち込まれる、しかし弾は石の椅子に当たり跳ね返った。
「次は機関銃で椅子の周りを撃つわ、跳弾がどんな風に飛ぶのか試してみましょう」
「やめなさい!ロージィ!」ダリアが叫んだ途端に奇妙な声が響いた。
「わああああ〜〜〜っ!」 ドシン!
続いて何かが落ちたような音が聞こえる。どこから聞こえたのかわからずに全員が周りを見回すが誰もいない。
ギシッ! 何かが軋む音が聞こえる。
「な、なんだ?変な音が」
ギシイイ…! 女神の椅子の後ろの方で音がする。
「ド、ドアが………?」 イキっていた男達が情けない声を上げる。
「あのドアは何だ?どこに繋がっているんだ?」
「どこにも繋がってはいないわよ、床になにかの模様が書いてあるだけの小さな部屋よ!」
ギイイイイイッ……と音を立ててドアが開く。
何か大きな丸いものがドアの向こうに有るのが見える。
ドフム! 丸いものは外に出ようとしてドアの枠にぶつかる。どうやら丸いものはドアの幅より大きいみたいだ。
ズリズリとドアの枠を擦りながら少しずつずり出てくる。
ズポン!
【やれやれやっとドアから出られたよ〜、もう少し痩せないといけないなあ〜】
にっこり笑うコタロウがそこにはいた。
その瞬間にこれまで何かが詰まったような感じがしていたヒロの記憶がいきなり戻ってきた。それは特に衝撃的な物ではなく、単にど忘れていた事を思い出すような感じでしかなかった。
「コタロウさん!」
【やあ、ヒロさんここにいたんだ、見つかってよかったよ〜、神殿に入ったらいきなりここに飛ばされちゃうんだもの〜】
ヒロを見つけた喜びのあまり、歯をむき出してニッコリ笑うコタロウである。
「「「ひえええ〜〜〜っ、ま、魔獣だああ〜〜っ!!」」」
一番イキっていた若者が恐怖に駆られ、目をつぶって機関銃の引き金を引いた。
バッバッバッバッ! 弾はコタロウの腹に吸い込まれていきコタロウの腹の皮が跳ね上り、ブルンと波打って揺れる。
【うわわっ!】コタロウが悲鳴を上げる。
残った連中も恐怖にかられ、一緒になって機関銃の引き金を引いてコタロウに弾を撃ち込む。
コタロウの腹の皮が派手にブルンブルンと踊るように跳ねた。
今年も『聖嶺の大地』をお読みいただきありがとうございます。
更新は1月5日までお休みいたします。
なお1月11日から本作品のスピンオフである『大地のシャーマン』の掲載を始めます。
本作品上のリクリアを主人公にした話で、本作品の穴を埋める話になります。