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復讐の始まり、または終わり  作者: 月食ぱんな
第十一章 少しずつ、溶けていく(二十歳)
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099 無くした指輪2

 私と同じ。


 大事な、愛する夫を失ったローザリンド様は喪服(もふく)となる黒いドレスに身を包みながら、今なお、生きていかなければならない。


 新たな思い出を(つむ)ぐ事なく、過去あった思い出にしがみつくしかない日々。そして、自分の目の前から消えてしまった人達の、温もりや優しさをもう一度感じられたらと心から願い、(むな)しさと孤独(こどく)さを抱え生きていく。


 ついそんな気持ちになり、私の心は深海(しんかい)へと沈んでいく。すると、モリアティーニ侯爵が、私の気持ちを察したのか、助け船を出してくれた。


「今日、陛下を呼び立てたのは」


 そこでノックの音が聞こえ、モリアティーニ侯爵家のメイドがお茶を持って現れた。彼女は手際よく、私達の囲むソファーの前にお茶の用意を整えてくれる。


「ありがとう」


 私がお礼を言うと、彼女は緊張した面持ちのまま会釈(えしゃく)をして部屋から出て行く。


 ティーカップに注がれた熱々の紅茶の香りが、静まる部屋の空気を満たす。


毒見(どくみ)済みじゃ」

「流石にモリアティーニ侯の事は疑ってないし……です」


 私が言い直すと、彼は満足そうにほほえんだ。しわしわの笑顔を(なが)めた後、私は上品な色合いの白い紅茶カップをソーサーごと手に取った。カップの縁には金属製のリムがついており、紅茶の色が美しく()えるように配慮されている。


 ふわりと、紅茶葉から広がる芳醇(ほうじゅん)な香りと共に、やわらかな温度が手のひらを包み込む。その瞬間私のささくれた心が、ほぐされていくのを感じた。


「いただきます」


 私はモリアティーニ侯爵に断りを入れてから、一口、二口とゆっくりとお茶を口に含む。ほんのりとした甘みと渋みが口の中に広がり、心地よい余韻(よいん)が残った。傷だらけの心に、ほんの少しだけ(いや)しを与えてくれるような、そんなお茶の時間が流れる。


「それで、私を呼び立てたのはどうしてですか?」


 私はソーサーごと紅茶カップをテーブルに戻しながら、モリアティーニ侯爵をみすえる。


「実は、ローザが困った事になっておってな。陛下の力を借りたいと思ったんじゃよ」


 モリアティーニ侯爵は、先程とは打って変わり真剣な眼差(まなざ)しで私を見つめる。


「困ったこと?何があったんですか」


 私は身を乗り出し、モリアティーニ侯爵に問いかけた。

 女王である私に直接頼みたいなんて、深刻な問題を抱えていると思ったからだ。


「実は、私の大事な指輪が紛失してしまったのです」

「え、指輪ですか?」


 拍子抜けした気持ちで、私はローザリンド様の指にはまる指輪に視線を落とす。そこには、左手の薬指にはめられた結婚指輪の他に、大きなエメラルドの宝石が輝く立派な指輪がはめられていた。


(あれじゃ駄目ってこと?)


 私はどうみても高価そうな指輪を眺め、思わず心の中で呟く。というのも、私は人前に出る時以外、身につけるアクセサリーは、ルーカスにもらった金の指輪だけで十分だと思う派だからだ。


(高価なネックレスは、重くて肩が凝るし)


 指輪も宝石のついたものは、政務(せいむ)の邪魔になるので好きではない。


 しかし昔からそう思っていた訳ではない。フェアリーテイル魔法学校時代は、それなりにお洒落(しゃれ)(いそ)しんでいたし、ナターシャとお(そろ)いと言って、ドクロの指輪をグリムヒルで購入した事もある。


(あの頃は、若かったから)


 より多く指輪をはめること。

 それが格好いいと思っていた。


(恥ずかしい、だけど懐かしい思い出……)


 そう思えるのは、私が歳を重ね、色々と経験し大人になったからだろう。などと、大人ぶってみるも、あの頃から変わらず、ルーカスからもらった金の指輪だけは、ずっと外せないので、今なお、だいぶ(こじ)らせている事は間違いない。


肌身(はだみ)離さず持っていたのですが、いつの間にか無くなっていまして……」


 ローザリンド様は、消え入りそうな声で(つぶ)いた。


「紛失した指輪は、アルバートに初めてもらった指輪だったそうだ」

「それは……」


 ローザリンド様の悲痛な表情の意味を知り、私は言葉を詰まらせる。


(私だって、これがなくなったら、わりとショックかも)


 私は左手の薬指にはまる、金の指輪。それがそこにある事を確認するために、右手の指先でなぞった。そして馴染みあるツルリとした感触を確かめて、ほっとする。


「アルバートとの大切な思い出の詰まった指輪らしい。ローザは毎日のように、その指輪を眺めておった。そのせいで、どこかに置き忘れてしまったのではないか、盗まれてしまったのではないかと、心配していたんじゃよ」

「なるほど」


 それは何とかしてあげたい案件だ。しかし何故私にその話をしたのだろうかと、不審に思う気持ちを抱く。


「えっと、その、お話は分かりました。けれど、どうして私にその事を?」

「うむ。陛下はわしにもう少し、身体を動かす仕事がしたいと申されておったな」

「えぇ」


 確かにモリアティーニ侯爵の言う通り、私は少し前まで彼に対し、女王として抱える仕事の愚痴をこぼしていた。


『なんかこうもっと、わかりやすく人のためになってるのがわかるって言うか、体を動かして悪人を成敗するっていうか、そういう単純だけど、誰かのためになるような、そんな仕事がしたいんですよ、私は』


 数日前、王城の執務室でモリアティーニ侯爵に発した言葉が脳裏をよぎる。


(だって、部屋にこもって、ハンコを押す仕事ってつまんないし)


 だからって、突然難しい問題を持ちかけられ、選択を迫られても困るわけで。


 そもそもフェアリーテイル魔法学校を中退という残念な経歴を持つ私が女王となったのは、グールを殺すことが得意だという点、それからクリスタルに唯一触れられること。この二点が議会で認められたからだ。


 よって国を動かせるほど頭が良くない私は、(まつりごと)について、全面的にモリアティーニ侯爵を始めとする知識(あふ)れる、重鎮(じゅうちん)達に任せる事に異議(いぎ)はない。


 しかし、人々が納めてくれている税金で衣食住が保証された身の上である現在。お飾りな女王のままと言うのも気がひける。その気持ちをモリアティーニ侯爵に告げ、「私でも出来る、それっぽい仕事をお願い」と頼んだつもりだった。


(なるほど、指輪探しか……)


 私は腕を組み、しばし考える。


 どうやらモリアティーニ侯爵によからぬ企みはなさそうだ。


 確かに王城に籠もり、ハンコを押し、ロドニールや両親の事を思い出し、悶々(もんもん)とする日々を送るよりは、指輪を探す。それは大変魅力的な仕事で間違いない。


 そうと決まれば。


「ローザリンド様、お力になれるかわかりませんが、私で良ければ、探すのを手伝いましょうか?」


 ローザリンド様に声をかけると、彼女は嬉しそうに顔を上げる。


「本当ですか」

「えぇ、私も大切な人に(もら)った指輪をなくしたら、悲しい気持ちになりますから」

「ありがとうございます」


 ローザリンド様はそう言って、何度も頭を下げた。


「では、ローザの指輪捜索(そうさく)にあたり、陛下につける護衛はこちらで用意しておこう」

「え、護衛?」

「そうじゃ。流石に一人で城下を歩かせる訳にはいかんじゃろ。クリスタルに触れられる人間は、お主しかいないのだからな」


 モリアティーニ侯爵は遠回しに「後継者を」と、まるでミュラーのように私にプレッシャーをかけたのであった。

お読みいただきありがとうございました。


更新の励み、次作品への養分になりますので、続きが気になるなー、おもしろいなー等、少しでも何か感じていただけましたら、★★★★★からの評価やブックマーク、いいね等で応援していただけるとうれしいです。

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