097 拭いきれない罪悪感
春の風が心地よく吹き渡るなか、新緑の葉が枝から外れ、そっと舞い落ちていく時期を迎えた現在。グールと人間の戦争が終結し、私がローミュラー王国の女王という座につき、一年が経とうとしていた。
城下街には、新たに街路樹や色とりどりの花が植えられ、街を明るく彩っていた。商店街となる場所でも新しい店舗が次々とオープンし、活気あふれる光景が広がっている。また、戦争で被害を受けた建物はだいぶ復興が進み、より美しく再建されていた。
人々の表情にも穏やかな光が戻ってきており、家族や友人との時間を大切にし、笑顔を絶やすことがなくなってきている。戦争で失われたものは多かったが、それでも人々は前向きに未来を見つめていた。
そんな中、私はというと。
女王として即位してからというもの、仕事漬けの生活が続いている。
朝起きて朝食をとり、日中は公務をこなしつつ、夕方になると夜会に出席するために馬車で移動する。そして夜会で挨拶をし、しばし歓談したのち帰宅。その後、お風呂、所用を済ませたのち就寝。以下ループ。
忙しい毎日ではあるが、新しい事を覚える日々は楽しい。それなりに充実した日々を送っているのだが。
「ルシア陛下、こちらの男性はエルトン伯爵家の次男、スチュアート様だそうです。先の戦争において、シルバーキャニオンの砦にて従軍。勇敢な指揮を執られたとのこと。ええと、趣味は釣りに、乗馬……ってまた釣りに乗馬です。これで四人連続同じ趣味ですよ」
大事件だとばかり目を丸くするのは、成長し、落ち着きを備えたマンドラゴラ。フェアリーテイル魔法学校で、ルーカスが行方不明になった時、園芸部の面々から譲り受けた、ニュータイプなドラゴ大佐だ。
「紳士の皆様の間で、釣りに乗馬が流行る原因でもあるのでしょうか」
ドラゴ大佐は「ううむ」と短い腕を組み、斜め上を見つめている。
現在私は、ローミュラー城の一角にある女王専用執務室にて、各地からわんさか届く釣書の山を前にし、頭を抱えているところだ。
「ドラゴ大佐、多分それ定型文よ。ベストセラーのこの本に掲載されていたから間違いないわ」
私は書類の山の下から一冊の本を取り出した。そして、机の上に立つドラゴ大佐に表紙を向ける。
「ええと、『こんな時代だからこそ、選ばれる貴族になりたいあなたへ――壁際から日の当たる場所へ――』な、なるほど。因みにどうして陛下は、その本を所持されているのですか?」
「ミュラーに勧められたのよ。あいつ、クリスタルの中にいるくせに、わりと情報通だから」
私は忌々しい、天使の容姿をした悪魔の少年を思い浮かべる。
戦争が無事終結し、残るミュラーの悩みは後継者問題だけとなったようだ。そのせいか彼は、定期的に白の園を訪れる私に対し、何かと婚活のためのノウハウを、ありがた迷惑気味に押し付けてくるのである。
現在私が手に持つ、意識高い系の本もミュラーに次回訪れるまでに用意しておけと言われ、渋々購入した婚活ハウツー本だ。
「決して私が率先して買った訳じゃないから」
「なるほど。そういう事でしたか」
納得顔のドラゴ大佐を見て、私はため息をつく。
「それにしても釣書が多すぎない?いい加減うんざりしてきたんだけど」
私は机の上に散らばる釣書を眺める。
「それは仕方ありませんよ。ルシア陛下は今、国内で最も有名な女性なのですから。それに、戦争のせいで国内にいきおくれ案件が多発しておりますからね。まぁ、婚活が出来る。それはある意味平和になった証拠ですし」
「ふむ」
確かに戦争中は、年頃の男性がみな戦場に出ていた為、呑気に婚活のための舞踏会などを開く余裕も時間もなかった。そのせいか、現在我が国では、結婚適齢期を迎えた年頃の男女が、将来の伴侶を求め、盛んにパーティーを開いているという状況だ。
(まぁ、少子化になっても困るし)
国としても、若い男女の出会いを積極的にバックアップしたい所ではある。そして独身女性の筆頭として、女王である私にみんなが注目するのもわかるのだが。
(ロドニールの事を考えるとな……)
私を庇い、命を失ったロドニール。あの瞬間、私のせいで未来が絶たれた彼は、もはや誰とも結婚することができない。
それを思うと、私だけが誰かと結婚するだなんて、彼を裏切る事になるので駄目だと思ってしまう。
しかし、私はローミュラー王国の女王だ。そのせいで、周囲は私に並々ならぬ期待をかけてくる。
『陛下が子どもを産むことで、王位継承者が確保されます。つまり、あなたが子どもを持たない場合、王位継承に問題が生じる可能性があるということ』
『実際に王位継承問題により、国内が荒れている国もありますし』
『それに、陛下が子を成すこと。それは我が国にとって安定した未来を保障することにもつながります。陛下のご子息、ご息女が成長し、王位に就き、国を治めることを想像できる。その事実こそ、市民にとっては、王国の繁栄が目に見えてわかり、安心できると言うものですから』
『すなわち、陛下が子をお産みになられることには、多くの意味があるのです!』
などなど。ミュラーだけではない。日々、議会に席を置く貴族たちから「早く結婚しろ」というプレッシャーを受けているという状況だ。
「正直、学力テストでもしてさ、国で一番優秀な子が、跡を継げばいいと思うのよね」
私は愚痴っぽく呟いた。
「ルシア陛下。クリスタルに触れる事が出来るのは、フォレスター家の血筋を継ぐ者のみ。その事をお忘れなきよう」
ドラゴ大佐がいかにも私の秘書といった感じで、胸を張る。
「でも流石にさ、この量はないと思うの。正直、一人ずつといちいち面談している余裕もないんだけど」
「それなら一度、釣り書を見ずに、舞踏会でもお開きになり、直接ご本人達とお会いになってみてはどうでしょうか?そうすれば、相手の方の魅力や内面が見えてきますし」
「無理。実際に会ったら、断るのにも気を遣うし、そもそも舞踏会なんて面倒だもの」
私が口を尖らせると、ドラゴ大佐が苦笑いを浮かべた。
「ですが、そろそろ決めないといけませんよ。このままだと、本当に行き遅れになってしまいますよ」
「大丈夫よ。まだ二十歳なんだから」
私は椅子から立ち上がり背伸びをする。
「ルーカス元帥では駄目なのですか?自分にはお二人がとても深い絆で結ばれている関係だと、そう、お見受け出来るのですが」
ドラゴ大佐が遠慮がちに、探りを入れてきた。その視線は私が上に伸ばした左手にはめられた、金の指輪に注がれている。もはや私の身体の一部となっているそれは、十四歳の時にルーカスから贈られた、彼と揃いの指輪だ。
激動と言っても良いほど、多くの事があった青春時代を共に過ごした指輪。それをはめている意味は、今も昔も変わらない。
(私はルーカスを特別な人だと、そう思っているから)
彼を好きだという気持ちは、とっくに自覚している。けれど、その気持に素直になることは、私の命を救うため命を投げ出してくれたロドニールに対し、不誠実なことだ。
モリアティーニ侯爵は、そんな私の気持ちを知ってか、それとも私に早く結婚して欲しいからか、こんな言葉をかけてくれた。
『ロドニールは、陛下と過ごせて幸せだったはずじゃ。だからその身をかけても守りたかった。そして、陛下はロドニールを失い、人の心の悲しみが分かる人間になったということじゃ。だからこそ、先に進む事を悩んでおられる。しかし、自分を責めること。それを望み、わしの孫はお主を救ったわけではない。お主の存在そのものが、この国に必要だと思ったからじゃ』
言いたい事は良くわかる。形ばかりとは言え、国の代表になった私が、ウジウジしている場合じゃないとも思う。けれどまだ私は、ルーカスと共に歩む事に対し、後ろめたい気持ちを抱えている。
そんな状態の私は、ルーカスと今も昔も同じ。世間一般で言うところ、両片思いという状態から一歩先に進めないまま。
私は自分の指にはまる、金の指輪を撫でながら、ドラゴ大佐に視線を向ける。
「これは、ルーカスに魔力を与えているお礼の品。取れなくなっちゃってるだけよ」
私の言い訳に、ドラゴ大佐は「なるほど」と口にし、意味ありげに微笑んだ。
「ルシア陛下は昔から、意地っ張りですからね」
「何よそれ」
「いえ、別に」
私は窓の外に顔を向ける。
高い壁に囲まれた城の中心部に位置する執務室の大きな窓から外を見ると、戦争中も変わらず手入れされていた立派な庭園が広がっている。庭園には季節に合わせた草花が咲き誇り、春の陽気で揺れる木の葉たちは、太陽の光を浴び、やわらかな色に染まっていた。
さらに城壁の向こうには、街を通る、幅広い河川が見える。河川の流れに沿って美しい街並みが続き、街に彩りを添える街路樹は歩道に美しいアーチを作っていた。人々は今日もあそこで、懸命に、誰かのために生きている。
もはや私にとっては、見慣れた景色だ。そして来年もまた、こうして同じ場所から、この景色を眺める自分を想像してみる。
(やっぱ、まだ無理かな)
私が想像する来年の自分も、まだ一人で窓の外を見ている。今はまだ、この景色を誰かと、ルーカスと共に並んで眺めている自分が想像出来ない。それなのに、ルーカス以外の誰かと眺める未来は、もっと想像出来ない。
(ロドニール、どうしたらいいのかな)
私は心の中で、困った時のロドニール頼み。彼の名を呟くのであった。
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