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復讐の始まり、または終わり  作者: 月食ぱんな
第十章 グール対人間。最終決戦へ(十九歳)
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096 終戦を迎えて2

 王都のモリアティーニ侯爵邸にいくつもある部屋のうちの一つ。客室の扉を開けると、高級感あふれる空間が広がっていた。床には華やかなペルシャ絨毯(じゅうたん)が敷かれ、優美(ゆうび)なシャンデリアから落ちる光が、室内を程よく照らしていた。

 優雅な調度品が配された客室には、風情(ふぜい)ある絵画が飾られており、以前は窓から庭園の美しい景色を見渡せたようだ。


 現在その庭園は、戦争により荒れ果ててしまっている。だが、王都では復興(ふっこう)に向け、全体的に動き出している。よって来年の今頃は、モリアティーニ侯爵家の庭園も、色とりどりの花を咲かせているかも知れない。


「ルシア様……っと、陛下。おめでとうございます」


 現在ルーカスの面倒を一手に引き受けている、マージョリーが、部屋に侵入した私に人の良い笑顔を向ける。


「ありがとう。ルーカスの様子は?」

「今日は今までで、一番体調が良さそうです」


 マージョリーは嬉しそうに告げると、私にツツツと歩み寄る。そして口に手を当て、内緒話の姿勢をとった。


「今日は一度も苦しまれておりませんでした」

「それって」

「殿下……ええとルーカス様は、込み上げる欲望を抑え込める状態になったのかも知れません」


 マージョリーはホッとしたように微笑む。


「良かった……」

「はい、本当に」

「このまま、BG(ビージー)の禁断症状が出ない事を祈りたいわね」

「えぇ。きっとルーカス様はこの試練を乗り越えられるはずだと、私は信じております」


 マージェリーは力強く言うと、ツツツと、さらにお互いのドレスが触れ合う位置まで私に詰め寄る。


「ルシア陛下、私は席を外しますので、何かあればお呼び下さい。どうぞごゆっくりルーカス様を(いや)やしてさしあげて下さいませ」

「言い方……」


 いかにも男女の何かを期待しているといった様子のマージェリーに対し、私はいつも通り、薄目を返す。


「ほほほほほ。では失礼致します」


 マージョリーは含みある笑顔のまま、(うやうや)しく頭を下げる。そしてそそくさと退室してしまった。


「まったくもう」


 マージョリーの背中を見送った後、私は勝手知ったるといった様子で部屋を横断する。そして続き部屋となる、寝室の扉をノックした。


「ルーカス?入るわよ」


 返事がないのは承知の上で声をかけつつ、私は入室の許可を得ないまま、部屋の中へ足を踏み入れた。


 天蓋(てんがい)付きの豪奢なベッドの上には白いシルクのシーツがかけられ、美しい刺繍(ししゅう)入りのベッドカバーが、部屋に上品な(いろど)りを添えている。そしてベッドの上には私の予想通りといった感じ。顎までしっかりと掛け布団をかけられ、横たわるルーカスの姿があった。


 ベッドサイドには、マージョリーによって持ち込まれたであろう、水差しとグラスが置かれている。

 しかし肝心の本人はというと、静かに寝息を立てているようだ。


「あらら……疲れちゃったのかな」


 先ほどまで、マージョリーが座っていたらしき椅子に腰掛けながら、私は苦笑する。

 現在彼は、私が負わせた傷の治療中な上に、BGによる副作用と人知れず戦っている。


 傷の方は、安静にしている事で治る。けれど、人間を捕食したという衝動を抑えるには、かなりの精神力。それから体力を必要とするようだ。


「頑張ってるもんね」


 私はルーカスの頬にかかった髪を、指先で払う。それから掛け布団から出た、ルーカスの手に私と揃いの金の指輪がはめられているのを発見し、私は思わず微笑んだ。しかし、すぐにロドニールの顔が浮かび、私は慌てて首を横に振る。


(だめ。ロドニールは私を(かば)って命を落としたんだから)


 だからルーカスを好きな気持ちは、誰にも悟られてはいけない。

 私は、己の心に沸き起こる、甘い感情を(とが)める。


「これは治療の一貫だから」


 誰もいない部屋で、私は一人言い訳を口にし、ルーカスの手をとる。そしてフェアリーテイル魔法学校時代と同じように、静かに自分の魔力をルーカスにわけ与えた。


 この行為のせいで、ランドルフがルーカスの身体に固執(こしつ)してしまったという可能性は捨てきれない。けれど、私はミュラーから告げられた「グールにならない」という、その言葉の意味は魔力ではないかと疑っている。


 私はグールにならない。つまり私の魔力にはBGに(むしば)まれたルーカスの身体を、浄化する力があるのではないだろうかと、推理した。それにやらないより、やった方がマシだ。そう思う私は、毎日こうして、ルーカスに魔力を分け与え続けている。


 現に私が魔力を流し初めてから、彼の疲れたような、苦しそうな表情が和らいでいるような気がする。何より私も、こうしてルーカスに魔力を注いでいると、自然と心が落ち着くのである。


「ねぇ……早く元気になってよ」


 私は切実な願いを込め、彼に(ささや)く。するとルーカスは、無意識なのか、甘えるように私の手を握り返した。


「っ!」


 不意打ちに胸が大きく跳ね、顔が熱くなるのを感じる。


「あーもう……俺を心配するルシア、かわいい」


 ゆっくりとルーカスの目が開き、神秘的な輝きを放つ宝石のような、紫に輝く瞳がお見えした。どうやら私は、寝たフリをしていたルーカスにからかわれたらしい。


「起きてたんなら言ってよね。というかちゃんと目を開けておいてよ」


 恥ずかしさを隠すようにぶっきらぼうに言うと、ルーカスは私の手を握ったまま、楽しげに笑う。


「だって、ルシアがキスしてくれるかもと思ったから」

「しないわよ」

瀕死(ひんし)の騎士が、美しい姫のキスで目が覚めるってのは、定番だろ?」

「それは物語の中だけよ」

「じゃあさ、現実の俺はルシアの騎士じゃないのか?」


 ルーカスは悪戯(いたずら)っ子のように微笑む。


「違うでしょ。ルーカスは私にとってふく……」


 私は言いかけて、慌てて口を(つぐ)む。つい、癖で「復讐」と口にしかけてしまったからだ。


「俺への復讐はもう終わったんだよね?」

「そうだった、ような?」


 確かに私は、瀕死のルーカスの復讐は終わったという問い掛けに対し、肯定した。


「疑問形が気になるけど。それで、これからは王女殿下とお呼びした方がいいの――」

「絶対やめて」


 私はルーカスの言葉に被せるように、早口で言う。


「嬉しくないのか?君はソレを目指していたんじゃないのか?」

「別に目指してないし、父さんが王座に付くこと。それならわかるけど。それに所詮私はお飾りだから」

「そっか、ごめん。俺は君から奪ってばっかりだな……」


 ルーカスはどこか寂しげな声で呟いた。


 ルーカスと私は、終戦の日に起こったこと。それについてお互い話を避けている。だから私はルーカスから詳しく聞いたわけではない。けれどマージェリーからの情報によると、今回ルーカスは、グールとしての本能のままに行動していた時の記憶は、ぼんやりとしか残っていないそうだ。


 ただ、ロドニールを食べてしまったこと。それは、周囲から発する憎悪(ぞうお)のこもる感情で、何となく理解できたと、彼は口にしていたらしい。


 つまり、ルーカスも私と同じ。ロドニールの死に人知れず責任を感じている。


(まぁ、そうだよね)


 流石に気にするなと言う方が無理だろう。そして私も、未だロドニールに対する気持ちが整理出来ていない状態なので、出来れば彼の話題は避けたい。


「ルーカス、今日はBGの禁断症状が出なかったって。マージェリーに聞いたよ」


 私があえて笑顔で話すと、ルーカスは困ったように眉尻(まゆじり)を下げた。


「まだ、完治したって訳じゃないし。いつ誰を襲うかわからないから」


 ルーカスは悲痛な面持ちで、言葉を絞り出す。


「でも、ちゃんと耐えられてるんでしょう?」

「あぁ。だけど、その分反動が大きいみたいで……。今も凄い怠くて、眠いし」

「え、大丈夫なの?」

「平気だよ。ルシアの魔力が効いてるから」

「……魔力を分けるだけで、そんなに体調が変わるものなの?」


 私は首を傾げる。


「んー。なんていうか、ルシアに魔力を分けてもらってると、安心できるっていうか。癒されるんだよな」


 ルーカスが何気なく放った言葉。それは私にも当てはまる事だった。私もルーカスに魔力を与えていると、安心するし、全ての(わずら)わしさから開放され、癒されるような気がする。


「そうなんだ。じゃあ、明日も魔力をわけてあげるわ」


 私はあえて恩着せがましく告げる。


「ありがとう。ところで、ルシア」

「何?」

「俺の傷が完全に治るまで、毎日魔力をわけてくれるつもりなのか?」

「まぁね。私に出来るのはそれくらいだし」

「嬉しいな。それに、魔力をわけてもらう度に、俺たちの距離が縮まってるような気がするんだよなぁ」


 ルーカスは私の手を握りながら、顔を近づけてくる。


「そうね。多分、ルーカスの勘違いだと思うわ」


 私は冷静に答える。


「……冷たい」


 ルーカスは()ねる子供のように唇を尖らせる。


「冷たくないよ。私は、ルーカスの身体を治すために魔力を分けてるだけだし」


 私はルーカスの手を、やんわり振り払う。


「身体を治したら、俺がルシアを襲っても許してくれる?」

「駄目です」

「なんで敬語なの?」

「ルーカスが馬鹿なことを言うからでしょう」

「ルシアのけち」

「けちで結構。とにかく、今は大人しく寝ててよね」


 私は立ち上がり、逃げるように部屋を出る。


「おやすみ、ルシア」


 ルーカスの声を背後に、私は部屋の扉をパタンとしめる。そして扉の前で、私は大きく息をついた。


 正直、ルーカスとの会話は楽しい。けれど、私はルーカスとどうなりたいとか、どうしたいとか、そういう具体的な考えは持っていない。何故なら、命をかけて私を守ってくれたロドニールに対し、失礼だと思うから。


「ロドニール、ごめん」


 私はルーカスと楽しく過ごしてしまった事を、今は亡きロドニールに謝罪するのであった。

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