093 波乱の結婚式9
お読み頂き、ありがとうございます。R15です。引き続き戦闘シーンになります。
今回はまだ、昨日に比べたらグロさはマシだと思います。よろしくおねがいします。
ハーヴィストン侯爵がBGを開発する過程で生み出した、疫病を引き起こすというウィルス。それが更に進化し、浴びた者全てをグールにさせるもの。そんな嘘か本当かわからない、物騒な物を私達に向けて投げつけた。
私はその小瓶の軌道を魔法で捉え、停止させる事に成功する。しかし安心したのも束の間。私の前に理性を失ったルーカスが立ちふさがった。そして、それは、瞬きをする間と言った感じ。ほんの一瞬の出来事だった。
私を守るため、体を突き飛ばしたロドニールが呆気なく、ルーカスに食べられてしまう。
「どうして、なんで、なんで私ばっかり」
奪われてばかりなのと、私は誰ともなく問いかける。
人生で、こんなにも辛い気分に襲われるのは三回目だ。
一回目は、ドラゴ大佐達の命が失われた時。確かに株分けし、その遺伝子は今も引き継がれている。けれど私を守り、ルーカスの味方だったドラゴ大佐はもういない。
二回目はつい先日。私がこの世界に一人取り残された、父と母を同時に失ったあの日だ。
そして三回目。今日私は、結婚するならこの人だと、そして彼の優しさに触れ、好きだと意識し始めたばかりの大事な人を失った。
しかも彼を殺したのは私の復讐メモに名を連ねる、私が特別に思う人。
「グゥウ」
ルーカスが満足げに喉を鳴らすと、ゆっくりとこちらを振り向く。口元が赤くテカる彼は、獲物を見つけたと、ギラついた目をしている。それはもはや私の知る彼ではない。
(どうしてこんな事になってしまったんだろう)
何でこんな仕打ちを受けなければいけないのだろうかと、歯を食いしばる。
そもそも私は、後ろめたさを抱える両親の元に産まれ、日陰で育つ事を余儀なくされた。
フェアリーテイル魔法学校ではルーカスに付きまとわれ、人並な男女の恋愛を経験する事も出来なかった。それから、マンドラゴラ部隊に両親、そしてロドニールと相次ぐ大事な人との強制的な別れ。
そして現在、ローミュラー王国の崩壊を経て、ようやく私の長年の夢、復讐が果たせたと思ったのに、私は全然嬉しくない。そればかりか、最も幸せになって欲しいと願うルーカスは理性を失い、今まさに私を食べようとしている。
(さいあく)
私は心の中で最悪の結末に向け、坂道を転げ落ちるような自分の人生を嘆く。
最悪を辿る私の人生に、常にと言っていいほど、影がチラつくのはルーカスだ。私はこちらを見つめる、怪物と化したルーカスを見つめる。
口元を赤く染め、目は血走りながらも、どこか穏やかな表情をしている気がする。満腹だから? とつい、呑気に問いかけたくなってしまう程、満たされた顔をしているように思えた。
「……ルーカス」
私はそっと彼の名を呼ぶ。すると彼が辺りの匂いを嗅ぎ取るよう、鼻を動かす動作をした後、こちらに向かってゆっくりと歩き出す。
一歩ずつ、こちらに歩み寄る度に地面が揺れる。私はその振動を感じながら、彼が近づいてくるのをジッと待つ。不思議と怖さを感じず、落ち着いている自分に驚く。そしてすぐ、その理由に気付いた。
(あぁ、そうか)
私はルーカスと出会い、最悪な結末を沢山経験した。けれど彼と出会い、最高な瞬間も同じくらい。いやそれ以上、経験したのだ。
だから彼を視界に収めると、枯渇した私の心は満たされ、幸せな気分になってしまう。そして、その気持ちはきっと、人からみたら不幸に思える人生を歩む彼も同じ。
私達はいつだって正反対だ。
婚約破棄をされた側と、した側から産まれたルーカスと私。
親を憎む彼と愛する私。
ローミュラー王国の王子である彼と、国民ですらない私。
ホワイト・ローズ科とブラック・ローズ科。
それから捕食したいグールと、食べられたくない人間。
こんなにも正反対の私たちは、本来であれば相容れない関係であるはずだ。それなのに私達は、まるで磁石のように引き寄せられ、共にいるから悲劇をうむ。
けれど私は、一度覚えたうっとりするような香水の甘い香りをふたたび嗅ぎたくなるように、悲劇の合間に訪れる幸せが手放せない。だから私は、ロドニールを殺し、捕食したルーカスを心底恨めないでいる。
こちらに歩いて来るルーカスの赤い目を見つめながら、私の脳裏に、彼が最後に叫んだ言葉。
『やめろぉおお!!!』
その悲痛な叫びが思い出される。
ルーカスは、なりたくてグールになった訳じゃない。
(私は負けたんだ)
運命にも、ルーカスにも。だからこの関係を終わらせるには、認めるしかない。
私の脳裏に、いつだって優しかったロドニールの穏やかな笑みが浮かぶ。そして、無邪気に私を好きだと告げる、ルーカスのはにかんだ笑みも浮かぶ。
「食べる者と、食べられる者。けど、私は間引く者」
その運命から、もう逃げない。
「ルーカス、ごめん」
覚悟を決めた私は、もはや怪物と呼ぶに相応しく姿を変えたルーカスを、しっかりと直視する。
静かに深呼吸をひとつ。そして間近に迫る、ルーカスに向かい、杖の先を向けた。
「あなたにちゃんと、復讐するわ」
私の声が届いたのか、ルーカスは嬉しそうな顔をした。
「グルルルッ!」
まるで早くかかって来いと言っているかのように、ルーカスは大きく吠える。そして床に転がる、血濡れた剣を拾いあげた。
ルーカスは剣の柄をくるりと回し、手に馴染ませる。
「グォオオーッ」
ルーカスが再び雄叫びを上げ、私に向かって大きく跳躍し襲いかかってくる。
「させるかっ!」
私は杖を握りしめると、魔法を発動させる。
「ライトニングレイ!」
私の杖から放たれた雷の矢は、ルーカスの腕を貫く。
「ギャウッ」
ルーカスが苦痛の声を上げる。しかし、私に向かって大きく剣を振りかぶる。
「まだまだよっ」
私は恨みを込め、続けて魔法を放つ。
「サンダーショット!」
電撃の塊がルーカスを掠り、腕から煙が立ち上る。彼は短い悲鳴をあげ、背後によろけた。
「うっ」
彼の痛そうな悲鳴は、私の胸をチクンと鋭く刺し、闘争心を削り取る。
(だけど)
私が終わらせると、歯を食いしばる。
「ぐあぁぁああーッ!!!」
ルーカスが怒りに任せ、私に斬りかかる。
「ウォーターシールド! ウィンドカッター!」
私はルーカスの攻撃を防ぎつつ、攻撃に転じる隙を探す。ルーカスが振り下ろした剣を避け、後方に飛び退く。そしてすかさず、次の魔法の詠唱を始める。
「ファイアボール!」
私が放った火の玉は、ルーカスの胸に直撃する。足を踏ん張りつつ、勢いよく後方に弾き飛ばされた彼は、剣を地面に突き立て停止した。そして苦しげなうめき声をあげ、その場に膝をつく。
「もう、終わろうよ、ルーカス」
私は息を整えながら、ルーカスを見据えた。すると、彼の目は私を捉えているはずなのに、なぜか視線が噛み合わない。ルーカスの凶暴な赤い眼差しは、私を通り越し背後を睨みつけている。
ルーカスが私を見ていない事に気付くと同時に、背中に悪寒を感じた。そして振り返ると、私に大きな影が襲いかかる。
「まずいっ」
私は慌ててその場を離れようと足を踏み出すが、間に合いそうもない。背後に重い痛みを感じ、体中に痺れが広がる。
「くっ」
呆気なく膝をついた私が振り返ると、別のグールが私の背後に回り込み、今まさに首筋に噛み付こうと大きな口を開けていた。
「ウィンドカッター!」
モリアティーニ侯爵が私を襲うグールに向かって杖の先をかざす。風の刃がグールに命中し、グールが横に飛ばされる。
「こっちのグールは私に任せろ。おぬしは殿下を!」
「はい、ありがとうございます!」
モリアティーニ侯爵の言葉に私は立ち上がると、再度ルーカスに向き合う。彼は私達を視界に収めながら、ゆっくりと立ち上がっていた。
「グルルッ……」
ルーカスは低く喉を鳴らした後、私と目を合わせる。
「グゥウウー」
ルーカスの口から、獣のような荒い呼吸音が漏れる。
彼は私を食べようとしている。それは明らかだ。
「私は食べられない。終わりにする!」
自分を奮い立たせ、再び杖を構える。
ルーカスが剣を振り上げたまま、こちらに大きく跳躍した。
「ライトニングレイ!」
私はルーカスの動きを止めようと、素早く魔法を放つ。しかし、ルーカスはその大きな図体に到底見合わない、俊敏な動きで身を捻る。そして私の魔法を軽々と避けてしまう。
ルーカスは私に近づき、剣を横薙ぎに払う。私は咄嗟に硬化魔法をかけた杖を構え、その攻撃を受け止めた。
「うっ」
腕にジンと響く衝撃に思わず顔をしかめる。ルーカスは休む間も無く、何度も剣を振るう。私はその素早くて力強い剣の攻撃を受け止めるだけで精一杯だった。
「はあっ、はぁっ」
息が上がり、集中力が途切れそうになる。
その時、ルーカスの剣先が私の脇腹を掠めた。
「痛っ」
鋭い痛みが走り、じわりと熱を帯びる。
傷口を押さえたい衝動をこらえ、ルーカスの剣を受け止める。
(痛くても、目を逸らしちゃダメ。復讐しなきゃ)
歯を食いしばり、杖を強く握った。
「うぅ……くそぉおおおお!!」
私はルーカスの攻撃を耐えながら、大声で叫ぶ。そして杖を大きく振りかぶると、思い切り地面を蹴る。
「ウィンドカッター!」
杖の先から放たれた風の刃は、ルーカスの肩を切りつける。
「グルルルッ!!」
ルーカスが苦痛の声を上げ、よろめく。
(今なら)
私はルーカスの懐に飛び込む。そして杖の先をルーカスの腹部に向け、もう一度大きく踏み込んだ。
「ライトニングレイ!」
雷の矢はルーカスの腹を貫く。
「グォオオオッ」
ルーカスは雄叫びを上げ、仰向けに倒れた。
「ハァッ、ハアッ」
私は乱れた息を整える。そして、倒れているルーカスを見下ろす。
あちこちで助けを求める叫び声が響く中、ルーカスの体は地面に寝転がったままビクともしない。そしてルーカスの身体から黒い蒸気が立ち上り、空気に溶け込んでいく。
「ルーカス……」
これで全て終わった。もうルーカスは苦しまないで済むのだ。
(これでいい。これしか方法はなかった。だからこれが正解)
私はうっかりすると、力なく横たわるルーカスの体にすがりたくなった。けれどそんな弱い自分を吹き飛ばすよう「これでいい」と、何度も自分に言い聞かせるのであった。
お読みいただきありがとうございました。
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