091 波乱の結婚式7
お読み頂き、ありがとうございます。
追いかけて頂けて、嬉しいです。
今回はR15なので、お食事中はお控え下さると幸いです。
今まさにランドルフとハーヴィストン侯爵が広場に集まった民衆の前で、その悪事を暴かれている。
そんな中、私はうっかりロドニールへの恋心を自覚し、照れていた。しかし不意に大きな声が響き渡り、私の意識は現実へと引き戻される。
「嘘つきめ!BGを打てば、幸せになれるんじゃなかったのかよ!」
「グールの権利を守る戦争じゃなく、まさかグールそのものを減らすためだったとはな!」
「陛下とハーヴィストン侯は俺たち庶民を騙し、殺そうとしていたんだ」
「自分たちさえ良ければってな!」
「しかも、自分の息子までもを、犠牲にして」
「許せない」
「もう終わりだわ……」
「俺たちは、これ以上騙されないぞ!!」
群衆から非難の声が一斉に上がる。どうやら、モリアティーニ侯爵が展開した魔法動画により、真実を知った人々の怒りが爆発しかけているようだ。
私は民衆の言葉を聞きながら、改めて思う。
(全ては、あの二人に都合よく仕組まれたものだと)
そもそもBGはグールを救う為ではない。ランドルフやハーヴィストン侯爵のような、特権階級に胡座をかく、一部のグールが人を喰らう事をカモフラージュする為のもの。
少なくとも、私にはそう思えた。だからこそと、私は拳を強く握り締める。
(こんなの、もう終わりにしなくちゃ)
そもそも、最初のきっかけ。この国に多くの不幸をもたらした疫病は、ランドルフやハーヴィストン侯爵の仕業だった。
それは、彼らの親世代が企てた事かも知れない。けれど、現在のような状態にまでしてしまったのは、確実にランドルフとハーヴィストン侯爵のせいだ。それなのに、私の父と母は、ローミュラー王国を自分たちが離れたからだと、ずっと懺悔の気持ちを抱いていた。
(でもそれは、半分間違い)
確かに父は一度、自分の使命から逃げ出した。しかし全容が明らかになった今、父がしたことはそこまで悪い事だと、私には思えない。
(だって父さんは)
誰もが願うよう、愛する人と普通に生きたかっただけだから。
むしろ、生き残るグールと、淘汰するグール。それを選別するために、BGを市民に配り、わざと戦争になるよう仕向けたランドルフとハーヴィストン侯爵。
(彼らこそ、正真正銘の悪だ)
私は一度収まった怒りが、沸々と湧き上がってくるのを感じる。
(しっかりと、全ての責任をとってもらう)
そして私の手で、二人に絶対両親の復讐をする。
私が密かに誓っている間にも、広場では民衆がランドルフとハーヴィストン侯爵に罵声を浴びせていた。
「皆の者、落ち着け。あの魔法映像は、人間側が作ったフェイクである!」
ランドルフが声高らかに告げる。
「皆様、人間側に都合よく踊らされてはなりません。BGは安心安全が保証された物です!」
ルドウィンもその場を落ち着けようと、声を張り上げた。
そんな時である。不意にルーカスの声が響き渡った。
「ならば、なぜお前たちはBGを打たないんだ!安心安全というならば、真っ先にお前が打つべきだろう!!」
ローミュラー王国の兵士に後ろ手を捕られた、ルーカスが悲痛な面持ちで叫ぶ。
BGを打たれた者だからこその悲痛な叫び。私にはそう聞こえた。
「ランドルフ陛下に罪がないとは言わん。しかし、息子への想いを餌に、言葉巧みに悪の道に誘い込んだ、ハーヴィストン侯爵。わしは、お前こそ真の悪人だと思っている!」
モリアティーニ侯爵がルーカスに加勢する形で言い放った。
確かに最初の魔法映像だと、ランドルフはルーカスを気にしている様子だった。
(でも)
仮にそうだったとして。当のルーカスにその想いが伝わってないのだとしたら、意味がない。
「さぁ、どうする。大人しく罪を認め、お主が終戦を宣言する。これ以上、市民を騙す事は無理そうじゃぞ?」
モリアティーニ侯爵は、ランドルフに向かって提案する。
「ふっ、仕方がないですねぇ」
なぜかランドルフの代わりに、ハーヴィストン侯爵が余裕の笑みを浮かべた。
「グールが支配するローミュラー王国で、人間が死を迎えるにあたり、最も大事なのは、それまでの生き方ではない」
脈略なく、しかし落ち着いた表情で話し始めるハーヴィストン侯爵。
「グールの餌になれば、尊い人生を送ったとされ、そうでなければ、その人間は死すら価値のないものとなる」
ハーヴィストン侯爵は小馬鹿にしたように、鼻を鳴らす。
「たわけたことを!どんな生き方を送ろうと、生きること自体が尊いものじゃ。そして自分自身が生きることに意義を見出せることこそが、真の尊さじゃ。お前は間違っておる」
モリアティーニ侯爵は、ハーヴィストン侯爵に反論した。
「そうですか。残念です。どうやらあなたとは相容れないようだ」
「今更じゃ」
交渉決裂。二人の間に穏やかではない空気が流れる。
「実は先程あなたが誇らしげに皆に披露した、魔法動画。あれには続きがありましてね」
「続きだと?」
「私達も馬鹿ではない。自分たちが生き残る為の策を用意しているのですよ」
「つまりお主は、わしらとここで、剣を交えるということか」
モリアティーニ侯爵の問いに対し、ハーヴィストン侯爵は不敵に微笑む。
モリアティーニ侯爵を守るように控えていた、解放軍側につく兵士達の顔が強張り、警戒した表情を浮かべる。そして、各々隠し持った剣の柄に片手を添えた。その姿を確認した私も、素早く右手に杖を召喚する。
(なんだろう、嫌な予感しかしない)
私の中の第六感が警笛を鳴らす。
「口で話すよりも、実際に経験していただく方が良いかと。ま、御老体に耐えかねるかどうか。それは保証しませんがね」
ハーヴィストン侯爵は勝ち誇った表情で口にすると、突然右手を振り下ろす。
すると次の瞬間―――。
「やめろぉおお!!」
ルーカスの叫び声が響く。
私は慌ててルーカスに目をやる。すると、兵士の一人がルーカスの首筋に赤い液体の入った注射器をブスリと突き立てていた。
「ルーカス!!」
私は思わず駆け出そうとするも、モリアティーニ侯爵を目掛け、無数の矢が放たれたのに気付き、咄嗟に杖を振りかざす。
「なんじゃと!?」
モリアティーニ侯爵は驚きの声を上げる。
私はその声を耳にしながら、モリアティーニ侯爵を庇うよう、目の前に魔法障壁を展開する。その直後、数本の矢が私の魔法障壁にぶつかり弾かれた。
「チッ」
ハーヴィストン侯爵が舌打ちをした。そんな中、今度はランドルフの叫び声が響く。
「ルーカス!!」
ランドルフの叫び声を聞き、私は慌ててルーカスを視界に入れる。
すると謎の注射を打たれ、その場に頭を抱え、うずくまっていたルーカスが、突如体を起こした。そしてムクムクと体が膨れあがると、みるみると巨大化し、その姿を変えていく。
頭部は、牛のように大きく、身体は人間の男性を遥かに超える大きさがある。全身を灰色の肌で覆われ、目の周りにグールを記す黒い文様が浮き出し、赤く血走った目でルーカスは、辺りを見回している。
ルーカスであったはずの存在は、明らかに人ではなくなっていた。
その姿は、まさに怪物と呼ぶに相応しいものだ。
「嘘……」
ルーカスが、完全にグール化した。その事実を目の当たりにした私は衝撃で、唖然とし固まる。
「なんて事だ……」
ランドルフが、ガクリとその場に膝をつく。
「グオォオオ!!」
天高く叫ぶ、ルーカスの低い唸り声が響く。そしてその声に共鳴するように、広場の中からグールの雄叫びがいくつも上がり、強靭な体格を持つグール達が出現した。その数はゆうに十を超え、グール達はみな一様に、自分に何が起きたのかわからない、そんな感じのまま、虚ろな瞳で宙を睨んでいる。
「どういうことだ!」
「きゃー!!」
「どうして!」
次々と上がる悲鳴にも似た声。
その声を耳にしながら、私は巨大化したグールの首筋に刺さる、空になった注射器に目をとめる。
(まさか、あの注射器の中身は)
「グールに人間を襲わせるために、人間の血肉を定期的に与え続けた。それも少量ではなく、大量にだ。そして彼らは進化した。私達のために!!」
ハーヴィストン侯爵が不敵な笑みを浮かべながら、言い放つ。
「ルーカス!!」
隣に並ぶロドニールが、動揺した声でルーカスの名を発する。
「まさにこれが、私達に勝利をもたらす、BGの力だ!」
ハーヴィストン侯爵は高らかに宣言する。
「本来あるべき姿だと!」
まるで自分に酔いしれていると言った感じで、両手を拡げるハーヴィストン侯爵に、モリアティーニ侯爵は怒りに満ちた顔で叫ぶ。
「どうです、美しいと思いませんか?」
ハーヴィストン侯爵は、自分の行いを誇るように、うっとりとした顔で語る。
「ふざけるでない!!」
モリアティーニ侯爵は怒りを露に叫ぶ。
「戦争を終わらせたい。その願いを叶えましょう。生き残ったものが、正義の名のもとに生きていく権利を得るのです」
ハーヴィストン侯爵は高らかに宣言する。
その声に反応したルーカスは、まるで獲物を探すように視線を動かし、ある一点に固定した。
「グルルルッ」
ルーカスの口から、野太い獣のような声が漏れる。そこには、膝を折り、怪物と化した息子を見つめる、ランドルフの姿があった。その表情は畏れや恐怖。それから懺悔といったものではない。ただ純粋に、ルーカスの身を案じている。そんな父親の表情だった。
「陛下、お逃げ下さい」
ランドルフの危機を感じ取った近衛兵が、咄嵯に叫ぶ。
「すまんな、ルーカス」
ランドルフは一言謝ると、自分に向かって振り下ろされたルーカスの腕を、避ける事なく受け止める。ルーカスの無常にも太い腕の先にある、鋭い爪がランドルフの体を切り裂く。
「ぐぅっ」
苦悶の表情を浮かべながら、ランドルフはルーカスによって八つ裂きにされる。そして私たちが何が起きたのか、それを理解する前に、ルーカスの口が大きく開き、ランドルフの体は噛み砕かれたのであった。
お読みいただきありがとうございました。
更新の励み、次作品への養分になりますので、続きが気になるなー、おもしろいなー等、少しでも何か感じていただけましたら、★★★★★からの評価やブックマーク、いいね等で応援していただけるとうれしいです。




