087 波乱の結婚式3
グールにとって未来に続く後継者が決まり、そして子孫繁栄のための結婚する。そんな最高なお祝いごとをぶち壊したのは、何を隠そう本日の主役であるルーカスだ。
(とうとうルーカスは親に喧嘩を売ったわ!)
一体どう決着をつけるつもりなのか。私はハラハラ、そして少しだけワクワク。さらには、ランドルフに怒りを抱えるという、大変忙しい状態の傍観者となり、この場を見守っている。
そんな私の視界に、キラキラと発光する白い集団が目に入る。
(うわ、目に毒すぎる)
私が咄嗟に目を瞑った瞬間。
「ルゥゥゥゥゥカス!!あなたは、なに馬鹿な事を言ってるの!!」
甲高い声がして、私は目を開ける。するとパシーンと高い音と共に、ルーカスの頬が打たれた。
ルーカスの頬を容赦なく叩いたのは、突然乱入し出来た人物。ルーカスの母であり、この国の王妃であるナタリアだ。彼女の背後には、侍女と思われる女性たちが何人も控えている。
「痛そう……」
私は思わず自分の頬に手を添え、顔をしかめる。
「育てた恩も忘れ、ふざけたことを。さっさとリリアナと結婚を誓いなさい」
ナタリアが冷たく言い放つ。
「あなたに育てられた覚えはない」
「何ですって!?」
再びルーカスに向かって、平手打ちが飛ぶ。ルーカスはそれを甘んじて受け止めた。
固唾を飲み、静かに見守る聴衆が見つめる中、パチンとまたもや大きな音が響く。
「母上、おやめください」
ルーカスの怒りを殺したような、低い声が響く。
「本当に、あなたにはガッカリよ。よりによって裏切り者であるルドウィンと、あばずれ女ソフィアの子と結婚したいだなんて。絶対に許しませんわ」
ナタリアは冷ややかな視線で息子を見据える。
「ルドウィン様は裏切り者じゃない。それに、フラれた腹いせに、国を乗っ取った母上の方が私には悪に思えます」
「お黙りなさい。いいから早くリリアナと結婚なさい」
ピシリとリリアナを指差すナタリア。しかしリリアナは迷惑そうに、顔を引きつらせている。
(そっか、リリアナはルーカスと結婚したくないんだっけ)
私はハーヴィストン侯爵家の裏庭で、スティーブという青年と仲睦まじい様子だった、リリアナを思い出す。
あれから随分時が経ったとは言え、そもそもリリアナはルーカスが婚約破棄を前提に、婚約者としてその座に据えていた事を知っている。だから、今更「結婚しない」とルーカスに告げられても、動じないのかも知れない。
「そもそも、自分の父親を殺した男と結婚する娘など聞いた事がないわ。それに、あなたは高貴なるグールなのよ。忌々しいフォレスター家の者と結婚など許す訳がないでしょう?」
「嫌です、私は何があってもルシアと結婚します」
「言う事を聞きなさい!!」
ナタリアはヒステリックに叫ぶと、ルーカスに扇子を投げつけた。それは見事に額に命中し、ルーカスの、わりと見目麗しい部類に入るであろう額に傷をつくる。
ポタリとルーカスの額から鮮血が流れ落ちた。
「あぁ!!ごめんなさい、つい手が滑ってしまったわ。大丈夫?手当しなくてはね?」
全く心配していない口調で告げると、ナタリアは侍女を振り返る。
「うんざりだ」
低い声で呟いたルーカスはくるりと振り返り、ナタリアとその隣に並ぶランドルフに背を向けた。そして広場に集まる聴衆に向き合い、口を開く。
「みんな目を覚ませ。グールが人間を管理する。そんなの戯言だ。騙されるな。俺たちは一部のグールが生き残る為の実験台にされている。BGはそれを誤魔化すための幻覚薬だ!」
ルーカスが声高らかに宣言する。
「BGを飲み、人を喰らう。その時は満たされた気分になる。けれどその後はどうだ?一度覚えた味をまた味わいたいと思うだろう?そう思った瞬間、自分が自分じゃなくなる感覚に陥るはずだ!」
ルーカスの言葉に、ざわめきの声が大きくなる。
「それに、かつて我が国を襲った疫病、あれはBGを作る過程で出来た副産物だ。明らかに人の手で作られた細菌兵器なんだ。何故ならグールの絶対数を増やすために。そして父上はこの国を乗っ取る為に、疫病で増加したグールにBGを与え、狂わせ、兵器とし、人間と戦わせている」
グッと拳を握りしめるルーカス。
「疫病がBGに関係しているって、ほんとなの?」
私は初めて明かされる事実に衝撃を受ける。
ランドルフがわざと、疫病になり得る細菌を市場にばら撒いたのだとしたら、それは許される事ではない。なぜなら、私の祖父は蔓延する疫病の排除に手間取り、国民から敵意を向けられたあげく、ランドルフに殺されたのだから。
それに加え、父がナタリアと婚約破棄をした罪まで着せられた。
(私の祖父が殺されたのは……)
全てランドルフが画策した結果。
改めてそれを思い知らされ、素直に私の中に怒りがわく。
「私達はみな、父に都合よく命を操られている。それが分からないのか!?」
ルーカスが必死に訴えかけるが、人々は「でも」「だって」と戸惑っているようだ。
そんな中、聴衆から突然、大きな声があがる。
「確かに俺は、BGを飲み、人間を喰った事がある。確かにまた喰いたい欲求に襲われた」
「俺も、俺もだ!!」
「BGを一度でも飲むと、また無性に飲みたくなるって話は聞いた事がある」
「貧民街に住むグール達は、実験台にされてるって話も聞いたぜ?」
「BGを無理矢理飲飲まされて、廃人にされるとか」
「最後には、理性が効かなくなって、目の前にいる人間を、食い殺したくて仕方が無くなるんだ」
「それで人間との戦争に駆り出されるって話だったぜ」
「じゃ、ルーカス殿下のいう事は本当だってことかよ!!」
広場から次々と声が上がる。
(グールの中にも、疑問も持つ人がいるんだ)
しかもそれは一人、二人ではない。私の予想を大きく上回るものだった。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、良いのう、実に良い仕事をしてくれておる」
座ったまま、手にした長い杖の天辺に両手を重ねているモリアティーニ侯爵は、満足そうに目を細めた。
「あの、これは一体……」
「今声をあげたのは、グールの市民に紛れ込ませた、解放軍のメンバー。いわゆるステルスマーケティング中という感じです」
ロドニールが私に得意げに説明する。
「ステル……?」
「つまり、都合の良い噂を流し、民衆を操るということじゃ」
「そんな事が出来るんですね」
私は感心して声を上げる。
「うむ。噂を流すためには、ある程度信用できる者からの情報が必要じゃ。そこで、わしは秘密裏に手懐けたグール達を使い、情報操作しておる」
「つまりグールにも私達の仲間がいるってことですか?」
「そうじゃ。そもそもグールの中には、人間と共に上手くやれる奴らもおる。そういう連中は今まで通り。人間と共存したいと願っておるからのう」
モリアティーニ侯爵の言葉に「確かにそうだ」と私は頷く。
人間の中にもグールを心から憎む者もいれば、友好的に捉える人もいる。
そもそも、ランドルフがこの国を統治するまで、グールと人間が恋に落ち、結婚するケースだってあったらしい。
私の祖父に当たる、前国王は、そうした、グールと人間が平等に過ごす事が出来る社会を目指し、尽力していたようだ。そして私も出来れば、仲良くすべきだとは思っている。
なぜなら戦争が起きた状態だと、私が悪として君臨する時間も暇もないからだ。
(ほんと、勘弁してって感じよね)
いつになっても悪役らしい振る舞いが出来ない現実を、私は改めて不満に思うのであった。
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