080 証拠集め1
グールを狂わせる薬物、ブラッドオブグールことBG。原材料は人間の血肉という、この世で最もおぞましい薬である。
その薬の製造、流通、販売を一手に担っているのは、ハーヴィストン侯爵家。私がお世話になっているモリアティーニ侯爵家と並び、ローミュラー王国で古くから続く名家と名高い家らしい。
『そもそもハーヴィストン侯爵家は、グール派。我がモリアティーニ侯爵家は人間派と、かねてより敵対していたんですよ』
ロドニールの説明によると、まさに両家は因縁の仲らしい。
よって、一連の計画をロドニールによって聞かされた、モリアティーニ侯爵は。
『ふむ、いずれは叩かねばならぬと思っておった所じゃ。オミッドの奴を叩けば、他にもホコリは出るじゃろう。あの若造の苦しむ顔が見ものじゃな。グハハハハ』
などと、大変嬉しそうだったらしい。
因みにオミッドとは、ハーヴィストン侯爵の名前のようだ。
私からするとハーヴィストン侯爵は全然若造ではない。しかし歩く生き字引き。現在生き残る私達の誰よりも歳を重ねている、モリアティーニ侯爵から見たら、大抵の人が若造に見えるのは致し方ない。
そんなわけで、誰に反対されるでもなく、むしろ大手を振り、ハーヴィストン侯爵を私たちが叩く事に、みんなが賛成してくれた。
私としても、この計画には乗り気だ。というのも、BGのせいで、ある意味人生を狂わされたような所があるから。
そもそもギルバートがBGを飲まなければ、予定通りフェアリーテイル魔法学校を、ルーカスと共に無事に卒業出来るはずだったのである。そんな個人的な恨みもあり、意気込んでハーヴィストン侯爵家を叩くつもりでいた。勿論その方法は武力一択。全てを破壊してやるぞという、脳筋極振りの勢いだったのだが。
何やらルーカスの頭の中には成功への道筋。そのプランが綿密に練られているとのこと。
『これが成功したら、戦争は一気に収束に向かうはずだ』
自信たっぷり。久々明るい顔をしたルーカスを前に、私は黙って従うことにした。
そのプランの中で私は、ハーヴィストン侯爵家から、BGに関する帳簿を秘密裏に手に入れるという役割を与えられた。そして現在、その任務を達成するため、私は素性を隠しハーヴィストン侯爵家に潜り込む寸前といったところ。
私とロドニールは、玄関前に付けられた馬車から降車している。
「お気をつけ下さい」
いかにも紳士といった感じ。タキシードに身を包む、ロドニールが馬車から降りる私の手をとる。
因みに、本日の彼は魔法でその容姿を変更させているので、いつもの金髪碧眼の凛々しい姿ではない。この国で一番多いとされる、ブラウンヘアーに茶色い瞳をした、わりとどこにでも居そうな青年の姿となっている。
個人的な願望を述べると、折角の舞踏会なのでいつもの見目麗しいロドニールのまま参加して欲しかった。とは言え、今日の舞踏会は遊びではない。立派な任務なので我慢だ。
「ありがとう」
ロドニールにエスコートされ、馬車から優雅に降り立つ私も、変身魔法で容姿を変えている。
自慢のピンクヘアーはブロンドに。そして空色の瞳は、グレーへと変更済だ。着ているドレスは、これでもかと、ふわふわとチュールが広がる薄緑色。これはモリアティーニ侯爵に急遽仕立ててもらった、いわゆる勝負服である。
「何だか緊張しますね」
ロドニールは小声で囁くように告げる。
「そう?私は今、とても嬉しいけど」
「嬉しいですか?」
「そう、嬉しいの」
私はついうっかり緩みそうになる口元を、ギュッと結ぶ。そして、久しぶりに目にする、玄関口となる半円形のアーチを見上げる。
前回訪れた時は、バスケットの中からチラリと確認しただけだった。しかし現在の私はあの時と同じ、変身魔法で容姿を変更しているとは言え、マンドラゴラではない。立派な人間の姿だ。
私は雨樋の上に飾られた、ガーゴイルの像を仁王立ちで見上げる。
「くくく、ようやく帰ってきたわよ」
マンドラゴラに変身させられた時に受けた、数々の嫌がらせ。それに対する、復讐の幕開けである。
***
現在私は、無事潜入に成功し、ハーヴィストン侯爵邸で行われる舞踏会に参加している所だ。
荘厳な雰囲気が漂う高い天井には、壮大なシャンデリアが垂れ下がっている。きらびやかで、ゴージャスな照明に照らされるこの空間には彫刻が飾られ、いかにも手の込んだ装飾的な木の床が一面に敷かれている。
壁にかけられた鏡に反射する光が、部屋の華やかさを倍増させていた。
そんな中、ホールの中央ではハーヴィストン侯の一人娘である、ラベンダー色のドレスに身を包んだリリアナが、婚約者であるルーカスと仲睦まじく踊っている。
(そっか、まだ婚約破棄してないんだ)
私はその事実に少しだけガッカリする。
私の記憶が正しければ、ルーカスはフェアリーテイル魔法学校を卒業したら、リリアナと婚約破棄すると言っていた。けれど実際には、ルーカスは私と同じ。卒業ではなく中退だ。よって、婚約破棄していない。それは至極当たり前の事だと、私は自分を納得させる。
「気になりますか?」
カクテルグラスを口につけたまま、優雅に踊るルーカスたちを眺める私に、ロドニールから声がかかる。
「お似合いだなって、そう思うだけ」
私はリリアナの姿を遠巻きに眺めながら、素直に思った事を告げる。
ルーカスと同じグールであって、親の仇もないリリアナはルーカスにお似合いだ。
「確かに、絵になる二人ですね」
「えぇ」
「ところで……」
ふいに、ロドニールの視線が私の背後へと向けられる。
「ん?」
「ハーヴィストン候が、お見えになりました」
「なるほど」
私が振り返ると、そこにはタキシードに身を包む老年の男性、ハーヴィストン侯爵の姿があった。やや小柄でありながら、鋭い目つきと程よく皺が刻まれた顔は、何となく計算高い性格を表しているように思えた。
(あんな顔してたっけ)
短く刈り込まれたヒゲといくぶん薄くなった髪の毛を眺め、そんな感想を漏らす。もっと観察したいと思うも、舞踏会の主催者であるハーヴィストン侯爵は、すぐに多くの人に囲まれてしまった。
「彼が広間にいるうちに」
ロドニールが私の耳元で囁く。
「そうね」
今日の目的は、ルーカスとリリアナのダンスを眺める事でも、ハゲ親父を観察する事でもない。
(悪事の証拠を発見しないと)
気合を入れ直した私は、ハーヴィストン侯爵に挨拶をしようと集まる人の波をかき分け、広間の出口へと向かったのであった。
お読みいただきありがとうございました。
更新の励み、次作品への養分になりますので、続きが気になるなー、おもしろいなー等、少しでも何か感じていただけましたら、★★★★★からの評価やブックマーク、いいね等で応援していただけるとうれしいです。




