074 いつだって、別れは突然訪れる3
三年ぶりに再会したルーカス。
たずねたいことは山ほどある。
しかし、その前に、早急に指摘せねばならぬ事が、私にはあった。
「悪いけど、どいてもらえる?」
私の上に馬乗りになり、こちらが苦しくなるほど私をギュッと包み込むルーカスに告げる。
久々の再会に嬉しくなる気持ちはわかる。私だってルーカスに会えて嬉しい。しかし、現実問題として、私とルーカスは恋人ではない。よって、この距離は不適切極まりないものだ。
「どいて」
「……やだ」
「どいてほしいって言ってるの」
「断る」
「重いんだってば!」
「うわ」
強引に押し退けると、ルーカスはバランスを崩し、尻餅をつく。さすがにちょっと強くやりすぎたかなと思ったが、構わず私は体を起こす。
「……痛いし」
「自業自得よ」
「相変わらず君は、俺に冷たいんだな」
ルーカスは嬉しそうに言うと、私の隣で身を起こし、服についた埃を払う。そして地面に膝を抱え座る私に向き直った。そしてなぜか突然、私の首に手を伸ばしてきた。
「ちょっ……」
「ごめん」
謝りながら、彼は私の首筋に触れる。くすぐったさに思わず身をよじるが、ルーカスの手は離れない。
「赤くなってる」
「……」
「跡をつけるつもりはなかったんだけど……。本当にごめん」
どうやら、先程まで私の首を絞めていた。その自覚はあるようだ。
以前は私を襲った事を覚えていなかった。しかし今はしっかりと覚えている。
この事実は、確実に彼の中で起こった変化だ。
(まさかグールとして成長してるとか?)
自分で思いつき、それはあまり嬉しくない成長だと、私は密かに思う。
「跡をつけるどうこうの前に、私を食べようとしていたくせに」
「それは……否定しない」
「ねぇ、一体何があったの?」
私の問いに、ルーカスは困ったように頭をかいたあと、ふっと息を吐き、真剣な眼差しを向けてきた。
「全部話すよ。だからまず、落ち着いて聞いてほしい」
「わかった」
私がうなずくと、ルーカスは静かに語り始めた。
「君が王立学校でギルバートを……」
「殺したわ」
言いにくそうなルーカスの代わりに、私は事実を口にする。するとルーカスは瞳を揺らし、悲しげな表情のままうつむいた。
「そうだね。あの時ギルバードはBGを使用し、理性を捨てる代わりにグールとしての本能を覚醒させた。だから君はそうするしかなかった。そして俺はあの時、君を救えなかった」
ルーカスは私をかばうような言葉を発し、まるで自分の責任であるかのように、暗い表情を見せる。しかし彼が罪悪感を感じる必要は一切ない。
これは私が抱える罪なのだから。
「間違ってるわ。あの件にあなたは関係ない」
「……」
「私は、自分が生き残るために彼を殺した。他の理由はない」
口にしながら、ギルバートがあの時手にしていた赤い小瓶を思い出す。
最初に目にした時は、BGという単語の意味も効能も一切わからなかった。けれど後にそれが、グール側では当たり前に使われる戦闘薬の一種とされる『ブラットオブグール』という名前の経口薬だと言う事を知った。
そしてBGはルーカスが口にした通り、理性を差し出す代わりに、無理やりグールとしての力を覚醒させる薬だ。
三年前、どうしてギルバードがBGを飲んだのか、それは一生解明されない。
(だって彼は私が殺したから)
全てのキッカケとなるギルバートの件は、私の運命が大きく動き出した事件として、死ぬまで忘れる事はない。ただ、ギルバード個人に対して思うのは、今となってみれば、数多く倒したグールの内の一人だと、どこか冷めた気分になるということ。
私が殺してきたグールの先頭に立つ人。その後に続くグールの数を思えば、もはや霞むほど遠くにいる人だ。
(結局戦争なんてそんなものだから)
私は無惨に破壊された街並みを思い出す。
自分が生き残るために、立ちはだかるものを破壊し、殺戮する。そして巻き込まれた人たちは、追い込まれ、神経を麻痺させ、どんどんこの国から、グールと人間で、ともに築いたモノを壊していく。
勝っても負けても、あとには傷しか残らない。
それが戦争だ。
「生き残った先に何が残されているんだろう」
ぽつりと呟く私の声に反応するように、隣にいるルーカスが顔を上げる。
「俺たちは……グールは、人を食いたいと思う欲求を抱えている以上、争う事しか出来ないんだ」
ルーカスの言葉を聞きながら、私は視線を落とす。
彼の言う通り、グールと人間の関係は、捕食する者とされる者で間違いない。
「でも、クリスタルがある限り、グールの欲求は抑えられているはず。わざわざBGなんて物騒な薬を作って、人間に刃を向けているのは、グール側だわ」
私はそもそもの原因を指摘する。不毛な戦い。その火種を落としたのは、現国王であるランドルフだ。
「そうだね。でもグールはクリスタルに抑制されているだけで、人間を食べたいと思う気持ちを常に抱えているものだ」
「そうなの?」
「前に言っただろ、俺は君をずっと食べたいと思ってるって」
まるで三年前に戻ったかのように、おどけた調子でルーカスは私の頬に手を伸ばす。その手を軽くはたき落としながら、私はたずねる。
「つまり、グールがBGを使うリスクを背負ってまで、人間側に攻撃を仕掛けるのは、食べたいからってこと?」
ルーカスは私に叩かれた手をさすりながら、ゆっくりと口を開く。
「グールは長いこと自分たちの抱える根本的な欲望を抑え、人間と共存するために、さまざまな方法を模索してきた。しかし、抑えることができない欲求に苦しみ、精神的な問題を抱える者が多くいるのも事実だ」
「だから、あなたのお父さんはこんな狂った事を始めたの?」
私は失礼を承知でたずねる。そんな私の問いかけに、ルーカスは苦笑しながら答える。
「そもそもグールの体が本来必要とする栄養素やエネルギー。その中に人間の肉があるだけだ。しかも人間を食する事が出来ないグールの寿命は短いらしいし。誰だって長生きしたいだろ?そういうこと」
私は返事に、困り果てる。
大抵の人は、長生きしたいと願うだろう。だけど私は今日の今日まで、いつどこで死んだとしても、それは仕方がないと思っていた。
そう思う原因は、ルーカスが目の前から消えて、全てにやる気が起きなくなっていたからだ。
それに正直、終わりの見えない、日々殺しあうような生き方に、疲れているという事もある。
「ルーカスは、今まで何をしてたの?」
私は未だ答えを明かされていない質問を投げかける。すると彼は少し考え込むように顎に手を当てた後、静かに告げた。
「ギルバードの事件後、俺には記憶がない時期がある」
「記憶喪失ってこと?」
私はそんな事があるのかと、素直に驚く。
「どうやらその間にBGの改良版のようなもの。無理やりグールに覚醒させられるような物を、俺はこの体に埋め込まれたようだ。お陰で魔力欠乏症が治ったけど」
「どういうこと?」
「グールとして覚醒させるだけでなく、グールの力そのものを強化させるものが、俺の体に入っている。その結果、体内の魔力をせき止めていたものが排除されたらしい」
ルーカスはひとごとのように口にした。そのせいで、喜ぶべき事なのか、悲しむべき事なのか、私には判断出来ない。
「よくわからないけど、今グールになってって言ったら、なるってこと?」
「あぁ。BGを飲めば。ただし、理性を失う。だからまた君を襲うだろうけど」
「……」
当たり前のように発せられた言葉に、私は思わず眉をひそめる。
(襲われる身にも、なってよ)
心で愚痴り、ふと、どうしても尋ねなければいけない事を思い出す。
「そう言えば、死霊魔法を使ってたけど」
死者を蘇らせ、その寿命を操ると言った、自然の理に反する死霊魔法。その性質から禁忌とされている魔法をルーカスは操っていた。
(さすがにあれはやばいと思う)
悪に身を染めている私でも、手を出すのは躊躇する魔法だ。
それなのに、ホワイト・ローズ科に選ばれた善なる心のルーカスが何故、悪の代名詞である死霊魔法に手を出したのか。
私は、ルーカスの答えをジッと待つ。
「あれは君を生き返らせようと思って」
「は?」
「だから死霊魔法で」
「私は生きてるけど」
「君に会いたかったから」
そう言い切ったルーカスの表情に迷いはない。
(変わらないな)
昔からルーカスは自分の感情を包み隠さず私にぶつけてくる。当時はその真っすぐさが、鬱陶しく感じていた。けれど、今は不思議と懐かしく、心地良いと感じてしまう。
「ギルバートの件の後、わずかに残された俺のあいまいな記憶の中だと、君は死んだ事になってた。そして、殺したのは俺で君を食べたって。そう言われたし、だから、ずっとそう思ってたし」
「……なにそれ」
私は呆れた様子を隠すことなくため息をつく。
「そもそも、私はグール側ではKOS。見たら即殺すレベルで恨まれている有名人のはずなんだけど」
「そうなんだ」
「そうなんだ?」
私はルーカスが知らないといった様子で答えた事を不思議に思う。
「そもそも、あの日。王立学校から急いで君をモリアティーニ侯爵邸に送り届けた日のことだけど。帰りに俺は、父の命で動く者に、あっさり拉致されたっぽいんだ」
「は?」
私は口を開けたまま固まる。
「両親は、俺が出来損ないのグールであることに、我慢ならなかったんだろうな。だからフェアリーテイル魔法学校を辞めさせようとしてたし、願わくは、俺の体を改造したかったんだと思う」
ルーカスは私を見つめると、寂しげに微笑む。
今の話が事実だとすると、ルーカスは実の両親に監禁されたという事になる。
(やっぱりとんでもない親なのかも)
私は言葉にこそ出さなかったが、いつだったか、フェアリーテイル魔法学校の事務員、人魚のメーテルが「愛する息子の意見を尊重しない母親など、いないほうがマシだと思います」と、軽蔑するように口にしていた事を思い出す。
(全くその通りだわ)
数年かけて、私はメーテルに同意する。
「今でも、俺の記憶の中では、確かに俺が君を食べた事になっているんだ。そして、君の魔力を感じるまで、俺は君という存在すら忘れていたんだ」
「でも私はずっと生きてたわ。それって、あなたは記憶を、誰かに操作されたってことじゃない?」
「多分それも父にやられたんだと思う。魔法で出来ない事はないだろう?」
確かに記憶を操作する魔法は存在する。けれどそれは、禁忌魔法であって、迂闊に手を出していいものではないはずだ。
(でも、ルーカスも死霊魔術に手を染めていたし)
この国の、特にグール側の秩序は乱れまくっているのかも知れない。
「記憶を操作って、一体どうしてそんな事をするのよ」
「俺を、父さんの目指す理想社会を築く駒として、都合よく使うためだろうな」
ルーカスは目を細めながら、どこか遠くを見ている。どこか諦めているような、少し大人びた表情で、まるで世界を達観しているような表情だ。どちらにせよ物悲しい雰囲気を漂わせている事だけは間違いない。
(この三年間、一体何があったのよ)
時間がいくらあっても足りないと思えるほど、ルーカスに対し、問い詰めたい、聞きたい事は山ほどある。
けれど、ルーカスが私にしたこと。父と母を殺したことは許される事ではない。
(今すぐ復讐したって許されるはず)
そう思うのに、よくわらない物を勝手に体に埋め込まれ、記憶まで改ざんされたルーカスの事情を聞き、私は同情する気持ちを抱かずにはいられなかった。
それはきっと認めても、一生口にする事の出来ない厄介な気持ち。
私はルーカスの事が好きだからだ。だから彼をここで殺す事はしたくないと思ってしまう。
その事を改めて気付かされた私は、情けない気持ちと共に、大きくため息をつくのであった。




