007 同室の彼女
新入生で一番最後に到着したらしき私が、事務手続きを済ませる頃には完全に日も暮れていた。
「今日は各自、部屋で顔合わせと荷解き。夕飯はこの紙に書いてある時間に食堂へ。良き学校生活が送れますように」
事務員である鼻の高いノームの女性に分厚い書類を渡された私は、一人女子寮の前に案内される事となる。
「さぁ、扉を開けて」
言われるがまま、美しいセイレーンの装飾がなされた白い扉を開けると、魔石灯で照らされた、薄暗い廊下が目の前に広がっていた。
「あの」
部屋まで案内してくれるのだろうかと、振り返るも既に事務員の姿はない。
どうやら自力で辿り着く必要がありそうだ。
「Bエリアの三十号室か……」
私は壁にかけられた部屋の位置が記されたマップの前に立ち、自分に割当てられた部屋を確認する。
どうやら住まいとなる女子寮内は、WとBと記されるエリアに別れているようだった。
(Wはホワイト、Bはブラックだろうな)
理解した私は、Bエリアに向かう木製の階段をのぼる。ギシギシと音を立てる階段の踏み板は、一部すり減った感じで白っぽくなっていた。
私は学校の歴史を感じる、幅広になった階段を三階まで上り、またもや廊下を奥に進む。そして該当する部屋の前にとうとう辿り着く。ドアノブには入室を阻むように、頑丈そうな鉄の装飾が施されている。
(牢屋に送られる罪人みたい)
落ち着かない気持ちになりつつも、私は一呼吸したのち部屋のドアをあけた。
「ノックぐらいしなさいよ」
既に部屋の中にいた少女に叱られた。
「ごめんなさい」
その通りだと思った私は、とりあえず謝っておく。
「まぁいいわ。早く入って」
慌てて、室内に滑り込む。
「私の名前はナターシャ。実家はスノーリア王国のアップルトン家、特技は美味しいりんごの見分けかた。ま、そんなとこね」
同室になった子、ナターシャは、制服を見る限りブラック・ローズ科のようだった。
彼女の髪は、青みがかった深い黒色で、真っ直ぐで滑らかな質感を持っていた。彼女の瞳は、鮮やかなエメラルドグリーン。まるで宝石のように輝く瞳は、私を見極めようとしているのか、忙しなく動いている。
「私は」
「ルシア・フォレスター。ローミュラー王国から追放された一家の娘でしょ?」
悪びれる事もなくあっさり告げられ、私はどう反応して良いのか分からず、視線を逸らす。
「別に気にする事はないわよ。ここでは、誰もあなたの事なんて気にしないだろうし」
「……そう、なんだ」
「そうよ。因みに私は二百年前から続く魔女の家系の末裔。よってあなたの両親とは積み重ねてきた悪の長さというか、重みというか、そもそもの知名度が違うってわけ」
ナターシャは腕を組みながら得意げに語る。それに対し、私はどう返すのが正しいのか、やっぱりよくわからない。だからナターシャの高く通った鼻筋を無言で見つめる。
「つまり、何が言いたいかというと、二百年前に、たかが小娘を殺そうとしたくらいで、焼けた鉄の靴を履かされ、死ぬまで踊らされかけた私の子孫に比べたら、あなたの両親はたかが、婚約破棄のち国外追放された程度ってこと」
「たかが?」
そんな風に思った事がなかった私は、思わず聞き返す。
「そう。たかがよ。二百年の積もり積もる白雪一族に対する恨みの上誕生した私の方が、遺伝子レベルで悪の心が深く刻まれている。よって私はエリートってこと」
「なるほど」
「理解できた? それなら良かった。じゃあ早速だけど、私はこっちの机を使うから」
ナターシャが壁に沿って置かれた古めかしい二台の机の内、右側に早速荷物をドスンと置いた。中でも一際目を引くのは、黒に近い紫色のシルクで包まれた、謎の大きな楕円型の物体だ。
「ファーストインプレッションは大事なの。何だか我が家の家宝はここに置くべきだと、悪魔も囁くし。だから私の机はこっちでいいでしょ?」
ナターシャは、壁に立てかけるようにして、机の上に謎の楕円の物体を置いた。既に右側を使う気満々のナターシャを前に、悪魔が囁くならば仕方がないと私も何となく納得する。
「……どうぞ」
快くナターシャに右側の机を譲った。
そして私も、既に部屋に届いていた自分の荷物の前にしゃがみ込む。
「それにしても、古き良きと言えばいいけど、イマイチ個性に欠ける部屋よね」
ナターシャは眉間にシワを寄せながら、ぐるりと部屋を見回した。
(そうかな。随分と居心地が良さそうだけど)
全体的に暗い雰囲気で、古い時代のゴシック建築を思わせるような装飾が施された部屋。天井から下る黒いシャンデリアには、ろうそくの炎に似た色で室内を照らす魔石がゆらめいでいた。
机は勿論のこと、木製のベッドフレームには細かい彫刻が施されており、私から見たら十分豪華な逸品に思えた。
外に面しているであろう窓の上部には、彫刻されたガーゴイルが飾られており、いかにもな雰囲気を醸し出している。
「学費たかそう。あ、そう言えば、私のドレス」
一通り部屋の中を確認した私は呟く。喜んで袖を通した訳ではない。とは言え母が私を思い、自ら仕立ててくれたドレスだ。コルセットを締め、ドレスを着る事に異論はあるが、母が私を想う気持ちに罪はない。
「ドレスは次に着る時まで、寮のドレス室で預かってくれるそうよ。しかもクリーニングもしておいてくれるって」
ナターシャが私の疑問に答えてくれた。
「制服はちゃんと変えが用意されてるみたい。これで汚しても、誰かの服を切り刻んでも大丈夫ってこと。くくく、意地悪のしがいがあるわよね」
クローゼットを開けたナターシャが、吊るされた制服に満足げな声をかけている。
「それで、ルシアはホワイト・ローズ科に組分けされた、あの人と付き合ってるの?」
ナターシャはこちらを振り返ると、脈絡なくたずねてきた。
「付き合ってる?」
「恋人同士かってこと」
「それは間違った認識だと思うけど」
私は魔法の鞄の中から、入学準備で揃えた学用品を机の上に並べていく。
学校に行く事は嫌だった。けれど自分だけの、しかも新品の筆記用具を揃えてもらえた事はとても嬉しく思う。
「でもいい感じだったじゃない」
「いい感じ?」
「手を繋いでいたでしょう?」
(なるほど)
確かにはたから見たら、いい感じに思われても仕方がない。そんな状況ではあった。
「あの人とは今日初めて会ったし、そもそも将来の復讐相手だから、いい感じになる事はないと思う」
「何その歪な関係。めちゃくちゃクールね」
ナターシャが目を輝かせる。
「そうなのかな」
自分をめちゃくちゃクールだと思えない私は、曖昧な言葉を返しておく。
「実は私にも好きな人がいるの。ま、叶わぬ恋なんだけど」
突然告白したナターシャは、切なげにエメラルドグリーンの瞳を揺らす。
「叶わぬ恋って、どういうこと?」
「一方的な片思い中ってこと。あ、特別に見せてあげるわね」
子鹿のように可憐なステップを踏み、部屋を横断したナターシャは、魔法の鞄の中から、一枚の絵を取り出した。そして私に向かって丸まった絵をベロンと広げた。
ナターシャが自慢げに私に向けたポスターには、路地裏のような場所でこちらを睨みつけるように立つ、四人の青年が写っていた。真ん中には、血が滴るような赤文字で、『反逆の唄を轟かせろ!』と大きく描かれている。
「これは?」
「私が追っかけているインディーズのパンクバンド。『血みどろ紳士』よ。そしてこれが、ボーカルのブルーノ。人を窒息死させかける勢いで、めちゃくちゃ格好いいでしょ?」
ナターシャが小さな手で示すのは、まるでニワトリのとさかのような髪型。通称モヒカンヘアーの、鋭い目つきをした青年だ。こちらに怒りをぶつけるような表情をしているが、よくよく見るとそれぞれのパーツが整っており、かなり見た目に美しい男性だ。
「この人があなたの好きな人?」
「そ、私の推しメンよ」
「おしめん?」
聞き慣れぬ言葉に私は首を傾げる。
「推しメンとは、私の最愛のメンバーってこと」
「なるほど」
正直「推しメン」について良く理解できていない。けれどナターシャが青髪とさか頭の彼に、並々ならぬ熱い思いを抱いている。それだけは私にもしっかりと伝わった。
「因みにこっちが通称、『時計じかけの首吊りピエロ』こと、ギタリストのフレディ・ブラックウッド。二番目に好きなのがこの人なんだ」
ブルーノの隣で、こちらに舌を出している青年を指さしながら、ナターシャが、得意げに語る。
「みんな個性的な見た目をしているんだね」
格好いいかはよくわからない。けれど、不思議と嫌悪感は感じない。
「そうよ。全員、目が合っただけで心臓が止まるくらいイカれてるの」
「ふーん」
「そしてこっちが、ドラム担当のアビー、それでこっちが……」
ナターシャは次々に、ポスターに写る人物を私に紹介していく。
「とにかく、私は彼らを神として崇め奉っているの。ちなみに彼らは皆、貴族階級の出身なんだけど、社会の常識や体制に対する不満を叫び、反逆のメッセージを叫んでるってわけ。そのずるがしこいマーケティング戦略もグッとくるでしょ?」
「へー、すごいね」
私は感嘆の声をあげる。
「というわけで、このポスターを貼りたいから、私は壁側のベッドを使わせてもらうわね」
「どうぞ」
十分な熱量を浴びせられた私は、素直にナターシャの望むベッドを譲った。
「ありがと、あなたって、意外にいい子ね」
ナターシャが鼻歌を歌いながら、早速ベッド横の壁に『血みどろ紳士』とやらのポスターを貼り付けはじめる。
その姿をぼんやり眺めながら思う。
私は人付き合いが上手ではない。そう思って諦めていた。
けれど、ナターシャとは、普通に会話が出来た。
私はふと、学校案内パンフレットの表紙に掲載されていた、生徒達の胡散臭いと感じた笑顔を思い出す。
(もしかして、あの人達は……)
本当に心から笑っていたのかも知れない。
そんな風に感じる自分に驚きつつ、私はポスターを貼る、ナターシャの姿をジッと眺めるのであった。
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