069 さようなら、フェアリーテイル魔法学校
私がギルバートを殺害し、ルーカスが私の目の前から消えて、三ヶ月が経った。
今現在、ルーカスは行方不明のまま。そして私は、ローミュラー王国において懸賞金付きの凶悪犯扱いされている。
それどころか、現在ローミュラー王国内は私が起こした事件をきっかけに、ミュラーや父が言うように、グールによる人間への取締りが厳しくなってしまった。
正直、私の件を上手く利用したランドルフが、人間をグールの監視下に置こうと、強引に法整備を整えたせいでもある。
その事もあって、虐げられる人間を救うため、王族派の動きも以前と比べ物にならないほど、活発になっている。
良くも悪くも、これら全てのきっかけを作ったのは、間違いなく私だ。
よって今は父と共に、日々グールを討伐する日々を送っている。
そんな状況の中。
私個人としては、結局、実習を最後まで行う事が出来なかったこと。それに加え、このままではルーカスと卒業できない可能性が高いということ。
そして何より、ルーカスのいない学校は物足りなく感じ、全然通えていないこと。
これらの事実を踏まえ、意を決し、学校を退学する事に決めた。
そして本日。久々おとぎの国に戻った私は、退学願いを校長先生に提出したのであった。
***
『甘すぎず、しかしロマンチックな雰囲気になるように』
五年前ナターシャと同室になった時、二人で話し合って決めた部屋のテーマ。
そう決めてからコツコツと協力して集めた、不気味な置物や骸骨が本棚の上に乗せられている。
それらを懐かしい思いで眺めながら、私はぐるりと部屋を見渡す。
部屋の中央を陣取るのは、ナターシャと私のベッドだ。二人でお揃いで買った、黒いフリルのついたベッドカバーの上で、ゴロゴロした思い出が甦る。
ベッドの脇にある壁にはナターシャが入学よりずっと推していて、今やその名を語る詐欺師まで登場する事になっている、血みどろ紳士のポスターがいくつも貼られている。
何より私にとって忘れられないのは、壁に沿って置かれた二つの机。その机をまたぐようにして置かれた、大きな魔法の鏡の存在だ。
学年を追うごとに、執事として驚くべき進化を遂げたアップルトン家に伝わる、不思議な魔法の鏡。
その鏡にナターシャと並んで向き合い、お化粧をして、他愛ない話題について夢中になって話した日々を思い出す。
「なんだかんだ、楽しかったな」
もう二度と戻らない、当たり前に思っていた日々。そして、これからもきっと忘れる事のない、ナターシャとの思い出。
私は一人寮の部屋の中を見回し、大きく息を吐く。
「ちょっと、何しんみりしてるのよ」
突然後ろから声をかけられ振り向くと、そこには今まさに、私の脳裏を埋める人物の姿があった。
青みがかった深い黒色で、真っ直ぐで滑らかな質感を持つ髪。瞳の色は、鮮やかなエメラルドグリーンを持つ、いつも明るい女の子。
「ナターシャ、どうして?今は授業中なんじゃ」
私が聞くと、彼女は呆れたようにため息をつく。
「あんたが戻って来たら、すぐに知らせるように、鏡に命じておいたのよ。全く、メッセージ一つよこさないから、あんたが死んだんじゃないかって、心配してたんだからね」
頬を膨らませたまま、腕組みして私を睨むナターシャ。
「えっと、ごめん」
私が潔く謝ると、ナターシャはフンッと鼻を鳴らす。
「あの、色々あってさ。ルーカスが行方不明になっちゃって」
「知ってる」
「それで、私も色々と事情が変わったって言うか、その……」
私は大事な、決定的な事を口にしなければと思うが、なかなか言えず口ごもる。
「辞めるんでしょ、学校」
私の代わりに、ナターシャがはっきりと告げる。
「……うん。だから、皆にも挨拶しなくちゃと思ってたんだけど、会うと寂しくなっちゃうって言うか」
「ふーん、まぁいいんじゃない?」
「えっ」
もっと引き止められたり、怒られたりすると思っていた。それなのに、あっさりとした返事をするナターシャに拍子抜けする。
「植物オタク君が行方不明になったこと。私だって知ってるし、ローミュラー王国でルシアがグールを殺して、懸賞金付きの指名手配犯になってること。それだって知ってるわ。わりと極悪な道を歩んでるみたいじゃない」
「ははは」
気まずい気分になった私は、視線をあさっての方向に向けながら相槌を打つ。
「でも、それがどうしたっていうの?そんなこと、私達には関係ないわ。私とルシアは親友でしょ?」
「うん」
「それに、親友が凶悪犯なんて、めちゃくちゃ鼻が高いし」
「うん」
「それに……そんなにやつれた姿を見せられたら、文句も言えないじゃない」
ナターシャは突然私に飛びついてきた。私はそのままベッドに倒れ込む。
「ちょ、ちょっとナターシャ」
「ルシア。あんたがどんな人生を選ぼうとも、私は応援するし、親友だと思ってるから!」
私の首元に顔を埋めて、涙声で叫ぶナターシャ。
彼女の温かい体温を感じ、胸の奥底から熱いものがこみ上げてくる。
「ありがと、ナターシャ」
私は泣きそうになるのを必死でこらえ、感謝の言葉を告げる。するとナターシャは、私から身体を離し涙を拭うと、真剣な表情で見つめてきた。
「ねぇ、ルシア。ルーカス君は、死んでないと思う」
「えっ」
まるで私の心を読んだかのような、ナターシャの発した言葉に固まる。
「だって、あんなにルシアのことストーカーしてたんだよ。いつもルシアに軽くあしらわれてたって、それでもめげずにルシアを追いかけ回して。そんなあいつがそう簡単に死ぬとは思えない」
ナターシャが大真面目な表情で告げた言葉は、もはや懐かしい日々そのもの。
私はたまらなく切ない気持ちになる。
「でも、どこに行ったかもわからないんだよ」
私は力なく呟く。
グールと対峙するたび、ルーカスがその中にいないか、この数ヶ月気が気じゃなかった。
それに、ローミュラー王国内でそれらしき人物がいると聞けば、現地に赴いたりもした。
(だけど)
どこにもルーカスはいなかった。
その事にどんなに落ち込んだかわからない。そして、毎日毎日、ルーカスがいない日々を重ねていくに連れ、彼がそばにいない日常を、私は当たり前だと慣れてきてしまっている。
それが現実を生きるということだ。
「ルシアは、あいつのことを信じないの?」
「信じたいよ、でも、いない。それにもしかしたら、私の知らない所で全てを捨てて、幸せになってるかも知れないし」
私の父は、目の前に迫る運命から逃げようとした人だ。
(結局は敷かれたレールの上に、強制的に戻されてしまったけど)
王子という肩書から逃げようとしたという、事実はある。
だからルーカスも同じ。彼が抱える、半グールに、魔法欠乏症。それらに嫌気がさし逃げ出したという可能性だって、ないとは言い切れない。
「私はルシアほど、ルーカス君のことを知らない。それでもルシアと離れる未来を、あいつが自分で選ぶとは思えない」
私は何と返していいか分からず、ナターシャから顔をそらす。
「まぁ、ルーカス様の次は、ナターシャ様とそういう関係に」
部屋の入口付近から突然声が聞こえ、ナターシャが私の上から慌てて飛び退く。
「まぁ、私にとっては、好都合ですけど」
ベッドから立ち上がり、私達の部屋に侵入してきた人物を確認する。するとそこには、私が負けっぱなしだった人物がいた。
「エリーザ様……」
「ごきげんよう、ルシア様にナターシャ様」
エリーザが優雅に微笑む。
「その節はどうも」
「お世話になりましたわ」
エリーザの背後から顔を出したのは、いつぞやルーカスの温室でお茶をした、彼女の取り巻きらしき二人組。
(確か……)
ジッと顔を見つめ、思い出そうとするも駄目。一向に、二人の名前を思い出せそうもない。
「それにしてもなんて趣味が悪い部屋なのかしら」
「気分が悪くなりそうですわ」
「悪霊が住みついていそうですわね」
久しぶりに顔を合わせたエリーザ達は、私達の部屋を見回し顔をしかめた。
「ちょっと、ホワイト・ローズ科の生徒が何の用?」
ナターシャが眉間にシワを寄せながら、腰に手をあて、エリーザ達を睨みつける。
「ルシア様が、放校になったと聞いたもので」
「ええ、速報で知りましたの」
「もっぱらの噂でしたわ」
「放校じゃないんだけど。正しくは自主退学よ」
私は立ち上がり、エリーザ達に近づこうとして。
「その鉢植え……」
エリーザの両手に、扇子の代わりに握られた鉢植えに目が釘付けになる。
「これはルーカス様より園芸部が、勝手に引き継いだ、マンドラゴラの鉢植えですわ」
「しかもルーカス様が一番可愛がっていらっしゃったものですの」
「名前は確か、ドラゴでしたっけ」
得意げな笑みを浮かべる三人。どうやら儚く散ったドラゴ大佐から株分けしたマンドラゴラのようだ。
「ドラゴ大佐……」
私が最後に見た時よりずっと、大きく育つ葉に自然と涙が溢れそうになる。
「ルーカス様にお会いするまで、この子を預かって欲しいのよ」
エリーザが私にドラゴ大佐の埋まる鉢植えを押し付ける。私はそれを受け取り、紫に色づく花を見つめた。
そして今は亡き、ドラゴ大佐の跡を継ぐマンドラゴラが、立派に成長している事に感激する。
「性格的に少し厄介で」
「私達の手に負えないの」
エリーザの取り巻き二名が、わざとらしい言い訳を口にした。
「でも、マンドラゴラを勝手に持ち出して大丈夫なの?危険植物は学校で個数管理されてるんでしょう?」
ナターシャが心配そうに尋ねた。
「罰は受けるつもりですわ」
エリーザの口から飛び出した言葉に私は驚く。
「正気なの?ホワイト・ローズ科ではそういうのいけないんじゃないの?」
私同様、ナターシャも目を丸くしている。
「その代わり、私があなたを階段から突き落としたこと。それを内密にして欲しいの」
「やっぱり、エリーザ、あんたが犯人だったのね!!」
ナターシャが苦笑いを浮かべるエリーザに詰め寄った。
「まさか、あんなに運動神経が悪いと思わなくて」
「思いの他、綺麗に転び落ちたし」
「私達も呆気に取られちゃって」
悪びれもなく口々に弁明する三人組に、ナターシャの怒りゲージがマックスになっている。
(今思うと……)
私はずいぶんと可愛らしい事で、復讐だ、許さない、そんな風に怒っていたのだと思った。
私がグールとは言え、人を殺していること。それに比べたら、階段から突き落とすなんて、可愛い意地悪だ。
「わかったわ。マンドラゴラに免じて許す」
「えっ、それでいいの?あんなに怒ってたのに」
あっさりと怒りを鎮めた私に、ナターシャが納得いかないといった表情になる。
「うん。あれはもう、いい思い出になったから」
「なんか、大人ぶってる。ルシアっぽくない」
口を尖らすナターシャに、私は笑顔を返す。
「まぁ、でも。これで貸し借りはなしだから。それとこの子を、枯らさないでいてくれてありがとう」
私は三人に軽く頭を下げる。
「お安い御用でしたわ」
エリーザが満足そうに微笑んだ。
「何だかハッピーエンドって感じで、寒気がする」
ナターシャが、ブルリと大袈裟に体を震わせた。
「あら、ハッピーエンドの何処か悪いのかしら」
「そうよ、鬱エンドより、ずっといいわ」
エリーザの取り巻き二人が、ナターシャの言葉に反論する。
(あ、アイリスとオリヴィア)
二人の名前を突然思い出した私は「これでもう思い残すことはない」とスッキリとした気分になった。
そして良くも悪くも、溢れる様々な思い出と共に、みんなの顔を覚えておこうと、最後にしっかりと四人の顔を目に焼き付けたのであった。
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