068 行方不明
意識が遠のいていく。痛み、怒り、悲しみ、それらが一気に私を襲い、全身が痺れるような感覚に襲われる。
(やっぱり私は死ぬの?)
そう諦めかけた瞬間、私はルーカスに抱きしめられたような気がした。彼の顔は見えないし、高い確率でルーカスがまとう、植物や土の香りもしない。
けれど今この瞬間、私を支えてくれるのはルーカスだとわかった。
「ルシア、君は」
(私は食べられかけたのよ。だから仕方がなかったの)
説明する言葉を口にしたいのに、頭は朦朧とするし、体が重くて仕方がない。
「――最初は君だってそうだったじゃないか」
「しかし」
ぼんやりとした感覚に襲われる中、私の脳裏にミュラーと、父のやけにクリアな声が響いてくる。
「君だけじゃない。君の子孫もみな、グールを初めて、己の手で始末した時、ショック状態に陥り、私の所に運ばれている。彼女もまた、同じ道を歩み始めたという証拠だ」
「それは」
「君の娘、ルシアも例外ではないということ。ただ、それだけだ」
「だが」
「グール対人間が表立って衝突する。そろそろ君もその覚悟を決めた方がいい。ルシアが始末したグールは、ランドルフの取り巻き、シュトラウス伯爵家の息子なのだろう?」
「ああ。そうだ」
苛々とした様子のミュラーの声に、絞り出すような父の声が続く。
「グール派であり、現在の騎士団を束ねるシュトラウス伯爵家を敵に回したんだ。奴らは何としても息子の敵を取ろうと、ルシアを狙ってくるだろう」
(え、そうなの?)
ミュラーの言葉に「それはまずい」と、私は目を開ける。
「おやおや、目が覚めたようだ」
声の主を探すと、私が寝そべるベッドに腰を下ろすミュラーの姿を発見する。
相変わらず左右を白と黒にわけたおかしなスーツに身を包み、見た目は幼い少年のまま。
(成長しないのかな)
初めて合った時から変わらぬ姿のミュラーを、ジッと見つめる。
背後に映る背景が、真っ白な空間である事から、私はここがクリスタルの中だと気付く。
私は状況を確認しようと、頭を横に向ける。するとミュラーは、私に向かって微笑みかけた。そして、「さあ、これを飲みなさい」と言い、水の入ったコップを差し出してきた。
私は横たわるベッドから半身を起こし、コップを受け取る。
「君は、自分の身に何が起きたか。それを覚えているかい?」
コップを私に手渡したミュラーは気遣うよう、優しい笑みを浮かべたまま問いかけた。
私はコップの端に口をつけたままコクリと首を縦に振る。
「そうか。ならば話は早い。君はグールに襲われ覚醒した。そして初めてグールを己の手で殺し、興奮状態に陥った。つまり、君の体は強制的にシャットダウンしたというわけだ」
私は水を飲みながら、早口で説明を口にするミュラーを見つめる。
「心配せずとも大丈夫だ。ここはクリスタルの中だからな」
「……どうしてここに?」
「ロドニール様がお前を屋敷に運んで来て下さったんだ。学校が混乱しているうちに、ルシアを匿っておいた方がいいとね」
ミュラーに代わり、ベッドの脇に用意された椅子に座る父が、説明してくれた。
「ギルバートは?」
「死んだよ」
ミュラーがその言葉に対する、自らの思いを隠すかのように、抑揚のない声で私に告げた。
お陰で私は、「殺した」という事実にだけ、向き合う事になる。
(そっか、私が彼を殺したんだ)
私は水を飲み干しながら、自分が起こした結果を受け止める。
「おかわりは?」
父の問いかけに私は首を振る。父は手を伸ばし、空になったコップを受け取ってくれた。
「ありがとう」
礼を口にし、私は空いた自分の両手を見つめる。そこにはギルバートを殺した時についた、人間と同じような、真っ赤な血はついていなかった。
(まるで、何事もなかったみたい)
そう思うものの、私はギルバートに対し、明確に、殺す意志を持ち、杖を向けた時の事をしっかりと覚えている。勿論、彼が亡くなった瞬間のことも。
「そっか、あれは私がやったんだ」
私は小さく呟く。
正直ギルバートの事は好きではなかった。とは言え、殺したいほど憎かったわけでもない。
食べられそうになったから、私は彼に杖を向けただけ。
その行為が正しいかどうかは、関係ない。
ただ、私は「食べられたくない」と思い、「食べたい」と願う彼に抵抗した。すると私が勝って、彼が死んだ。
弱肉強食の世界では、よくある光景の一つだ。
「さて、そろそろ本題に入ろうか」
ミュラーがパンっと手を叩く。
「本題?」
「ああ。ルシア、君は既にローミュラー王国において、倒すべき人物だと、グール達よりマークされてしまった」
ミュラーの言葉を私は静かに受け入れる。
グール優位である国で、「正当防衛」を訴えたところで、無駄だ。
(彼らは、明らかに、人間を差別してたし)
私は短い間ではあったが、ローミュラー王立学校でひしひしと感じた、グールばかりを優遇する現状を思い出す。
食堂のメニューから始まり、授業の教材の種類まで。全てグール側に寄り添ったものばかりだった。
そんな社会を当たり前とするこの国で、グール殺しの犯人である私が、追われる身になること。
それは自然の流れだ。
「今ここではっきりとさせておきたい。君はどうしたい? 君の意思を尊重しよう」
「私の意思?」
「ああ。しばらくフェアリーテイル魔法学校でその身を隠すか、もしくはグール達と表立って戦うかだ」
「戦う?」
ミュラーの口から飛び出た言葉に私は、眉間に皺をよせる。
「王立学校という、この国の未来を担う子ども達が通う、もっとも安全であるべき場所で殺人事件があった。しかもグールを殺したのは一人の少女だ」
ミュラーは淡々とした口調で言い切った。
「ルシアが私の子である。それは一部の者しか知らないからね」
父の言葉を受け、私はふと自分の肩下まで伸びた毛先を摘み、顔の前に持ってくる。すると地毛である、見慣れたピンクブロンドの髪の毛が目に飛び込んできた。
どうやら私が王立学校へ行く為に魔法でかけたブラウンヘアーは、いつの間にか解除されてしまっていたようだ。
「誇り高きグールと自らの事を公言する彼らからしたら、人間の、しかもたった十六歳の少女に、シュトラウス伯爵家の跡取りが殺された、という事実しか見えないだろう」
ミュラーが私を真っ直ぐ見つめる。
「その不祥事を挽回するために、ランドルフは人間に対し、より厳しい態度を取るようになる。そして私達は、人間を守らねばならない」
ミュラーの言葉を引き継いだ父が、話を綺麗にまとめあげた。
「つまり君はグールの敵と認識されたってことさ。それを踏まえ、君はどうしたい?」
ミュラーの質問に私は俯き、考える。
(私は……)
「許されるなら、フェアリーテイル魔法学校を卒業したい。あ、ルーカスは、今どこに?」
私の問いに父とミュラーが一瞬、視線を交わす。
「実は、それがわからないんだ」
父は申し訳なさそうに眉を下げた。
「え?」
私は固まる。
「ルシアが王立学校で意識を失った後、殿下はロドニール様と、モリアティーニ侯の屋敷に君を送り届けて下さった。しかしルシアの事で大騒ぎをしている間に、ルーカス殿下は姿を消してしまったんだ」
「姿を消した?」
「ああ。王立学校にも戻られていないようだ」
「フェアリーテイル魔法学校にいるんじゃないの?」
私は確信を持って告げる。
何故なら、彼と同じ学校から実習に来ていた私が、グールを殺した。その事でルーカスは、以前よりずっと、グール達から責められる側になってしまうはずだ。
(だからそれを避けるために、先に戻ったんだよね?)
私はそうに違いないと、父の顔を見つめる。
「ルシアの一件を、フェアリーテイル魔法学校に報告したのだが、殿下は戻られていないそうだ」
申し訳無さそうな顔で告げる父に、私は呆然とした表情を返す。
「ルーカスはどこにいるの?」
「残念ながら私も知らないんだ」
父の答えを聞き、私は唇を噛む。
(なんで?)
あの時、私を助けてくれた彼はどこへ行ってしまったのか。というか、いつもは頼んでなくても、近くにいてくれるのに。
(どうして何も言わずにいなくなっちゃったの……)
今まで感じた事がないくらい、不安な気持ちに駆られる。
(でもきっと、すぐに会える)
私は左手の薬指にはめられた、金色の指輪を右手でなぞる。この指輪がここにあるのが、当たり前だと思うくらい、ルーカスと私は一緒にいるのが普通なこと。
だからきっとルーカスとはすぐに会える。それに私は「ルーカスを卒業させる」と校長先生と約束した。
「わたし……」
指輪がそこにあること。それをしっかり確認しながら、私は二人に向かい。
「私は、学校へ帰るわ」
きっぱりと告げたのであった。
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