067 覚醒する
こちらは、少しお話がR15です。
食事中などは、控えていただくと、幸いです。
謎の赤い液体を飲み干したギルバート。その状況を目の当たりにし、蜘蛛の子のように散っていったリリアナと取り巻き達。勿論その中には、ギルバートとつるんでいる仲間も入るわけで。
つまり私は一人、青ざめ、やたら気分の悪そうなギルバートと取り残されたという状況だ。
「だ、大丈夫なわけ?」
敵対しているとは言え、ここで死なれても困ると、私は一応声をかけてみる。
「ぐっ、くぅ」
「ちょっと、何を飲んじゃったのよ」
胸を掻きむしるギルバートに、私は焦りを覚える。
「ぐぁああああっ」
「やだ、しっかりして」
苦しみ悶えるギルバートに、私は思わず手を差し伸べる。
「ぐふっ、ぐぐ……」
ギルバートは私の手を払うと、キッと睨みつけてきた。しかしその瞳は、見慣れたギルバートのものではなかった。
「あ」
私はかつて今のギルバートと同じ、真っ赤に染まる瞳に睨まれた時の事を思い出す。
あれは確か、ルーカスがグール化した時の事だった。
「うそ、グール化しちゃったってこと?」
息を荒くしたギルバートは何も答えず、ただ静かに私を見下ろす。
ギルバートは肌の色も白く代わり、目の下に黒い模様がにじんでいる。私を睨みつけるその顔つきは、明らかに人間のものではない。
「この状況、やっぱ私を食べるつもりって事だよね」
「グルルル……」
ギルバートが喉を鳴らすような声を出す。そして、ゆっくりと私に向かって手を伸ばした。
「エサ……ガァアアッ」
ギルバートが失礼極まりない事を口にし、私に飛びかかってくる。
「ひゃっ」
間一髪、私はギルバートの鋭い爪を避け、床に転がるようにして避けた。
「グゥウウッ」
「ちょっと、危ないじゃない」
私の抗議を完全に無視し、ギルバートは再びこちらに飛びかかってくる。
「ちょっと、落ち着いて」
戸惑いつつも、私は必死にギルバートを避け、いつでも攻撃できるよう、右手に杖を召喚する。
(でも、いいのかな)
私はフェアリーテイル魔法学校、ブラック・ローズ科の生徒で、現地実習中。
(ここで私が魔法を使って、もしギルバートを傷つけたら)
ブラック・ローズ科の先生達に迷惑がかかるのではないだろうか。
私の脳裏に、懸念する気持ちが浮かぶ。
しかしグールと化したギルバートは、真っ赤な瞳で私を捉え、私を食べようとする気満々だ。
「ダメだ。迷ってる場合じゃない」
私は覚悟を決め、杖を握りなおす。
「喰ワセロォオオオッ」
「そんな簡単に食べられるもんですか」
ギルバートが私に牙を向け、襲いかかってくる。それを紙一重でかわすと、勢いよく足を振り上げた。
「えいっ」
「グッ」
私の蹴りが見事、ギルバートの鳩尾に入る。そしてそのまま、杖を構える。
「悪いけど、ここで食べられる訳には、いかないから」
私はギルバートに向かって、魔力を込めた杖の先を向けた。
「エレクトリックストーム!!」
空から地上にいるギルバートに向け、私の渾身なるいかずちが一直線に落ちた。
「ギャッ」
ギルバートの体にバチッという音と共に、激しい電流が流れる。
「グアアアーッ」
ギルバートは悲鳴を上げながら、その場に倒れた。
「こ、これで大丈夫。案外楽勝的な?」
私はホッと息をつく。そして、ギルバートの様子を確認するため、近づこうとした時だった。
「ガルルッ」
突然うめき声をあげるギルバート。
「うそ、まだそんな元気があるの!?」
「グルルルル」
獣のような雄叫びをあげると、恐ろしい速さで起き上がる。
「きゃっ」
ギルバートは素早い動きで私に迫り、鋭い爪で攻撃を仕掛けてくる。
「ちょっ、まっ」
あり得ない速度とパワーに、私は本気で、生命の危機を感じた。
「ウィンドカッター!」
咄嵯に風の刃を放つも、あっさり避けられてしまう。
それどころかギルバートは体格に似合わず俊敏な動きで、私の後ろに回り込む。
「うわ、間に合わない!!」
ギルバートは、振り返った私に対し、大きな体で覆い被さるように襲いかかってきた。私は咄嗟に杖を構えようとするも、間に合わない。その結果、無様にも、地面に押し倒されてしまった。
「いたたっ」
背中を強く打ち付け、鈍痛が私を襲う。
「くっ……」
私はなんとか逃れようと、手足をジタバタさせ抵抗するも、力の差がありすぎてビクともしない。
そんな私を小馬鹿にするよう見下ろしたギルバートは、舌なめずりをし、私に手を伸ばす。
「ガアアッ」
「うわぁあっ」
ギルバートは私の足を両手で掴む。そして、まるで棒切れを投げるように、私を壁へと投げつけた。
「キャッ」
またもや背中を壁に強く打ち付け、私は悲鳴を上げる。しかし今度はあわや大惨事となる寸前で、自分に防御魔法をかけた。その結果、何とか死は免れたようだ。
とは言え。
「いったぁ」
痛いものは、痛い。私は、痛みに顔を歪めながら、何とかその場で立ち上がる。しかしいつの間にか、私の目の前には、ギルバードが立っていた。
「エサ、クウ」
ギルバートは、よだれを垂らしながら、私の手首を掴む。そしてその手首を、壁に縫い付けるようにして押さえつけてきた。
「ちょっ、離しなさいよ」
私はじたばたともがくが、ギルバートの力には敵わない。
「グルルッ」
ギルバートが、まるで獲物の鮮度を確認するかのように、私の首筋を舐める。
「ひゃっ」
ぞわりとする感覚に、思わず変な声が出てしまう。
そんな私の様子に、ギルバートは満足そうに目を細める。そして今度は私の首元へ牙を突き立てようと大きく口をあけた。
「やめて!」
渾身の力を振り絞り必死に抵抗すると、ギルバートは私の腕を急に手放した。
(今がチャンス)
私は逃げようと足を踏み出す。しかし、ギルバートの太い腕はしっかりと私の肩を掴む。そして私を再び壁に押し付けた。
「ガアアッ」
イライラした様子で、獣のような雄叫びをあげるギルバート。完全に自我を失ったらしきギルバートの赤い瞳が、冷酷に私を見下ろしている。
「やだ、食べないで」
恐怖からか、体が震える。
「グルル……」
「ひっ」
ギルバートの尖った歯が、私の首筋に触れると同時に、鋭い痛みが全身に走る。そして首筋に生暖かい何かが流れていくのを感じた。
「あ……ああ」
私はあまりの痛さに声にならない声を出す。ギルバートが喉を鳴らす音が聞こえ、私の口の中に逆流してきたのか、血の味が広がった。
そして私は突然、吐き気に襲われる。
(ここで終わりなんて……)
悔しさと絶望感で涙が溢れそうになる。私はぎゅっと瞼を閉じる。
(ごめん、ルーカス)
どうせ餌になるのであれば、彼に食べられたかった。それに、両親を苦しめた、この国に復讐も出来ないなんて。
(こんな風に、死にたくない)
何よりムカつくのは、夏休みにがむしゃで自分を鍛えた筈なのに、呆気なくやられてしまっているということ。
(何でグールに食べられなくちゃいけないのよ!!)
無念に思う気持ちが、激しい痛みと共に私の全身を駆け巡る。
(グールなんか、いなければ)
私の心にたった一つ、譲れない感情がどこからともなく込み上げる。
『グールなんかいなければいいんだ』
強くそう思った瞬間、私の体の中を、一筋の魔力が駆け巡った気がした。
「グール、なん、か」
私の思考はグールを憎む気持ちに囚われる。そして、突然私の体から、普段感じた事のない類の、おどろおどとした魔力の塊が溢れ出す。
私の体から飛び出した魔力は、まるで魔法陣のように、私を中心に広がっていく。
それと同時に、先程まで私を襲っていた痛みを、全く感じなくなった。それどころか、体中を魔力が駆け巡り、次々と傷む部分が修復されていくのを感じた。
『グールは全て排除しなければならない』
ふいに誰かの声が、頭の中で響く。
「確かにその通りだわ」
誰かに無理強いされたわけでもなく、私は自然とその言葉を受け入れ、納得する。
「グールは、排除しなければ、ならない」
心の声が呪文となり、私の杖の先から眩しい光が発せられた。
「ぐぅううううっ」
ギルバートが苦しそうな声をあげ、よろめきながら私から離れる。そして頭を抱え、よろよろと後退した。
そんなギルバートを冷静な気持ちで見つめ、私は思う。
「グールは排除しなければならない。殺さなきゃ。そう、始末しなくちゃいけないんだわ」
私は自分に言い聞かせるように呟く。
「だから、あなたには、死んでもらわなくちゃ」
私の目に映るのは、もはやギルバートではない。
だだのおぞましい、悪しき物体だ。
「排除しなくちゃ」
私は消えろと念じ、杖を振る。すると私の構えた杖の先から、まばゆい光の刃が飛び出した。
飛び出した光の刃はおぞましい物体へと容赦なく襲いかかる。
「ギャアアーッ」
断末魔の叫びを上げながら、おぞましいと感じた何かは真っ二つに切り裂かれた。
その瞬間、私は長い間忘れかけていた「殺さないと」、そんな脅迫観念じみた思いが解放され、やり遂げたという、開放感に上書きされるのを感じた。
ピチャリと私の頬に、生暖かい液体がかかる。それは鉄臭くて、とても嫌な臭いがした。
「はぁ、はぁ、はぁ」
血の匂いが鼻を掠り、自分の乱れた呼吸が大きく響く。
「はぁ、はぁ、はぁ」
私は頬に飛んできたモノを手で拭うと、自分の手についたソレをじっと見つめる。
「血だ」
生まれて初めて見た、グールから飛び出した赤黒い液体。
「赤い」
人間のそれと変わらない血が私の手についている。
その事に気付いた途端、全身に鳥肌が立ち、吐き気がこみ上げてくる。
「うっ」
私は耐えきれずに、その場に嘔吐してしまった。
はぁ、はぁ……」
口元を袖口で拭い、肩で息をしながら、呼吸を整える。
「一体これは……」
振り返ると、そこには見慣れた人物が立っていた。
「……ルーカス」
驚きで目を見開く彼の名を、私は安堵する気持ちで呟く。
「ルシア、一体何が……」
「ルーカス、わたし」
(食べられそうになったの)
そう答えようとした。
けれど私は全身からふと力が抜けるのを感じ、そこから先、世界が暗転してしまったのであった。
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