表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
復讐の始まり、または終わり  作者: 月食ぱんな
第七章 最後の学生生活(十六歳)
64/125

064 王立学校の現状

 ローミュラー王立学校の騎士科にて、現地実習中の私。初日に演習室であった一件により、私の知名度は一気に高まったらしい。特に人間達に。


「オナモミにあんな使い道があったとはな」

「イテッって、あいつ間抜けだったよな」

「悔しがるギルバートの顔の写真、何度見ても最高。俺、これを待ち受けにしようっと」

「なにそれ、俺にも転送してくれ」

「俺も、俺も!!」


 どうやらロドニールと剣を交えた事よりも、ギルバートにオナモミを押し付けた事の方が、よっぽど価値があるらしい。


(一体、どうなってるの?)


 浮かんだ疑問の答えは、学食で食事をしている時にすぐに判明した。


 まるで古い教会のような一室に、長いテーブルがいくつも並ぶ食堂。


 テーブルの上には、蒼い火を灯したキャンドルが並び、壁にはローミュラー王国の現国王である、ランドルフの絵画が描かれている。


 生徒たちが各々席につくと、料理人たちが目の前に置かれた取皿の上に手際よく、料理を盛り付けていく。


「ランドルフ陛下が統治してから、グールの奴らは堂々と私達を「下等な人間」だと、差別するようになったそうです。それはこの学校でも例外ではない。グールが快適に過ごせる事が重視され、私達人間には、人権がないんですよ」


 私に情報をもたらしてくれるのは、何故か切なげな表情をローストビーフに向けている、ロドニールだ。


「この学食のメニューもそう。毎日毎日、肉がメインの料理ばかり。栄養は(かたよ)るし、飽きるし、最悪なんです」


 ため息をつきながらも、ロドニールは、ピンクに色づくローストビーフを口に運ぶ。


「ベジタリアンの人はどうしてるの?」


 気になった私は尋ねる。


「ベジタリアンの友人は学校の敷地内に、こっそり家庭菜園を作り、自給自足生活をしています」


 ロドニールは薄目になりながら、切ない事情を説明してくれた。


「なるほど」


 私は選ぶ余地なしといった感じで目の前に用意されたローストビーフを口に運ぶ。


 塩、こしょうのみで味付けをし、口の中でとろける甘みある牛肉。


(美味しい)


 隣でげんなりするロドニールには申し訳ないと思いつつ、私はしっとりとした食感に舌鼓を打つ。とは言え、毎日肉ばかりでは、確かに飽きそうだし、身体を壊してしまいそうではある。


「ま、だからと言って、殿下と場所を代わりたいとは思いませんけどね」


 ロドニールの言葉に私は部屋中央。日当たりの良い位置に陣取るグールの集団の中に紛れている、ルーカスを見つめる。


 彼らの座る椅子は私達のものより見るからに頑丈そうで、意匠(いしょう)が凝ったもの。しかも各々の前に置かれた皿のデザインも複雑な模様の入った、ひと目見て高級だとわかるものだ。


 そして隣には淑女科の、まるでシスターといった感じ。くるぶしまであるグレーのワンピース型の制服に身を包む、リリアナが座っていた。


(私の復讐相手……遠いんですけど)


 この学校は何から何までグールと人間でわけられているようだ。よって、人間である私はなかなかリリアナに近づく事が出来ないのである。


(そもそも彼女は、淑女科だし)


 私も、騎士科ではなく、淑女科で学びたいと言っておくべきだったかも知れない。しかしそう思った所でもう遅いわけで。


「ルーカスは居心地悪いなら、こっちに来ればいいのに」


 私は周囲の会話に参加せず、黙々と食事をしているルーカスを眺めながら呟く。


「気になりますか?」

「そりゃ、まぁ」


 ひたすら肩を落とし、出来るだけ存在を隠そうとしているルーカスを目の当たりにしたら、誰だって気になるというものだ。


「寂しいですか?」

「そう言う意味じゃないわ」


 私は即座に否定し、間違いのないよう言葉を付け足し、私は続ける。


「自分の事を出来損ないだと思う奴らと一緒にいて、楽しいわけがない。そう思っただけ。少なくとも今のルーカスが楽しそうじゃないのは、あなただって気付いているでしょ?」


 ロドニールはじっと私を見つめたあと、「そうですね……」と小さく呟く。


「ただ、殿下はランドルフ陛下のご子息ですから」

「どういうこと?」

「半グールだろうと、何だろうと、殿下の父上。ランドルフ陛下のグールに対する功績は、彼らにとって見れば無視できないもの。ですから何か思う事があったとしても、表面上仲間として扱う必要がある」


 ロドニールは分け隔てられた場所にいる、グール達に視線を向けた。


「そして殿下も、上に立つ者の責務(せきむ)としてそれを受け入れなければならない。そもそも彼はグールなのですから」


 強い口調で言い切るロドニール。


(ルーカスはグールか……)


 それは正しい。


 ただ、その現実以上に私の中で、ルーカスはルーカスでしかない。


 もし他にも彼の情報を付け加えるとすると、植物マニアで、私のストーカーで、いつか私が、復讐を願う人。


 何だかんだ一緒にいると楽だし、たぶん私は彼を特別に思っている。


 そこにグールかどうかは関係ない。


 確かにルーカスがグール化し、私は食べられそうになった事もある。しかしグールだからと言って、彼の全てを否定しようとは思わないし、彼の方が優っているとも思っていない。


「政権が交代し、今はまだ十数年。だから親世代以上。私達より上の世代はグールにも人間にも、平等な時代を覚えています。よって、グール優位な時代に生まれた私達も、今のこの状況が異常なものであると、頭では理解できます」


 ロドニールはフォークとナイフを動かす手をとめ、険しい表情を浮かべた。


「ただ、現実はこれだ。そしてこの光景が当たり前のものであると、僕らは常に刷り込まれる生活を強いられている。だから私達の世代で、政権を取り戻す必要があるのだと、祖父はそう言っています」


 ロドニールは言い終えると私に顔を向けた。


「期待しているんですよ、ルシア様には」

「期待されても」


(困るのだけど)


 私はロドニールの視線を感じつつ、お皿の上に乗せられたローストビーフを見つめる。


 確かに私はグールにとって最大の敵であり、人間にとっては救世主のような存在なのかも知れない。


 けれどそれはこの国の事情だ。行く当てもなく追い出され、流浪(るろう)の民として育った私には、グールも人間も関係ない。


 むしろローミュラー王国に住まう人。

 父と母を追い出した全ての人々に憎しみを感じているくらいだ。


「期待されて困ると言うのであれば、殿下への恋心で、頑張ればいいじゃないですか」

「は?」


 密かにこの国と自分の気持ちを分析していた私に、ロドニールは明後日な言葉を浴びせた。


「何だかんだ、ルシア様は殿下を気にかけているようですし」

「気にかけてないわ」

「以前私にグールを人間に戻す方法をたずねましたよね。それって殿下を戻したいから。そうですよね?」


 ロドニールの鋭い指摘に私はドキリとする。


「それに、殿下の方は言わずもがな。明らかにルシア様に特別な好意を抱いている」


 確かにそこは否定できない。ただし、私がルーカスの事を気にかけるのは。


(ルーカスは、私が復讐するまで守る)


 そう誓っているからだ。


「けれどもし、殿下があなたを手放すのであれば、私が」


 ロドニールはまるで自分に言い聞かせるように、呟く。


 私は聞こえないフリをして、ピンクに色づく肉をナイフで切り分ける作業に戻る。


 ロドニールが私に好意を抱くのは仕方がない。なんせ彼にとってみれば、私は救世主な上、見た目も可愛いのだから。


 ただ、どんなにいい人でも、私は彼を好きにはならない。


(そんな暇ないもの)


 私はローストビーフを口に入れる。


 とは言え、忠実なる下僕として、彼を侍らせておくのは悪くない。


 よって積極的に気のある素振りをするつもりはないが、キープしておくために、敢えて彼の想いを否定したりはしないつもりだ。


(だって、悪役にイケメンな下僕は必要だものね)


 ヒヒヒヒヒと密かに悪いる笑みを浮かべる。

 そんな私が向き合うローストビーフに、突然影が落ちる。


「隣いい?」


 私は顔をあげる。するとお馴染み、ルーカスがいた。


「グール様はあちらじゃないの?」


 いつも通り、私はそっけない言葉をかける。


「ルシア、ここにいる間だけは優しくしてくれると嬉しいんだけど」


 珍しくルーカスが弱音を吐いた。


「私はいつだって優しいわ。とにかく座ったら?」

「ありがとう」


 ルーカスは力なく微笑み、椅子に座ると、くたりと脱力した。


「殿下、私達と共にいるのはまずいのでは?」


 向かい側に座るロドニールから、早速指摘が飛んでくる。


 確かに人間である私達と仲良くするのは、ますます自分の首を締めることになるような、気がしなくもない。


 私は、げっそりした表情のルーカスを見つめる。


「今更だし、僕はグールでも人間でもない。いわゆるどっち付かずの生命体。だから無所属ってことで、ここにいても許されるはずだろう?」

「そう来ましたか」


 ロドニールが苦笑いする。


「考え方が合わないあいつらと一日中いたら、気が狂いそうなんだ」


 ルーカスはぺたんと頭をテーブルにつける。


「何だか予科(よか)時代を思い出しますね」

「予科時代?」


 ロドニールの呟きに、私は反応する。


「ここにいるほとんどの貴族籍に属する男子は、七歳の頃より王立学校予科に所属します。そして予科生の間は、同じ敷地内で生活を共にします。私と殿下はルームメイトだったんですよ」


 だから二人は顔見知りなのかと、私は納得する。


「ただ、殿下は途中で逃げるように、フェアリーテイル魔法学校に転校してしまいましたが」

「お陰で毎日楽しい日々を送っているよ。特にルシアのお陰で」


 ルーカスはふっと笑うと、私の方を見た。


「君を見てると、あいつらにズタボロにされた心が癒される」

「ルーカス殿下、ここはロドニール王立学校です。しがない人間である私を頼らないで欲しいのだけれど」


 私はあえて「殿下」と呼び、ルーカスを突き放す。しかしルーカスは「無理だよ」と答えたあと、小さくため息をつく。


「僕の心が限界なんだ」


 ルーカスは切ない表情のまま、またもやテーブルに突っ伏してしまう。


 どうやら見た目以上に、ダメージを受けているようだ。


「今日の放課後、(魔力交換)してあげるから、頑張って」


 向かい側で、カチャンと音がして「してあげるだと?」と、ロドニールが呟く。


「えっ、ほんと?」


 ルーカスはガバッと顔をあげ、目を輝かせる。


「だから、頑張りなさいってば」

「ルシア様、してあげるって、一体何をなんですか?というか、二人は一体……」


 困惑した様子で、一人オロオロするロドニール。そんなロドニールを見て、私の悪戯(いたずら)心がウズウズしはじめる。


「してあげるの意味は」


 ゴクリとロドニールが喉を鳴らす。


「ふふ、ひみつ」


 悪女な私は、ロドニールに笑顔でそう告げたのであった。

お読みいただきありがとうございました。


更新の励み、次作品への養分になりますので、続きが気になるなー、おもしろいなー等、少しでも何か感じていただけましたら、★★★★★からの評価やブックマーク、いいね等で応援していただけるとうれしいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ