063 剣はペンより、よっぽど語る
ルーカスに余計な事を言わせないために咄嗟に口から飛び出した言葉。それにより私は、久々に顔を合わせたロドニールと剣と杖を交える事になった。
「では、始め!」
校長の掛け声とともに、ロドニールは素早く動き出す。そして、あっという間に距離を詰められた私は、彼の繰り出す斬撃を、間一髪のところで避ける事に成功する。
「ふぅん、結構素早いのね」
私は余裕なフリをしながら、こっそり冷や汗をかく。
(やっぱり強い)
ロドニールが放つ剣技は鋭く、まるで風を切る音が聞こえてきそうなほど。
父がロドニールを高く評価していた事を思い出し、負けてなるものかと私は歯を食いしばる。そして杖の先をロドニールに向けると、彼に向かって火の玉を数発放った。
「ウォーターウォール!」
ロドニールの握る剣先から水の盾が出現し、私の火の玉は相殺されてしまう。
「くっ」
私は悔しさを滲ませながら、次の攻撃魔法を唱えるべく、再び杖を構えた。
「アイスストーム」
私は広範囲に及ぶ氷の嵐をロドニールに向けて発動させる。しかし、やはり私の魔法はあっさりと、彼が発動した水の壁に防がれてしまう。
「なかなかやるわね」
私は敵ながら感心し、次に水と風の魔法を交互に繰り出した。
「ライトニングボルト」
「トルネード」
次々と魔法を放つものの、全てロドニールの魔法剣によって阻まれてしまい、私は段々と焦り始める。
「ウィンドカッター」
「アイスランス」
「サンダー」
「ファイヤーボール」
「ライトアロー」
「ストーンブラスト」
「ダークネス」
「ファイアーバースト」
「アクアショット」
「エアリアル」
「サンドニードル」
「ウォーターボム」
「ロックスピア」
私は有り余る魔力を使い、無我夢中で魔法を連発した。しかし、それでもロドニールは涼しい顔のまま、全ての攻撃を魔法剣で弾き、受け流してしまう。
「もうおしまいですか?」
余裕綽々と言わんばかりに、ロドニールは挑発してくる。
(くっ、ここまで歯が立たないなんて)
私は息が上がりながらも、どうにか次の手を考える。
(私の強みは、途切れる事のない魔力量)
となると、先程連続で繰り出した魔法を防御する側の魔力は、枯渇しかけているに違いない。
(確信はないけど)
それに賭けるしかないと、私は杖をギュッと握り直す。
「まだやれますよね?」
ロドニールはそう言いながら、剣を構え直した。
「もちろん」
私はニッコリと微笑みながら、再び杖を構える。
「いきますよ」
「えぇ」
私は呼吸を整えながら、ロドニールの動きに集中する。すると、彼は勢いよく走り出し、私に向かって突進してきた。
「はぁあああ!!」
ロドニールが振り下ろした剣を、強化魔法を咄嗟にかけた杖で受け止める。そのまま私達は鍔迫り合いにもつれ込み、私はジワリと額に汗が浮かぶのを感じた。
「負けない、から」
私は気合を入れ直し、杖を持つ手に筋力アップの魔法をかける。そして思い切り、握りしめた杖に力を込めた。
すると、ロドニールの剣が押し返され、私はチャンスとばかりに杖を振りかざす。
「ファイアボール」
至近距離からの魔法を避ける事ができなかったロドニールは、まともに攻撃を受け、後方に吹き飛んだ。
「やった!?」
私は勝利を確信し、喜びの表情を浮かべる。
「今のは危なかったです」
ロドニールは、ヨロヨロとしながらも立ち上がる。
「嘘……」
あれだけ魔法を浴びてもなお、平然と立ち上がる姿に驚きを隠せない。
「まだまだ私は戦えます。それに久しぶりに感じる、高揚感。こんなに楽しい気分で戦え」
ブツブツと独り言を発するロドニール。もはや、気力だけで立っているのかも知れない。
(ゾ、ゾンビみたい)
そう思いながら、私は一気に地面を蹴った。
そして、ぶつくさしているロドニール目掛け突っ込む。
「それに、やはり私が見込んだ、え!?」
突然の行動に驚いたのか、ロドニールは一瞬反応が遅れ、私の攻撃を避ける事ができない。
「ハァアアッ」
私は渾身の力を込めて、ロドニールの持つ木剣めがけ、空気の塊をぶつける。
「うぐっ」
ロドニールの手から離れた剣は、宙高く舞い上がり、演習室の床に突き刺さった。
「勝負あり!」
校長の声が響き渡り、私はホッとし、思わずその場にペタンと座り込んだ。
「ルシア!!」
ルーカスが私の元に駆け寄る。
「大丈夫?怪我してないか?」
心配そうな顔をしながら、私の身体に外傷がないか、あちこち触っている。
「全く、君はとんでもない事をしてくれるね」
「苦戦したのが悔しいわ」
私はルーカスの手を払いながら、悔しさいっぱい。唇を噛み締め、立ち上がる。
「参りました。やはりあなたは私が見込んだ通り、強い人だ」
ロドニールが私に手を伸ばす。
「あなたも相当な、手練れだと思う」
私はロドニールの差し出した手をしっかりと握りしめる。
パチパチパチパチ。
どこからともなく、まるで私達の健闘を讃えているかのように、拍手をする音が聞こえてきた。
音の発信源を探ろうと振り返る。するとそこにはいつの間にか多くの学生が私達の戦いを観戦していたようで、皆一様に拍手をしていたのだ。
「素晴らしい戦いだった」
「僕も感動したよ」
「ロドニールに勝つなんて、あの娘は一体」
「能ある鷹は爪を隠すって感じ」
そんな声が聞こえてくる。
(なんか恥ずかしいんだけど)
私は照れて頬が熱くなるのを感じ俯く。
「まさか、君がここまで強くなっているとは。僕もうかうかしていられないみたいだ」
ルーカスも苦笑いしながら、私を見つめる。
「やっぱりルシアは最高」
「はいはい」
ルーカスが私だけに聞こえる声で告げ、私は呆れたように返事を返す。
「噂を聞いて来てみれば。何だ、もう終わったのか」
演習室に響き渡るほど大きな声で喋りながら、一人の青年がぞろぞろと仲間を引き連れ、私達に近づいてくる。
短く刈り揃えた赤髪に、整った顔立ち。周囲の青年より頭一つ分飛び出すくらい一際ガタイの良い青年。彼は周囲の生徒と同じような、紺のブレザーを身に纏っているので、たぶん騎士科の生徒なのだろう。
「ロドニール、お前、女に負けたのかよ」
青年は私達の輪に加わると、ニヤリと口角を上げる。
「強さに男女の差はない」
ロドニールはキッパリと言い放つ。そんな彼に対し、一睨みし、鼻で笑う青年。
(なんか物凄く、同族な香りがする)
私は「悪役登場!」と内心沸き立つ。そんな私には目もくれず、青年はルーカスに向き直る。
「おや、これは、これは、殿下ではないですか」
「やぁ、ギルバート。相変わらず、発育が良くて羨ましいよ」
その場に漂う、何処かピリピリとする雰囲気を一切ものともせず、ルーカスがギルバートと呼ばれた青年に笑顔を向ける。
「ところで、クリスタルのない場所で過ごされていたようですが、誇り高きグールにはなれましたか?」
「残念ながら僕は君たちとは違い、未だ出来損ないのグールだよ」
「なるほど。だから人間なんかと、仲良くつるんでいると」
ギルバートは挑発的な視線をルーカスに向ける。
「おい、殿下に対し失礼だぞ」
ロドニールが怒りを露わにし、詰め寄ろうとするが、それをルーカスが手で制す。
「気にしないでいいよ」
「しかし……」
「弱い犬ほど良く吠えると言うし。あ、別に君の事だとは言ってないよ?」
ルーカスは屈託ない風を装い、穏やかに微笑む。
(あ、ルーカスのダークな部分が溢れ出てる)
内心「もっとやれ」とルーカスに期待を込める。
「はい、そこまで。丁度いいので、改めてご紹介しましょう。こちらのお二人はフェアリーテイル魔法学校から現地実習にいらっしゃったお二人です。ルーカス殿下と、ルシア・ブロイアさんです。騎士道精神で、新しく加わる仲間を温かく受け入れましょう」
校長が間に入り、その場を収めてくれた。
「チッ」
ギルバートは舌打ちし、ルーカスから顔をそむけた。その姿を見て、私の悪戯心がむくむくと湧いて出てくる。
「ギルバート様、どうぞよろしくお願いします」
私はニコリと作り笑いを浮かべながら、握手を求める。
「ふんっ」
ギルバートは私と目を合わせることなく、渋々といった感じで私の手を握った。
「イテッ!!」
悲鳴を上げ、私から慌てて手を離すギルバート。
「くそっ、お前、何をした!」
私の胸ぐらを掴もうと伸ばしたギルバートの手を、ルーカスとロドニールが同時に振り払う。
実に頼もしい、私の忠実なる下僕候補達だ。
「あ、ごめんなさい。オナモミがついてたみたい」
私は顔の前に指でつまんだ、オナモミをかざしながら、素知らぬ顔で言う。
「は?ふざけるなっ」
「ふざけてはいないと思うよ。君だって経験があるだろう?知らないうちにオナモミが衣服についていたことが」
ルーカスがズイとギルバートの前に出る。
「何の話だよ」
「だからオナモミの話さ。いいか?オナモミにある、イガイガの先端はカギ状になっている。これが果実に触れた動物の毛に絡みつき、一度絡みつくと簡単には外れないというわけだ。これは植物が自分の子孫を広い地域に広めようと編み出した策だと考えられている。よって、オナモミがルシア嬢の衣服に付き、その張り付いたオナモミを彼女がうっかり握っている事も、絶対にないとは言えない」
ルーカスはペラペラと早口で説明する。
私にとって、得意な植物について語るいつものルーカスそのもの。しかし、大抵の人にとって、オナモミについてここまで熱く語る人物というのは、若干不気味に映るようだ。
「そ、そうかよ」
ギルバートとその仲間達は不気味なモノを見るような視線をルーカスに向けている。
「そう。だからギルバート。君もオナモミには気をつけた方がいい。うっかりお尻について知らずに座ると、わりと痛いから」
「……チッ」
ギルバートは私達を睨んだのち、踵を返し仲間の元へと戻る。
「ルーカスGJ」
私は小声でルーカスを最大限褒めておく。
「僕は何も。それより君の鮮やかなオナモミ攻撃、最高だった」
ルーカスは爽やかな笑みを私に向ける。
その時、キーンコーンカーンコーンと大きな鐘の音が学校中に響き渡った。
「はい、皆さん。寮へ帰宅の時間のようですね。気をつけてお帰り下さい。しっかりと予習もよろしくお願いしますよ」
校長の声を聞き、皆ゾロゾロと演習場を出て行く。
「じゃあ、私達も帰りましょう。お二人の部屋までご案内します」
ロドニールがルーカスと私を促す。
「まさか、ルシアと同室なのか?」
「殿下、あなたって人は……」
ロドニールが大きなため息をつく。
「殿下は、フェアリーテイル魔法学校でもこんな感じなんですか?」
「そうね、今日はマンドラゴラの植木鉢を抱えてないから、まだマシな方かも」
私の言葉にギョッとした顔をしたロドニール。そんなロドニールに、ルーカスと私は思わず笑顔になった。
こうして私の実習は、何かが起こりそうな気配たっぷりに、しかし幸先よく幕を開けたのであった。
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