061 最上級学年になりました
私は無事五年生になったものの。悩みを抱える事になっていた。
「卒論どうしよう。実習どうしょう。うーん、悩める」
寮の部屋にいる私は、備え付けの机の上に両手を置き、ナターシャに「毒りんごとドクロの融合」という邪悪なテーマのネイルアートをしてもらいながら唸る。
「実習は、それぞれ本籍のある母国でやるんだから、悩まないでしよ」
「でもさ、私は流浪の民だから、本籍がないんだよね」
四年間学んだ事を実践する学年である五年生には、一ヶ月の現地実習が課題として出されている。通常であればナターシャのように、自分の母国に存在する学校に、留学生として一ヶ月お世話になればいい。そこで得た事をレポートにまとめれば単位がもらえるので、普通の人にとってみれば、里帰りも兼ねた、楽な部類に入る科目だろう。
しかし、国外追放された私には、お世話になった国は数多くあれど、母国と呼びたい国はない。
よって先生に自由に選んでいいと言われているのだが。
世界は広し。国も多し。どこに行って何をすればいいのか、絶賛混乱中なのである。
「なるほど。じゃ、植物マニア君の母国でいいじゃん」
「両親が潜伏してるから、あまり近づきたくない。それに、ローミュラー王国には夏休みに帰ったし」
「でも卒業したら復讐するんでしょ?だったら、下見しておくのは悪くないと思うけど」
ナターシャの口からルーカスと同じ意見が飛び出し、私はまたもや唸る羽目に陥る。
確かにルーカスやナターシャの言う通りだからだ。
(それにルーカスに魔力をわけるためには、同じ所の方が都合がいいし)
最近では週にニ回ほど。新たに与えられたルーカスの温室で、私は彼に魔力を分け与えている。
「それにさ、あいつ婚約破棄する予定の婚約者持ちなんでしょ?だったら、その相手をからかうの、楽しそうじゃん」
塗り終わった左手の、黒く塗られた爪を眺めていた私はハッとする。
(確かにそれは面白そうかも)
何より私を燃やそうとしたリリアナに対し、未だ仕返しをしていない事を思い出す。
「はい、実習に関しては解決。残る問題は卒論テーマのみ」
器用に私の中指の爪に、毒々しいドクロの形をしたリンゴの絵柄を書き込むナターシャが、鼻歌まじりに呟く。
「そうだよね。五年時における成績のウエイトを、かなり占める問題だから、こればかりは真面目に決めないと。ナターシャは決めたの?」
「私は決めた」
「えっ、早くない?」
置いていかれた気分になった私は、思わず不満の声を上げる。すると彼女は私の顔を見上げながら苦笑した。
「だって、私が卒論書くならこのテーマしかないもん」
そう言って彼女が取り出した本のタイトルは『毒りんご作成方法』という、物騒極まりないもの。表紙に描かれた真っ黒なりんごの絵が、わかりやすく危険な感じを醸し出している。
「なるほど」
世界的に有名なおとぎ話。白雪姫に登場する悪い后の末裔であるナターシャには、これ以上ないくらいピッタリなテーマに違いない。
「でも毒りんごの何について調べるの?」
「それは、ズバリ『殺傷力の高い毒りんごに適した、りんごの種類について』よ」
自信満々に言い切るナターシャの言葉を聞き、私は首を傾げる。
「種類って言われても……毒りんごってどれも一緒じゃないの?」
「そんなことないわ。まず色ね。普通の赤いりんごではダメなの。それだとただの甘酸っぱいだけの、むしろ美味しいりんごにしかならないから。毒りんごに必要なのは……」
そこから始まったナターシャの毒りんご講座によると、どうやら赤以外の色をしたりんごこそが、殺傷能力を高めるためには、必要だという事だった。
「なるほど、それで青とか紫とか黒っぽい色をしたりんごが必要なんだ」
「そう!そして味も重要よ。甘くて美味しいだけじゃなく、程よい酸味がある事が条件になるの。もちろん皮にもこだわらなくてはだめよ。そもそも赤や、謎に青りんごと呼ばれるどうみても黄色いりんご。それ以外を人は、なかなか食べないからね」
「なかなか奥が深そうだね」
納得しながら、私はふとナターシャの下僕と化した、アップルトン家の家宝である魔法の鏡が目に入る。
「ねぇ、魔法の鏡に聞いていい?」
「何を?」
「私に合った卒論のテーマを」
「なるほど。確かにいい考えかも。夏休みにやることなくてさ、一緒にダラダラ動画を見てたせいか、最近またパワーアップしてるし」
ナターシャのお許しがでたので早速質問してみる事にする。
「鏡よ、鏡よ、鏡さん。ルシア・フォレスターに最適な、卒論のテーマを教えて下さい」
私が魔法の鏡に尋ねると、彼はしばらく沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。
「…………林檎」
「はい?」
「…………毒入り」
「え?」
「…………林檎」
私はしばし固まったのち、理解する。
「ちょっと待った。鏡さん、ふざけてる!前はそんな不真面目な鏡じゃなかったのに!」
「不真面目じゃなくて、ユーモアを覚えたと言ってくれる?」
不満を口にする私に、ナターシャが笑いながら訂正する。
「ははは、ルシア嬢の宝石のような輝きを秘めた、驚く顔を拝見したく、冗談を口にしました」
普段通り、イケオジボイスで鏡が笑う。ナターシャの言う通り、夏休み前とは雰囲気が違い、悪い意味で軽い性格になっているような。
「お世辞はいいですから。それで結局、私の卒論テーマは何がオススメですか?」
「それはもう、決まっているではありませんか」
もったいぶったように、鏡が黙り込む。
私は今か今かと答えを待つ。
「ズバリ、『グール』ではないでしょうか」
「それは……」
魔法の鏡に色々と見透かされているような気がして、私は口を噤む。
「あぁ、確かに面白いかも。ローミュラー王国にだけ発生するグールという存在は興味深いもんね。あんま人と被らなそうだし」
ナターシャも鏡の意見に同意する。
「それに、毒りんごを作る過程で、実際に人間の血肉を材料に使うものもありますので、これはまさに仲良しなお二人が、協力し合えるという点においても、卒論に相応しい題材ではないかと」
「確かにそうかも。人間の血肉なんて、闇市でしか手に入らない上に、相当高価な値段で取引きされてるしね。グールを調べる過程で、手に入った人間の血肉を、わけてもらえたら助かるかも」
ルークや私にまつわるグールに関する、深い事情を知らないナターシャは、無邪気に鏡の提案に同意する。しかし私にとって、グールに纏わるアレコレは、迂闊に手を出していい問題ではない。
(グールか……)
私は複雑な心境のまま、黙り込む。
確かにグールについて調べる事は、今後の人生において無駄ではない気がする。
けれど、これ以上深入りしたくないと思う気持ちもある。
それに漠然とグールについてと言われても、細かい内容がさっぱり思いつかない。
「まぁ、卒論の提出はまだまだ先だし。今はなんとなく、グールについて調べようかなくらいで良くない?って出来たよ」
「えっ、何が!?」
思考をグールに占領されていた私は、急に話しかけられ、驚いて顔をあげる。するとナターシャがニヤリと笑う。
「だから毒リンゴのネイルアート」
私の右手の爪には、毒々しい黒色が綺麗に塗られていた。薬指には、右手同様、ドクロの顔になったキュートな毒りんごが描かれている。
「可愛い。ありがとうナターシャ。プロも顔負けだね」
私は完成したばかりの爪を眺めながら、自然と笑顔になる。
「ありがと。卒業したらネイルサロンでも開こうかな」
ナターシャが思いついたように、口にする。
「それいい。じゃ、私はチラシ配りと受付けする」
「いいねぇ。店内はこの部屋みたいにゴシック調でまとめてさ」
「血みどろのポスターも飾って」
「それ採用!!」
ナターシャと私はしばし卒論のことも、実習のことも忘れ、二人で盛り上がったのであった。
***
「あれ、今日も来てくれたんだ」
ルーカスの温室に私が行くと、白衣姿の彼は嬉しそうに私を迎えてくれる。そしていつものように私の手を掴んで歩き出す。
「今日はね、君に見せたいものがあるんだよ」
そう言って連れてこられた場所は、温室の奥にある小部屋の中だった。そこに並べられた鉢植えの中には、色とりどりの花が咲いていた。その花を見て私は思わず声を上げる。
「すごい。こんな綺麗な花初めて見たんだけど」
しかも何となく、花から心地よい魔力を発しているように感じる。
パステルカラーに色づく花は優しげで、自然と心が落ち着く気がする。あまり見慣れないその花を、ルーカスはどこか得意げに指さした。
「これはね、フェアリーマンドラゴラと言って、通常、妖精たちが住む森に生息する植物なんだ。妖精たちが愛でる対象でもあって、彼らが放つ魔法の光に反応して開花し、花弁からは魔法の力が放たれる事が特徴なんだよね」
ルーカスはそう言いながら、手にしていた小さな籠を差し出した。その中には数枚の花びらが入っている。
「これをこうやって魔法をかけてあげると……ほら、見てごらん」
彼が差し出した籠の中からふわりと淡い光が漏れたと思うと、次の瞬間にはポンッという音と共に、マンドラゴラが現れた。
それは私の知るマンドラゴラよりずっと、可愛らしい感じのするマンドラゴラだった。相変わらず二頭身ではあるものの、愛らしい大きな瞳に頼りなさ気な、か細い体。
彼らは目を丸くして辺りを見回していたが、やがてこちらの存在に気付いたようで、満面の笑みを浮かべると勢いよく駆け寄ってきた。
「わあ! 人間だ!」
マンドラゴラはそう言うなり私に飛びついてくる。
「えっ!?」
「わーい、人間だぁ!!」
「ちょ、ちょっと待って……」
戸惑う私の事などお構いなしといった様子。
私は鉢植えから飛び出すマンドラゴラに、あっという間に取り囲まれてしまった。
「ねえねえ、遊ぼうよ~」
「僕たちと一緒に遊ぼうよ~」
口々にそんな事を言ってくるマンドラゴラたちに、どうしたらいいのか分からず固まってしまう。
すると突然、背後から強い力で引っ張られ、体が宙に浮いたと思った時には、すでに私は、ルーカスの腕の中に収まっていた。
「やれやれ……。困った子達だよねぇ」
呆れたような言葉とは裏腹に、嬉しそうな口調でそう言ったルーカスは、私の肩を抱き寄せたままニンマリする。
「調子に乗りすぎ」
私はルーカスから顔を背けるようにしてそう呟くと、彼の腕の中から抜け出す。そして足元にいたマンドラゴラたちを見下ろした。
「この子達がドラゴ大佐から株分した子なの?」
「違うよ。この子達は、新たに手に入れたもの。彼らに僕の手伝いをさせようと思って」
「何の手伝い?」
「卒論で、マンドラゴラの種類による性格の違いと可能性について調べるつもりだからさ」
「あー、卒論」
私は思わず遠い目になりつつ、しゃがみ込む。するとマンドラゴラ達は私の身体に飛び乗った。それから私をジャングルジム代わりにしているのか、よじ登ったり飛び降りたりを繰り返し始める。
「ルシアは、卒論の内容を決めたの?」
何気なくルーカスに問われ、私の脳裏に鏡が提案した「グール」という言葉が蘇る。
確かに目の前に研究対象がいると思えば、やりやすい気はする。
(でもなぁ)
私は視線を落として足元にいるマンドラゴラを見つめた。
「まだ何も決まってない」
正直に打ち明けると、ルーカスは意外そうに目を丸くした。
「へぇ。珍しいね。君はいつも早めに済ますタイプだと思ってた」
「そこまで真面目じゃないよ」
「そっか。まぁ、まだ時間はあるし、ゆっくり考えればいいんじゃないかな」
「そうだね……」
曖昧な返事をしながら、温室の中をぐるりと見回す。温かな陽射しが降り注ぐそこは、まるで春のような心地良さだ。
「そう言えば、体調はどうだった?」
ルーカスの外見はまた少し背が伸びたくらい。特段変わりなさそうに見える。
この夏休みの間、こちらの都合でルーカスと魔力交換をしていなかった。その負い目を少しだけ感じながら、ルーカスを見つめる。
「最悪だよ。ふらふらするし、精神的にも不安定になるし、すこぶる体調不良だった」
ふるふると首を振るルーカス。
「だから、やっぱり実習は、同じ所にしないとダメかも」
言い切るルーカスの表情は、悪巧みをしている顔だ。
どうやら彼は私と共に、ローミュラー王国の学校に行く事を諦めてはいないようだ。
「ナターシャにも、相談したんだけど、復讐する国を見ておくのは良いんじゃないかって」
「だよね。僕もそう思う。じゃ決まりだ」
途端に明るい顔になったルーカスは、私に魔法のジョウロを手渡した。
「どうしろと?」
「水やり。植物が喜ぶ姿は可愛いんだよ」
「なるほど」
私はルーカスから魔法のジョウロを受け取る。そして杖を召喚し、ジョウロに魔力を込めた。すると、ジョウロが宙に浮き、タンクに水がたっぷりたまった。
「頂戴、ちょうだい!!」
マンドラゴラ達が水を求めジョウロの下に集まる。あげてもいいのだろうかと、私はルーカスを見上げる。
「彼らは喜ぶと思うよ」
許可をもらった私はジョウロに魔力を流す。すると、ジョウロの先からシャワーのように広がる水が、マンドラゴラ達の全身を濡らしていく。
「わぁ! 気持ちいい」
「ありがとう」
「もっと、もっと!」
大喜びするマンドラゴラ達に、私もつられて笑顔になってしまう。
「かわいい」
「だよね」
ルーカスが私の隣にしゃがみ込む。
そして私達は静かにマンドラゴラ達の様子を眺める。
特段事件も何もない、ただの平穏な日々。
そんな時間もたまには必要だなと、穏やかな気持ちに包まれた私は、ひっそりと思ったのであった。
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