060 帰りは共に
ロドニールとダンスを終えた私を待ち受けていたのは両親と、ここにいるはずのない、というよりも、いてはならないはずの人物だった。
「さぁ、遠慮せず踊ろうか」
ロドニールの腕に乗せた私の手は、横から伸びてきた手に掴まれる。
私は確信を持ち、伸びてきた手の主を確認する。するとそこには、案の定といった感じ。学校でマンドラゴラの世話をしているはずである、ルーカスの姿があった。
しかもルーカスはパーティにおける礼服の定番、黒いモーニングに身を包んでいる。そして小脇には、どう見てもマンドラゴラの鉢植えらしきものを抱えていた。
「ルーカス殿下!どうしてこちらに?」
母が私の代わりに驚きの声をあげる。
「ご無沙汰しております」
父と母に軽く頭を下げるルーカス。
「丁度王都に用事があり、立ち寄った帰りなんです。どうせ同じ学校に戻るわけですし、グリフォンを往復させるのも可哀想なので、お嬢様と共に帰ろうかと」
爽やかな笑顔で、この場にいる理由を説明するルーカス。しかしその瞳が笑っていないのが怖い。
「あぁ、殿下はハーヴィストン侯が開催するパーティーに、ご参加されていたのですね。婚約者であるリリアナ嬢のエスコートをしない訳には、いきませんからね」
私の横に並び立ったロドニールが得意げに語る。
「ロドニール、久しぶりだな。元気だったかい?」
「殿下も変わらず、植物研究にご熱心なようで」
「ははは、これは僕の唯一の趣味だからね。君は、今も王立学校の騎士科に通っているの?」
「はい。来年の卒業を目指し、精進しております」
「そうか。君なら立派な騎士になるだろう。頑張ってくれたまえ」
「ありがとうございます」
どうやら知り合いなのか、笑顔で会話する二人。
しかしどうみても二人の間には、不穏な空気が流れている。何より社交辞令百パーセントの作り笑いをぶつけ合っている所が、二人の関係、その全てを物語っている気がする。
「さて、ルシア嬢、せっかくだから僕と一曲踊ろうか」
ルーカスが私に手を伸ばす。
「いえ、私は……」
「どうやら先程、私と楽しく踊ったダンスで、疲れてしまったようですね」
今度はロドニールが私の顔を笑顔で覗き込む。
「いえ、そういうわけでも……」
「遠慮しなくていいんだよ。僕と君は同じ学校に通う仲間じゃないか」
ルーカスが私に爽やかな笑みをよこす。
「無理しない方がいい。この一ヶ月、私と、毎日鍛錬した疲れが出ているのかも知れないし」
ルーカスを押しのけるように、ロドニールも爽やかな笑みを私に向ける。
(こ、これは……)
私は右へ、左へを顔を忙しなく動かし、修羅場の予感に少しだけ興奮する。
(悪女たるもの、そうこなくちゃね)
学校ではルーカスのせいで、私に寄り付くもの好きなどいない。そのせいで私は、自分の容姿に対し、「もしかしてブスなの?」と自信喪失の日々を送る事を、余儀なくされている。
しかし現在。こうして大勢の前で二人の男性が私を奪い合うという状況は、紛れもなく私に魅力がある証拠だ。
(そして、王子を誑かした悪女と名高い母さん譲り、私の美貌は、十分に証明されたことになるわ)
私は「よっしゃー」と心の中でガッツポーズをとる。
「グリフォンを待たせているとなると、ルーカス殿とご一緒に帰った方がいいんじゃないかしら」
「そうだな。一日早いが、荷造りは済ませてあるのだろう?」
両親がそう言って、ちらりと私を見る。
「うん、それは大丈夫だけど」
「じゃあ、折角殿下が迎えに来てくれたのだから、すぐに準備なさい」
「あぁ、そうだな」
両親は私に有無を言わせず、話をまとめる。
「ルシア様、戻られるのですか?」
ロドニールが残念そうな声を出す。
「ええと、流れ的にそうみたい。色々とありがとう。また来年。一緒にトレーニングしましょう」
「わかりました。その時を楽しみにしております」
ロドニールが私に手を伸ばす。私は一瞬迷ったあと、彼の手をしっかりと握る。
(忠実なる下僕よ、色々とお世話になったわね。ありがとう)
今まで役に立ったお礼をひっそりと告げておく。
「ルシア、きちんと手紙を書くのよ」
「毎日筋トレを欠かさず行うんだぞ」
「わかってるって」
去年と同じような別れ際の会話。今年はそれに筋トレが追加された。
(来年は何が増えるんだろう)
一瞬不安に思うも、来年の今頃は学校を卒業し、両親とまた共に暮らせる可能性がある事に気付く。そんな未来を嬉しく思いつつ、改めて親の目の届かない場所で過ごす最後の一年は、悔いのないよう、存分に楽しもうと密かに誓う。
「それでは、失礼します」
ルーカスが私の両親に頭を下げる。
「じゃ、ルシア嬢、行こうか」
「あ、うん。じゃ、父さん、母さん、また」
私は両親に挨拶をすると、そのまま会場を後にした。
それから慌てて荷物を取りに部屋に戻る。
「着替えるから、出て行って」
「駄目、滅多にない姿だからそのままで」
ルーカスはマジカルデバイスをこちらに向けると、パシャリと私のドレス姿を撮影した。
「冗談じゃないんだけど。というか、何で来たの?」
ルーカスの事だから、どうせグリフォンは言い訳だろう。しかし彼は私の質問に答える気がないのか、マジカルデバイスをいじっている。
「言い方を変えるわね。どうして私が舞踏会に出ていると知ってるの?」
私は腰に手をあて、キリリとルーカスを見上げながら睨みつけた。
「そんなの、君が堂々と浮気をしていたからだろう」
「浮気?」
「ロドニールに腰を掴まれてさ、ダンスなんかしてただろ?しかも親密そうに、笑顔で」
ルーカスは思い切り不機嫌な表情になる。
確かに私はロドニールとダンスをしていた。
(でも何でその事を知ってるの?)
ルーカスが会場にいて、堂々と監視していたとは思えない。
何故なら今日は王族派主催の舞踏会なのだから。グール派筆頭である、ランドルフの子であるルーカスが、歓迎されるとは思えなかったからだ。
「あ、もしかして、マンドラゴラ部隊が復活したの?」
私は閃きと共に、期待の顔を向ける。
「残念だけどしてない。統率を取れるまでに訓練するには、もう少し時間が必要」
「じゃ、どうして私の動向を知ってるのよ。まさかオナモミとか?」
私はストーカーに適した、新たな植物を推測する。
河原の草むらなどでよく見かけるオナモミ。カギ状になったイガイガの先端は衣服などに絡みつく。その上一度絡みつくと簡単には外れず、かなり厄介な果実なのである。
つまりサイズといい、その構造といい。オナモミはストーカー気質たっぷりな果実だと言える。
「あー確かにオナモミは、服に張り付くし、人の位置情報を探るにはいいかもな」
「え、オナモミじゃないの?」
「ちがうよ」
ルーカスは、くすりと笑みを漏らす。
(まずった)
どうやら私はルーカスに、余計なアイデアを提供してしまったようだ。
自分で自分の首を締めた。その現実に、私は打ちひしがれ項垂れる。
「ローミュラー王国民のマジグラムをさ、僕は捨て垢でロムってるんだ」
「ロムってるって。監視してるってこと?」
驚く私に謎に微笑みを返すと、ルーカスは話を続ける。
「それで僕は見つけたんだよ」
「何を?」
「とある一部の、危機管理能力が薄い、王族派の人間の投稿。君とロドニールがダンスをしているところを、ご丁寧に動画で投稿してたよ」
「え」
私は驚きの事実と共に、顔を上げる。
「一応、ロドニールには問題のアカウントをDMしておいたから、君の事を、世間に知られる事はないと思いたい」
ルーカスは「僕だけのルシアなのに」などと口を尖らせた。
しかし問題はそこではない。両親の良い所を受け継ぐ私の画像が拡散されてしまった場合。
「父さん達がここにいるってバレちゃうかも」
すなわちそれは、父と母が命を狙われるも同然だ。
「やばい、父さん達に早く知らせないと」
私は青ざめ、部屋を飛び出そうと足を運ぶ。するとルーカスに腕をガシリと掴まれた。
「大丈夫。僕が来た時点ですでに手を打ってあるから」
「どういうこと?」
「すぐにチャールズがマジグラムのサーバーをハッキングして、シャットダウンしたから」
「は?」
「今は復旧作業中かな。該当の投稿は削除済みだし、今頃は別の投稿が代わりにアップされているはず」
ルーカスはさらりと言うが、その技術は高度で誰でも出来るものではない。そしてハッキングという言葉自体が。
「え、なにそれ格好いいんだけど」
私は目を輝かせる。
「チャールズ・モルス。ホワイト・ローズ科に所属する奴で、彼の祖先はかの有名なサミュー・モルスだよ」
「もしかして魔法のモルス符号を発明した?」
「正解」
ルーカスが得意げに告げる。
そもそも魔法のモルス符号とは、魔法の杖を用いて作り出す、点と線の組み合わせによる符号のことだ。
この符号は、空中を伝わり、他の魔法使いたちに届く。
そのことから、魔法使い同士における秘密のコミュニケーションに使用されたり、戦いでの作戦立案に役立てられたりすることがあるそうだ。勿論、魔法のモルス符号は、フェアリーテイル魔法学校における必修科目の一つでもある。
「確かにチャールズは凄い。でもさ、彼に頼んだ僕の仕事の速さを褒めてくれても構わないんだけど」
ルーカスは、私に賞賛の言葉をねだってきた。
「そうね。素直に褒めてあげる。すごーい、ルーカス」
私は棒読み口調で、パチパチと拍手をする。
「何だよそれ。全然心がこもってない」
ルーカスは不満げな顔を私に向ける。
仕方がないので、私はルーカスにサービスしてあげる事にした。
「ありがとう」
私は男性をコロリと虜にすると名高い、あざとい笑顔を返す。
「……うん。まぁ、いいか」
ルーカスは一瞬戸惑ったものの、満更でもない顔をして照れている。
「それで、エルマーはどこ?」
「変わり身はやっ。もうちょっと余韻に浸りたかったのに」
「もう十分この国を満喫したもの」
最初は両親との再会に喜ぶ気持ちが大きかった。けれど、まるまる一ヶ月もいれば、それなりにお腹いっぱいになるというもの。
「何だか、早く帰りたい気分」
「それは僕に会えなくて寂しかったからじゃないかな」
「毎日しつこいくらいにメッセージを送ってきてたじゃない。全然寂しくなんてなかったし」
それどころか、グールの話題になる度、ルーカスの顔が嫌でも浮かんでいたような気がする。
「そう?僕はずっと、ルシアの事が心配だったけど」
「……」
私はいつもの調子で、ルーカスを無言で睨む。
「そんな顔しても可愛いだけだよ。さ、エルマーに乗って帰ろう」
ルーカスはニコニコと笑みを浮かべながら、私の手を取った。私はその手をしっかりと握る。そして、いつも通り迎えに来てくれた真っ黒なグリフォン。エルマーの背に乗り、もはや故郷と呼ぶに相応しい、おとぎの国を目指すのであった。
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