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復讐の始まり、または終わり  作者: 月食ぱんな
第六章 父と特訓、筋肉アップのサマーバケーション(十五歳)
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060 帰りは共に

 ロドニールとダンスを終えた私を待ち受けていたのは両親と、ここにいるはずのない、というよりも、いてはならないはずの人物だった。


「さぁ、遠慮せず踊ろうか」


 ロドニールの腕に乗せた私の手は、横から伸びてきた手に(つか)まれる。


 私は確信を持ち、伸びてきた手の主を確認する。するとそこには、案の定といった感じ。学校でマンドラゴラの世話をしているはずである、ルーカスの姿があった。


 しかもルーカスはパーティにおける礼服の定番、黒いモーニングに身を包んでいる。そして小脇には、どう見てもマンドラゴラの鉢植(はちう)えらしきものを抱えていた。


「ルーカス殿下!どうしてこちらに?」


 母が私の代わりに驚きの声をあげる。


「ご無沙汰しております」


 父と母に軽く頭を下げるルーカス。


「丁度王都に用事があり、立ち寄った帰りなんです。どうせ同じ学校に戻るわけですし、グリフォンを往復させるのも可哀想なので、お嬢様と共に帰ろうかと」


 爽やかな笑顔で、この場にいる理由を説明するルーカス。しかしその瞳が笑っていないのが怖い。


「あぁ、殿下はハーヴィストン侯が開催するパーティーに、ご参加されていたのですね。婚約者であるリリアナ嬢のエスコートをしない訳には、いきませんからね」


 私の横に並び立ったロドニールが得意げに語る。


「ロドニール、久しぶりだな。元気だったかい?」

「殿下も変わらず、植物研究にご熱心なようで」

「ははは、これは僕の唯一の趣味だからね。君は、今も王立学校の騎士科に通っているの?」

「はい。来年の卒業を目指し、精進しております」

「そうか。君なら立派な騎士になるだろう。頑張ってくれたまえ」

「ありがとうございます」


 どうやら知り合いなのか、笑顔で会話する二人。


 しかしどうみても二人の間には、不穏な空気が流れている。何より社交辞令百パーセントの作り笑いをぶつけ合っている所が、二人の関係、その全てを物語っている気がする。


「さて、ルシア嬢、せっかくだから僕と一曲踊ろうか」


 ルーカスが私に手を伸ばす。


「いえ、私は……」

「どうやら先程、私と楽しく踊ったダンスで、疲れてしまったようですね」


 今度はロドニールが私の顔を笑顔で覗き込む。


「いえ、そういうわけでも……」

「遠慮しなくていいんだよ。僕と君は同じ学校に通う仲間じゃないか」


 ルーカスが私に爽やかな笑みをよこす。


「無理しない方がいい。この一ヶ月、私と、毎日鍛錬(たんれん)した疲れが出ているのかも知れないし」


 ルーカスを押しのけるように、ロドニールも爽やかな笑みを私に向ける。


(こ、これは……)


 私は右へ、左へを顔を忙しなく動かし、修羅場の予感に少しだけ興奮する。


(悪女たるもの、そうこなくちゃね)


 学校ではルーカスのせいで、私に寄り付くもの好きなどいない。そのせいで私は、自分の容姿に対し、「もしかしてブスなの?」と自信喪失の日々を送る事を、余儀なくされている。


 しかし現在。こうして大勢の前で二人の男性が私を奪い合うという状況は、紛れもなく私に魅力がある証拠だ。


(そして、王子を(たぶら)かした悪女と名高い母さん譲り、私の美貌は、十分に証明されたことになるわ)


 私は「よっしゃー」と心の中でガッツポーズをとる。


「グリフォンを待たせているとなると、ルーカス殿とご一緒に帰った方がいいんじゃないかしら」

「そうだな。一日早いが、荷造りは済ませてあるのだろう?」


 両親がそう言って、ちらりと私を見る。


「うん、それは大丈夫だけど」

「じゃあ、折角殿下が迎えに来てくれたのだから、すぐに準備なさい」

「あぁ、そうだな」


 両親は私に有無を言わせず、話をまとめる。


「ルシア様、戻られるのですか?」


 ロドニールが残念そうな声を出す。


「ええと、流れ的にそうみたい。色々とありがとう。また来年。一緒にトレーニングしましょう」

「わかりました。その時を楽しみにしております」


 ロドニールが私に手を伸ばす。私は一瞬迷ったあと、彼の手をしっかりと握る。


(忠実なる下僕よ、色々とお世話になったわね。ありがとう)


 今まで役に立ったお礼をひっそりと告げておく。


「ルシア、きちんと手紙を書くのよ」

「毎日筋トレを欠かさず行うんだぞ」

「わかってるって」


 去年と同じような別れ際の会話。今年はそれに筋トレが追加された。


(来年は何が増えるんだろう)


 一瞬不安に思うも、来年の今頃は学校を卒業し、両親とまた共に暮らせる可能性がある事に気付く。そんな未来を嬉しく思いつつ、改めて親の目の届かない場所で過ごす最後の一年は、悔いのないよう、存分に楽しもうと密かに誓う。


「それでは、失礼します」


 ルーカスが私の両親に頭を下げる。


「じゃ、ルシア嬢、行こうか」

「あ、うん。じゃ、父さん、母さん、また」


 私は両親に挨拶をすると、そのまま会場を後にした。


 それから慌てて荷物を取りに部屋に戻る。


「着替えるから、出て行って」

「駄目、滅多にない姿だからそのままで」


 ルーカスはマジカルデバイスをこちらに向けると、パシャリと私のドレス姿を撮影した。


「冗談じゃないんだけど。というか、何で来たの?」


 ルーカスの事だから、どうせグリフォンは言い訳だろう。しかし彼は私の質問に答える気がないのか、マジカルデバイスをいじっている。


「言い方を変えるわね。どうして私が舞踏会に出ていると知ってるの?」


 私は腰に手をあて、キリリとルーカスを見上げながら睨みつけた。


「そんなの、君が堂々と浮気をしていたからだろう」

「浮気?」

「ロドニールに腰を掴まれてさ、ダンスなんかしてただろ?しかも親密そうに、笑顔で」


 ルーカスは思い切り不機嫌な表情になる。


 確かに私はロドニールとダンスをしていた。


(でも何でその事を知ってるの?)


 ルーカスが会場にいて、堂々と監視していたとは思えない。


 何故なら今日は王族派主催の舞踏会なのだから。グール派筆頭である、ランドルフの子であるルーカスが、歓迎されるとは思えなかったからだ。


「あ、もしかして、マンドラゴラ部隊が復活したの?」


 私は閃きと共に、期待の顔を向ける。


「残念だけどしてない。統率を取れるまでに訓練するには、もう少し時間が必要」

「じゃ、どうして私の動向を知ってるのよ。まさかオナモミとか?」


 私はストーカーに適した、新たな植物を推測する。


 河原の草むらなどでよく見かけるオナモミ。カギ状になったイガイガの先端は衣服などに絡みつく。その上一度絡みつくと簡単には外れず、かなり厄介な果実なのである。


 つまりサイズといい、その構造といい。オナモミはストーカー気質たっぷりな果実だと言える。


「あー確かにオナモミは、服に張り付くし、人の位置情報を探るにはいいかもな」

「え、オナモミじゃないの?」

「ちがうよ」


 ルーカスは、くすりと笑みを漏らす。


(まずった)


 どうやら私はルーカスに、余計なアイデアを提供してしまったようだ。


 自分で自分の首を締めた。その現実に、私は打ちひしがれ項垂(うなだ)れる。


「ローミュラー王国民のマジグラムをさ、僕は捨て垢でロムってるんだ」

「ロムってるって。監視してるってこと?」


 驚く私に謎に微笑みを返すと、ルーカスは話を続ける。


「それで僕は見つけたんだよ」

「何を?」

「とある一部の、危機管理能力が薄い、王族派の人間の投稿。君とロドニールがダンスをしているところを、ご丁寧に動画で投稿してたよ」

「え」


 私は驚きの事実と共に、顔を上げる。


「一応、ロドニールには問題のアカウントをDMしておいたから、君の事を、世間に知られる事はないと思いたい」


 ルーカスは「僕だけのルシアなのに」などと口を尖らせた。


 しかし問題はそこではない。両親の良い所を受け継ぐ私の画像が拡散されてしまった場合。


「父さん達がここにいるってバレちゃうかも」


 すなわちそれは、父と母が命を狙われるも同然だ。


「やばい、父さん達に早く知らせないと」


 私は青ざめ、部屋を飛び出そうと足を運ぶ。するとルーカスに腕をガシリと掴まれた。


「大丈夫。僕が来た時点ですでに手を打ってあるから」

「どういうこと?」

「すぐにチャールズがマジグラムのサーバーをハッキングして、シャットダウンしたから」

「は?」

「今は復旧作業中かな。該当の投稿は削除済みだし、今頃は別の投稿が代わりにアップされているはず」


 ルーカスはさらりと言うが、その技術は高度で誰でも出来るものではない。そしてハッキングという言葉自体が。


「え、なにそれ格好いいんだけど」


 私は目を輝かせる。


「チャールズ・モルス。ホワイト・ローズ科に所属する奴で、彼の祖先はかの有名なサミュー・モルスだよ」

「もしかして魔法のモルス符号を発明した?」

「正解」


 ルーカスが得意げに告げる。


 そもそも魔法のモルス符号とは、魔法の杖を用いて作り出す、点と線の組み合わせによる符号のことだ。


 この符号は、空中を伝わり、他の魔法使いたちに届く。


 そのことから、魔法使い同士における秘密のコミュニケーションに使用されたり、戦いでの作戦立案に役立てられたりすることがあるそうだ。勿論、魔法のモルス符号は、フェアリーテイル魔法学校における必修科目の一つでもある。


「確かにチャールズは凄い。でもさ、彼に頼んだ僕の仕事の速さを褒めてくれても構わないんだけど」


 ルーカスは、私に賞賛の言葉をねだってきた。


「そうね。素直に褒めてあげる。すごーい、ルーカス」


 私は棒読み口調で、パチパチと拍手をする。


「何だよそれ。全然心がこもってない」


 ルーカスは不満げな顔を私に向ける。

 仕方がないので、私はルーカスにサービスしてあげる事にした。


「ありがとう」


 私は男性をコロリと虜にすると名高い、あざとい笑顔を返す。


「……うん。まぁ、いいか」


 ルーカスは一瞬戸惑ったものの、満更でもない顔をして照れている。


「それで、エルマーはどこ?」

「変わり身はやっ。もうちょっと余韻(よいん)に浸りたかったのに」

「もう十分この国を満喫したもの」


 最初は両親との再会に喜ぶ気持ちが大きかった。けれど、まるまる一ヶ月もいれば、それなりにお腹いっぱいになるというもの。


「何だか、早く帰りたい気分」

「それは僕に会えなくて寂しかったからじゃないかな」

「毎日しつこいくらいにメッセージを送ってきてたじゃない。全然寂しくなんてなかったし」


 それどころか、グールの話題になる度、ルーカスの顔が嫌でも浮かんでいたような気がする。


「そう?僕はずっと、ルシアの事が心配だったけど」

「……」


 私はいつもの調子で、ルーカスを無言で(にら)む。


「そんな顔しても可愛いだけだよ。さ、エルマーに乗って帰ろう」


 ルーカスはニコニコと笑みを浮かべながら、私の手を取った。私はその手をしっかりと握る。そして、いつも通り迎えに来てくれた真っ黒なグリフォン。エルマーの背に乗り、もはや故郷と呼ぶに相応しい、おとぎの国を目指すのであった。

お読みいただきありがとうございました。


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