006 組分け編み棒
フェアリーテイル魔法学校は、巨大な岩山の頂上にそびえ立つ、まるで古い迷宮を思わせるような外観をした、とても大きなお城だった。石壁には不思議な模様が刻まれ、そこから放たれる魔力により、学校全体が覆われている。
その様子はまるでここから逃がすまい。そう主張しているようで私は益々気が滅入った。
(さいあく)
魔法学校の特別な雰囲気にげんなりした私を乗せたまま、エルマーは城の一角に降り立つ。
「ようこそ、フェアリーテイル魔法学校へ!!」
私は笑顔をこちらに向ける、透過されていない、本物のメーテルに忙しなく出迎えられた。
「はやく、急いで。組分けに間に合わないと退学よ」
(それもあり?)
そう思った私は、咄嗟に足を踏ん張ってみた。
「何してるの、ほら行くわよ。グリム校長に叱られるのは勘弁したいもの」
メーテルが私に向かい、興奮した様子で尾びれを揺らす。すると、尾びれを全体的に覆う水の塊がピチョンと私に跳ねてきた。
「ルシア嬢、行こう!!」
期待に満ちた感じで頬を高揚させるルーカス。
有無を言わせぬ二人を前に、私は観念する。そして私はルーカスと共に、まるで迷路のような長い廊下を走って移動する羽目になった。
(帰りたい)
浮かない気持ちのまま足を進め、ようやく辿り着いたのは背丈を遥かに超える、大きな扉の前。
(逃げられない)
絶望的な気分で扉を見上げる。するとメーテルが勢いよく扉を開けた。
浮かない気分満載である私の目に飛び込んできたのは、全体的に木目調で統一された美しい部屋だった。
(わ、きれい)
そんな感想を抱いたものの、細部を確認する暇なくメーテルが叫ぶ。
「ちょっと待ったーー!!」
ぴちょん、ぴちょんと水飛沫をあげながら前を進む人魚のメーテル。その瞬間、すでにとてつもなく長いテーブルに、行儀よく着席している生徒達の視線が、一斉にこちらに注がれた。
「あら、メーテル。遅刻するだなんて、あまり褒められた事ではないわ」
前方から聞こえてきたのは女性の澄んだ声。
私は慌ててその声の主に顔を向ける。
すると大きなバラのステンドグラスがはめられた窓の前にいる、壇上の女性と目が合った。
年配の女性はまるでどこかの国のお姫様がそのまま飛び出してきたかのような、銀色の裾が広がるドレスに身を包んでいる。彼女は青みがかった銀髪のロングヘアで、透き通るような白い肌をしていた。私達を捉える切れ長の目は、見る者を吸い込むような瞳だ。
「申し訳ございません。グリム校長。ローミュラー王国で少し手間取ってしまったんです。ほら、色々とアレで」
「なるほど。詳しい経緯の報告と二人から預かった書類をこちらに」
壇上に立つグリムと呼ばれた女性に言われ、メーテルはルーカスと私を残しスタスタと生徒たちが並んで座る席の間を歩いて行ってしまった。
「組分けの編み棒って何?」
置いていかれた事に戸惑いつつも、隣に立つルーカスに小声でたずねる。
「ほら、あそこにある編み棒を握るんだよ」
ルーカスは真っ直ぐ正面を指差す。その指先を辿ると、確かに壇上の中央にふわふわと浮く二本の銀色に輝く怪しい編み棒があった。
「僕たち新入生があの棒を握ると、勝手に編み棒が動くんだ。そして編み上がったローズの色で組分けが決まるってこと。あぁ、できたら僕はブラックがいい。でも君がホワイトだったら、ホワイトな自分を受け入れる努力をするけど」
ルーカスの戯言を無視し、私はゆらゆら揺れる編み棒から視線をそらし、部屋の中を見渡す。
天井には巨大な木の枝が張り巡らされており、枝にはゆらゆらと揺れるロウソクがいくつもぶら下がっていた。
(周囲の葉が燃えないってことは、あれも魔法ってことか)
私は納得しつつ、大きなシャンデリアのようになった木の下に目を向ける。
そこには二つの大きなテーブルが設置されており、左右に別れて生徒が腰を降ろしていた。
向かって右側には、塵一つない白い騎士服を身にまとう男子と、キラキラと輝く白くて清楚なワンピースの制服に身をまとう集団。そして左側にある長テーブルには、黒い軍服のような格好をした男子と黒いワンピースに身を包んだ集団がそれぞれ腰を下ろしていた。
「ローミュラー王国出身、ルーカス・アディントン、及びルシア・フォレスター、二人とも前に!!」
突然響いた男性の声に驚き振り返ると、そこにはメーテルともう一人、白衣を着た髭面の男性が立っていた。男性は私たちのほうを見て手招きしている。
「呼ばれたみたいだ……ってそっか、君は」
ルーカスが言いかけた声は、「早く来なさい!」という男性の大きな声によってかき消されてしまった。
「うわっ、今行きます!……とにかく行こうか」
突然ルーカスは私の手を握った。そして私を引っ張るように歩き出す。
「……ちょっと。手」
繋がれた手を引っ張る私の耳に、生徒たちの囁き声が飛び込んできた。
「やだ、あの二人ってそういう関係?」
「でもローミュラー王国の王子の次に名前を呼ばれた子の家名って、確か現国王に粛清されたとされる前国王家の家名じゃなかった?」
「つまり国民を見捨て、真実の愛を選んだ愚かな王子の子ってこと?」
「じゃ、ブラック・ローズ科かしら」
「順当にいけばそうだろうな」
「俺はホワイト・ローズ科に五リチーかける」
壇上へ向かう私にこれみよがしに、白い集団から悪意ある声がかけられた。その度、ルーカスが私を握る手の握力を強める。
(こんな思いをしなきゃならないのは、全部あなたの親のせいなのに)
私は真っ直ぐ前を向いて歩くルーカスの横顔を睨みつける。けれど、彼は私の刺さるような視線に気付いているくせに、さらに私の手を強く握りしめてきた。
「いつか見返してやればいい。だから言わせておけばいいんだ。だけど」
「悪口を言った子の顔は忘れないでおくわ」
私が告げると、ルーカスの口元が満足気に緩んだ。
(悔しいけど)
ひとりじゃないこと。
それを今は有り難いと感じている自分がいる。
友達なんて欲しくない。けれど、繋がれた手から感じるルーカスの僅かな魔力に励まされている情けない自分。それも私なのだと、今だけ受け入れることにする。
私はルーカスと手を繋いだまま、ざわつく生徒達の間を抜け、壇上に上がる階段の前で止まる。
「僕はブラック・ローズがいい」
ルーカスは謎に宣言すると私に向かって微笑みかけ、一歩ずつゆっくりと段差を上がっていった。
「では、こちらへどうぞー」
メーテルはルーカスを壇上の端まで誘導した。
「ではまず、ルーカス・アディントン。あなたから行いましょう。さぁ、なりたい自分を脳裏に描き、組分けの編み棒を握りなさい」
ルーカスはグリム校長の言葉に従い、緊張した面持ちになると両手で編み棒を握った。そして念じるような顔で静かに目を閉じる。ほどなくして編み棒の間に虹色の光の玉が現れた。続いてその玉から一本の糸が飛び出し、ルーカスの握る編み棒が勝手に動き出す。
そしてあっという間にバラの紋章が編み上がった。
「ふむ、ホワイトのようですね」
ルーカスが編み上げた紋章を手に取りながら、グリム校長が告げる。
「え、そうなんですか?ブラックがよかったのに」
目を開けたルーカスは心底残念そうに、グリム校長が手にした編み上がったばかりのホワイト・ローズの紋章を見つめた。
「貴方は王子ですからね。ホワイト・ローズ科でも同じ境遇の仲間に恵まれ、楽しい生活が送れるはずですよ」
「あぁ、やっぱりブラックが良かったな。ええとそのもう一度」
ルーカスは意味ありげにグリム校長に視線を向ける。
「なりません」
グリム校長はルーカスの懇願する思いを容赦なくはねのけた。
「あたなたは今日からホワイト・ローズ科で、この世界を明るく照らす光と善の心を中心に学ぶことになりました」
グリム校長がフッとルーカスが編み上げたホワイト・ローズの紋章に息を吹きかける。ゆっくりと宙に浮かんだ紋章から光が放たれ、ルーカスをその光が包み込む。
私は思わずまぶしくて、光を遮るよう腕で顔をかばう。
「おめでとう、ルーカス・アディントン。あなたにとって、恵み多き学校生活となりますように」
グリム校長の声がして、私は腕を下げルーカスを確認する。するとルーカスは右側に集う生徒同様、真っ白な騎士服に身を包んでいた。
「俺はブラックが良かったのに」
相変わらず納得のいかない様子で愚痴るルーカス。
「そうかな。似合ってるわ。そうよね、ルシア」
メーテルに話を振られ、私はぎょっとする。
「ほら、せめて、同郷のよしみで褒めてあげなさい」
メーテルが耳元で私にささやく。
「ええと、何というか三割増し、たくましく見える……気がするような」
「嘘だ。君の顔は引き攣ってるじゃないか」
私はスッとルーカスから視線をそらす。
「ようこそ、ホワイト・ローズ科へ。君を席まで案内しよう」
金色の縁どりがされた、白い騎士服に身を包む上級生と思われる男性が、キラキラしい笑顔をルーカスに向ける。
「ありがとうございます……」
相変わらず不服そうな表情をしつつ、しかし『上級生には逆らうべからず』といった雰囲気でルーカスが壇上から降りた。
「では今年最後の新入生。ルシア・フォレスター。あなたの番ですよ」
グリム校長に名を呼ばれ、私は壇上へと続く階段を一歩一歩しっかりと踏みしめてあがる。
「さぁ、なりたい自分を脳裏に描き、組分けの編み棒を握りなさい」
私はごくりと唾を飲み込み、震える手で銀色に輝く編み棒を握り目を瞑る。
ローミュラー王国の王城で見かけた、ヒステリックな女性が身にまとう豪華な金色のドレスを脳裏に思い浮かべ、それから質素でゴワゴワとした綿の服に袖を通す、それでも美しい私の母を思い浮かべる。それから国を捨てなければならなかったと、今でも後悔する父の憂いある青い瞳を思い浮かべる。
(私は父さんと母さんを苦しめる全てに、仕返し出来る強さがほしい)
素直な気持ちを編み棒に込めた。すると編み棒が勝手に動き出す。
「ふむ、王族の血を引くあなたがどちらを選ぶのか、私には予想もつきませんでしたが。なるほど、あなたはブラックのようですね」
グリム校長の静かな声で私はパチリと目を開ける。
「貴方は神の子であるフォレスター家の者。ブラック・ローズ科にとって、あなたの存在は頼もしいものとなるでしょう」
「……は、い」
グリム校長の言葉と目力に負けた私は、渋々答える。
「あなたは今日からブラック・ローズ科で、この世界に切っても離せない、闇と悪の心を中心に学ぶことになりました」
グリム校長が先ほどルーカスにしたように、フッと私が編み上げたブラック・ローズの紋章に息を吹きかける。ゆっくりと宙に浮かんだ紋章から黒い光が放たれ、私の体は漆黒なモヤに包まれた。
そして私は、詰め襟の軍服風なジャケットに短めの黒いチュールドレス。そして黒いブーツという姿に様変わりした。
入学を勝手に両親に決められてから今まで、げんなりした気持ちでパンフレットに映る制服を眺めていた。けれど実際は、悪くないと思える気がした。
「よう、ブラック・ローズの期待の新人誕生だな。歓迎するぜ」
ポンと勢いよく肩を叩かれ、私はハッとして顔をあげる。するとそこにいたのは、頭に黒々とした羊の、どうみても邪悪なツノを持つ黒い軍服を着崩した青年だ。
「ひぃぃぃ」
思わず私は後退り悲鳴をあげる。
「彼はとある魔界の王子で、ブラック・ローズの監督生だから安心なさい。ま、ブラック・ローズ科はホワイト・ローズ科に比べて戸惑う事も多いだろうけれど」
グリム校長がニコリと私に微笑む。
「闇には必ず光が差します。そして光にも必ず闇が隠されている。そしてその二つは結局のところ一つ」
「は、はい」
突然難しいことを言い出したグリム校長に戸惑いながら返事をする。
「さぁ、新しい世界へようこそ。ルシア・フォレスター。貴方にとって、恵み多き学校生活となりますように」
「はい」
グリム校長の言葉になんとなく背筋を伸ばして答える。
こうして私は十二歳の秋。
未来の悪役候補として、フェアリーテイル魔法学校に入学したのであった。
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