053 詐欺師と対決
ルーカスからドラゴ大佐達の遺伝子がまだ生きている。
そんな朗報を聞いた私は、スキップしそうな勢いで歩き出す。
「ちょっと待てよ! お前誰だよ!」
すっかり忘れていた人物から声がかかる。
「僕は彼女の婚約者だけど?」
「嘘つけ! お前みたいな冴えないヤツが婚約者なんて居るわけねえだろうが!!」
男が失礼極まりない言葉を吐き出した。
「ちょっと、今のは……」
ルーカスに失礼と言いかけ口を噤む。
改めて確認したところ、残念ながら今日のルーカスは冴えない奴で間違いなかったからだ。
植え替えをしていたのか、頭はボサボサで、制服の上に白衣を羽織ったまま。その白衣は土だらけで茶色く汚れている。
あまり寝ていないのか、目の下は窪み隈が出来ているし、いつもは全くその存在に気付いた事のないヒゲがうっすら口の端にヒョロリと生えていた。
(確かに冴えないかも)
私は男の発言に納得してしまう。しかし当の本人にその自覚はないようで。
「なんだと!僕が冴えない奴だと!?」
ルーカスの瞳孔が大きく開いたかと思うと、彼は拳を強く握りしめていた。
「やめてルーカス」
私は彼の腕を引き、なんとか怒りを抑えてもらう。またグールになられても困るからだ。
私は背伸びをし、ルーカスの耳に口を近づける。
「大丈夫だから。充分格好いいよ」
ルーカスにしか届かない声で呟く。すると、ルーカスは見事固まった。
(よし)
ルーカスを無事フリーズさせる事に成功した私は、男の方に向き直り、言葉を続ける。
「ほら、ちゃんと来たでしょ」
私はルーカスの腕をこれみよがしに掴む。
「だから悪いけど、私達はこれで」
ルーカスの腕を掴んだまま、くるりと振り返り、男に背を向けて歩き出す。
「さ、マンドラゴラの様子を……って、ナターシャ!!」
私は突然現れた男のせいで、うっかり忘れていた大事な事を思い出す。
そもそも私が噴水広場にいるのは、ナターシャに忍び寄る詐欺師から彼女を守るため。決して男にナンパされたかったからではない。
「まさか!!」
私は嫌な予感たっぷり背後を振り返る。すると先程まで私に絡んでいた男の姿が見当たらない。
「絡んできたあいつの引き際の良さ、それからいつになっても帰ってこないナターシャ」
もしかして噴水広場に入ってきた来た瞬間から、すでに詐欺師に目をつけられていたのかも知れない。
「だって、マジグラムでこっちの顔はバレているわけだし」
更に言えば、ナターシャはお金の入った封筒を一度取り出していた。
「やだ、化粧室にいかないと!」
私の頭の中で、最悪のシナリオが展開されていく。
「よくわからないけど、付き合うよ」
「ありがとう」
ルーカスに礼を言いながら、私はここから一番近い化粧室に向かって、走り出したのであった。
***
化粧室をくまなく探した私。しかしナターシャの姿はなかった。
「いない。どうしよう」
落胆したまま、外で待つルーカスと合流する。
「あー!!もう!」
イライラとしたまま私は頭をガシガシ掻きむしる。せっかくナターシャを守る作戦を立てていたというのに、結局彼女を守れなかった。
(どうしてこんな事に)
私は唇を噛み締める。
「とりあえず、彼女に連絡はとってみた?」
「それがつながらないの」
先程から何度もマジカルデバイスに通信を送っているのだが、一向にナターシャが応答する気配はない。
(詐欺だけじゃなく、誘拐されたんじゃ)
ナターシャはマジグラムで顔を晒している。
流石に本名は公開していない。しかし、彼女のマジグラムを念入りにチェックしていれば、家族との写真、それから魔法の鏡、制服姿の写真などから特定される可能性はある。
(ナターシャは名家のお嬢様だし)
普段は仲良くなりすぎてすっかり忘れがちだ。けれど彼女は世界的に有名な、スノーベック王国のアップルトン家のご令嬢。
そして先程私を引き留めていた男の存在を重ね合わせると。
「身代金目当てで誘拐されたのかも」
そんな考えが脳裏を過ぎる。
「あっ、あれ、ナターシャ嬢じゃないか?」
そう言ってルーカスはピンと一点を指差す。
「どこ?」
私は慌ててルーカスの腕を掴み背伸びをする。しかし人垣に隠れてよく見えない。
「あ、裏道に連れ込まれる」
「えっ!?」
ルーカスが再び指を指した方向を見た私は、驚きの声を上げる。なんとそこには、男達に囲まれたナターシャが今まさに、裏道に引きずり込まれる瞬間だったからだ。
「ルーカス、助けに行くわよ!」
「うん」
ルーカスは力強く返事を返してくれる。そして私達は再び人混みの中を走り出すのであった。
***
暗闇に包まれた路地裏に足を踏み入れようとした途端、ルーカスに腕を掴まれる。
「ちょっと」
「シッ」
ルーカスが唇に人差し指を立て、かがむように指示する。
私はルーカスに倣うよう、しゃがみ込む。そして彼の背中越しに、そっと前方を確認した。
「こいつの友人、あいつもなかなか高く売れそうだったけどな」
「まぁ、こいつだけでも十分だろう」
柄の悪い男達の声が聞こえる。一人は確実に、噴水広場で私に声をかけた男の声だった。
(やっぱりあいつ、仲間だったんだ)
もっとよく路地裏を覗き込もうと、私はルーカスの背中から身を乗り出す。
行き止まりになった路地裏の壁に背をつけ、しゃがみ込むナターシャの姿が見える。
ナターシャは彼女を引きずり込んだ謎の男たちに、緊張した表情を向けていた。
「でも、あの女も美人だったぜ?」
「確実に金になるのはこいつの方だ」
「確かにな。いいところのお嬢様だしな」
「恋愛ゴッコのおままごとに付き合ってやったんだからな。それ相応の金を親からせびってやる」
「それな」
下卑た笑い声が聞こえてくる。
(最悪)
私は心の中で舌打ちする。
「さて、とりあえず身ぐるみ剥いで、売り飛ばす前に楽しませて貰うか」
「お前が言うと変態くさいぞ」
「うるせぇ」
男達は、壁際に追い詰められているナターシャに、じりじりと近寄っていく。
「おい、何をしている!」
片手に杖を召喚しながら、ルーカスが立ち上がり、大声で男達に呼びかける。私も慌てて立ち上がると、杖を手にし、臨戦態勢をとった。
「ルシアと植物君!!」
ナターシャがホッとした顔でこちらを見る。
「なんだ? ガキは引っ込んでろ」
男の一人が私達に向かって、威嚇してきた。
「なんだ、さっきの女じゃないか。彼氏と探偵ごっことは、いただけないなぁ」
先程私に声をかけてきた男が、ニヤリと笑った。
「なるほど。確かに高く売れそうだ」
「ガキども、大人しくしてりゃ痛い目を見ずにすませてやる」
「悪いけど、お断りよ」
私とルーカスは互いに視線を交わし合い、コクリと小さく首を振る。
「お前らこそ、覚悟するんだな」
「かかってきなさい!」
ルーカスと私は同時に地面を蹴ると、男達に向かって走り出した。
「このクソガキ共が」
男達が懐からナイフを取り出す。しかしルーカスの杖の先から伸びた鋭い木の枝が、男のナイフに巻き付いた。
「ルシア、ここは僕が。君はナターシャ嬢を」
「わかった。でもちょっとだけ仕返しさせて」
私は男達に向かって発光する玉を杖の先から投げつける。ピカッと空中で光を放ったそれは、鋭い閃光を放ち、男達の視界を見事、奪った。
「くそっ! 何も見えねぇ」
「魔法使いはこれだから、嫌なんだ」
顔を腕で覆った男達が、戸惑いながら悪態をつく。
(よし、今のうちに)
私は素早くナターシャの元へ駆け寄る。
「大丈夫?」
「ルシア、迷惑かけてごめん」
ナターシャは不安そうな顔をしながらも、しっかりした口調で返事を返してくれる。
「気にしないで。友達でしょ」
「ありがと」
「さ、立って。仕返しするでしょ?」
「もちろんよ」
私はナターシャの手を引き、彼女を立たせる。
「やってくれたな」
「この野郎」
男達はようやく視力を取り戻したようだ。
「よくも私を騙してくれたわね」
ナターシャは男達を睨みつけ、杖を構える。
そして、男にピシリと杖の先を向けた。
「アブラカダブラ・シムサラビム・ズィン……」
ブツブツと、しかし懸命に呪文を詠唱し始めるナターシャ。
「もしかして、彼女は」
ルーカスがギョッとした顔を私に向ける。
「うん、詠唱がちょっと面倒なタイプの魔法使いなの。ほら、由緒正しい系だから」
「なるほど……って、待て、逃がすか!!」
ルーカスが逃げ出そうとしていた男たちの足元に、炎の魔法を放つ。
「チィ!」
「逃げるな、詠唱中だぞ。その場で待つのがマナーだろう!」
あくまで、紳士的な教えを男に告げるルーカス。
(悪党にそれは通用しないから)
私は心で指摘する。
「ゼレニ・ヒンカリー・ハッタ・ボンバラヤ・アポー!」
ナターシャは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、男達に向けて杖を振り下ろす。すると男達の周りに、りんごの木で出来た檻のようなものが出現した。
「な、なんだこれは」
「出られない」
男達は焦ったように、木でできた柵に手をかける。
「さぁ、お仕置きよ。ルシア、やっちゃって!」
ナターシャはふふんと得意げに鼻を鳴らすと、男達に向かって中指を立てた。
「オッケー」
私は杖を両手で握りしめ、大きく振りかぶる。
「いでよ!」
ナターシャに触発され、私もそれっぽく叫んでみることにする。すると絶妙なタイミングで私の杖の先から、巨大なたんぽぽの綿毛が飛び出した。
「なんだよそれ」
「俺たちを馬鹿にしてんのか?」
男たちが私が召喚した魔法のたんぽぽを小馬鹿にする。
「タンポポの綿毛が耳の中に入ると耳が聞こえなくなる。あなた達はその事を知らないの?」
「そ、そんなの迷信だろ」
「そうだ、綿毛くらい、どうってことない」
「そうでもないよ。魔法のたんぽぽの種が秘めた驚異の発芽力で、耳の奥で成長した綿毛が鼓膜を圧迫し、炎症を起こしたのち、失明。最悪のケースは脳まで到達し、人を狂わせた事例もあるから」
ルーカスがナイスアシストをくれる。
「えっ!?」
「嘘だろ」
「安心して、ちゃんと脳まで行くように、綿毛達に頑張らせるから」
私はニッコリと微笑むと、手に持った杖を大きく振り下ろした。
「えいっ」
私の声と共に、勢いよく飛び出た無数のたんぽぽの綿毛は、男達の顔に向かって飛んでいく。
「ぎゃあああ!!」
「うわぁぁぁぁ!!」
悲鳴を上げた男達がしゃがみ込み、両手を耳で塞いでいる。
「ふん、もっと、もっと、苦しみなさい」
ナターシャが男たちに、杖の先から召喚したりんごを投げつけた。
柵の中に入り込んだりんごは、床に落ちることなく空中で爆発する。
「うわぁ、痒い」
「何だ、急に痒くなってきた」
「それはアレルギーの呪いよ。目が腫れるまで掻きむしるといいわ」
ナターシャがゾッとするほど、美しく冷酷な顔で告げる。
「アレルギーだって、甘くみると死に至る事もあるんだからね」
私は男たちに付け加えておく。
「ルシア、お見事」
「ルーカスもありがとう。お疲れ様」
ルーカスと私は顔を見合わせ微笑みあう。
「あーやだやだ。こっちはフラれたばっかだってのに。いちゃつく前にさ、あいつらどうするのか決めようよ」
私は白目を向いて倒れている男達を見つめる。
どうやら恐怖で気絶してしまったようだ。
(魔法使いを甘くみた罰ね)
私はふんっと悪役らしく鼻を鳴らす。
「こいつらは、衛兵に引き渡せば良いんじゃないか?」
ルーカスが提案する。
「それが一番かな」
私はコクリと首を縦に振る。
「というか、ふるさと便を装い、死ぬまで毒りんごを送り続けてやる。勿論オールシーズン問わずよ」
ナターシャがボソッと呟く。
「えっ?何それ怖い……」
「確かにうっかり食べちゃいそう」
私とルーカスは、ナターシャの本気に、揃って身震いしたのであった。
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