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復讐の始まり、または終わり  作者: 月食ぱんな
第一章 フェアリーテイル魔法学校に入学する(十二歳)
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005 敵をうっかり助ける

「目的地につきました。どうやらここの主からは歓迎されていないようですね。でも我がフェアリーテイル魔法学校は、本人の学びたい意志を尊重するのがモットーです。よってエルマー、行きましょう」


 メーテルの少し不機嫌な声に、エルマーは再び飛び立ち、風格ある城の一部を構成する、白い手すり付きのバルコニーの前で停止した。


 大きく開け放たれた窓はエルマーの起こす翼の羽ばたきにより、青いカーテンがゆらゆらと(なび)いている。


「あら、遅刻はいけませんねぇ」


 鏡の中からニュルリと飛び出したメーテルは、腕にはめた時計を苛立たし気に叩く。


「五、四、三」


 メーテルが謎のカウントダウンを始めた瞬間、白い枠の窓から一人の少年が飛び出してきた。


 黒髪を優雅に流し、白い肌には柔らかい光が降り注いでいた。遅れてきたくせに凛とした姿勢で、窓辺に佇んでいる姿は、背景となる荘厳な城の風景の効果もあり、まるで絵画のワンシーンを切り取ったかのようだ。


「遅くなってしまい申し訳ございません。僕はルーカス・アディントンです。ちょっと色々と混み合った事情があって」


 部屋の中を何度も振り返り、大声でこちらに告げる少年。


「ええと、出来たらグリフォンをもう少しこちらに近づけて頂けると――」


 少年が言い終わる前に、私の視界を、ピュンと弓矢が横切る。


「まったく物騒ですね」


 メーテルが呑気な声をだす。その声を聞きながら下を向くと、またもや弓矢を構えた兵士の姿が視界に入る。


 (よくわからないんだけど)


 どうやら目の前の少年は命を狙われているようだ、たぶん。


「早く、こっちに飛んで」


 私はイライラとした声をあげる。


「こっちにって……」


 少年がバルコニーに足をかけ、下を向き青ざめた。そうこうしてる間に、またもや私達めがけ、弓矢が地上から放たれる。


「あなたのせいで死にたくはないの。魔法をかけてあげるから、だから早く飛んで!!」


 思わず大きな声で叫ぶ。


「わ、わかった。君を信じる」


 少年はゴクリと唾を飲み込んだ。そして意を決したように、窓から大きく飛躍した。


「フロー」


 咄嗟に杖を右手に召喚した私は、父から教わった浮遊呪文を口にし、無我夢中で少年に向かって杖の先を向ける。すると私の杖の先から青白い光が飛び出し、少年の体を包み込む。


「うわぁ、空を浮いてる」

「浮いてるって……」


 私が魔法をかけたのだから当たり前だ。呆れた視線を少年に向けつつも、杖を巧みに動かしエルマーの前に、ルーカスと名乗る少年をふわふわと移動させる。


「最上級の挨拶をエルマーにしなきゃだめみたいよ」


 私は意地悪な気持ちになり、小声でルーカスに告げる。

 旅は道連れ世は情け。彼だけ、監獄。すなわちフェアリーテイル魔法学校行きを逃れるのはずるいと思ったからだ。


「な、なるほど。ええと、僕はルーカス・アディントン。君のその美しくも気高い背にまたがる権利を頂けると嬉しいのだが」


 そう言ってルーカスは空中で器用に右足を引き、右手を体に添えた。それから左手を横方向へ水平に差し出し、完璧な紳士の礼を取った。


「キューン!!」


 エルマーが了解したとばかり甲高く鳴き声を上げる。そして驚きで固まるルーカスの黒いスーツの背をぱくりと咥えた。それから私がされた時と同じ、ルーカスをポイと自分の背に乗せた。


「まずは、第一関門の合格おめでとうございます!!」


 メーテルがご機嫌な声と共に、パチパチと私の背後にまたがるルーカスに拍手を浴びせる。


「第一関門ですか?」

「ここでつまずいて入学取り消しになる子もいますので」


 ルーカスの質問に対し、私の時と同じようにニコリと微笑むメーテル。しかしすぐに真面目な表情になると、メーテルはふわふわと空を漂いエルマーの横につく。


「それで、親権者の印が押された入学に関する書類は間に合いましたか?」

「はい。父が押してくれました。といっても母には変わらず反対されているので……その……ええと、ひとまずこれです」


 ルーカスが遠慮がちに答え、懐から出した紙をメーテルに渡した。


「ルーカス、なんてこと!!早くお戻りなさい!!」


 突然、窓から燃えるような赤髪の女性がこちらに向かって叫び声をあげた。私達を睨みつける女性は、見たこともないくらい金色に光るドレスを身に着けている。


(うわぁ、何かお金持ちそう)


 珍しい物を見つけたという感覚に囚われ、うっかり女性に見惚れかけた。しかし女性の背後に、今まさにこちらを射ようと、弓と杖を構えた兵士が控えているのを発見した私は青ざめる。


「ち、ちょっと物騒極まりないんだけど。一体なんなの?」


 赤髪の女性に視線を向けたまま、私は愚痴る。とは言え、内心魔法の腕を試せるかもと、わくわくする気持ちが抑えきれない。


「すまない。色々と事情があって」

「ふむ、確かにあなたの複雑極まりない事情はグリム校長より伺っております。できればこのような強硬手段に出るのはよくありませんが、我がフェアリーテイル魔法学校では本人の意志が何よりも尊重されます。ですから、この書類があれば十分。我が学校は、あなたを保護するに値すると判断いたします」

「よ、よかったです」


 メーテルの言葉にホッとした様子を見せるルーカス。


「ルーカス、早く戻りなさい。私はそんなくだらない学校への入学を許した覚えはないわ!」

「母上、申し訳ありません。けれど、当分戻る気はありませんので!!」


 ルーカスが言い切った瞬間、こちらに向かって矢が放たれた。

 私は魔法で弓矢の軌道を何本か修正し、あさっての方向に飛ばす。


「我が子であろうと、勝手は許しません!」


 ルーカスの母親が叫ぶと同時に、こちらに向かって大きな火の玉が飛んできた。私は慌てて、火の玉に対抗するため氷の壁を作る。


 しかし壁に当たった火の玉は小さく分離し、私達めがけ飛んできた。


「うわっ」


 ルーカスが悲鳴を上げたが、エルマーが翼で私達を覆い、上手く衝撃を殺してくれる。


「さて、時間も押していますし、私達は行きましょうか。何事もなければご子息を五年間ほど、責任を持ってお預かりいたしますのでご安心くださいね!!」


 メーテルが高らかに宣言し、鏡の中に入ろうとした瞬間、今度は地上から矢が放たれた。


「グルルルル」


 獣の雄叫びのような低い声をあげたエルマーが、バサバサと大きな羽で矢を振り落とす。


「グルルルルッ!!」

「まあ、これはこれは。流石に怒り心頭のようですね」


 鏡から半身を出したメーテルが苦笑いする。


「すみません、僕のせいで……」


 ルーカスがしょんぼりとした声を出す。


「本当に、困った王子様なこと。けれど、愛する息子の意見を尊重しない母親など、いないほうがマシだと思います。ですが、まぁこれは個人の意見ですので」

「ほんと、すみません」


 ルーカスが小さな声で呟く。


「大丈夫ですよ。我がフェアリーテイル魔法学校は、本人の学びたい意志を尊重するのがモットーです。それに、私は運命が動き出す貴重な瞬間に立ち会えたことの喜びの方が勝っておりますからね」


 メーテルは学校の理念をしつこく口にしたのち、私達に向かって微笑む。


(運命が動き出す瞬間?)


 私は質問を投げかけたい気持ちを堪える。


 なぜなら。


「ルゥぅぅぅカス!!早くお戻りなさい。あなたは騙されているだけ。そもそも、そんな事も気付けない愚か者に産んだ記憶はありませんわ」


 ヒステリックに叫ぶ声で思考が遮断されたからだ。


「僕だって、あなたから産まれたくて産まれた訳じゃない」


 ボソリとルーカスが呟く。


「さて、しんみりとした別れは期待できなさそうなので、さっさとズラかりましょう。エルマー、あとはご自由に。おまかせ致します」


 メーテルはニッコリ笑うと、再び鏡の中へ入っていく。


「キューン!!」


 私たちを乗せたエルマーは空高く飛び立つ。そして横を弓矢が横切る中、あっという間に城を離れてしまった。


「なんなのあの、強烈な人。というか自分の息子に向かって容赦なく弓矢を打たせるって、わりとクールだけど、危険ではあると思うけど」

「すまない。色々あって母さんはイライラしてるんだ。まぁそのうちの一つは確実に僕のせいでもあるけど」

「あなたって、親不孝者なの?」


 思わす振り返ると、ルーカスはぎこちない笑みを浮かべ、私からスッと視線を逸した。


「うん。わりと親不孝かも。全て僕が悪いんだ。というか、さっきはありがとう」

「さっき?」

「窓から身投げした僕に魔法をかけてくれただろう?それから弓矢を落としたり、氷の壁を作ったり。凄い速さで魔法を繰り出していたから。君って魔法の才能があるんだね。ほんとすごいや」

「まぁね、魔法はわりと得意よ」


 褒められた事に気を良くした私は思わず胸を張る。


「だろうね。鮮やかだったもん。じゃ、君も魔法学校に?」

「そうよ。親に無理やり。だから今年から入学する予定。でもこんなに危なっかしい旅になるとは思ってなかったけど」

「そうだよね。ごめん」

「謝らないでよ。私は結構楽しかったし」


 思うまま口にしてから、ふと気付く。


(ここは父さんと母さんを追い出したローミュラー王国の上空……)


 背後に座るのは、見た目だけはいいけれど、何処か陰気臭い少年。だけど、どうみても物語に出てくるような、立派なお城の窓から飛び出してきた事実があって。


「あなた、もしかしてローミュラー王国の王子なの?」


 私は振り返り、黒髪の青年の紫色の瞳をジッと見つめる。醸し出す頼りなさげな雰囲気とは真逆。少しツリ目なのは、どうやら先程目の当たりにした、強烈極まりない母親譲りのようだ。


「僕としては、自分が王子だなんて認め難い気持ちがある。でも人からはそう認識されているみたいだ」


 まるで他人事のように告げるルーカス。


「じゃあ、さっきのアレは、ええと、つまりフォレスター家を粛清(しゅくせい)したとされる、ナタリア・アディントンってこと?」


 私は父の元婚約者であり、父と母を国外追放したのち、祖父祖母までもを殺し、その座を奪ったと噂されている人物。その名を口にして、鼓動が嫌でも早まる。


「え?そうなるのかな。どちらかというと、母さんは婚約者であった、ルドウィン様に裏切られたほうだと言われているけど」

「そう、なんだ」


 私は視線を彷徨わせたのち、前を向き唇を強く噛む。


(違う、父さんと母さんは真実の愛と自由を求めただけだもの。悪くない)


 それなのに、その事を利用しクーデターを起こし、国を乗っ取ったのがナタリアとランドルフという人物だ。


(許せない)


 心に沸々とした怒りがこみ上げてくる。


「僕は去年、フェアリーテイルの入学許可が来たんだ。けどあのとおり。母の反対にあってね。書類が用意できなくて。それで今年は、一年間ほど父に尽くして署名を頼んだんだ。色々大変だったけど、これで僕は五年間の自由を手に入れたってわけ」


 こちらがザワつき、イラつく気持ちを知りもしないルーカスは、煩わしさから開放されたとばかりペラペラと語る。


「君はやけにローミュラー王国に詳しいみたいだけど、どこから来たの?」

「それより、あなたのお母さんは」

「母さんのことはもういいよ。それより君の事を聞かせて欲しい」

「私の話なんて面白くないわ」


(むしろ、今すぐあんたを落としてやりたいくらいムカついているんですけど)


 私はいつか抹殺しようと誓う敵を前に、内心舌打ちをする。


「それでも聞きたい。だって君とは初めて会ったフェアリーテイルの同級生なんだから。それに君みたいな可愛い女の子は僕の知り合いにいないし。何処の国の姫なのかなぁって。あ、そ、それに、君は僕を助けてくれた恩人だしさ」


 屈託のない呑気な声が背後から飛んできて、私はふぅと息を吐き怒りを逃がす。


 そもそも私が可愛いのは、一国の王子をたぶらかしたとされる女性の娘なのだから当たり前だ。それに魔法が得意なのだって、ローミュラー王国の王家。フォレスター家の正当なる血筋をひいた者なのだから当たり前だ。


(何より、敵を助けちゃった自分にムカつくんですけど)


 知らなかったとは言え、魔法が失敗したフリをして地面に落としてやれば良かったと後悔する。


(でもここでやりあっても、父さんと母さんの役には立たない)


 いずれその時がきたら、ルーカスに復讐をする。

 それがいつなのか今はわからない。

 けれど、今ではない事は確かだ。


「分かったわ」


 私は諦めたようにため息をつく。


「あ、ちなみに僕の名前は」

「ローミュラー王国の王子様、ルーカス・アディントン」

「まぁ、そんなとこ。君の名前は?」

「私は……ルシアよ」


 しばし悩んだ末、私は自分の身元をここで明かさない事にした。


(学校に行けばバレちゃうだろうけど)


 狭いグリフォンの背で血なまぐさい決闘を行う気はない。

 私は自分の素性について口を閉ざす事を決めた。


「ルシアか。良い名前だね」


 呑気な王子、ルーカスはそう言うと、嬉しそうに笑ったのであった。

お読みいただきありがとうございました。


更新の励み、次作品への養分になりますので、続きが気になるなー、おもしろいなー等、少しでも何か感じていただけましたら、★★★★★からの評価やブックマーク、いいね等で応援していただけるとうれしいです。

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