045 リベンジ☆ブードゥードール
ルーカスとグリムヒルを訪れた休日。
それなりに楽しむ気満々だった私を待ち構えていたのは、幸せの押し売りと言った感じ。ゆめゆめしくカラフルに様変わりした、呪われた街並みであった。
その街並みに恐怖と嫌悪感を抱く私の前に、新たな刺客が送り込まれたようで。
(げ、エリーザ)
私は青色の髪色を視界に入れた瞬間、サッと身構える。しかしエリーザはそんな私の事など気にもせず、興奮した様子ではしゃぎながらルーカスへと駆け寄っていく。
「まさかこんな所で会えるだなんて!ルーカス様もラブプリのコンサートに?」
真っ白な制服を脱ぎ捨て、新緑を思わせる薄緑色のドレスに身を包むエリーザは、嬉しそうに頬を緩めている。肩から斜めがけをした緑色のタスキには、同じく緑色の髪色をした青年の顔が印刷された缶バッチがいくつもつけられていた。
どうやら彼女の推しは、フロッキー王国の王子のようだ。
(わかりやすっ)
心の中でツッコミを入れつつ、私は二人の様子を眺める。
「いや、僕は彼女とデート中だよ」
ルーカスは微笑み、いつも通り余計なことを口走る。
「そうだったんですね。ルシア様、こんにちは」
エリーザは今気付いたといったふうに、私に笑顔を向けた。
「ごきげんよう、エリーザ様」
気が進まないが、挨拶だけは返しておく。
「二度と無いチャンスなのですから、お二人もラブプリのコンサートに……あ、でもその格好だと浮いてしまいますわね。残念です」
嫌味たっぷりな言葉を早速吐き出したエリーザの視線が、黒い制服に身を包む私のつま先から天辺に向かおうとし、とある一点で止まる。
「まさか……」
私の腰の辺りを凝視し、呟くエリーザの表情がみるみると青ざめた。
(え、何で?)
私はエリーザが驚愕したまま固まった、その原因を探ろうと、彼女の視線の先を追う。するとそこには、私のポシェットがあった。
(何よ、これのどこがそんなに驚く……あ)
私の視線は、ポシェットの端にぶら下がる、とある物体に釘付けになる。それは、今は可愛いパンクな編みぐるみ。かつては不幸の呪いが込められていた、ブードゥードールだ。
(なるほど、そういうこと)
数日前に私がリメイクした人形の送り主はどうやら、エリーザで間違いないようだ。
(だって、キョドりすぎだし)
エリーザの視線は不自然な場所を彷徨い、顔色も悪い。
これは明らかに「自分が犯人」だと自白しているも同然だ。
となれば、後は仕返しをするだけ。
私は「ククク」と悪い顔で笑い声を漏らしたのち、顔をあげる。
「あら、エリーザ様。どうかされましたか?もしかして……」
私はポシェットにぶら下げた編みぐるみを外す。そしてわざとらしく茶色いパンクな編みぐるみを手に持った。
「これが気になるの?」
人形をグイッとエリーザの顔の前に見せつけた。
「い、いえ、別に」
怯えた表情のまま、私と距離を取るべく、数歩後退するエリーザ。
「でも何だか気にしていたようだけど」
「か、可愛らしいと、そう思っただけですわ」
エリーザは緑色の羽がついた扇子をパタパタと仰ぎ、あさっての方向を向く。
扇子を振る度に「指さして」と謎の文字が私の目の前に浮かび上がるのが、地味にうざい。
「そんなに欲しいなら、あげない事もないけど」
吸血鬼に十字架を突きつける瞬間を真似、私はエリーザの顔の前に編みぐるみを「これでもくらえ」と内心叫びつつ、掲げる。
「け、結構ですわ。ルシア様の手作りのようですし」
口元に扇子を当て、青ざめた顔でエリーザはブンブンと首を振る。
「遠慮しないで。また作ればいいし。この子に名前をつけて可愛がってあげるといいわ」
私は逃がすものかと、編みぐるみ片手に、さらにエリーザを追い詰める。
「い、いりませんわ」
エリーザがまたもや数歩後退する。
(しめしめ、ふひひ)
怯えるエリーザを前に、復讐してやったと頬が勝手に緩む。
とその時、私の横から手が伸びてきた。
「エリーザ嬢がいらないなら、僕がもらってもいいかな?」
ルーカスが横から手を伸ばし、私が握る編みぐるみをスルリと奪った。
「あ、ちょっとルーカス」
「だめですわ、ルーカス様。呪われてしまいますわ!!」
エリーザは悲鳴を上げ、ルーカスの手を扇子でパシンと叩く。
「いたた。エリーザ嬢、呪われるって何のこと?」
「だ、だって、ルーカス様。それは……」
「それは?」
ルーカスがエリーザに気を取られている隙に、私は編みぐるみを彼の手から奪い返す。
「あっ、ルシアの手作り……」
「違いますわ。それは、私が……あっ」
エリーザは白状しかけたものの、途中で口をつぐんだ。
そしてまた「指さして」という文字が浮かぶ扇子で口元を覆う。
「なになに、何をいいかけたのかな?」
ルーカスが無邪気にエリーザにたずねる。
その姿を見た私は思う。
(これはまさか、演技!?)
そもそもルーカスはマンドラゴラ部隊により、この人形に纏わる事情を全て把握しているはずだ。となると現在ルーカスは、天然を装い、エリーザを遠回しに苦しめている可能性が高い。
(流石、ブラック・ロース科志望だっただけある)
私は組分けの編み棒を握ったルーカスが、ホワイト・ローズを編み上げた瞬間、ひたすら残念がっていた事を久々に思い出す。
(あの時ルーカスはブラック・ローズ科が言いって、そう言ってた)
あれから四年。一見すると人畜無害。すでにホワイト・ローズ科に染まる、立派な生徒に見える癖に隠しきれない、この腹黒さ。
おまけにルーカスは魔法技術も高く、魔法植物を従属させる能力持ち。彼の弱点は、私の知る限り魔力欠乏症くらい。
(もしかしてルーカスって)
実は素晴らしく、邪悪な王子なのかも知れない。
「遠慮せず、話しちゃいなよ」
笑顔でエリーザを追い詰めるルーカス。
「い、いえ、何でもありませんわ」
しかしエリーザも簡単には認めないようだ。
「そっか。なんか君が作った。そんな風に聞こえちゃったけど、きのせいか」
「そうよルーカス。変な事言わないで。これは私の手作りよ?だからこそ、エリーザ様にプレゼントしようと思ったんだもの。はい、どうぞ」
ルーカスのお芝居にのっかる形で、私はエリーザの顔の前に編みぐるみを差し出す。
するとエリーザは泣きそうな顔で私を睨みつけたあと。
「あっ、いけない。友達を待たせておりましたの。それではごきげんよう」
逃げるように、その場から走り去っていく。
彼女の持つ扇子から放たれる「指さして」の残像が、どこか物悲しく私の瞳に映って消えた。
「あー行っちゃった。ねぇ、ルシア。あの編みぐるみってやっぱり彼女が?」
「そうみたい」
ポシェットにパンクな編みぐるみを括り付けながら答える。
「ふーん。なんかさ、僕って意外にモテるって事だよね。ルシアは心配?」
「全然」
「少しは、心配してくれていいのに」
ルーカスが拗ねた声を出す。
「だってあなたは、私が好きなんでしょ」
私が何気なく放った言葉に、ルーカスは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「その通り。僕は君が好き」
満面の笑みをこちらに向けたルーカスは、私の頭をさり気なく撫でる。
「か、髪が乱れるじゃない」
文句を言いつつ、私は思う。
ルーカスはエリーザにまつわるあれこれで、色々と役に立ってくれた。よって今回ばかりは、されるがままを許してもいいかも知れない。
(それに、飼い犬に噛まれるって事例もあるし)
時には飴を与える事も必要なのではないだろうか。
私がついうっかり、そんな思考に落ちかけ、ルーカスに進んで頭を捧げようとした時。
「あれ、ルーカスじゃないか」
またもやルーカスの名を呼ぶ声がした。
しかし今度は男性の声だ。
「む、面倒な奴がなぜここに」
「え?」
ルーカスの呟きに、されるがまま撫でられていた頭をあげる。
「ルシア、ほら。君の好きなバームクーヘンを買いに行こう。今すぐに」
何故か焦った様子のルーカスが、私の手をガシリと掴む。
「そんなに好きじゃないけど。というか手」
「いいから、いいから」
ルーカスはありえない強さで私の手を引っ張る。
「ちょっとルーカス、引っ張らないで。それに今は、全然バームクーヘンを食べたい気分じゃないんだってば!」
足を踏ん張り、文句を言う私に背後から声がかかる。
「お困りですか、お嬢さん」
「ええ、物凄く困ってるの」
私は振り向き答える。するとそこには、眼鏡をかけた青年が立っていた。ルーカスと同じような黒髪で、大きな瞳と美しい鼻筋、そして整った口元を持ち、背が高く、まるでモデルのようなスリムな体型をしていた。
「ルーカス。王子たるもの、もう少しスマートに女性を誘うべきだ。それに素手で女性の手を触れるなど、お前の騎士道精神は花壇に置き忘れたままなのか?」
体型に合わせたスリムなスーツに身を包み、足元にはピカピカの革靴を履いている青年は、眼鏡の奥からルーカスを睨む。
「キリル。君こそいいのか?こんな所で油を売っていて」
「油など売ってはいない。なりすまし詐欺のパトロール中だ」
ルーカスがキリルと呼んだ青年は、胸を張って答える。
「なりすまし詐欺ですか?」
確認するよう問いかける私に、キリルは大真面目な顔で頷いた。
「なりすまし詐欺、別名ロマンチック詐欺という名の事件が多発しているんだ。しかも被害に遭うのは、君のようにまだ世間を知らぬ、可憐な少女ばかりときてる」
「ルシアには僕がいるから、そんな変な詐欺にはひっかからない」
ルーカスが私の手をぐいと引き、物理的にキリルから離す。
「ん?お前……ついに人間の彼女が出来たのか?って待て。お前の婚約者の名前は確か」
顎に手をあて、考え込むキリル。
そんなキリルに私はすかさず助け船を出す。
「リリアナです」
「そうだ。リリアナ嬢。もしかして君が?」
「いいえ。私はルシア・フォレスターです」
「!?」
キリルが目を丸くする。
「キリル、もういいだろ。君はその、なりすましのパトロールでも何でもいいから、早く何処かに消えてくれ」
「無理だ。気になる」
キリルがルーカスの提案を却下し、私の前にツツツと歩み出る。
「俺の名前はキリル・フロッキー。こうみえて実は……」
そこで言葉を切ったキリルはさらに私に近づくと、耳元で囁いた。
「夢の国から飛び出した、愛を届ける緑のラブリープリンス、キリルンなんだ」
「KILLリン……」
「いや、ラブリープリンスのキリルンだから」
突然わざとらしく作ったような高い声で告げられた事実。
(ラブリープリンスのキリルン?それって確か……)
私は平和なグリーンヒルを汚染する、キラキラしいポスターを見つめる。
するとそこには、やたらキラキラしい緑の髪色の青年がこちらにウィンクしている、おぞましいポスターがあった。
「あはは、気付いちゃったかな?」
ルーカスの友人を名乗るキリルは、黒髪と眼鏡でカモフラージュされているものの、何だかポスターの青年に見えなくもないような……というか、むしろそのものだった。
「……な、なるほど。あなたが、アレなんだ」
答えながら、キラキラしい人物に絡まれるだなんて、今日は心底ついてないなと、私は大きくため息をつくのであった。
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