040 謎の三人組登場2
私にとって通い慣れた、ルーカスに割り当てられた温室内。
普段はガラス張りとなった天井から差し込む光に、思わずほのぼのとした雰囲気になる場所。
その部屋の隅には、所狭しと置かれた観賞用の魔法植物と共に、木製の園芸用テーブルが置かれている。
通常はそこで魔力譲渡をしたのち、ルーカスと二人でお茶をしたり、彼がいそいそと園芸作業に没頭する傍ら、私がレポートを仕上げたりするためのものとなっているのだが。
予想外の来客を迎えた今日ばかりは、えも言えぬ気まずさと緊張感に溢れ、まるで通夜の席のような静けさに包まれていた――のはエリーザ達で。
「ルシアが僕に頼み事なんて、正直嬉しい」
「だって、ルーカスにしか頼めない事だもの」
「そっか。ようやく僕という人物の有効性に気付いてくれたんだ」
「そりゃまぁ、ふふふ」
(色々とね)
並んで座り、猫をすっぽり被る私。
「そっか」
ルーカスは嬉しそうに微笑む。
正直、本来の私を知るルーカスの事だ。先程から私の様子がおかしいことには気付いているに違いない。けれど何も言わず私に合わせてくれているようなので、作戦を続行する。
「ふふふ、あなたがいて良かった」
普段ならば絶対にルーカスには見せることのない、無邪気な可憐さを存分に滲ませた笑顔を向けてみる。するとルーカスはピシリと彫像のように固まったのち、私以上に可憐に頬を染め上げた。
(チッ、侮れないわね、王子のはにかみ。悔しいけど、私より可愛い可能性があるわ)
密かに負けを認め、私は今後の参考にしようと、マジカルモバイルのレンズをルーカスに向ける。そしてパシャリと、ルーカスの萌え写真を撮影し、速攻で保存しておいた。
全く便利な世の中だ。
「うわ、撮影するなら一声欲しかった」
ルーカスが不満げな発言と共に、慌てた感じで前髪を片手で払うようにして整えた。
しかし余計ボサボサになっている所が彼らしく、ついうっかり微笑ましく思ってしまう。
「ルーカスだっていつも私を前触れなく撮影するじゃない。だからおあいこでしょ?」
「まぁ、それはそうだけど」
「変な事に使ってないでしょうね」
いつもの調子でジロリとルーカスを睨む。
「勿論だよ。ただ僕が個人的に集めている、ルシアコレクションが増えるだけ」
「……あ、そ、そうなんだ」
ルーカスのストーカー地味た発言に、思わず素に戻ってしまう。
「それで、さっきからずっと気になっている事があるんだけど」
ルーカスは向かいに横並びに座り、完全に置物と化す三人に視線を向けた。
「ええと、この子達は、何でここに?」
「私にお話があるんですって」
無邪気に告げると、明らかにエリーザ達は肩をビクリとさせた。
「なるほど?」
首をかしげるルーカスはともかくとして、私は内心、してやったりとほくそ笑む。
遡ること数分前。ルーカスの温室に無事辿り着いた私と三人。
最初は目的地がここだと知るや否や、三人はあからさまに青ざめ、回れ右をしようとした。しかしそこは私が機転を利かせ「ルーカスの温室、見てみたくないの?」と、魅惑の言葉を投げかけたのである。
そして一瞬見せた気の迷いの隙きをつき、ルーカスの温室の扉を「開けゴマ」した。そして無理矢理背中を押し、三人揃って温室に連れ込んだというわけだ。
(この私が喧嘩を売られて、逃がすわけないじゃない)
私は笑顔を三人に向ける。
普段から敵対するホワイト・ローズ科の女子生徒が、ブラック・ローズ科にどっぷり染まる私に「話がある」だなんてどうせロクな事じゃない。
そもそもアンナの言う通り、エリーザがルーカスを好きだった場合。私経由でどうこうしようとせず、本人に気持ちを伝えれば済む話だ。
(悪いけど、こっちはさっさとマンドラゴラのレポートを終わらせたいのよね)
愛こそ全て、愛が世界を救う、困った時は愛、愛、愛で、王子様のキスが全ての問題をサクッと解決してくれる。そんなホワイト・ローズ科にありがち。お花畑思考のエリーザ達と私は違う。
彼女達には理解出来ないだろうが、こちらはこちらで愛溢れる、ピンク色の世界に浸っている暇などないほど、何かと忙しい身なのである。
(復習に復讐。それから「来るべき時」のために備えておかなきゃだし)
ブラック・ローズ科的に言わせてもらえば、現実を見据えた上で、自分の努力による成功こそが至上の喜びだ。
よって、私はこれからも己の努力のみで、欲しいものは手に入れる。そして目的達成の為には、立ち塞がる目障りなものは、全て排除していく。
というわけで。
「遠慮せず、お飲みになってください。流石に学校内では私も毒を盛ったりしませんので」
ニコリと笑顔で告げると、エリーザ達三人はまるで生まれたての子鹿のように、体をプルプルと震わせた。
ナターシャなら、爆笑する事間違いないはずだ。
(冗談も通じないとは……)
価値観の違うホワイト・ローズ科を相手にするのは、やはり骨の折れる作業のようだ。
私はふぅと息を吐き、ルーカス自慢の植木鉢型のティーカップに手を伸ばす。
そしてこれ見よがしに、紅茶を一口啜る。
「一日の授業を終えた後の紅茶は美味しい」
「僕が隣にいるから、余計に美味しく感じるのかも、いてっ」
調子に乗ってきたルーカスの足を、テーブルの下で軽く踏みつけておく。
「本当にルシアの淹れる紅茶は美味しいよ。君たちも遠慮せず、どうぞ」
天然を装っているのか。
それともわざとなのか。
ルーカスが明らかに、不穏な雰囲気たっぷりなお茶会に参加することを拒絶している三人に対し、笑顔で紅茶を勧めた。
しかし、ホストである彼に勧められたら、流石に断るのは失礼だと思ったのか。それとも淑女教育の成果のお陰なのか。
三人は顔を見合わせ、覚悟を決めたように頷き合うと、恐る恐る植木鉢を模したティーカップに手を伸ばした。
その姿を静かに観察する私に、隣から遠慮がちに声がかけられた。
「ねぇルシア。僕は席を外すべきだよね?」
気遣うフリをして、こちらも逃げ出す気満々のようだ。
「どうして? ルーカスにも関係あるかもしれないわよ?」
私はすでに腰を浮かしかけたルーカスに対し、制服の上に羽織る白衣の袖をガシリと掴む。
「え、僕に関係があること?」
「特に、園芸部のエリーザさんが」
「ナンノコトヤラ」
私から目をスッと逸らし、明らかに不自然な喋り方をするルーカス。
「私にも何のお話かわからないの。だから一応、ここにいてね、ルーカスさま」
笑顔でぎゅうぎゅう白衣の袖を引っ張り、ルーカスを無理やり着席させた。
「わ、わかった」
ルーカスは諦めた様子で、再び椅子に座り直す。
「では改めて、ご用件をおうかがいしますね、エリーザさん」
エリーザ達に向き合い、コホンと咳払いをしてから尋ねる。
「あの、ルシア様」
エリーザはおずおずと私に声をかけてきた。
「はい、何でしょう」
私はにっこりと微笑む。
「あ、あなたに、お願いがあって参りましたの」
「あら、そうでしたの。一体どのような内容でしょうか」
「えっと、それは……」
言いにくそうにした後。エリーゼが覚悟を決めたような表情になった。
「ルーカス様をこれ以上悪の道に引きずり込まないでください!」
「……はい?」
思わず素で聞き返してしまった。そんな私の目の前で、エリーザがチラリと横目で隣に座る子に視線を送る。するとその子は意を決したように立ち上がる。
「私達園芸部員はみな、ルーカス様を心からお慕い申しております。ですからどうか、ルーカス様には真っ当な道を歩んで頂きたいのです」
こちらに身を乗り出し、熱弁するエリーゼの友人A。
「……はぁ」
会話の切り口が予想外すぎたため、私は気の抜けた返事しかできない。
「なのでこうして、直接話をさせてもらおうかと」
「なるほど?」
「お願いいたします。ルーカス様を解放してくださいませ」
必死に懇願してくる子に対し、呆気に取られたというのがこちらの本音だ。
そもそも私はルーカスを悪の道に導いた記憶もないし、進んでこちら側に来るよう誘導した覚えもない。しかもルーカスを解放しろと言うが、それこそ大間違いな認識だ。
(むしろルーカスが、勝手に私に付き纏っているだけなんだけど)
そのせいでルーカスが悪に染まりかけているのだとしたら、自業自得ではないのだろうか。
(だけどその事を証明するのはなぁ……)
私とルーカスの入学より続く腐れ縁を語るには、お互いの両親に纏わる因縁も自然と語る事になるし、ルーカスが半分グールな事も知らせる羽目になるかも知れない。となると、限られた時間で上手くまとめ、勘違いしまくりの彼女達に説明できる自信もないし、そもそも、面倒なのでしたくもない。
「なるほど……」
私はしばし考え込むふりをして。
「善処してみるわ」
提案を呑むと口約束をしておく。ただし必ず守る保証はない。ただ単に、ここで話を終わらせるための、口から出まかせというやつだ。
(約束は破るためにあるものだから)
私はブラック・ローズ科で習得した、信念のまま行動したまでだ。
「それで、話というのはそれだけ?」
あえてぶっきらぼうな態度でエリーザに尋ねる。
これでこの、わけのわからないお茶会は即刻終了できるはず。
私は内心安堵し、現在抱える宿題。呪い学のレポートの起承転結について思考を巡らせ、紅茶を口に含む。
ところがエリーザは首を横に振ると、私に真剣な眼差しを向けてきた。
「いえ、まだあります」
「……まだあるの?」
うんざりした表情を浮かべる私に、エリーザは力強く宣言をした。
「単刀直入に申し上げます。ルーカス様との交際を今すぐおやめになられるべきです」
「なんで?」
「ルーカス様には祖国に婚約者がおられるとのこと」
「ふーん。だから?」
エリーザは私の煽るような態度などお構いなしといった感じで、淡々と言葉を続ける。
「その方はとても素晴らしい女性だと聞いております。家柄も良く、その上美人で、聡明で、お優しい。まさに非の打ち所がない完璧な令嬢でいらっしゃるそうじゃないですか」
(え、一体誰のこと?)
エリーザの言葉に、私は首を傾げる。
そんな完璧超人とルーカスが婚約しているだなんて初耳だ。
(というか、私のこと?)
一瞬、「ならば間違っていないかも」と思いつつ。
「そうなの?」
私は確認の意味を込め、ルーカスに尋ねる。
「彼女が浮かべた僕の婚約者。それは多分、リリアナの事じゃないかな。ほら、君も会った事があるだろう?」
ルーカスが苦笑いしながら答えた。
「ああ、あの人」
頷きながら思う。確かにリリアナはルーカスの婚約者だ。
ただし、私の記憶の中にある彼女の情報は、ルーカスを出来損ない扱いしているくせに、その地位に付属するアレコレを目当てで婚約に同意したという曲者。しかし実際はルーカスのいとこ、スティーブが好きなようで、尚且つ私を誘拐し燃やそうとした、冷酷非道な女性だ。
(まさに非の打ち所がない完璧な令嬢だなんて、全くの嘘なんだけど)
人の噂が当てにならないとは、まさにこのこと。
私はため息と共に、肩をすくめたのであった。




