039 謎の三人組登場1
マジカルモバイルを両親からプレゼントされた時。ノリと勢いで私はナターシャに教わり、マジグラムのアカウントを作成した。
そしてブラック・ローズ科の友人達のアカウントを一通り登録したのち、特段投稿したいような事もなく。ひたすら友人達の投稿に「いいね」を押す、もはや「BOTかよ!」と指摘されそうな、そんな使い方をしていた。
しかし、ナターシャの『イカス、イカスミな親友DETH』という恥ずかしいコメントと黒歴史な写真を投稿された事により、私のマジグラム魂に火がついた。
(全ては、ナターシャにやり返すために!)
そんな目標を掲げだ私は、マジグラムに投稿するナターシャの恥ずかしい写真を激写しようと、虎視眈々とナターシャの動向をうかがっている。
とは言え、ナターシャと仲違いしている訳ではないし、私も彼女を恨んだりはしていない。
そもそもブラック・ローズ科では、騙された方が圧倒的に悪いという教えを叩き込まれる。よって今回の一件も「マジグラムに上げない」というナターシャのわかりやすい嘘を見抜けなかった私が全面的に悪い。
よって、ナターシャの面白写真を狙いつつ、前と同じように仲良く二人で行動している。
そして現在、ナターシャと私は本日最後の授業である、『呪い学』を終え、出された宿題を早速片付けようと、図書館までの道のりを辿っている所だ。
因みに、よく見るお城のような、三角屋根の校舎は、メインとなる中央棟からアリの巣穴のように、各要所へと繋がっている。そのため、校舎内は迷路のように入り組んでいるので、入学したての生徒は、半べそになりながら、幽霊のように校内を彷徨う羽目になる。
「今日の授業を受けて思ったんだけど、呪い学って奥が深いよね」
ナターシャが感慨深げに呟く。
「確かに。まさか思い込みを利用して、対象者の心理を誘導できるなんて、思いもしなかったよ」
私は今日習ったばかりの、薬理作用のないものでもたらされる、効果や症状の実例を思い出す。そして、呪い学で出されたレポートの題材は何にしようかなと、さっそく思案する。
(ブードゥードールとか興味深いかもな)
願掛け人形とも呼ばれる、呪術的なお守り。
元々は、呪う対象である者を人形に見立て、人形に針を刺すことで、憎む相手を苦しめたり、災いを起こすものとされていた。
しかし現在では「恋が叶いますように」と言った感じ。人形におまじないをかけ、呪いというよりは、恋愛成就のお守りとしての効果を期待し、持ち歩く事が多いそうだ。
(全く幸運のアイテムにされちゃ、人形だってたまらないわよね)
私はブードゥードールの代わりに、しっかりと嘆いておく。とは言え、時代と共にその用途が変化した過程を考察するのは、とても面白いのではないかと気付く。
「ルシアはレポートの題材となる呪い。何にするか決めた?」
「うーん、丁度今悩んでたとこ。ブードゥードールとか、いいかなぁって思ってさ」
タイムリーな問いかけに、レポートの、題材候補を予約したとばかり告げておく。
こういうのは早い者勝ち。ブラック・ローズ科に忖度の心は存在しないのである。
「そうなの?てっきりマンドラゴラにするのかと思ってた」
「え、何でよ」
「だって、監修ルーカス・アディントンで、A評定楽勝じゃない?」
ナターシャの提案に、私は納得してポンッと手を打つ。
「確かに。しかもサクッと終わらせる事ができそうだし。ありがとナターシャ」
「ひらめきを与えてあげたんだから、レポートが早く終わったら、私のを手伝ってよ」
「もちろん」
「それと、ブードゥードールの案は、しかと受け取ったから」
ナターシャはちゃっかり、私の思いつきを採用したようだ。
「いいよ、あげる」
ルーカスと言う、チート級の案を提案してもらったお礼に、私は快く了承する。そして図書館前でナターシャと別れ、その足で早速ルーカスがいるであろう、彼の温室へと向かう。
魔力交換のため、何度も行き来するうちに、見慣れた風景となった温室への通路。ガラス張りとなった天井から射し込む光が心地よい。
(心が浄化される……いや、されちゃ駄目か)
一人ノリツッコミをしながら、機嫌良く足を進めていたところ。
(ん?)
ふと視線を感じて、立ち止まる。すると、物陰に隠れるように立っていた人物達と目が合った。
「うわ……」
私が現在進行形で目を合わせてしまった人物達は、清楚を全力で表す、白いドレスの制服に身を包む、ホワイト・ローズ科のプリンセス軍団だ。彼女達は私の姿を確認するなり、気まずそうにサッと目を逸らす。
(えぇ……一体なんなの?)
彼女達が隠れていたのは、どうみても私に対してのような気がする。
何故なら私の歩く通路の先にあるのは、魔法植物学で優秀な成績を収めた生徒のみが使用できる、特別な温室のみ。
(あの人達が優秀な生徒。その可能性はあるかもだけど)
今までこの廊下で何度かすれ違った事がある、魔法植物学が好きそうな生徒に共通する、どこかマッドサイエンティスト的な怪しい気配を彼女達からは一切感じない。
(ま、いっか)
物陰に隠れているのは怪しいが、特に何かされた訳でもない。
私は再び歩き出す事にした。そして難なく白い集団の横を通過しきった、そう安堵した瞬間。
「ちょっ、ちょっと待ってください!!」
私を引き止める、上擦った声があがる。
「あの!ブラック・ローズ科のルシア様ですよね!」
振り返ると、そこには緊張した面持ちで、私を見つめる青い髪の少女がいた。その傍らには、彼女の友人らしき女子生徒が二名。
「確かに私はブラック・ローズ科のルシア・フォレスターだけど」
ブラック・ローズ科に私ではないルシアがいる可能性を考え、フルネームで、しかし思い切り不機嫌そうな声で告げておく。
「あ、あの!突然すみません。も、もしよろしかったら、お話をしませんか?」
勇気を振り絞って声をかけたのだろう。頬を赤らめ、瞳を潤ませる彼女は、まるで童話に出てくる、古き良き、奥ゆかしさ全開なヒロインそのまま。
「私の方には、話なんてないんだけど」
世界を恐怖に陥れる予定である悪役を目指す者として、ここぞとばかり。
ツンとした声で、私はバッサリと切り捨ててみる。
「えっと、お時間を取らせるような事は絶対にさせませんので」
それでも食い下がる健気な姿に、不覚にもキュンとする。
(くっ、小動物っぽいピクピク感が悪いのよ)
突然こちらに話しかけてきた青髪の少女は緊張しているのか、胸の前で両手を組み、アメジスト色の瞳を潤ませ、私をジッと見つめてきた。
(ん、青い髪?)
私はふと、どこかで青い髪色をした子の話題を聞いたようなと、記憶を探る。
(イカ墨が思い浮かんだんだけど。ええと、何だっけ?)
マジグラムに投稿された自分の『イカス、イカスミな親友DETH』の文字が私の思考を、うざいくらいに遮る。
「あっごめんなさい。自己紹介がまだでした。私の名前はエリーザ。エリーザ・マクベスクです」
「私はアイリス。よろしくお願いします」
「私はオリヴィアです!」
エリーザと名乗った女の子の後に続いた、他の二人の自己紹介。その名を記憶からすっ飛ばす勢いで、私は思い出す。
(あ、エリーザって、ルーカスにちょっかいを出している園芸部の子)
その事を理解した瞬間、私は、彼女たちの目的を瞬時に悟る。
(なるほど。そういうこと)
私の中に仄暗い気持ちがムクムクと沸き起こる。
「仕方ないわね。わかったわ。少しだけなら付き合ってあげる」
内心上手く悪役らしさが出ているか。ドギマギしながらも、咄嵯に答えた。とその時、私の動き出した思考は、いいことを思いつく。
「ここで話しても、通行人の邪魔になるでしょう?だから私がゆっくり話ができる場所にご案内いたしますわ。ぽかぽか出来て、とても癒やされる場所なの」
わざとらしく、ニッコリと微笑んでみせた。
「えっ、いいんですか?ありがとうございます」
エリーザはホッと息をつく。
(しめしめ、くくくく)
内心悪魔の笑いを携え、三人を先導するように歩き出した。そんな私の後に素直に続く、エリーザと二人の友人。
「エリーザ、いい人そうで良かったですわね」
「きっと、エリーザのお気持ちを汲んで下さるに違いないわ」
「そうだといいのだけれど……」
コソコソと話す声が耳に入ってくる。
(そりゃ、いい人を演じてるだけだもん)
私は口元がニヤけるのを何とか堪えながら、三人を引き連れ、足取り軽く、とある場所を目指すのであった。




