033 まだいたの?
私はクリスタルの中から無事帰還した。
もちろん父と共に。
「二人とも無事だったのね!!」
私達が霊廟の中に敷かれた土に足をつけた途端、母が私に飛びついてきた。
「心は消耗したけど、とりあえず悪魔から解放されたよ」
「確かにな。ミュラー様も年々話が長くなっていく気がする。やはり神の遣いでも歳には勝てぬというのだろうか」
クリスタルから抜け出した途端、ミュラーの悪口を吐き出す父。
やはり私は父が好き。そう思えた瞬間だ。
「でも数分だったわよ」
母が何気なく口にした言葉に私は目を丸くする。
「数分どころか、少なくとも最低一時間は話していたような気がするけど」
「クリスタルの内部は、ここと時間の流れが違うからな」
父が私の疑問に回答する。
(あー、確かに神様の使いで悪魔だし)
私は時間経過の問題について深く追求するのを潔く諦める事にする。
「お疲れさまです、ルドウィン様。それからルシア嬢も無事で良かった」
母の胸に顔を押し付けられている私の耳に、懐かしの声が響く。
「あ、ルーカス。まだいたんだ」
「……そりゃ、一緒に学校に帰るわけだし」
ルーカスはどんよりとした目をしながら、私と父を交互に見つめた。
「それより、ルシア。これはなに?」
母の視線の先を辿ると、私の左手薬指だった。
(しまった!!)
私は長らくその存在を忘れかけていた厄介なブツを瞬時に思い出し、慌てて後ろ手にして隠そうとした。しかし、母によってガシりと左手首を呆気なく掴まれてしまう。
「とっても綺麗な指輪じゃない。しかも、あらあら、そういうこと。実は待っている間、ずっと気になっていたのよね。ルーカス殿下のその指輪」
母はルーカスの左手の薬指に視線を向け、嬉々として声を上げる。
「ちょ、ちょっと待ってよ、これ別にそんなんじゃなくて」
「あら、何が違うのかしら?この指にはめる指輪には全世界共通で、特別な意味があると決まっているのよ。しかもお揃いだし」
ニヒニヒと笑いながら、意味深な視線をよこす母。
「ルシア、あなたもなかなかやるわねぇ」
私は母に小突かれる。
「だから、本当に違うから」
「ふむ。しかし、まだ学生だ。その指にはめるのは、まだ早いのではないか?」
父の参戦により、収拾がつかなくなる一歩手前を感じとった。
「これは本当に意味がない指輪なの!抜けなくなっちゃっただけだし!!」
私は二人の会話を妨害するため大声を出す。
「ルシアったら何を焦っているのよ。それに淑女たるもの、大声を出すなんて」
「そうだぞ。それに魔法で取ればいいじゃないか。ほら手を貸しなさい。私が取ってやろう」
父が私の手を取り、杖を右手に召喚した。
「えっ!?だ、だめよ」
私は慌てて手を引っ込め、拒否する。
そして拒否する自分に内心驚いた。
「ルシア、取れなくなっただけなんだろう?」
父が本気の顔で私に迫る。
「そ、そうだけど」
チラリとルーカスを見ると、ニヤニヤしながらこちらを見ていた。
それがなんだかムカついて、私はつい意地を張ってしまう。
「自分で取るからいいってこと!」
私は宣言すると、左手をかざして呪文を唱えようとした。
「ルドウェン様。私は彼女を愛しています!」
突然背後から聞こえてきたルーカスの声に、私の体はビクリと跳ね上がる。
「なんてストレートな愛の言葉なのかしら。良いわね、若いって」
母が乙女顔負けといった表情で目を輝かせている。
「な、な、な、何を言い出すのよ!!」
私は顔を真っ赤にして、背後に忍び寄るルーカスを振り返り睨みつける。
「だって本当の事だし」
「ば、馬鹿じゃないの!?」
「それに、君に僕の気持ちを伝えるのは、今回が初めてじゃないけど」
「そ、それはそうだけど」
(親の前でとか、あり得ないし)
私は恥ずかしさのあまり俯く。
「ルシア。私は嬉しいわ。あなたにも愛する人ができたのね」
「えっ!?」
勘違いしまくり、夢見る乙女の表情を私に向ける母の反応に戸惑う。
「しかし、まだ十四歳で学生だ。まだそういうのは早いだろう」
父は至極まっとうな意見を口にする。
「あら、私も十六歳の時にあなたと結婚しましたよ」
「それは王族だからだよ。普通はもっと大人になってからするものだろう」
「いいえ、私があなたと結婚した時、あなたは既に王族籍を外され、国外追放の身だったじゃありませんか」
「くっ」
父の苦し紛れの声が漏れた。
(確かに、母さんの言う通り)
父さんは人の事を言えないと、母の意見に大きくうなずく。
「しかし、君は今日、別の女性と婚約したばかりだと聞いたが」
父がルーカスの方を向き、確認するように尋ねる。
情報入手の早さに驚くと共に。
(そっか、あの騒ぎも今日起きた事なんだ)
私はルーカスがリリアナとくるくるダンスをしながら、偽装婚約の話を持ちかけた事件を思い出す。と同時に、私がマンドラゴラに長い間変身させられていた黒歴史までもを思い出し、微妙に落ち込む。
「婚約した件はその通りです」
「では、その婚約者とはどうなるのだ?」
父の問いかけに、ルーカスは笑顔を浮かべて答える。
「もちろん、彼女とは婚約破棄する予定です!!」
「まぁまぁまぁ!!」
母は両手を合わせて、頬を紅潮させながら興奮気味に声を上げた。
「そんなのダメに決まっているでしょうが!!」
私は大声で叫ぶと、ルーカスの胸倉を掴んで引き寄せた。
「何考えてるのよ。私はあなたのおもちゃじゃないんだからね。それに、私はあなたと結婚なんかしないし、するつもりもないわ」
「どうして?」
「どうしてって……」
ルーカスの問いかけに私は言葉を詰まらせる。
ルーカスと結婚できない理由は至極簡単。復讐相手だからだ。
それに私は悪魔に取り憑かれたフォレスター家の人間だ。
グールであるルーカスをいつか殺す日が来るかも知れない。
勿論今のところミュラーに従うつもりはない。
(でもそれをここでは言えない)
何故なら父と母。そしてルーカスがいるからだ。
そもそも私が神より押し付けられし、グールの選別者であるという事は父以外、明かしてはならぬ秘密。そして復讐の件について、私は父と母が反対している事を知っている。
(これ以上ややこしくしたくないし)
両親を悲しませたり、心配させるような事を言ってはいけない気がする。
「とにかく、私は絶対にあなたと結婚する気はないからね」
私はルーカスの胸倉を離すと、そのまま踵を返し、両親の元に向かった。
「ルドウェン様、私はあなたを裏切った者の息子であり、出来損ないとは言えグールです。それでも、彼女との結婚を許していただけますでしょうか?」
ルーカスの切実な言葉に、父は何とも言えぬ哀愁を漂わせ、しばらく考え込む。
「君が誰の息子であろうと、娘が選んだ者であれば私はそれを認めるつもりだ」
「父さん!」
「ありがとうございます」
私の叫びむなしく、ルーカスは再び深く頭を下げた。
「ただ、一つ条件がある」
「条件ですか?」
「娘の幸せを第一に考える事だ。もし、娘を傷つけるような事をすれば、結婚など到底許す事は出来ない」
「わかりました。必ずルシア嬢の幸せを一番に考えるとお約束します」
ルーカスは父の言葉に深く頭を垂れた。
その姿に満足気にうなずく父。
「ルシアが君を受け入れるというのであれば、それが許される世を、私が作らねばならないな」
「あなた……」
父と母が抱き合う。
(えー、一体何が起こってるの?)
ルーカスが私に好意を寄せている。それは嫌というほど知っているし、なんならもはやルーカスの口から紡がれる愛の言葉は「おはよう」「こんにちは」「おやすみ」といった、挨拶と同等だと思い、無視しているという状況だ。
何故なら、私はこの国に復讐する為の術を学校でしっかりと身につけなければいけないからだ。何ならいずれ自称神の使いである悪魔。ミュラーと対決するかも知れない未来が今日足されたばかり。
だからこそ、今は知識と力をつけること。
(それが最優先事項なんだけど)
それなのに今、何となく私の将来が、自分の意志に関係なく決められつつある気がする。
「ちょっと待ってよ。勝手に話を進めないでくれる」
私は慌ててルーカスと父の間。それから母をも巻き込んだ、何とも言えぬ良い雰囲気に割って入る。
「あら、ルシアは嫌なの?」
すかさず母の声が飛んでくる。
「そういう問題じゃないの。私には、ええと……そう。やらなければいけない課題が山積みなのよ」
「そもそもさ、ローミュラー王国の王子である私と結婚すれば、それこそ、私の両親に対する復讐になると思うのだけれど」
ルーカスがまたもやとんでもない事を口走る。
「「復讐!!」」
父と母が同時に私を睨みつける。
シンクロ率百パーセントだ。
「だって……」
私は言葉に詰まる。
正直なところ、私はルーカスに対して恋愛感情というものを抱いた事がないし、今後も抱く予定は今のところない。よってルーカスと結ばれる未来など想像したこともない。
(それに私はこの先きっと)
復讐をするにしても、グールをこの国から間引く事にしても。
ローミュラー王国の人間に恨まれるようになるだろう。
そんな人間と結婚した場合、ルーカスだって恨まれてしまうはずだ。
それにグール殺しを私がしたと知ったら。
ルーカスは今のように、私に懐く事もないはずだ。
「僕は気にしないけど」
まるで私の心を読み取ったかのように、ルーカスが呟いた。
「私が気にするから」
「じゃあ僕と結婚するしかないね」
「どうしてそうなるの?!」
思わず声を上げる。すると、今まで黙っていた父がゆっくりとこちらに顔を向ける。
「ルシア、いい加減にしなさい」
久しぶりに父に叱られた。
「ごめんなさい」
私は反射的に謝る。父の威圧感が半端なかったからだ。
それには思い当たるフシがあった。
(まさかミュラーのせい?)
散々私を躾けるよう口にしていた悪魔。
きっとあいつのせいで、父の中に存在する「父親魂」のスイッチが入ってしまったに違いない。
「すぐに決めなくとも良い。ただ、お前の背負うもの。それを思えば、心を許せる者が、一人でも多く傍にいた方が良いことは確かだ」
フォレスター家の呪い仲間でもある父が言うと、物凄く重みある言葉に思える。
「ルシア。ありきたりではあるけど、誰かを愛すること。それは誰かを恨む事よりも自分が幸せになれることなのよ。だから、頭から否定するのではなく、じっくり時間をかけ、考えてから答えを出しなさい」
母は優しい口調で言うと、そっと私の手を握った。
「わかったわ。よく考える」
私は大きくうなずいた。
「ルシア、お前には誰よりも幸せを用意してやりたかった。すまないな」
父が寂しげに微笑む。
「私は父さんと母さんの子に産まれた時点で、誰よりも幸せだけど?」
私がぶっきらぼうに答えると、父が穏やかな笑みを浮かべた直後、いきなり私の腕を引っ張った。気がつくと父の胸の中に閉じ込められていて、その体温を感じながら無性に泣きたい気分になる。
(あぁ、私は相当疲れてるし、家族に飢えてた)
今日は長い一日だった。
そして魔法学校に入学してからほぼ三年。
私は毎日楽しく過ごしている気でいた。
けれど本心ではこんな風に父や母に甘えたい。
そう思う事もあった。
「ルシア。君はいつだって私達の可愛い娘だ」
耳元で優しく囁かれた言葉に、思わず涙が溢れそうになる。
「そうね。またしばらく会えないと思うと、寂しいわ」
母もぎゅっと私を抱きしめてくれる。
「うん、私も寂しい」
私は素直な気持ちを口にし、母の背中に手を回して抱きついた。
そして私は、この場に連れてきてくれたルーカスにも、心の底で密かに感謝するのであった。
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