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復讐の始まり、または終わり  作者: 月食ぱんな
第四章 歴史と、運命(十四歳)
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032 父の抱えた秘密

 かつて楽園として神より創造された美しい国。ローミュラー王国の大地には、人間が繁栄の過程で犯した罪が詰まったような場所があるようだ。


 そして悪()まりと呼ばれる場所から発する悪い気に誘われるように、ローミュラー王国ではグール化してしまう人間がいる。


 しかし創造主である神はグール化した者が『人を捕食したい』と願う気持ちを抑え込むクリスタルと、グールを間引きする任を与えた、一人の天使をこの地に派遣し、共存しろと人々に伝えた。


 その時地上に遣わされた天使。ミュラー曰く堕天使と呼ぶルシファーが、どうやら私の祖先らしい。そして私は、父が重ねた罪の上に誕生した子でもあるとのこと。


(えー最高すぎる。早くナターシャに知らせたいんだけど)


 私は真面目な表情で、ミュラーに向き合いつつ、内心うずうずしていた。というのも、これでナターシャと、堂々と肩を並べられると思ったからだ。


 なんせ彼女は、二百年前から続く魔女の家系の末裔。かたや私はナターシャ曰く、「親が婚約破棄をして国外追放された()()」である。


 これは残念ながら、ブラック・ローズ科的にはインパクトに欠ける家系だと言わざるを得ない。


(えー、父さんの重ねた罪ってなんだろう。気になる)


 その大きさによって、私の学校での立ち位置も変わってくるかも知れない。


 私はワクワクした気持ちを抱え、ミュラーのシミ一つないつるりとした顔を見つめる。


「君はグールを殺さねばならぬという運命を、かなり前向きに受け入れているようだ」


 ミュラーが私の心を見透かしたような発言をする。


「言っておくけど、全然受け入れたわけじゃないわ」


 ただ、祖先が天使。しかも堕天使な上に父が罪深い人間だなんて、かなり自慢できる事だと誇らしく思っているだけだ。


「そもそもこの国は、両親にとっては祖国かも知れないけど、私にとっては何の思い入れもない国ですし」


 正直好きなだけ悪事を働いていいと、神よりお墨付きをもらったような状況だ。それはこの国に復讐を願う私にしてみれば、喜ばしい事でしかない。


(しかも私が一番憎む相手。ルーカスの両親はグールなわけだし)


 神の指示を受け、堂々と「私が抹殺しました」と、公言出来るのだから、悪い知らせであるはずがない。


「君の想いはそうなのかも知れない。けれど、ルドウィンは違うようだ」


 ミュラーが父に気遣わしい視線を向けたのが気になり、私は父の横顔に問いかける。


「父さんは、自分の運命を受け入れがたいと思っているの?」


 投げかけた疑問に対し、父は私に困ったような表情を向けた。


「私は自らの手で、フォレスター家にまつわる呪いを破棄しようと思った。だが、どうにも私たちは神に好かれているようでね」


 父が力なく微笑む。


「当たり前だ。君達一族は堕天した悪魔の子孫だとは言え、神や私の一部に干渉する事ができる唯一の人間だからね。こっちとしても、野放しには出来ないし、それを許すつもりもない」


(増えてるんだけど)


 先祖を表す言葉『堕天』に今度は『悪魔』が付け足された。

 ブラック・ローズ科の生徒としては、嬉しい限りだが、父がどんどん顔を暗くしていくのは見過ごせない。


(というか、よくよく考えたら)


 かつて父と私の子孫は神より使命を与えられてこの地に降り立った。けれどそのせいで、何代にも渡り私達フォレスター家は人知れず、グールを殺し続ける必要に迫られている。


(そもそも私達、新人類の意志とは関係のないところで決まった約束なのに)


 正直過去に結んだ、神との契約を押し付けられても「そんなの知らない」と思わなくもない。


 しかもすっかり忘れていたが、ミュラーの話によると、私は普通に死ぬ事も許されず、魂を変な水晶に閉じ込められ、この国を永遠に見守り続けなくてはならないとの事だった。


(あぶな)


 うっかり忘れていた件を思い出し、私はミュラーを睨みつける。


「やっぱり、私はあなたに従わない。悪魔に自分の運命を左右されたくないもの」


 きっぱりと言い切ってやった。


「悪魔とはこれまた酷い言いようだ。そもそも恨む相手は私ではないし、神でもない」

「それを言うなら、死ねない未来も私が望んだ事でもないし、決めた事でもないわ」


 悪魔に負けてたまるかと、私は必死に抵抗する。


「運命に抗いたくなる気持ちはわかる。けれど君の一部は神より授かったもの。よって、拒絶したところで君の体内に刻み込まれた使役者(しえきしゃ)としての契約からは、逃れられない」

「えっ……」


 思わず私は自分の胸元を強く握りしめる。そこに神が宿るのかは不明だが、何となく、いるとしたらソコなのではないかと、第六感で感じ取ったからだ。


「君の父も、そのまた前の者も同じだ。彼らと私。そして神は魂の一部を繋ぎ、契約をしている。そして君が産む子もまた同じ。そうやってこの国の平和は守られてきたのだから、諦めなさい」

「そんな……」


(じゃあ私はこれからずっと、この悪魔の手下として生き続けなければならないって事?)


 そんなの冗談じゃない。しかも永遠に続くだなんて、論外だ。


「グールを殺す人。それはいっそ、国民投票かなんかで、任期性にでもすればいいのよ」


 勢いよく告げてみたものの、ミュラーは呆れたようにため息をつく。


「残念だけれど、それは難しい」

「どうして?」

「誰しもが、隣人の命を奪うこと。それを拒むからだ。そして拒みながらも人の形をした者を殺し続け、心を病み、人はまたグールになっていく」

「狩る側が、狩られる側になるということ?」


 私の問いに、ミュラーは小さく頷く。


「唯一、心を病む事のない者。それがお前達フォレスター家の者だ。そしてお前たちに課せられた運命は何があろうと変わらない。その事はルドウィン。君が一番良く理解しているはずだ」


 話を振られた父はグッと押し黙ると、観念したかのように肩を落とした。


「私はかつて今のルシアと同じように、己の意志とは関係なく背負わされた運命に抗おうとした。友人として接するグールを自分の手で殺す。そのような残酷な事は、出来ないし、したくないと思ったからだ。そして運命に抗うためには、王子という『地位』を捨てれば良い。そう考えたんだ」


 その時の事を思い出しているのか、険しい表情で父が語り始める。


「だから私は全てを捨てた。勿論ナタリアと婚約破棄をした件もそうだ。彼女は私が持つ、王位継承権第一位という『地位』を愛していた。だからいくら私がナタリアを愛した所で、彼女を私の事情に巻き込む訳にはいかなかったんだ」


 父は、自嘲気味な笑みを浮かべながら、どこか寂しげな眼差しで私を見つめてくる。


「国を捨て、一人逃亡しようと決めた私は、母の侍女の一人だったソフィアと出会った。私はソフィアの飾らない性格と逞しさにすぐに惹かれた。そして彼女との関係を利用し、ナタリアと婚約破棄をした。すると見事周囲からは断罪され、私は狙い通り国外追放となったんだ」


 父は言葉を切ると、私を見つめる。


「国外追放が決まった時、私は自由を手にした。これで何かに囚われる事なく自分らしく生きられると肩の荷が降りた気がしていたんだよ。現にソフィアとお前と、庶民として暮らす生活は決して楽ではなかったけれど、とても充実していて幸せだった事は確かだ」


 力強く言い切ると、父は私の好きな慈愛深い笑顔をくれた。しかしすぐに深刻そうな表情に戻ってしまう。


「だが結局それも長くは続かなかった」

「どうして」

「グールの起こす事件を耳にするたび、「奴らを殺さねば」と心が(うず)くからだよ」


 父の表情が一段と曇る。


「グール達の先頭に立つランドルフが、クーデターを起こし、私の両親を含む王族を皆殺しにした。そしてフォレスター家の血筋を継ぐものが国内にいなくなり、目に見えてローミュラー王国の治安は悪くなっていった。そんな知らせを聞き、目にするたび、私は心に短剣を突き立てられたように、痛むようになった。そして、自分の行いが果たして正しかったのかどうか。自問自答するようになったんだ」


 まるで傷を受けたかのように、父は胸元を握りしめ、苦悶に満ちた表情をみせた。


「ルドウェンはフォレスター家の者として、幼い頃よりしっかりと神との契約。そして自分が成すべきこと。それを学んでいたからね。神や私への罪悪感を感じたのだ。そもそも君の中に流れる血が、グールを殺せと囁くのだから、無視する事は出来ない。それが使役者の定めだ」


 ミュラー様が頼んでもいないのに、父の言葉を補足する。


「そしてローミュラー王国に見えない暗雲が立ち込めているのを悟った者達が、私を血眼になり探しはじめた。そして私は一部の者に懇願(こんがん)され、結局はこの国に戻る事となった」


 一段落と言った感じで、父が大きく息を吐く。


「私が一度、自分の意志で国を捨てたこと。それは後悔していない」


 言葉とは裏腹に、父は申し訳無さそうな表情で私と目を合わせた。


「ただ、私の代でこの身に宿る呪いとも言える運命を断ち切れなかったこと。その事は、お前に対し、申し訳ない気持ちでいっぱいだ」

「父さん……」

「すまないな、ルシア。お前には苦労をかけてばかりだ」


 父が力無く笑う。


 どうやら今までの話が、ミュラーが言う、私は父が罪を重ねた上に産まれた子である、その理由らしい。


(だけど、それって罪なの?)


 私は悶々とする気持ちで父を見つめる。


 三人で慎ましく暮らしていた時よりはずっと身なりが整って見える父。しかしよくよく観察すると、蜂蜜色の髪には記憶より白い毛が混じっているし、目の下にも隈がある。


(父さんはどうみたって、苦労してる)


 王族ではなくなった今でも、父の背には強制的にこの国が背負わされている。

 しかも、同胞とも言える者の命を奪う事までもが含まれた、とても重い責務だ。


 誰かに押し付けることの許されぬ運命。

 その残酷さを、私は苦しむ表情を浮かべる父を通し、実感する。


「確かに。ルシアは本来であれば大事なローミュラー王国の唯一の姫として、大切に守られながら育てられるべき存在だった。それなのに君のせいで、復讐まで企てようとしている。しかも私の見立てによると、だいぶ(こじ)らせているようだから、改心させるには時間がかかりそうだ」


 さっきは私を褒めたくせに、今度は嫌味っぽく告げるミュラー。


「父さんのせいじゃないわ。全部あなたのせいじゃない」


 ミュラーを睨みつけたまま首を横に振ると、父がふっと口元を緩めた。

 私もすぐに父に笑顔を向ける。


 私がこの世で一番信じ、守りたいと思うのは父と母だけだ。

 その父を過去も現在も、そして未来に渡り苦しめるのはローミュラー王国と言う存在だ。


(やっぱり許せない)


 私はメラメラと復讐の炎を燃やす。


「神の使いを相手に、減らず口を叩く子なんて初めてみたよ。ルドウィン、君は娘の教育をしなおすべきだ」

「いえ。間違ってはいなかったと。そう確信していますよ、ミュラー様」


 きっぱりと返す父に同意するよう、私は大きく頷く。


「代を重ねるごとに厄介になっていく気がするのは、気のせいだろうか……」


 ミュラーは一人、愚痴っぽい言葉を吐き出していたのであった。

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