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復讐の始まり、または終わり  作者: 月食ぱんな
第四章 歴史と、運命(十四歳)
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030 ローミュラー王国物語

 自称神の遣いであるミュラー。彼に手を引かれるまま訪れたのは、クリスタルの中に入り、最初に訪れた場所と似た、無機質で真っ白な部屋だった。


「ここは、この国で死んだ人間の人生を記録したデータが格納される部屋だ」


 早速説明を口にするミュラーは、何もない空間に手を(かざ)す。

 すると、彼の手の動きに合わせ空間が歪み、ミュラーと私を囲むように、高くそびえ立つ本棚がいくつも現れた。


 周囲を取り巻く本棚には、無数の分厚い本が格納されている。


「これ全部……?」


 私は本棚を見上げ、驚きの声をあげる。


「例外はない。建国より一人残らずだ。ローミュラー王国で生き死にした者の人生は全てここに記録されている」


 そう言って、ミュラーは私に向かって指を弾くような動作をする。すると私の体はふわりと宙を浮かび、本棚の天辺めがけゆっくりと飛んでいく。


「こっちだ」


 浮かぶ私の手をミュラーが握りしめる。


(これが全て)


 到底数える事が出来そうもないくらい。

 あり得ない数の本が収納された本棚が延々と連なる空間を、私はミュラーに手を引かれたまま、ぐんぐん上に進んでいく。


「どうして記録を残しておくの?」

「それは神のみぞ知ること。私は記録者。ただひたすら人の死に触れ、その者の生き様を記録する係だ」


(さっきは偉そうに神様がどうとか言ってたくせに、なんだ、知らないんだ)


 ひっそりとミュラーを小馬鹿にすると。


「とは言え、神が新たに産み出す世界の参考にしようと思っているのではないか。少なからず私はそう推測している」


 ミュラーは言い訳を口にするように、自らの見解を明かす。


 そして次なる疑問が私の頭に浮かぶ。


「新たに生み出す世界?」

「君が呼吸をするのが自然であるように、この世界は無数に広がり進化し、新たな生物が生み出されている。しかし人間はその事を知る余地もなければ、知る必要すらない」


 冷たく告げられ、私は思わず黙り込む。


(知る必要がないとか、上から目線な言い方は気に食わないけど)


 確かに、この世界で生きる人々は、日々目の前に積み上がる問題で手一杯気味なところはある。

 それはもう、神により、新たに創造されるという世界にまで気を配る暇なんてないくらいに。


(宿題だってあるし)


 何かと忙しいのである。


「他の者はともかく、君は使役者(しえきしゃ)だ。宿題も大事だが、君に与えられた使命を全うすること。それが最も重要なことだ」


 まるで私の心を読んだかのように、ミュラーが耳慣れない言葉と共に、説教地味たセリフを口にする。


(使役者って、一体なんの?)


 私は何処かで説明されただろうかと、眉を顰める。


「あぁ、そうか。君はルドウィンから何も聞かされていないんだったな」


 ミュラーは大きくため息をつく。


「丁度いい。目的の本を見つけたようだ」


 ミュラーが本棚の前でピタリと体を止める。

 彼に手を引かれた私もブレーキがかかったようにミュラーの横で停止した。


「これはローミュラー王国、始まりの書だ」


 私の手をポイと手放したミュラーが一冊の本を本棚から引き抜く。


「それも誰かの記憶だということ?」

「そうではない。この国の成り立ちを短くまとめた、いわゆるガイドブックだ」

「え」


 私はミュラーが手にした赤い背表紙の本を驚きで見つめる。するとそこには、『馬でもわかる。ローミュラー王国の歴史』と書かれていた。


(ちょっと馬に失礼じゃない?)


 私は全世界の馬に対し、喧嘩を売る題名に対し、一人静かに指摘する。


「私が読み上げてもいいが、実際に見てもらった方が早いだろう」


 ミュラーがパタンと本の表紙をめくる。すると私の体は、今日だけで何度目だろうか。吸引力抜群と表現するにふさわしい勢いで、ミュラーの手にした本の中に吸い込まれていったのであった。



 ***



「わっ!」


 どさりと音を立て、地面に尻餅をついた私は、突然のことに目を瞬かせる。

 そして自分の周りに広がる光景を見て絶句する。


「ここは……」


 私が座り込んだ場所は、明るく太陽に照らされた大地が一望できる、断崖絶壁の上だった。


「こわっ」


 呟きながら立ち上がり、私は目の前に広がる自然豊かな光景を眺める。


 草木が繁茂(はんも)する緑豊かな森林で満たされた大地。目を凝らさなくとも、美味しそうな果実が豊富に実る木が沢山植えられている事がわかる。木の隙間を埋めるように、美しい花々がそこかしこに咲き誇り、静かな小川が流れている。

 頭上では太陽が輝き、肌に当たる風は穏やか。極上に澄んだ空気が私の体を包み込む。


「あぁ、癒されるかも」


 平和な風景を満喫しながら、空を見上げると、真っ白な雲の合間には、見たこともないくらい美しい鳥が羽ばたく姿が見え隠れしていた。


「ではなくて」


 私は自然が持つ美しさにあてられている場合ではないと、ミュラーを探す。しかし、いくら辺りを見回しても、白と黒と。半分に分かれた服を着た、おかしな少年の姿は見当たらない。


「どこに行ったのよ」


 私は不思議に思いながらも、前後左右、もう一度確認する。

 すると。


『神の最高傑作と呼ばれたローミュラー王国の大地は、四季に恵まれ、食糧資源も豊富な楽園として成り立った国です。その場所に住まう者として、神は人間という種族を創り出しました。そう、私達の祖先の誕生です』


 突然見知らぬ、女性の声が聞こえてきた。


「え、なに?」


 驚く私の前に突然、白い布をまとった男女が現れ、楽しそうに庭園を駆け回る姿が映し出される。


『しかし人は神より全てを与えられてなお、食料、水、土地、エネルギーなどの資源不足や、不公平である分配方法などにより、自分たちのコミュニティの生存を守るために争いを起こしはじめます』


 今度は目の前で、人間同士が石を投げ合う映像が映し出された。

 どうやら謎に響く女性の声は、ガイドブックに付随する音声ガイドのようだ。


『ローミュラー王国という楽園に住む者たちは、様々な理由から、互いに争い合い、殺し合います。そしてとうとう、戦いで(とら)えた敵を喰らう事により、その者の力を自らに取り込む事が出来ると主張しはじめ、人が人を喰らう文化を、神の許しを得ず、構築し始めました』

「うそ」


 私はその衝撃的な内容に、思わず声を漏らす。するとまた、別の場面が映しだされ、先程よりももっとグロテスクな光景が広がった。


 人間の手足が無造作に放り投げられ、地面に転がっている。そのすぐそばでは、男達が女達を組み敷き、その肉を貪り食っていた。


「なにこれ」


 思わず手で口元を覆う。


「これが、ローミュラー王国の始まり?」


 独り言のように呟く私に、明るい女性の声が降り注ぐ。


『そして楽園とされた理想郷に悪だまりと呼ばれる瘴気(しょうき)の土地が誕生します。そして瘴気に蝕まれた者はグールとなり、人間が進化した形であると人々はグールを受け入れます』


 映像の中にいる人々の一部が、黒いモヤに包まれグールへと変貌(へんぼう)した。グールは街に住む人間社会にするりと溶け込み、仕事をし、結婚をし、子どもを産み、人と変わらぬ生涯を終えているという事を示していた。


『しかし、グールは欲求に勝つ事が出来ませんでした』


 女性がそう告げると、また別の景色が目の前に現れる。


「あれって」


 私の視線の先には、大群となる人が、何かを探し求めるように彷徨(さまよ)い歩いている様子が映し出されていた。映像の中では人に襲いかかるグールは勿論のこと、子供を抱えて逃げる母親らしき人物の映像までもがクローズアップされて映し出される。


『どうして』


 私の周りにはいつの間にか、たくさんの人達が集まり、同じように逃げ惑う人々の様子を食い入るように見つめている。


『食べないで』

『キャー』

『この子だけは、この子だけ……は』


 目の前で、小さな女の子を庇うように、背後に懸命に隠す母親が、同じような歳の男の子を連れた女に噛み付かれる。


 そして今度は、噛みつくグール化した女のそばにいた、幼い男児にスポットライトが当たる。


 男児は母親が食べられる姿に、愕然とした顔で立ちすくむ、女の子の腕を掴んで引きずり倒し、その背中に覆い被さった。


『いたい、いたいよ、お母さん』


 耳につんざくような女の子の悲鳴が響き渡る。


「一体何が起きてるのよ」


 私はグールが人間を捕食する。その瞬間を初めて目の当たりにし、ただ呆然と立ち尽くす。


 そして、さらに映像が切り替わる。


『人々は迫り来る脅威に恐れをなし、神に祈ります。どうか、私達にグールに対抗する力をと』


 地面にひざまずき、祈る人々の前には、天から光が差し込み、神々しいまでのオーラを放つ男が立っていた。あいにくあまりに光り輝くため、こちらから顔がしっかりと確認出来ない。


(これが神様?)


 私は男の姿を見て、何となく確信する。


『元はと言えば、汝達の身勝手な行いのせい。一度出来てしまった悪だまりは私でも排除できぬ。よってグールと人間。共存する社会を模索すること。それがお前達、ローミュラーに住まう者に与える罰だ』


 神様らしき男は厳しい声と顔でそう告げる。


『しかし案ずるな。私はお前達を受け入れ、再び道を歩むことを支援しよう』


 今度は救いを与えるかのように、神が人々に微笑みかけた。


 すると次の瞬間。眩しい程の光の渦が巻き起こり、画面いっぱいに広がっていった。


「なに?!」


 あまりのまぶしさに目を閉じてしまう。同時に響く神様の凛と張った声。


『授けよう。我が力の一部を与え、この地に安息を導くモノを』


 その言葉を聞いた私の心臓はかつてないほど、力強く鼓動を刻み始める。


「え」


 突然起こる、体の変化にパッと目をあけた。


(この感覚はなんなの?)


 自分の胸を押さえながら困惑する。するとまた、女性のナレーションが聞こえてきた。


『神は悩める人間に、グールの欲望を制御する力を持つクリスタルを与えました』


 私の目の前に、透き通る大きなクリスタルが映し出された。それは霊廟で私が触れた物と同じクリスタルだった。


『しかし、神に与えられた使命を全うする為には、クリスタルだけでは足りません。グールを制御し、管理する能力を持つ者の存在が必要なのです』


 芝居じみた女性の声が響く。


「それってもしかして……」


 私は嫌な予感を覚えながらも、ナレーションの続きを待つ。


『神は悩みました。グールとは言え、元は人間だった者。そして人間同士で争うこと。それはより一層、憎悪を世界に生み出すことを意味するからです。そこで神は人間の創造よりも前に創り上げたとされる、一人の天使をローミュラー王国に派遣することにしました』


 女性のナレーションに合わせ、雲の合間からキラキラと太陽の日差しが降り注ぎ、地上に降り立つ人影を照らし出す。


『それが後に、ローミュラー王国の救世主として(あが)められることになる、ルシファー・フォレスターです。彼は神の命を受け、グールと化す者に対し、絶対的な力を神より与えられた者として、地上に遣わされました。そしてルシファーの子孫は、現在に至るまで、神から授かりし力を受け継ぎ、ローミュラー王国を平和な世界に導き続けているのです』


 ナレーションが終わると同時に、私の目の前には、長い金色の髪を風に揺らし、真っ白な服を着た美しい青年が降り立った。

 まるで美術館に展示されている彫刻のような、完璧な美しさを持つ青年は、私の方へゆっくりと近づいてくる。


「ちょ、ちょっと」


 私は慌ててその場を離れようとするが、足が動かない。まるで金縛りにあったように体が固まってしまい、指一本動かすことが出来なかった。そして青年が私の体をすり抜けると、突然私の体は自由になった。


「何なのよ」


 文句を言いつつ、私をすり抜けたルシファーを視線で追う。するとルシファーは、素晴らしく完璧な笑顔をはりつけ、美しい女性の元に向かっているところだった。


 女性の手には産まれたばかりなのか、白いおくるみに包まれた小さな赤ちゃんが抱かれている。


『僕はルシファー。神より選ばれし、グール管理官。悪く思わないでくれ』


 ルシファーが笑顔のまま、女性に剣を振り下ろす。ピチャリと血しぶきがルシファーの美しい顔に飛び散る。


 その瞬間、天使の周囲にまとわりつく美しく発光する光が、禍々しい黒色へと変わった。


『ごめんね、グールは討伐しろって、神が言うんだ』


 ルシファーはその綺麗な顔を歪ませながら、悲しげに呟く。しかしその声は、まるでグールを殺す事を喜んでいるような、何処か溌剌としたものに感じた。


(これが私の子孫だって言うの?ただの人殺しじゃない!)


 私は放心状態でその場で固まる。


 正直、与えられた情報量が多すぎて、私の中に浮かぶ感情がイマイチ自分でも掴めない。


『馬でもわかる。ローミュラー王国の歴史。皆様いかがでしたか。これはほんの序章に過ぎません。ローミュラー王国について、もっと詳しく知りたい方は、是非とも、王国まで足をお運びください。国民総出で、お待ちしております……』


 ナレーションが最後にそう告げると、映像はプツッと途切れた。


「本が終わったっぽいけど、一体こんな物騒な国に旅行に来る人がいるかって話よね……」


 口にしながら、私は嫌な予感と共に身構える。

 するとやはりと言った感じ。


「うわっ」


 私の体は、吸い込まれるようにして宙を浮き、この世界とお別れするのであった。

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