027 見えてきた問題点
半分グールであるルーカスから私を「食べたい」と打ち明けられた瞬間。
まるで雷に打たれ、閉じていた扉がバーンとこじ開けられたような感覚に襲われた。
その感覚があまりに爽快で、私は堪えきれず、頬を緩める。
そんな弾む心を満喫している私にルーカスの声が届く。
「なーんてね。とは言え僕も男だし、君ともう少し男女関係的な意味で、親密になりたいとは常々思ってる。でもここはグリフォンの上だし、我慢するけど」
先程述べた、ある意味感動的な告白を、冗談地味た台詞で上書きし、その場をやり過ごそうとするルーカス。
「残念ね」
私の口から、そんな言葉が勝手に漏れた。
「残念?」
ルーカスが私の言葉をすかさず拾う。
「あなたが私を食べようとしたら、私も本気であなたに杖の先を向けられるのに」
複雑な事など何も考えず、本能のままルーカスと対峙する事が出来る。それが出来ないのは残念だ。
「それは勘弁願いたいな」
「そうは言っても、私はあなたに復讐する。だからいつか、その日が来るかも知れないわ」
私が指摘すると、ルーカスは少し寂しげな声で「そうだね」と肯定した。
普段であれば「君に殺されるなら本望だ」と言いそうなところ、素直にしょんぼりとした声で返され、私は調子が狂う。
「とにかく、この国にいるグールがクリスタルのせいで、人を食べたいという欲求が抑えられているのはわかった。けど、ルーカスは学校にいる間はクリスタルの範囲外にいる。それなのに、人間を食べたくないわけ?」
本当に私を食べるつもりはないのか。
この際だからと、しつこく尋ねてみる。
「僕は出来損ないのグールらしいから。人を食べたいと思う欲求も、通常のグールよりはないみたいだ。勿論肉は好きだけど、野菜を食べたからといって、今のところアレルギーをそれほど感じる事はないかな」
ルーカスが自嘲気味に返事を返してきた。
それに対し、励ます事はせず、私は密かに流れに乗り、質問を重ねる。
「じゃ、ルーカス意外の人は紅茶を飲んだりすると、アレルギーになるの?」
「まさか、吸血鬼じゃあるまいし、飲み物は普通の人間と同じだよ。僕らはただ、人間の肉が食べたいと思うだけで、後は君らと同じだよ」
「なるほど。理解したわ」
彼が紅茶を飲む理由を知り、スッキリとした気分になる。そして、私は話を元に戻すべく、この国について、ルーカスから聞いた話を元にまとめる。
「結局のところ、ローミュラー王国は、古くから人間対グールという図式が成りっている。そういうことであってる?」
「そうだね。正しくはクリスタルの管理下に置かれているから、人間とグールが共存出来ていた国という感じかも」
ルーカスが細かい部分をさり気なく訂正する。
確かに彼の言う通り、かつてはそうだったのだろう。
「まぁ、今は僕たちが生まれる前に起こった、謎の病の流行がきっかけでグールが増えて、クーデターが成功した。それを上手く利用できた僕の両親が、グールにとって住みやすい国にしようと、現在奮闘中って感じかな」
「謎の病ね……」
ローミュラー王国をその病気が襲わなければ、歴史は変わっていたかも知れない。
祖父達は殺されないで済んだし、父だって婚約破棄をしたからと言って国外追放されなくても済んだかも知れない。
ただそれを思った所で、過去に戻る事が出来ない私には、考えるだけ無駄なこと。
「人間対グール」
間違いなく、それが今この国を取り巻く現状のようだ。
私が密かに納得していると。
「正しくは、その枠にはまらない悪もいるけどね」
またもやルークが口を挟む。
「まだ他の種族がいるの?」
思わず聞き返す。もしやローミュラー王国は私が思うよりずっと、多種族国家だという事だろうか。
「種族というよりか、クリスタルの力が弱まる事で利益を得る者がグール以外にもいるって感じかな」
「どういうこと?」
「クリスタルが弱まることで、迷い込む魔物からは貴重な素材が採取できるし。それから愛玩動物として人気の高い魔物だっているし」
ルーカスが新たに与えてくれた情報を噛み締める。
「つまり、クリスタルがなければ、私利私欲を肥やす事が出来ると狙う、やり手の商売人がこの国にはいるってこと?」
「そうだね。クリスタルがあること。それによって守られている平和を忌々しく思う捻くれた者もそれなりにいるってこと」
ルーカスの口から飛び出した言葉に思わずため息をつく。
「一体、どうなってるのよ、この国は……」
私の呟きは、ルーカスがエルマーにかけた声によってかき消される。
「エルマー、あそこに降りて」
ルーカスが突然告げた。
「キュイーン!!」
エルマーが了解とばかり、地上に向けて降下し始めた。
「わっ、ちょっと」
いきなり高度を下げるエルマー。その勢いに耐えかねて、私は思わず目をつぶった。そしてものすごい勢いで髪が靡き、それからパサリと私の背に戻る。その瞬間、エルマーが地に足をつけた僅かな衝撃を感じた。
「到着だ」
楽しげなルーカスの声が響き、衣擦れの音と共にルーカスの気配が私の目の前から消え去る。
「幽霊が出たとしても君の祖先だし、怖がる必要はないと思うけど」
「そういう意味で目を閉じているわけじゃないわよ。あなたの乱暴なエルマーへの飛行指示に対し、抗議の意味を込めてるだけ」
ルーカスの勘違いを的確に正しつつ、瞼を開ける。するとそこには予想していたよりもずっと幻想的な光景が広がっていた。
夜の闇に包まれながらも、そこだけはぽっかりと穴が空いたように明るく反射するその場所。
(まるで星空を切り取ったみたい)
頭上を見上げれば、満天の星々が煌めいている。そしてその煌めきが光のシャワーとなり、白い建物に浴びせられているかのようだ。とは言え、よくよく目を凝らしてみると、建物自体にはところどころ壁にヒビが入っており、周囲も雑草で覆われている。
どうやら手入れされた場所とは言い難い感じだ。
それでも。
「綺麗……」
建物の放つ輝きは、素直にそう思えた。
「ここは僕にとってもお気に入りの場所なんだ」
ルーカスの言葉を不思議に思い、彼の顔を見つめる。
「どうして?」
ここは私の祖先が眠る場所だ。まりルーカスには微塵も関係のない場所のはず。私の問いかけに、ルーカスは少しだけ寂しそうな笑みを浮かべた。
「一人になれるからね」
「そう、なんだ」
「ここはグールにとって恨むべき場所だから。一人になるには丁度いいんだ」
「確かに静かでいい場所だけど」
霊廟の背後には断崖絶壁。波が岩にぶつかる音と共に、周囲に植えられた木々の葉が風に揺れる音しか聞こえない。確かにこの場所に一人でいれば、思う存分物思いに耽る事ができそうだ。
(出来損ないか)
ルーカスが一人になりたい。そう願い、ここを訪れる原因を僅かでも目の当たりにし、知ってしまった私は、何とも言えぬ複雑な思いがこみ上げる。
それに雑草が生い茂り、荒れ果ててしまったように見える霊廟。
その事が示すのは、この国をここまで守ってきた者達に対し、グールだろうと、人間だろうと、全ての国民が敬意の心を微塵も持たず、日々のうのうと過ごしているという事になる。
(父さんから全てを取り上げておいて、さらには放置しておくだなんて)
「自分勝手な国民ね」
不満気味につぶやくと、ルーカスが苦笑いしながら肩をすくめた。
「そうだね。僕にも痛い言葉だ」
私はルーカスの横顔をじっと見つめる。彼はただ静かに夜空に浮かぶ星々を眺めていた。
「さぁ、いこうか」
ルーカスが歩き出し、私は静かにその背を追うのであった。
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