026 誰の為の世界
ルーカスとエルマーの背に騎乗し、ローミュラー王国上空を通過すること数分。
(まるで闇が迫っているみたい)
前方に広がるのは、月明かりに照らされた海。
昼間は青く輝き、さぞかし美しいだろうその海は、いまは不気味なほど黒く染まっている。
「そろそろ着くよ」
背後から囁かれた言葉に顔を下に向けると、海に向かって突き出た場所が目に飛び込んできた。同時に岬の先端となる場所に、教会のような白い建物が存在しているのを発見する。
「あれが……」
「かつての王族を祀る霊廟、通称『白の園』だ。そして霊廟の中には、ローミュラー王国に欠かせないものが隠されている」
「ええと、王家の財宝とか?」
思い浮かんだことをそのまま尋ねると、ルーカスは「ぷっ」と吹き出した。
「笑うとこじゃないし。お金はいくらあっても困らないのよ?むしろお金がないと人らしい生活だって、ままならないんだから」
ルーカスの背に向かい熱弁しかけ、途中で無駄な事だと気付く。
「ま、王子であるあなたには貧乏な暮らしがどんなに惨めか。そんなの一生わからないだろうけど」
ルーカスを取り巻く環境で可哀想だと思う事はある。けれどお金に関して言えば、彼は私なんかと比べものにならないくらい恵まれている。
私はなんだかんだ理由をつけ、プレゼントされた左手の薬指にはまる金の指輪を眺めた。
これだって、いくらしたかわからない。
ただ受け取りの際、ドワーフのドラゴさんがほくほく顔で上機嫌だった所を見ると、それなりに高価である事は間違いないだろう。
「お金は大事。その通りだ。だけどあそこに隠されているのは、王家のクリスタルと呼ばれ、誰にも買えないものだ」
「何それ」
なんとなくお宝っぽい事だけは理解する。
(あ、でもクリスタルって、父さんや母さんの口から聞いたことあるような)
それに加え、時折この国の人々は「クリスタル」という謎の存在を、会話の中で口にしていた事を思い出す。
「ローミュラー王国を守る、神聖なるもののこと。王国のクリスタルから発せられる聖なる力のおかげで、この国は正常を保てると言われている」
「聖なる力とか、寒気がする」
エルマーの背で私はブルリと肩を震わせた。
「まぁ、ブラック・ローズ科の君からすれば、天敵みたいに感じちゃうかもね」
私は「その通り」だと頷く。
「あ、でもそのクリスタルがあるなら、何で父さんがわざわざこの国に戻って来なくちゃいけないんだろう」
私は目的地である、白く浮かび上がる霊廟を見つめながら疑問を口にした。王家のクリスタルが守っているのであれば、父の出番はないはずだ。
「王族の血を持つ者しかクリスタルに触れられないから。そしてその力が弱まっているからかな。元を正せば謎の病が流行ったのも、クリスタルの力が弱まったせいだとか言われているし。まぁ、良くない事が起こると、この国の人間はクリスタルのせいにしがちではあるけど……」
言いづらいのか、小さな声でルーカスが説明してくれた。
「そもそも、どうしてクリスタルの力が弱まるのよ」
私は今がチャンスとばかり、情報を引き出そうとルーカスにたずねる。
「フォレスター家の子孫は体内に特別な魔力を保持していると言われている。そしてその力は代々受け継がれていくものだとも。何故ならクリスタルの力を維持する為には、王族の血を引く者が定期的にここへ戻り、クリスタルに触れる必要があるとかなんとか」
ルーカスの口からいい加減な感じで明かされた事実。けれど私はそれを聞き、いくつか腑に落ちた。
「なるほど。だからクリスタルが弱まった原因をこの国の人間は、こぞって父さんのせいにしたってわけね」
そして父はその事に対し後ろめたさや義務を感じている。だからローミュラー王国に潜伏し、危険を承知で定期的にこの場を訪れているのだろう。
「だけど、お祖父様やお祖母様を殺したのは、あなたの両親じゃない」
ルーカスの両親率いる反王族派は、父と母を国外追放したばかりではなく、フォレスター家直系を根こそぎ殺害した。だとすると、フォレスター家を排除し、クリスタルが弱まることは、最初から予測できていたはずだと言える。
「正直なところ、この国を襲った謎の疫病。それによって多くの命が失われ、それをきっかけにグールが増え、人々の心はますます深い傷を負う事となった。そして不満を抱えた人々が憎悪を向ける先としてわかりやすい悪となる者が必要だったということかな」
ルーカスの口から『グール』という単語が飛び出し、私は緊張する。
「一ついい?」
「何個でもいいよ」
明るく返された返事に私は一人、緊張し唾を飲む。
「そもそもこの国でグールの立ち位置はどうなってるの?」
私はずっと心に引っかかっていた疑問を口にする。
普通は人をも食らう、肉食のグールは人間から迫害されやすく、共存が難しいとされているはずた。
しかしこの国の人間は、その名を時折口にする。
しかも何処かグールのことを受け入れている。そんな口調で。
もし、グールが拒絶される存在であれば、ルーカスが半グール化していると知った途端、王子という座にいられないはずだ。
それなのに彼は、半分グール化しながらも、周囲から王子だと認識されている。しかも、魔力欠乏症だけではなく、半分グールなことですら、出来損ないと後ろ指を指されている節すらある。
「やっぱり気になるよね」
ルーカスがしょんぼりとした声を出す。
「君が知っての通り、僕は半分グール化している者だ。そして僕を産んだ父と母は、完全なるグール。だから今、ローミュラー王国はグールからしたら、生きやすい世の中だと思う」
「え、そうなの?」
ルーカスの言葉に私は耳を疑う。
「うん。そう。それで質問の答えだけれど、そもそもグールが人の社会に受け入れてもらう為には、人を食べてはならぬ。それは絶対だ。けれどそれは、見方を変えれば、人間側の勝手な主張だとも言える」
「食べられたら、こっちも滅びちゃうし。だから嫌よ」
そこがまさにグールと人間が共存しにくく、敵対してしまう理由だ。
もしもグールが野菜を好む種族。いわゆるベジタリアンであれば、何の問題もなく人間と肩を並べて暮らせるはずなのだ。
だけどグールは人を食べる。
それが現実。
「そうだね。だけどもし、グールがこの国を統治すれば、その関係性は逆転する。今度は人間側がグールに怯えて暮らす世界となるんだ。そしてそんな世界を望む者が力を持ち、今のようになった。僕はそう聞いているし、その通りなんじゃないかなと思っている」
ルーカスが初めて、グールとして生きる者の考えを口にする。
その事に対し、意外にもショックを受けないのは、多分フェアリーテイル魔法学校のせい。
学校には、おとぎの世界に散らばる様々な種族がいる。
そして、その種族の垣根を超え、お互いを認め合い生活している。
だからきっと、私も驚きや、嫌悪感を抱く事なく、「彼はそういう考えだ」と冷静にルーカスの告白を聞く事が出来ているのだろう。
(でも)
私は前に座るルーカスの背を睨みつける。
「あなたの両親は、グールを頂点とした社会を構築しようとした。それで私の両親を追い出した後、この国を乗っ取ったってことなのね」
グール側の考え以前に、私にとってみれば、それが紛れもない事実だ。
「君から……人間からしたらそう感じるだろうね。ただ、グール側からしたら、自分たちの事を長い間抑圧してきた罪は重いと、そう考える者が多い。なんせクリスタルのせいで、グール本来の力を封印させられているわけだし」
「グール本来の力?」
それは一体何なのか。
私はルーカスの答えを静かに待つ。
「人間を食べたいという、強い欲求。それを王家のクリスタルの力により抑えられている。だから僕たちは人間を食べない。だけど本来グールとして備わる、優れた運動能力を封印されているというわけだ」
「なるほど。クリスタルがこの国を正常に保っている。その意味が理解できたわ」
グール達はクリスタルのせいで、人間を食べたいという欲求を抑えられている。
(だからグール化していても、人間と変わらぬ者として認識され生きている)
そして、クリスタルの力を維持させるために帰国した父は、明らかに人間側。ルーカスの明かした事実により、まるで霧が晴れたように感じた。
「ルーカスは私を食べたいと思ってるの?」
包み隠さず話してくれているルーカスに、ふと興味本位で浮かんだ疑問をぶつける。すると僅かな沈黙のあと、ルーカスがすぅと息を吐く音が闇夜に響いた。
そして。
「僕は最初に君に会った時。あの瞬間からずっと、君を食べたい」
ルーカスのものとは思えない、普段よりずっと低い声で告げられた。
その瞬間、私の背筋はゾクリとし、えもいえぬ高揚感に包まれる。
(あぁ、これは)
恐怖ではない、確実に興奮だ。
子どもの頃、レイブンという領主の息子を殺してしまえと、杖を向けた時に感じた気持ちと同じ。久々感じる、心が震える瞬間だ。
善も悪も関係ない。
心が思うままに生死をかけて行動しろと叫んでいる。
そして感じる高揚感。
私は知らぬ間に忘れかけていた、何かから解放される瞬間を思い出すのであった。
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