023 茶番を目の当たりにする
昨日ハーヴィストン侯爵家の裏庭で、リリアナは一人、胸元から取り出した指輪を見て、人が変わったように怪しく微笑んでいた。
その光景を、花壇に生えた花の茎やら葉っぱの間から、こっそり覗き見していた私は、きっと半分グールであるルーカスにとって、アレルギーを起こす薬品を嗅がせるか何かするに違いない。
てっきりそう思っていた。
だから、ルーカスにもリリアナには十分注意するよう伝えておいた。
(でも、まさか私を狙っていたなんて)
私は自分の思い込みを恨みつつ、慌ててルーカスの胸ポケットに戻ろうと後退する。しかし、リリアナが軽やかにダンスをしながら、指輪から謎の魔力を開放した。
(くっ、まさか)
私の体は突然沸いた魔力の波によって、指輪に体が吸い込まれそうになる。
(みすみすやられてなるものか)
私は必死にルーカスのタキシードの袖を握りしめる。しかし指輪から襲い来る魔力は強力だ。まるでおびき寄せられるような感じで、指輪に向かって体が吸い込まれそうになる。そしてついに私の体が宙を浮く。
「きゃあっ!!」
悲鳴にも似た声が思わず漏れる。
「リリアナ、やめるんだ」
スローテンポな曲に合わせ、リリアナをエスコートするようステップを踏んでいるルーカスが、リリアナの腕を掴む。その瞬間指輪から発せられていた、私を吸い込もうとしていた逆風がピタリと止まる。
「あら、何のことかしら?」
リリアナはとぼけた台詞を吐き出すと、ルーカスに掴まれた腕を振りほどこうと抵抗した。しかしルーカスはその手を離さない。むしろ「ダンスをしている間に、つい熱が入って」といった感じにリリアナの手を、ナターシャ曰く、『恋人つなぎ』でガッチリホールドしている。
「その子に何かしたら、この場で君がスティーブと特別な関係にある事を暴露する」
ルーカスが笑顔で淡々と告げる。
「一体何の話ですの?」
「君がスティーブと親密な距離感で密会している事はすでに調査済みだ」
「スティーブと私は友達ですわ」
しれっと嘘をつくリリアナ。
「どうだかな。僕が目にした魔法写真では、君とスティーブは人気のない君の屋敷の裏庭で、まるで恋人同士のような距離感だったけれど」
ルーカスの告白にリリアナの顔がわかりやすく青ざめる。
(魔法写真?)
私は「一体いつ、そんな物を?」と疑問を感じたが、脳裏にマンドラゴラ部隊の顔が浮かび、何となく彼らが盗撮したのだろうと確信する。
(なんせルーカスは自分の手足として彼らを使い、私を常日頃から探っているような人だから)
ターゲットとなる人物の動向を探る事くらい、グールが肉を食べ、植物が花を咲かせるくらい自然なこと。
(それに昨日スティーブとリリアナの密会が終了したあと、彼らはすぐに現れたし)
ますますマンドラゴラ部隊が魔法写真を撮影していてもおかしくはない状況だ。
しかも魔法写真は静止画ではなく、被写体の数秒を切り取る写真なので、きっと抱き合いキスする瞬間が映し出されていたに違いない。
(つまりシラを切っても無駄ってこと)
観念しろとばかり、リリアナの顔を睨みつける。
「もしかして、あの時の写真を……でもなんで……誰もいなかったはずなのに」
リリアナは悔しそうな表情をルーカスに向ける。
「君の父上。ハーヴィストン候が知ったら怒るだろうね。なんせグール達のために、僕と君をどうしたって結婚させたいみたいだから」
ルーカスは笑顔を貼り付けたまま、リリアナをくるりとその場で回転させる。
「わー今のターン。とっても息が合っていたわ」
「何だかお似合いの二人よね」
「うん、本当に」
実は修羅場の最中だということを知らず、遠巻きに見守る令嬢たちが、うっとりとした表情で呟く。
「リリアナ。君は僕の友人でもある。だから取引きしないか?」
「取引?」
「僕の婚約者になってくれ」
ルーカスの突然の申し出に、リリアナだけではなく私も目を丸くする。
(昨日はあんなに嫌がっていたじゃない)
私の記憶が正しければ「婚約などしない」とルーカスは言い切っていたはずだ。それが一体リリアナに婚約を持ちかけるとは。
「どういう心境の変化なのかしら?」
訝しげな声でリリアナが尋ねる。
私も静かにルーカスの返事を待つ。
「僕は君と結婚するつもりはない。ただ、今回のように里帰りさせられたり、限りある時間をくだらない事のために使う羽目にあうのは勘弁だと思っている。だから母を黙らせるために、君と表向き婚約した事にしておけば良いと思っただけさ」
「それって、いつか私はルーカス様に婚約破棄されるという事ですの?」
「もちろん、僕の学校卒業と同時に」
ルーカスの言葉を聞き、リリアナが唇の端を噛む。
「それに僕はフェアリーテイル魔法学校を卒業したら、とある子に復讐される予定だから。結局のところ君とは結婚出来ないだろうし」
ルーカスが「復讐」という言葉を口にしたところで、私を見てニコリと微笑む。
「復讐ですって?」
眉間に目一杯シワを寄せるリリアナ。
「悪い話じゃないはずだ。君だってスティーブと一緒になれるわけだし。それに僕が復讐されて死んだらさ、スティーブの子を僕の子だって偽ってもいいし。ほら、いとこだし、それなりに似てるだろうから、誤魔化せそうだしね。それに彼は僕と違って完璧だろ?」
ルーカスは笑顔でステップを踏みながら、とんでもない提案をリリアナに吹っ掛ける。
「そ、そんなこと。子どもだなんて……」
「君が既に彼と親密な関係を築いていることを、僕が知らないとでも?」
「…………」
リリアナが口をつぐみ、悔しそうに下を向く。
「それに君も知っていると思うけど、どう転ぶ未来だろうと、僕には生涯を捧げようと決めた大事な人がいるから」
リリアナは、ルーカスの白い手袋越しに、左薬指をみつめる。
「知っていますわ」
リリアナは私と不覚にも揃いとなっている、マンドラゴラの葉モチーフの指輪を思い出したのか、納得したような表情を浮かべた。
「なら話は早い。君がスティーブと一緒になりたいのであれば、僕が提案する偽りの婚約を受け入れて欲しい。そして二度とこの子に手を出さないと約束して。いいね?」
ルーカスがリリアナを諭す。
「わかりましたわ。あなたの言う通りにするわ」
観念したのかリリアナは大人しく首肯する。同時にホール中に響き渡っていたダンス曲が終わり、会場中から拍手が沸き起こる。
「ふぅ、足を踏まなくてよかったよ」
「殿下のリードはお上手でしたわ」
今までとはうって変わり、周囲に仲睦まじいところをアピールするためか、ルーカスはリリアナにはにかんだ笑みを向けた。そんなルーカスの言葉にリリアナは息を整えながら返答する。
二人共、変わり身の速さは一級品だ。
「さてと。君はここ」
すっかり蚊帳の外であった私をルーカスが掴む。
そして本日の定位置らしき、ルーカスの胸ポケットにしまい込まれる。
「皆様、本日はとても喜ばしいお知らせがありますのよ」
突然ホールに響き渡る、女性の低い声。私は声の主を探して視線を彷徨わせる。するとダンスを見ていた人垣が割れ、一際目を引く豪華なドレスを身に纏った女性がこちらに向かってゆっくりと歩いてくる姿が目に入る。
燃えるような赤い髪。そして勝ち気につりあがった切れ長の目。どこか気高き赤いバラを連想させる美しさを持った女性。
背後にぞろぞろと美しく着飾った中年女性と近衛騎士を引き連れ、如何にも「この場の主は私」と言った感じ。堂々とこちらに向かって歩いてくる彼女は、ルーカスの母親であり、私の両親を国外追放した張本人だと思われる、ナタリア・アディントンだ。
「王妃殿下!!」
リリアナが驚きの声をあげ、淑女の礼を取る。
そしてその声に倣うよう、ホールを埋めつくす人々が老若男女問わず、ナタリアに礼を取る。
「リリアナ、そのドレスはとても良く似合っているわね」
ナタリアがリリアナに近づき、扇子を口元にあてながら告げる。
「勿体無いお言葉です」
「あなたは本当に昔から可愛らしい娘だったわ。いつか私の娘にと願っていたけれど、ついにその夢が叶うのね」
ナタリアが口にした言葉に周囲がざわつく。
「今のって」
「リリアナ様がルーカス殿下の婚約者に決定したということ?」
「娘という表現をなさっていたから」
「多分そういう事なのだろう」
「でもまだ正式に決まったわけではないのでは?」
「そうだとしても、先程の息のあったダンスを見る限り……」
「ほぼ確定でしょうね」
周囲からルーカスとリリアナに関する憶測が飛び交う。
「皆様、おめでたい話というのは」
「ルーカス、見事であったな」
ナタリアの声を遮るように現れた男性。その威厳ある声に応えるよう、周囲はひれ伏したように腰を折る。
「みな、楽にして良い」
周囲に聞こえるように口にした男性は、ルーカスと同じ色の黒髪。瞳はグレー。どうやらルーカスは父親似のようだ。ただ、新たに現れた男性は優しい雰囲気は皆無。ルーカスよりもずっと強面に見える。
男性はナタリアの隣に並ぶと、リリアナとルーカスを交互に見つめる。
(この人がルーカスの父親である、ランドルフ・アディントン)
私は周囲の態度、そしてその風貌から国王である事を悟る。
(つまり……)
この場に私が将来的に復讐する相手が三人。全て揃った事になる。
そのことに気付いた私は新たにこの場に現れ、両親から全てを奪った男女を、ルーカスの胸ポケットから顔を出し睨みつけるのであった。
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