002 不幸の手紙
私はティアナ王国内にある人里離れた森の中。屋根は波打ち、壁にはヒビが入り、一見して年季の入った家だとわかる、一軒の小さなボロ屋で家族とテーブルを囲んでいる。
私の向かいに座るのは、ピンクブロンドの髪色を待つ、年齢不詳に見える可憐な女性。巷では「王子を誑かした悪女」とされる私の母、ソフィアである。
「ルシアもきっと気に入ると思うの。それにあなたは私に似てとても可愛らしいから、きっと学校にいけば素敵な王子様に巡り会えるはずよ」
幾分私を買い被り気味な発言をした母は、納期に間に合わせようとしているのか、黄色いドレスの襟ぐりをチクチクと忙しなく縫いながら夢見がちな発言をし、私を凍りつかせた。
因みに、母が縫うドレスは誰のものでもない。
母はかつて男爵令嬢として培った裁縫スキルを生かし、街にある洋品店から内職のお針子として雇われているからだ。よって、現在母が仕上げている、動きにくそうで、私には全く魅力の伝わらない派手なドレスは、そのうち洋品店のショーウインドウに飾られるもの。
だから、今は誰のものでもない。
「そうだな。ルシアは君に似て、ちょっと心配になるくらい、人の目を惹く可憐さを持つ子だ。それに、多少性格に不安な部分はあるが、私の大事な娘である事は間違いないしな」
金髪碧眼。未だ王子らしい洗練さを持つ父は母と私に慈しみ深い優しい笑みをよこした。
「だから、この学校を私達で選んだのよ」
母の視線が、ついに黄色いドレスから、先程コンドル便で届いたばかりの手紙に移動する。
その手紙には、左右が黒と白に分かれた、奇妙なバラの紋章が描かれていた。
先程両親から軽く説明を受けた感じからすると、フェアリーテイル魔法学校という場所から、私の入学許可が下りた事を知らせる手紙のようだ。
「フェアリーテイル魔法学校はね、別名『本当の物語がはじまる場所』と言われてるのよ」
母が私にわざとらしく笑顔を向ける。
「あらゆる偉大なおとぎ話が生み出されるフェアリーテイル大国にある、全寮制の魔法学校なんだぞ」
父も母に続く。
「特別な学校だから、おとぎの世界で紡がれてきた数多くの物語における主人公。それから有名な悪役の末裔となる子達しか入学できないのよ」
「学校では、次世代の物語を世界に紡ぎ出す為の教育を受けるようだ。なかなか良さそうだろう?」
息継ぎを忘れる勢いで、やたらそのおかしな学校について、熱弁しはじめる両親。
(嫌な予感しかないんだけど)
私は両親から視線を逸らす。
そして、床が水平ではないせいで、ガタガタと揺れるテーブルの上に乗せられた、フェアリーテイル魔法学校とやらのパンフレットを見つめる。
表紙には制服らしきドレスと騎士服に身を包む生徒たちが、さも充実しているといった雰囲気で、幸せを押し付けるような笑みをこちらに向けていた。
どうにも胡散臭く、信用ならない笑顔を前に、ゾッとした気分を感じたまま、私は視線を両親に戻す。
「入学時に、二つに組分けされるらしいわよ」
待ってましたとばかり。母が笑顔で語り出す。
「一つは言わずもがな、みんなのお手本や憧れとなるべく善の心を中心に学ぶホワイト・ローズ科よ」
「そしてもう一つは、影なる主人公とも言える、人々が抱くヘイト管理役として物語に君臨する悪の心を中心に学ぶ、ブラック・ローズ科だってさ」
頼んでもいないのに、入学要項と書かれた冊子を仲良く覗き込む両親。
統率のとれた夫婦の掛け合いとでも言うべきか。
代わる代わる私にフェアリーテイル魔法学校とやらの仕組みを説明してくる。
「振り分けられた属性によって、カリキュラムが変わるって書いてあるわ。ふむふむ、どちらにしろ正しい「善と悪」の心を学ぶようね」
おまけと言った感じで、母が発した言葉。それにより、先程から両親がやたらこの学校を私に勧めてくる理由が判明する。
(なるほど。私の持って生まれたアイデンティティを強制するつもりなのね)
きっと両親は、名前からして善に満ち溢れていそうなホワイト・ローズ科とやらに、私を入学させたいと願っているに違いない。
しかし、残念ながら両親の期待しているような結果にはならないはずだ。
なぜなら私は、生まれてからずっと、自分では正しいと思う行き方をしているから。
その結果、少しだけ両親を困らせている可能性は無きにしもあらず。しかしそれは持って生まれた属性。つまり遺伝子レベルのものなのだから、今さらどうこうなるものではない。
「それで、ルシアはどちらの学科に入りたいの? やっぱりホワイト・ローズ科よね。私達の可愛い娘ですもの」
「いやいや、ブラック・ローズ科も悪くはないぞ。自分の中に潜む悪の心を理解してこそ、人は強くなれるものだからな」
「ちょっと待って」
勝手に盛り上がり、どんどん話を進めようとする両親の会話を遮る。
「そもそもどうして私がその学校に通わなければならないの?」
「それは勿論、あなたの為よ」
「ああ。我が家に代々伝わる『使命』を正しく行使できるようになる為にも、お前にはもっと広い世界を見てきて欲しいんだ」
「それは建前でしょ?」
ズバリ指摘した私に、両親はスッと目を逸らした。
「ルシア、わかって頂戴。私たちはあなたが心配なの。私はルシアを真っ当な人間になるよう、育ててきたつもりだし、これからもルシアの教育は私達でやれると思っていた。けれど、レイブン様の件があったでしょう?」
母が悲しげに眉を下げた。
てっきり父に、要約すると「人に迂闊に杖の先を向けてはならない」と叱られたので、あの件はなかった事になっていると思っていた。
しかしどうやらそれは、私の思い違い。とてもまずい事だったようだ。
(やっぱり、口封じしておくべきだった)
腰を抜かし、木の根に尻餅をつき、私に恐れた顔を向けるレイブンのことを思い出す。
「いいかい、ルシア。僕は今まで自分の選択を間違っていないと信じてきた。贅沢はできないが自由を手にし、愛する家族と慎ましく暮らす生活はとても幸せだしね」
父がテーブルの上に置いた大きな手に、母がそっと自分の手を添えた。
「ただ、僕たちがとった選択の結果を、これ以上ルシアに押し付けるのは間違っていると思うんだ」
「私は父さんと母さんと三人。あちこち転々とする生活は好きよ」
間髪を容れず、本音を告げる。
両親は、後ろ暗いのか。私に二人の過去をあまり詳しく話してくれない。だから私達が祖国に追われる身なのかどうか、はっきりとその口から聞かされた事はない。
けれど事実として、長くても一年ちょっと。まるで流浪の民といった感じに、私達は住む場所を変え、生きてきた。それは両親が何かから逃げているという何よりの証拠だと私は思っている。
そもそも「国外追放された一家」という秘密を抱える私達家族は、どのコミュニティにも属せない異質な存在だ。
それに数多く読まされた本。それらを個人的に分析した結果によると、他人は心を乱す煩わしい存在でしかないと、私の中で既に結論付いている。
よって、胡散臭い笑顔で溢れる学校など、私には不必要な存在だ。今まで通り、私は父と母と共に流浪の民でいたい。
それなのに、両親は急に学校へ私を通わせようとしている。
(由々しき事態だわ)
私は腕組みをし、目の前に掲げられた大問題を、如何に回避すべきかと思考を巡らせる。
しかし私に考える隙きを与えないという勢いで、父が口を開く。
「私達は何か大切なものを見逃したまま生きてしまっているんじゃないかと、レイブン様の件でより強く感じたんだ」
どこか品格を感じる憂いある顔に、年相応な皺を携えた父は、眉根をぐっと下げ青い瞳で私を見つめた。
「確かにそうね。ルシア、あなたにはそろそろ同世代のお友達が必要だわ」
母はいつになく真剣な表情で私を見つめた。
「友達……」
それはこの世で最も不必要な存在。
(そんなのわかりきったことじゃない)
それなのに、大好きな両親から笑顔で押し付けられそうになっている。
(緊急事態なんですけど)
身の毛も凍る思いで私は、目の前に置かれた、如何にも陽の気を発する、フェアリーテイル魔法学校のパンプレットに視線を落とすのであった。
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